27.炎
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「あ、てて……ッ!」
「……大丈夫?」
「うーん、ちょ…っとだけ、ヤバイ、かも」
「……ごめんなさい、これもぜんぶ…「あ!あぁーあ!やっぱもう大丈夫!ね?」
「……ほんとう?」
「おう、ほんとー」
「でも、あなたの血、止まってない…」
「い、いや………その…ね?」
*
「おやかた、さま……」
目の前に横たわっている大きな身体は甲斐の治者、武田信玄。
その身に刃が斬り込まれ深い水の中に沈み、引き上げられたものの今尚衰弱している身体。
これは朱音が東国連合軍に混じって出陣する少し前の話。
既に格好はひかりにより半ば強制で着替えさせられた幸村の昔の戦装束を纏っていた。
眠るお館様の傍らに一人座ってじっとその顔を見つめていた。一人でお館様に会いたいという申し出を受け入れてもらい、ひかりは外で待ってくれている。
朱音は傷ついた人を見るのも大嫌いだった。血を見るのも青痣を見るのだって大嫌いだった。そんな傷を作らせる戦や争いなんて一番大嫌いだった。
一命を取り留めたもののお館様の顔色は悪い。とても悪い。もしかしたらもうこのまま目覚めない気さえしてくる。
(いやだ…っ)
「お館様、お館様…」
震える指先でお館様の肩に触れてみた。
やはり目を覚まさない。いよいよ朱音は怖くなった。
「――――……もう一度、ちゃんと……お話したい、のに…!」
あっという間に視界が滲み目頭が熱くなる。
『――――泣き虫さんだねぇ』
ふと、いつかの彼に言われた言葉が脳裏を掠めたがそんな事思い出したって当然おさまるわけでもない。
丸まっていた背中を伸ばし、嗚咽が出そうになるのを抑えながらも朱音は話し出した。
「…晴、信様、なのですよね…、…わたしは…原、昌俊の…、娘で…す…、」
本当、本当に久しぶりに自分の名字と父の名を口に出した。そしたらとうとう涙がこぼれ落ちた。
「……、…ぅ…っ!――――――全てを、失った…わたしを……ここに……置いてくださって……ありがとう、ござ、いました…!」
深く、深くお辞儀をし目蓋をふせていると、ふと、頭に何かが優しく置かれる感覚がした。
目を開ければ、お館様の大きな手が朱音の頭に触れているのだとわかった。
「―――晴信様…!?」
慌てて身体を起こし、お館様の手を両手で握った。
お館様の目がゆっくりと開かれていき、朱音は息を呑んだ。
「は…お館、様…?」
「………朱音、よ」
「―――――!」
『朱音』と呼ばれた。
それが何故か嬉しい感覚が走りまた涙が溢れる。
「……朱音と、呼んで良いか?」
「はい…!」
涙を流しながら頷く朱音にお館様は優しく微笑んだ。
「これから…何処かへ赴くようじゃの」
「やましろ、という国にある、本能寺まで…!」
「表にも大勢の…他国の武士も、居るようじゃの」
「はい…東の国の人たちが、集まっているそうです」
時が来た、か…そう小さく呟くお館様が朱音をしっかり見据えた。
「理由は、できたか?朱音」
少女は固く頷いた。
するとお館様は満足そうに笑った。
「ならば、行くがよい。己の意思を貫いてみせよ。昌俊の娘であるお主なら、きっと果たせよう」
そして拳を握ると朱音の額に小さくぶつけた。
「……はい!」
*
「……ひかりよ」
「如何なさいました、お館様」
「あやつの装束は、お主の仕業じゃな?」
「ご名答ですわ」
武士が抜けた分、屋敷はかなり閑散とした空気に包まれていた。常日頃より戦地には赴かない女中のひかりは慣れたものだが、お館様はどうにも落ち着かないらしい。
看病兼話し相手を務めるひかりはうふふ、と笑った。
「似合っておいででしたでしょう?」
「左様ではあるが……あれは幸村が初陣の時のものじゃろう。朱音はの―――――」
「承知の上ですわ。あんなに可愛らしいのですから無粋ですわよ、信玄様」
「……お主には敵わんのう」
「あら、それはお褒めのお言葉でして?」
(この女中、儂では手に負えんな……)
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