30.はじまり
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「………もう、よいのですよね…?」
「………そうですね。認めたくない、というのがこのひかりの本音ですが」
ひかりの優しい手つきで、最後の包帯がしゅるりとほどかれた。
「完治おめでとうございます、朱音様」
「はい、ありがとうございます。ひかり」
常日頃纏う胴着の襟をキチンと整えた朱音はぴょんっと跳ね上がり両手を振り上げた。
「これでようやく…!」
「…この武田から、居なくなってしまわれるのでしょう…?」
「…あっ、ええと……、で、でもまた帰って来ますから!」
「わかっておりますわ。朱音様も聞かん坊ですからね」
すっと手を差し伸べて来たひかりの旨に朱音は迷わず飛び込んだ。記憶がなかった時と同じ様にぎゅーっとお互いを抱きしめあう。
「ひかりーっ」
「お変わりありませんね。やはり朱音様は朱音様です」
「えへへ……ひかり、大好きでござる、ですっ」
「無論ひかりも朱音様が大好きでございますわ。何度も申し上げますが、」
「『ご無理をしてはなりません』!…ですか?」
「ご承知いただけているのならば、構いませんわ」
「大丈夫です。お市様も一緒なのですから、本当に危ない事は避けるつもりでいます」
身体を離した二人は、もう一度向き合う。
「ひかり、本当にありがとう。」
「お礼を申し上げるべきはこちらですわ。この数ヶ月、とても楽しかったです。………この命もお守りいただいて感謝しきれませんわ。どうかあなたの行く先に、幸多からんことを」
心から案じ、未来を祈る言葉。
それを翳ることなく素直に受け取れた己はやはり少し成長できた証だろう。
「さぁ、そろそろ皆様にもお知らせに行ってはいかがでしょう」
「はい、いってきますっ」
*
「どうぞ、入って。…今日はとても嬉しそうね、朱音」
「はい、怪我が全部治ったんですっ。あ、これひかりから預かってきました」
お二人でどうぞって、と包みから桃色の練り切りを取り出してお市に差し出す朱音の表情はいつもより輝いていて、お市も微笑む。
「おいしいわ」
「白餡ですね」
「……そうね、ここ二ヶ月で朱音、包帯もどんどん無くなって随分と顔色良くなったもの。幼い子は治りが早くていいわね」
「わたし、もう17歳ですよ」
幼くありません、と抗議の声を上げる朱音にお市はくすり、と笑う。
「知ってる」
意図的らしい。明らかにからかうのが目的だったようで余計に質が悪い。
「お市さまっ!」
「はいはい、頬に餡子ついたままよ朱音」
「え、ぅ嘘!?」
「嘘よ」
「お、お市さまっ!」
「嘘。ついてるわ」
「も、もう騙されません!」
「本当よ」
すぃっと伸びたお市の手のひらが先に朱音自身が触れた方とは反対の頬に触れ、餡を取り去った。
この餡子は肌に付きやすいものじゃないのに、面白い子ね。とお市が考える傍らで朱音の顔は案の定真っ赤になっていた。
仲良く会話ができる。のは今や当たり前になっているのだが、最近はお市に朱音がちょっぴり翻弄され気味のようだ。
「お市様ずるいです…!」
「うふふ……市は楽しい」
それで…、と朱音が間を置いて仕切り直す。
「本当にわたしと一緒で旅なんて……よろしいのですか?」
確認を込めた疑問にお市はゆっくりと頷いた。
「うん。朱音こそ、甲斐を出てしまって…本当にいいの?」
この甲斐にいる朱音は沢山の人と一緒に幸せそうにしている。なのにその安心して過ごせる場所から離れていこうとしている。本当にそれでいいのか、とお市は訊きたかった。
朱音はすっと背筋を伸ばして答えた。
「はい。迷いはありません。楽しみなくらいです。これから諸国を回って見聞を広めて……」
「広めて、」
「………沢山のものを得て帰ってきたら、武田の皆様の本当の意味でお役に立てるようにもなれるかなぁ、と」
「………うん。わかったわ。それなら大丈夫ね」
「あ!この事、皆様には内緒です!」
「真田さん達にも?」
「知られたら、恥ずかしいです、から……」
「可愛い、朱音」
「ぉお市様!子供扱いしちゃ駄目です!」
「ふふふ…」
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