3.散策
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「味はどうだ?」
「……おいしいです」
「当然だ!秀吉様がお治めにな…」
「わかったわかった三成。さあ朱音殿、みたらしのもあるから、たくさん食べるといい」
無言でコクリと頷いてゆっくり咀嚼する朱音からはさっきまでの凛とした様子は想像もつかない。
必要に迫られなければ、のんびりした気ままな性格なのかもしれない。
秀吉はお茶が好きということで有名で、そのためこの町もお茶屋や団子屋が栄えている店が多いらしい。
(そうだ、たしかに秀吉さんは昔からお茶やお菓子を好んでいた方だった。慶次ともよく……それに)
お茶、お団子
彼らと城下に出た時もこんな茶屋に入った。
ゆるく気楽な雰囲気の中、三人で歩いて周った。
その時に、父を思い起こさせる矢羽を見つけて………
「………―――ら、…さ――…」
「どうした?」
口の中だけの言葉のつもりが、少しばかり音になってしまった。
「いいえ、何も」
「自分の中だけで溜め込むのはよくないぞ」
突き放すかのように素っ気なく返事しても家康は顔をしっかりと見て案じてくれた。
根っこからのいい人なのだろう。
「ええい!モタモタ食べるな小娘!苛々するッ私を待たせるなッ!」
「ああもう、いいじゃないか三成。彼女の好きなように食べさせてあげよう。大体お前も食が細すぎるぞ」
「いらん!私には食の時間すらも惜しい!」
「今くらいいいじゃないか、ほら」
「いらんと言っている!直接口に突っ込もうとするムガッ」
そして、石田三成。
彼と顔を合わせてからの言動から推察するに、どうやら秀吉への忠誠は心酔の域に達している気があるのだ。
生理的な欲求を凌ぐ真摯さは、もはや狂信の域だ。
何を以て今のあの人をそこまで崇拝できるのだろう、という疑問が湧きあがった。
自分には理解できない何かを、彼ならば教えてくれるかもしれない。そう思いながら呼びかけた。
「石田様」
「馴れ馴れしく呼ぶな小娘」
「秀吉さんは、どんな方ですか」
「貴様…ッ秀吉様をなんと不躾な呼び方で…ッ!!」
「………教えてください」
思いの外声が落ち着いていた。
朱音の隣に腰を降ろしていた家康は少し驚いたように凝視した。
また雰囲気が変わった少女に二人は違和感を感じずにはいられない。
この城下に出た短い間に幾度もその気配を変える。
ある時は無気力そうに。ある時は俊敏に。ある時はゆったりして。ある時は冷静に。
その根源に至ればなぜ半兵衛がこの少女に固執する理由がわかるのかもしれない。
「朱音殿……君は、一体…」
「………」
「…………せめて知ることができる分は、知りたいんです」
朱音の目はまっすぐ三成を見つめていた。
知って。もしできるのなら、そこから方法を見つけ出す。
「―――――理解できないというのは、秀吉様の器の大きさを貴様は知らぬが故だ」
怒鳴りつけるものと思われた三成も存外冷静な声で朱音に応じ、語りかけた。
どこか不思議な影をみせる彼女の表情を不愉快そうに見るものの言葉を続ける。
「秀吉様は、私を受け入れてくださったお方だ。周りからの讒言に惑わされず、その目で私という人間を評価してくださった。」
「秀吉様は大望を抱いていらっしゃる。それも全てこの日本を案じてのことだ。誰よりも先をみておられるのだ。何者にも劣らぬその掌が全てを抱き、導くのだ」
「貴様が何を見て秀吉様を疑うのかは知らん。いっそこの場で斬り捨ててやりたいが………理解するまでの余地はくれてやる。その間に真実をその目に焼き付けろ」
長椅子に腰掛ける事もなく、立った姿勢のままそれだけ言うと、後は無言になり朱音を睨みつけるように凝視した。それからゲホッとむせた。どうやら家康に無理やり食べされられた団子が喉に引っかかっていたらしい。
はたして彼の言葉と、秀吉が愛しい人を殺めた事実は繋がっているのだろうか。何よりそれが気になった。
優しい人なのは昔から知っている。
三成の言う大望、案じ……その言葉を信じたい気持ちはあるのに、事実が後ろ髪を引く。
≪自分を受け入れてくれた存在≫
≪己の意志を持つ人に憧れる≫
きっと、半兵衛がいつしか言っていた≪彼≫は三成の事だったのだろう。
ぼんやりと考えていると、呼吸が落ち着いたのかまだ刺すような視線が自分に注がれていることに気が付いた。
「いかがなさいましたか、石田様」
声を掛けてみたものの、ぶすっと膨れたまま凝視し続けるばかり。隣の家康に視線を流したが家康も彼の行動の意図が掴めないのか首を傾げた。
「どうしたんだ、三成」
「………」
口に出すのが面倒だったのだろうか、無言での足元に屈むと彼女の小袖を膝上まで一気に捲り上げた。
突然の事に家康が顔を赤らめて声を上げた。
「み、みみ三成!!何をしているんだ!」
「…あ、」
「さっさとなんとかしろ。血水が鼻につく」
捲り上げられた朱音の膝は出血していた。よく見ると小袖にも少し血が滲んでおり、恐らく巨漢を地に伏せた時に強く擦りむいていたのだろう。
本人は自覚がなかったようだが、臭いに敏いのか三成は不機嫌そうに睨めつけた。
手持ちの布で血を拭ってはみたものの出血は止まらない。このまま適当に膝を縛っておこうとしたところ、
「包帯なら儂が持ってるぞ」
家康が白く清潔そうな包帯を朱音に差し出した。
彼によれば、常に怪我をしても大丈夫なように携帯するようにと家臣一同から言い付けられているとのこと。
家康は武器に頼らず、自らの拳で戦う戦法をとっている。そのため、自分の身体も他の者に比べ傷が生じやすい。
「朱音殿、じっとしていてくれよ」
いえ、自分で巻けます。と言おうとしたが家康の方が先に屈んでしまった。
やはり軟禁生活や先ほどの出来事による疲労か。下を向こうとするとやや眩暈がした。身分あるものに膝を折ってもらう事は心苦しいが、このままお任せするしかないか、とお礼を言おうとしたところ、
「………あれ、おっかしいなぁ…」
「あの、」
「いやいや、大丈夫だ。儂にやらせてくれ」
試行錯誤しながらせかせかと巻き直す家康だが、どうにも綺麗にできないでいる。
時間がかかることは仕方ないし、別に朱音は構わない。
しかしこうも何度直していれば……
案の定眉間に皺を寄せた三成がイライラした面持ちで怒鳴った。
「どけ家康!愚図愚図するな!!」
「あッてて!待ってくれ、もうちょっとなんだ」
「遅い上にこの上なく下手だ貴様は!」
バシン!と家康の背中を叩いて押し退けると朱音に向かって膝を折りさっさとよれよれの包帯を手元に巻き戻した。
あっという間に元の形に綺麗に戻された包帯。
「小娘、押さえていろ」
血を拭った布を折りたたみ膝に当てているよう強引に押し付けると、三成は一気に巻きつけていく。
迷いもない上に素早く、的確。
朱音も家康も思わず目をぱちくりさせてしまう。
完成した膝の包帯処置はまさに完璧だった。
巻き加減もきつすぎたりはせず、動かしやすいように施してあるようで、二人は素直に感心した。
「す、すごい、です…」
「意外だな、三成。お前細かい作業は苦手じゃなかったのか?」
「私がいつ不得意だと言った家康。こんなもの刑部の手伝いで慣れている」
「ぎょうぶ…?」
まだ疑問符を浮かべる朱音とは対照的に納得したように家康は大きく頷いた。
手慣れたようにするする巻いていく様子をずっと見ていたわけだが、その瞬間は不思議とそれまでのギスギスした様子とは違い、とても細かいところまで気を配って、繊細に扱ってくれたような雰囲気が感じ取れた。
朱音のような素性の知れない相手にも、無意識ににそう接してくれたというのなら、
「石田様は、そのぎょうぶ…とおっしゃるお方と、とても親しい間柄なのですね」
「………」
思ったままを言葉にしたら、ものすごい無言で睨みつけられた。
不快感を示したというよりも、言葉の意味が理解できていないらしい。そのままの意味でしかないのだけれど。
つまりは、彼は『当たり前の事を何故わざわざ告げてくるのか』とでも思っているのだろう。とても心の澄んだ人だと朱音は感じた。
「面白いやつだろう、三成は」
三成に対し小さく微笑んだ朱音に気づいて家康も笑顔で言った。
頷いて肯定してみれば、二人して何を笑っている!と三成が詰め寄ってきた。
「徳川様はもしかして、そんな石田様に憧れているのですか」
「…?」
「…まいったなぁ、こら朱音殿。そんな堂々と言ってくれるなよ」
穏やかな声に照れ隠しを混ぜて、痣や肉刺だらけの優しい拳が小さく朱音の額を小突いた。
憧れる気持ちはとてもよくわかる。
とても眩しい。真似することなんてとても叶わない。
進み方が違うのか。生き方が違うのか。なんにせよ、同じ場所へは簡単には立てないだろう。
それを知っているからこそ――――――
「……全く、どこまでもそっくりだなぁ」
「?」
「君にそっくりな奴がいるんだよ。今度会ってやってはくれないか?」
そう言って家康は腰を上げた。三成はまだ状況がよくわからないのか家康に詰め寄っている。
脚も処置して、たくさん食べたことだし、と朱音の腕を立ち上がるために引き上げると家康は笑顔で言った。
「せっかくの気晴らしができる機会だ。時間と元気の許す限り、もう少し見てまわろうか、朱音殿」
.