2.心
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「――――――………ぇじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
遠くから声が聞こえる。
『ぅおぉおぉぉおおおおぁあぁぁあああああ!!お館様ぁあぁぁああああああ!!』
幸村だろうか。
じゃあみんなも側にいるのかもしれない。
ああ、こんなさむいところで寝ていたらまたひかりに怒られてしまう。
早く起きてみんなに会いに行こう。
降ってきたのは薄暗い空間だった。
ここは甲斐ではなく、誘拐先の座敷牢。
なんて思い違い、ひどい幻覚だ。甲斐に戻れているはずがないじゃないか。それにお市や慶次がどうなったのかすらも…
そう落ち込む前に幻想の引き金になった絶叫が割り込んできた。
「なぁぜじゃぁああぁぁぁあああああああ!!こ、ここは、どこじゃあぁぁああああああ!!」
がしゃん、がしゃんと騒がしくこちらに向かってくる人がいる。誰だ。
朱音は警戒して身体を起こそうとしたが、弱り切った身体はどうにも力が入らない。結局横になったままで、その人物と対面することになった。
「あ、ありゃ!たすかった!ちょいとそこのお前さん、ここがどこなのか教えてくれないかね」
大柄な図体。前髪を垂らしていて目元は見えず後ろの髪も長さがあるようで一つに括っている。
だが、図体にそぐわなく困ったように自由の利く両腕を大げさなくらいブルンブルンと振り回して、牢の格子を大袈裟に掴むと、その中の朱音にたずねてきた。
「……しりません、が…」
掠れ掠れだが、声を絞り出した。
というか、むしろ知りたいのはこっちです、とおじさんをじっと見つめた。
「コラ、小生まだおじさんじゃないぞ!そんな目でみるな!……と、ここは座敷牢なのか………じゃ、じゃあお前さん座敷牢の中にいるじゃないか。なんだってこんな子どもを」
「子どもでは、ありません…っ」
「嘘言うな。十代前半なんてまだまだ子供だ」
「十代後半です…!」
「まじか。えらく童顔だな。……ふむ、」
顎に手をあてじっと朱音を見てくるおじさんは何を考えたのか、どっかりとその場に腰を降ろした。
わけがわからず、朱音が不審そうにしていると。
「少しばかりお前さんの話を聞いてみたくなったよ。なんだってこんなところにいるんだ?」
「あなたは、道に迷われている最中、でしょう…」
「三成に追い回されて、走り回って疲れたのが正直なところだ。で、お前さんの名前は?」
この人がどんな人なのかさっぱりわからないが、妙な物好きで、変わり者なのだということだけは理解できた朱音だった。
*
「朱音な。小生は黒田官兵衛だ」
「黒田さま、ですね」
「小生をそんな恭しく呼んでくれる輩は久しぶりだ……ちみっ子でも、小生感動しちまうぞ…!」
「ちみっこ…?」
「その前にそこの飯くらい食ったらどうだお前さん。見たところ、かなり弱ってるだろう。いや、それもできないほどなのか?誰か呼ぶか?」
どっかり座っている官兵衛が指し示したのは、横たわる朱音の側にちょこんと置かれたままになっている握り飯だった。
ちなみに捕まって最初のあたりはそれなりにちゃんとした膳だったのだが、朱音が意地でも食べないためいくらか簡素化されたのだ。
『人間らしいことしないと、本当にからくりになるよ』
どうにも癪にさわるし、相変わらず食欲はないのだが無理やり口の中に押し込んだ。口の中に物が入るのは本当に久しぶりの感覚だった。数回噛むだけでさっそく顎が疲れた。
なんとか上体を起こせた朱音は官兵衛と向き合った。実は彼に対しての警戒心は殆どなくなっていたのだ。なんだか嘘が下手そうだから。
「失礼なこと考えてないか、お前さん」
「いえそんなことは」
*
「ほう、半兵衛がな。アイツの趣味は小生にも理解出来んよ」
「お知り合いですか」
「そらぁ同じ豊臣で軍師だからな。『二兵衛』だぞ二兵衛!………ん、お前さんここが大坂城だってことすらわかってないのか?」
「とよとみ、おおさか?」
「摂津の大坂城だよ……知らないのか!?」
「いえ、その、地名や地理にはとんと弱くて…わかるのは京くらいです」
「ひどい箱入り状態だったんだな。どこの国のお姫さんだ」
「姫ならばもっとマシな待遇だとおもいませんか」
「なんだ、逆玉は狙えんのか。ツキが回ってきたと思ったのに」
逆玉=逆・玉の輿
曖昧な笑みを返す他なかった。
目の前のおじさんが軍師、それも竹中半兵衛と同等?の立場だったことに驚いたのも内緒の方向で。
「それで、半兵衛はお前さんの武力を評価したと言ったそうだが、小生にはお前さんにそんな力があるようには到底見えんよ」
「実際、過大評価でしょう」
「小生絶対安く見られてるな、こんな小娘より弱くはないぞ!」
「…そうでしょうね」
「何よりお前さんに武器は似合わん印象を受ける。豪華な着物着て大人しく座ってる方が相応だと思うのだがね」
「…、」
素直に驚き、じっと官兵衛を見たが、官兵衛も、うん?と首をひねるように不思議そうに朱音を見ている。
「なんだ、小生妙な事言ってるか?」
「……いえ、懐かしい言い回しだなと」
大人しく待ってろ、お前は重たい着物でも着て座ってればいい。
そう言っていたのは、少女の兄だ。
生きていればこの人くらいの……いや、さすがにもっと若いか。歳がより近いのは佐助くらいだろうか。
「んん?なんだなんだ、やっぱ姫さんなのか?」
ずいずい迫ってくる官兵衛に首を振りながら、同じ言葉を切りかえした。
「わたしは、戦って皆を守りたいんです」
いきなり宣言するように言い放った朱音に官兵衛はきょとんとしたが、すぐにニンマリと笑った。
「捕まっていても諦めないって面構えだな………面白い。
――――――朱音、お前さん気に入った!豊臣軍やら半兵衛が嫌なら小生んとこに来い!」
「…え、あなたはこの軍の…」
「いやいや小生、今はこうしてココで大人しくしているがその機が来れば――――――」
「官兵衛ェェエエエエェェエエ!!貴様ァアァァアアアアア!!」
気配を感じたのとその人物が現れたのはほぼ同時だった。
一瞬後には、すでに官兵衛の首根っこが突如現れた者によってふんづかまれていた。
一瞬朱音と目が合ったが、興味がないのかすぐに官兵衛の方へ視線を戻した。
「あ"ッ!?イデデデデ!み、三成!離せぇえええ!」
「貴様…自らの失態から逃げ出したくせに何をふざけたことを…!!」
竹中のように真っ白な髪なのだが、彼と較べると全体的に刺々しい気配をまとっている。
実直でぎらついた瞳は容赦なく官兵衛を睨みつけていた。
「あれくらいいいじゃないか!いちいち細かいんだよお前さんは!」
「大砲の整備と称し壊すことのどこが細かいだァアアアアアアアア!さっさと戻り、戻せ!直せェ!」
「引っ張んな引っ張んな頼むから!………ああ!朱音!小生の話、考えといてくれよ!」
三成と呼ばれた人物にずるずると引きずられながら、断末魔のように告げる官兵衛に朱音は唖然とする他ない。
けれど、本人には聞こえていないだろうけれど「ありがとう」と言っておいた。
方向はどうあれ一度決めたことは諦めない…。見失わない。それがわたしだ。
容易く惑わされてなるものか。
彼のおかげで、あの頃からの自分が取り戻せた気がした。
だから、ありがとう。
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