3.散策
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
内で駄目ならずばり外だよ。
先日の秀吉との対面がまさかああいう展開というか過去をこじらせていたとは僕の調査が足りていなかったようだ。反省しよう。でもこれは慶次君のせいだからね。
さて本題だが、今の朱音君の様子では何度顔を合わせ話をしても無駄だ。どうも豊臣に悪印象を持ってしまったらしい。城の中で軟禁状態だしその上僕たちに従え従え言ってしまったのだから無理もないだろうけどね。僕も少しばかり焦りすぎていたね。
そういうわけでおそらく彼女の中に生じている『豊臣軍は悪の組織』的意識を払拭するべく今日はちょっと彼女に気分転換を勧めてみようと思うのだ。
「ああ、結構です」
「間髪入れないで拒否するとはね…外の空気も吸えるいい機会じゃないか」
ノリが悪いぞこの子。逃亡を視野に入れてない点はまあ評価できるがこうして策(ってほどでもないけど)に乗ってくれないものよろしくないね。
「私は考える事があって忙しいのです。せめて城内にしてください」
「意外と物を言うね。でもそれこそダメだよ。今の君に軍の情報を与えるのはね」
「欲しいのは軍の仕組みの情報ではなく、ここにいる人の情報です」
「何が違うんだい」
聞かなくてもわかるけどあえて聞いてみる。
「個人個人について知りたいのではなくて、この軍を総合しての人々の意識や志向です」
「君なんか急にわがままになってないか」
「あらあら…そうでしょうか。そういうあなたは今日は上機嫌といいますが何といいますか…」
「わかるー!?実は今日は秀吉の肩に乗せてもらって城の中を一緒に散歩したんだ!で、頑固な君にも一旦気晴らしさせてやってはどうかって秀吉からもね。感謝しなよ、秀吉に」
「………」
秀吉に肩車諸々を散々してもらった過去がある事は口にしない方がいい、と彼女が判断していた事を僕は知らない。
*******
「…で。どなたですか、あなた」
「貴様こそ誰だ!半兵衛様の命でなければ貴様のような咎人に…!」
「ああ、たしかあなたは、黒田様を引き摺って行った人…」
「官兵衛?あの穴熊がどうした!」
「あなぐま…?」
「おい、真面目に歩け!煩わしい!」
「あなぐまって、どういうことです?」
「黙れ!さっさと歩け!」
「あなぐま、あまぐまって……なんだか、あまなっとうと似てる…」
「………半兵衛殿」
「なんだい?」
「三成は城門前の子どもと何をしているんだ?」
「ああ、あの子はね、ちょっとここで軟禁してる子なんだけどね」
「な、軟禁!?なぜあんな子が…!?」
「まぁまぁ色々な事情があってね。それでね、あんまりに気が滅入ってしまっているようだから気晴らし兼豊臣の政の素晴らしさから理解してもらおうと思ってちょっと城下の案内役に三成君を」
「――――――は、半兵衛殿!頼みがッ!!」
常に素早く無駄のない行動を本能的モットーとする三成こと石田三成にしては珍しく、このいまいち動きの鈍い少女のせいで城門付近でもたついていた。
あまなっとうとか訳の分からぬことを言う娘に対し頭に来たのか、あっさり抜刀して斬りかからん様子だったのだが、その場に介入してきた人物によって漸く事が進み始めた。
「何故だ家康ゥゥゥゥ!!何故貴様がついてくる!」
「許可は半兵衛殿にもらった!お前一人にこの子を任せるのは危ないだろう」
「ほざけ!私一人で事足りる!」
「まあまあ、そう言うなって」
「…どなたです…?」
「おっと、すまない。ワシは三河ノ国の将、徳川家康だ。よろしくなっ……ええっと…」
「…朱音です」
「そうか、朱音殿だな!ちょっとじっとしててくれ」
思考に明け暮れ、半無気力でふらつく朱音を心配して、軽々と家康は持ち上げて歩き出す。
特にコメントもなく為すがまま運ばれる朱音は徳川様の腕は逞しいなあ、それはさておき秀吉さんの事を…と寝ぼけているようにぼんやり考えていた。相手が武将、ということを知っても驚かなくなったのは進歩と言えるのか、はてさてどうなのか。
気配が尖りまくって、こちらと家康にガン飛ばすいる三成に対してもノーリアクションをキープ。
言葉一つに甲斐甲斐しく噛みついてくる三成を宥めるいつも通りのやり取りをしつつも、彼女にも気を配る家康はこの場でに必要な存在だろう。
*
「見よ咎人!これが秀吉様がお治めになられている地だ!立ち入る許可が与えられていることを光栄に思え!」
「咎人は止めよう三成。だが、ここがよく栄えているのは確かだな」
高揚しているのか、まだ機嫌が悪いのか判断に困るラインの案内をする三成に家康は呆れながらも笑う。
さて、と家康は朱音を下に降ろした。
普段なら彼にお礼の一つでも言っていたのかもしれないが、どうにも朱音の精神はもやついたままで言いそびれてしまった。
「まず、何か食べたいものとかあるか?」
「おなかすいてませんが……」
「いや、きみの場合そういう問題じゃない気がするぞ」
「家康ゥウゥゥゥゥ!勝手に話を進めるなァァアアァァ!」
「落ち着けって三成。この子、お前みたいにやつれているし、まず何か食べさせんと本当に死んでしまいそうだろう」
「それがどうした!」
「大問題だろう!半兵衛殿はこの子の死は望んでいない」
一瞬己に失礼なことを言われた気もしたが、グッ、と三成は言葉に詰まった。
正直この二人はなぜ朱音が豊臣に捕まっているのか知らないので半兵衛の目論見も知らないに等しい。
時間がない、という彼の武力の代わりとして期待(?)されている人間だと知ればどんな反応をするだろうか。
なんにせよ、朱音自身が豊臣に協力する気は起らない。
豊臣、秀吉
なにが彼を変えてしまったのだろうか。
なぜ、愛していた人を殺してしまったのだろう。なにが彼をそうさせたのだろう。
(わたしは、)
(わたしは、どうしたらいいだろう…)
秀吉の考えは一向に理解できない。でもきっと相容れないのだ。
でも、なんとか、どうにかしてかつての彼に戻すことはできないのだろうか。
慶次はどう思っているのだろう。慶次の意見も聞きたい。きっと何か事情も知っている気がする。
くるくると様々な思考が秀吉と再会して以降、朱音の頭の中を駆け回り続ける。
意識は現実にあるようで、切り離されているような偏集中状態の朱音の耳には城下の喧騒も二人の騒がしいやりとりすら届かない。
ただ、呆然と立ち尽くしているだけ。
その様子は一般人、とも少し違うがわざわざ警護が固いところに留めておく存在にはとても思えなかった。
「なぁ、三成」
「黙れ」
「なぜ半兵衛殿はこんな子を豊臣で捕えているんだろうな」
「余計なことを詮索するなと言われていないのか」
「言われているさ。だが、」
「………ふさわしくないのは確かだ。こんなフラフラした脆弱な小娘が秀吉様と半兵衛様のお手を煩わせているなど……!」
「なんでなんだろうな」
「知らん。それで、次にこの娘には何をすればいいんだ」
「考えてなかったのか三成!?」
じゃあやっぱりまずは食べるものをこの子に……と家康が三成に説明をしようと試みようとしたその瞬間、
突然、爪弾かれたように朱音が走り出した。
今までのように覚束ない足取りではなく、確かに強い意志を持って迷いなく走り出していた。
唐突にかなりの速さで走り抜けていく朱音に気づいた三成が怒りに満ちた声で叫んだ。
「なにッ!?おのれ、貴様ァアアアアアア!」
「な、なんで急に……!?」
二人の頭では同じことを考えていた。
我々が油断した隙にあの少女は逃亡を試みているのだと。
俊足で後を追い出した三成だが、路を行き交う人々の合間をうまく避けられず、突き飛ばすわけにもいかず苛立っていた。
それでも家康よりはずっと速く移動しているのだが、なにより朱音は慣れているのか軽々と進み二人と確実に距離を開けている。
「止まれ咎人ォッ!!」
城下町では三成の咆哮を聞いた人々が何事かと立ち止まり、振り返り、事態を目の当たりにしている。
(きっと三成だけじゃない。軟禁される必要のあるあの子の周りには見張りの忍も潜んでいるはずなのに、それすらも全部避けて走っているのか…!?)
野生動物並みといってよいほど気配察知に長ける朱音は目的を追って距離を詰めていく。
あと少し、もう少し…!
(捕まえた!)
「貴様ァ!この場で切り捨ててくれる!その首を晒…ッ」
朱音が足を止めた数瞬後に三成は追いつき、その光景を見た。
「なんのつもりだ…?」
「み、三成待て!斬っては………!…朱音殿?」
「ア゛、ッぐ…!は、離せッ、このッ」
「ならば、その懐の物を」
朱音は自分より一回り以上大きな図体の男を地面に捻り倒していた。
小柄な体の腕も脚も器用に無駄なく使い、あろうことか男の動きを完全に封じることができていた。急激に身体を動かしたため息も上がっているようだが、無理やり抑え込んでいるようだ。相手に侮られないように。
「これ以上力は加えませんから、お願いします」
「ざ、けんな…!」
「…あの子、泣いていました。どうか…」
子どもを泣かせてはいけません。そう静かに告げた。
なお喚き続ける男に対し、無言でそれ以上力も加えることもなくただ拘束する様はひどく冷静だった。
「朱音殿、」
「そこのは盗人か?」
二人の問いかけに朱音は頷いた。
荒い呼吸を抑え、低い平坦な声のまま説明した。
立ち止まっていた時に女の子の泣き声が耳に届き、前方を見ると銭袋を握った巨漢が逃げるように走るのが見えたらしい。
こうした場に遭遇するのは慣れていたため、身体はすぐに走り出した。
それまで呆然としていたが、子供――――――幼い子供の泣き声だけはしっかりと聞き取れた、と。
巨漢に微動だにさせない拘束をしたまま、もう一度朱音は口を開く。
「これ以上拘束し続けるとあなたの身体の血の流れが悪くなり、今後身体を動かすのに支障が出るかもしれません」
自分もそんなことはしたくない、という言葉は飲み込んでじっと巨漢を見詰めた。
そうしたら、男はついに観念し拘束が解かれると子供から奪った銭袋を打ち捨てた。
短い時間であれど関節など的確に拘束されていた手足は痺れ、うまく動かせないらしい。
「秀吉様がお治めになるこの地で罪行するとは、貴様ァ…!おい、この盗咎人を連れて行け!」
家康の察した通り、付近にも忍が数人潜んでいたらしく巨漢を詰所に連れて行くように鬼のような形相で三成が指示した。
それから忍と状況を確認をしているらしく、話し込んでいる彼をよそに一人で元来た道を歩き出した朱音に家康は追いついた。
「それを盗まれたという子どもに渡しにいくのか?」
「はい」
「よく盗人が出たなんてわかったものだ」
城下についた時とは打って変わりしっかりした足取りで歩く姿に少し困惑しつつも隣を歩く家康は彼女と言葉を交わす。
「泣き声が、」
「ん?」
「泣き声が、嫌いですから」
「………争いも、嫌いか?」
「一番大嫌いです」
「………」
「なにか?」
「いいや……そうだな、ワシも戦は早く終わらせたいと思っているよ」
いまいち距離感の掴めないままに、銭袋を盗られた女の子の元へ辿りついた。
親からおつかいを任されていたのだろうか、朱音たちがそばにやって来るまで気づかずにずっと泣いたままだった。
そんな女の子に視線を合わせるようにしゃがみ銭の入った小袋を差し出した。
「大丈夫ですか、」
「…こ、れ……あたしが…!取り返してくれたの…?」
笑顔を浮かべ優しく頷くと、女の子は気が緩んだのかさらに泣き出した。
ありがとう、ありがとう、と朱音に抱き着いてお礼をいう女の子を抱きしめ返しながら頭を撫でる。
「……もう泣かなくていいんです。大丈夫です、泣かないで…」
そう言った瞬間の彼女の表情は言葉に出来ないほど、さまざまな感情が込められていた。
様子を見ていた家康は思わず動揺した。
その言葉と雰囲気は、知っている気がした。
ああ、嫌いだ、大嫌いだ。と。
自分の無力さを知るだけだ。と。
もう、泣く必要はないだろう。とも。
彼は、そいつは………
「何がどうなっている、家康」
後ろから声に不意を突かれて慌てて振り向くと忍勢と別れ、戻ってきた三成が怪訝そうな表情で立っていた。
家康が説明している間に朱音は女の子に別れを告げていた。
「お気をつけて」
「本当にありがとう!朱音お姉ちゃん!」
「………というわけだが、」
「……家康」
「?」
「この娘は何だ」
三成が背後に視線を向けるものだから、もう一度視線を戻した。すると女の子がいなくなったことで気が抜けたのか、凛とした気配は消えて充電切れのように地べたにへたり込んでいる朱音がいた。
急いで声をかけると大丈夫だとは言ったものの、抑えていたものが溢れ出たように疲弊したのか立ち上がることすら困難らしい。
その様子すらも、
(………ここまで顕著ではないが、確かに)
家康の知る人物に似ていた。
.