29.うらら
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斬られた。
明智光秀と名乗った男と交戦した結果だった。
銀色に鋭く光る鎌刃が彼女の身体を抉って、内側で動きを止めた。
刃の冷たい感触が全身に巡り、徐々に熱く熱くなって、確実に痛みを重く、鋭くさせる。
瞳孔は開かれ、額には脂汗が浮かぶ。
「―――――ッぁ……ぐ、……ッ! ぁぁあああッああァああアアああああアアアぁああアあああ゙ッ!!」
ぐちゃり、と。
身体に食い込んだままの鎌をゆっくり掻き回された。
自分のものとは思えないほど、裏返り枯れ叫ぶ喉。かつてないほどの激痛が彼女の身体を何度も幾重も走り抜けた。
クツリ、と愉しそうに嗤う銀色の死神。
「ああ…こうでなくては。実に、いい泣き声ですね……」
満足気に呟いたかと思えばまた、ずりゅ、と鎌を揺らす。
周りに充満するのは炭と人が燃える匂い。熱気も相成って視界が定まらない。
刃を身体の内側で掻き回され、絶叫し続ける彼女の意識はもう途切れそうだった。大量の血を失い、痛みで全身の感覚がなくなっていき指先を動かす事すらままならない。息を吸ったり吐いたりする度に肉が呼応し、さらなる激痛が生じるため呼吸も狂いそうなくらい不規則になっていた。
命が、消える、
わたしは、死ぬ
そう思った。
身体を穿つ刃に揺さぶられる思考が、走馬灯のように走り出した。
幼い頃からの葛藤が蘇る。
尊敬していた父上のように生きたい。
大好きだった兄上のように生きたい。
―――――でもそれって、どんな生き方なの?
戦に赴くのは守る為だって、いつか父上は言っていた。
ならば、わたしも生きるのなら何かを、誰かを守りたい。
―――――もう何も、誰も居ないのに?
じゃあ何を?じゃあ誰を?
殺し合いなんて嫌い。戦なんて嫌いだ。
その地に赴けず、そして残された人の悲しみは蔑ろにされるばかりだ。
命は尊いと、父上はずっと言っていた。
なのにどうして殺し合いが続くのだ。
誰か、止めて。もうやめて。
こんな方法じゃ決して誰も幸せになんかなれない。
……………だったらわたしが、その尊い命を守りたい。
そう、全ての戦が終わるまで。
誰にも戦場で死んで欲しくない、戦で心を傷つけられないで欲しい。
いたずらに死んでゆく人々を減らすために。
その為に力が欲しい、何者にも負けない強さが……!
―――――――もしも、その中で死ねたら、わたしは満足するだろう。
父上の言っていた通り、『守る為』に戦って、やっと死ぬのだから。
わたしの側にはもう誰もいない。だから死ぬ時に遺す誰の事も気にする必要はない。
《―――――ろく!》
今までごめんなさい。
でも、そう。わたしははじめから一人ですから、気にしないで。
どうか、忘れてください。
――――――――朦朧とした意識はまだ現に在る。
培った過去に拠って、彼女の瞳はまだ光を宿す。
「……ァ、……が、…ッ」
―――――――彼女の目の前にいる人物
“この者だけは例外だ”そう判じていた。
これまで少女が戦いまた守ってきた人々に必ず在った、戦地にいる者の緊張感、必死さがまるで窺えない。それが、意味することとは。
彼女はこれから、ただこの男の歪んだ快楽のために消費され、死んでゆくのだろう。
(そんなことの為だけに……!)
守る為に戦ってきたのなら、守る為に殺されたい。そうずっと思っていた。
なのにそんな己の目的と対極な理由で死ぬのは―――………、
「――――――ッぃやだぁああッ!!!」
まさに火事場の馬鹿力。
ギリギリ手の中にあった薙刀を気力だけで両腕で握り直し、柄で強引に鎌を己の身体から弾き抜いた。
必然生じた気が狂いそうなくらい激しい痛みが全身を襲う。
しかし負けじと、左手だけで薙刀を持ち僅かに体勢を崩した明智に追撃した。
彼女に抵抗する力はない。そう思って相手は完全に油断していたのだろう。
明智の身体が宙に舞ったのを確認すると、彼女は武器を投げ棄て、傷を押さえて走り出した。
夢中で走り火の海の寺院を抜け、傍の木々へ、やがて森の中へと飛び込んだ。
ここでは死ねない。死んではいけない。こんな死に方はいけない。胸の中で響くのは、その一心だけだった。
*
出血が止まらない。全身の痛みが引かない。
寺院を抜けてどこともわからない深い森の中。暫くさまよい続けているが、人の気配はない。
ついによろめき倒れた。止血のために抑える力すらも入らず、身体の下にあっという間に赤い赤い血溜まりが描き出される。先程斬られたばかりの髪も散乱し、血を吸って赤く染め上げて重たく感じた。
傾いて不規則に揺れる世界が瞳に映り、己の命ごと揺らめき始めた事に彼女は気付いた。
わたしはこのまま死ぬのだろうか
折角逃げてきたのに
いや、もしかしたらあの人はまだ追いかけてきて今度こそ殺されるかもしれない
こわい、誰か助けて…
…いない、助けを求める人なんて。
助けようとしてくれた人たちは確かにいたのに、わたしが拒み続けたんだ。今更そんな都合よくすがってはいけない。ごめんなさい
ああやっぱりそう、わたしには、もうずっとなにもない。
あのときから、ちちうえやあにうえや原の人たちを失ってから誰もいなかった。じぶんでそうえらんできたくせに、今更なにを。
そう、だからこそ、わたしは戦でくるしむひとびとをたすけなくちゃいけないのだから、こんなところでしねない
はやくおきてうごいて、わたしのからだ
はやくたちあがって、ねぇ、おねがい
おねがい、
おねがい、
おねがい、
おねがい、
おねがい、
おね、が、―――――――――………