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第2章  九州の大一揆編 炎の魔人と聖火の神

その頃、球磨は益城が連れてきた孤児院の子と、鬼の子供達を広い長屋に寝かしつけた後、湯気が広がる高温の池の周りで、槍を構え、突き、鍛錬に勤しんでいた。そこに、湘がキセルを吸いながら彼に近づいてきた。
「全く君は・・懲りずに鍛錬をして。益城殿の案内で別府まで来て疲れているだろうに、相変わらずの戦バカだな・・・」
湘が呆れながら苦笑いすると、球磨は鍛錬を止め、池や森を照らす満月を見ながら自身を戒めた。
「湘おじ・・・俺は自惚れていたみたいだ。胡桃も紅史郎も天草の民も護りたい。ツクモの言う通り、全てを護りたいというのは不可能なのか・・・?」
球磨は歯を食いしばりながら拳を握っていた。湘は彼の手を優しくほぐした。
「君がこんなに弱気になるとはな。・・・だが、何かを犠牲にして、何かを救うというのは仕方ないのかな」
湘の言葉からは悲しさと重さが感じ取れた。
「湘にも、何か犠牲にして護れなかった者が居たのか?」
球磨は、何を聞いているんだ俺は・・と後悔したが、湘は気にするなと言い、再びキセルに火を付け吸った。
「私の場合は、反対に犠牲の元、護られた方だよ。少し昔話を聞くか?」
湘は水面に映る満月をじっと見つめながら語り始めた。


湘は、関東の相模国三浦で生まれた。父は船頭で、母は海洋族の人魚だった。二人は種族の壁を越えた深い愛情で結ばれ、夫婦となった。そして湘が生まれ、親子三人で仲良く暮らしていたが、幸せな日々は続かなかった。
「母は、一時的に人間の姿で暮らせたが、五年が限度だった。私が四歳の時、母の命に危機を感じたから・・・海王神が連れて帰ったよ。まるで、私達親子を引き離すように・・・・」
湘もまた、悔しい気持ちで溢れていた。球磨は目を閉じ、黙って彼の話を聞き続けた。
その後、父は大好きだった三浦の海を離れ、相模の山間部で城を建てる大工として働いた。人魚を愛したが護れなかった悔しさと、母と子を引き離され、子に辛い思いをさせてしまった罪悪感を償うため、父は身を粉にして働き、若くして亡くなった。
「自分の体を犠牲にして、私が困らぬように学び舎に通わす金を稼ぎ続けたよ。私は父に何もしてあげられなかった・・・。深海に居る母にも会わせてやれなかったよ」
湘が過去を惜しんでいると、球磨はそれは違うぜと首を横に振った。
「湘のお父さんは、償う為に子を育てたんじゃなくて、愛していた母の大切な子だから、一人でも強く生きられるように育てたんじゃないかな。そして、いつかまた母に会えるようにと」
「そうだったのかな・・・?私は父の苦労に甘え続けていたのに」
「お前の父さんのおかげで、今の湘おじが在るんだろ!!犠牲じゃなくて深い愛情だぜ、それは」
球磨は湘の背中をポンポン叩いた。湘はそうだなと微笑し、ぼそりと言うと、彼もまた球磨に質問した。
「そういえば、武家屋敷で君が寝ていた部屋から、変わった小瓶を見つけたのだが・・・ツクモの落とし物かね?」
球磨は小瓶を見ると懐かしい顔をし、口走ってしまった。
「これは!!昔、紅史郎と市場で買った「こんぺいとう」の瓶だぜ。まだ俺の部屋に置いてあったんだな・・・しまった!!」
球磨はうっかりと過去を話してしまい、手で口を塞いだが、湘はもう遅いぞと呆れかえった。球磨は言い訳などせず、潔く自身の正体を明かした。
「いずれは言おうと思っていたんだが、ずっと隠しててすまなかったぜ・・・。俺の本当の名は、暁煉太郎で、紅史郎の兄だったんだ」
「・・・やはりな。そんな事だろうと思っていたよ」
湘は全く驚きもせず、納得していた。
「紅史郎の話をするなり、どこか動揺してたし、やたら屋敷の部屋に詳しかったから、もしかしたらと勘づいてたよ」
球磨は湘の澄ました表情に拍子抜けした。
「そんじゃあ・・今のって、俺に誘導尋問していたのかよー!!」
「はぁ・・君は何でも出来るようで、単純な言葉に引っ掛かりやすいから隠密には向かないねぇ」
「くっそー!!一本取られたぜ・・・」
球磨は悔しそうな顔をしていたが、湘のおかげで、今まで思い詰めていた悩みから解放された気持ちで溢れていた。
「君が私に一言も告げず、敵に突っ込むから試すような真似をしたのだよ。まぁ、私からは皆に君の事を告げぬから安心したまえ」
「ありがとうな・・湘おじ。それと、何も言わずに出てって・・・本当にすまなかった」
球磨は深く頭を下げると、湘はもう気にするなと笑いかけた。すると、益城院長が二人に近づき、優しく語りかけた。
「ここに居ましたか、湘と球磨。モトスと千里が里に着いて、湯に浸かっていますよ。ここの湯は直ぐに体を癒せますよ」
球磨と湘は同時に益城に一礼すると、湘は益城にかまをかけ、尋ねてみた。
「益城殿はこの地に詳しいですね。それに、鬼の一族の長、由布殿とは顔見知りのように見えたのですが」
湘は益城の事をごく普通の神父院長ではないと感じていた。もちろん、邪悪な者では無いと分かっているが、人とは違う神秘さと、幾多の修羅場を乗り越えた強大な力を感じさせた。湘はこれ以上聞きだすのは止めようと口を閉じた。益城は穏やかな口調で言った。
「私も昔は羽目を外していました。鬼の一族とも、その時に世話になったのですよ」
「へ?院長は昔から院長ではなかったんですか?」
球磨は益城の意外な言葉に目を丸くして驚いた。
「私も、色々な人生を歩んで来たのですよ。その中で素晴らしい者と出会えたり、辛い光景も見てきたり。それで私は成長していったのです」
益城は満月を見ながら微かに笑い、独り言のように言った。湘は池に映った満月と益城を見ると、一瞬、彼の側頭部から銀の鋭い角が生えている姿が見えた。
(益城殿はもしかしたら・・・いいや、触れないでおこう)
湘は益城と目が合い、苦笑いしその場を誤魔化した。考えてみれば、人間とは深く関わりを持とうとしない鬼の一族が、私達を受け入れてくれたのは、モトスと千里が、ツクモに操られた信者共から救ってくれた恩がある。また、それ以外にも、益城が私達や天草の民達の受け入れを要請した時、彼は長の由布に言った。
「彼らは、ツクモの魔の手から民達を護るために、天草から連れて来ました。これからの戦いの為、しばし休ませたいと」
「そなたの頼みであれば承知する。モトスと千里にも世話になったからな。今の別府は安全だから、ゆっくりと休息するが良い」
由布は快く承諾した。言葉に気高さを感じるが、一方で、益城をどこか慕っているかのような柔らかい表情をしていた。
湘は益城と球磨の後ろ姿を見て、しみじみと感心していた。
(球磨も益城殿も意外な過去があったのだな・・・。それでも強いのは、その過去を乗り越えたから、今に繋がっているのかな)
「桜龍を呼んで来ようぜ!!久々に男同士で温泉に入ろうぜ!!」
前を歩いていた球磨は湘に陽気な笑顔で誘った。
(球磨は益城殿の正体については、あまり深く考えてないようだな)
湘は呆れながらも、まぁ良いかと微笑した。
「桜龍は由布殿の所に向かい、酒を飲み交わしているそうだ。・・ん?酒!?」
桜龍は下戸だった!!と2人は急ぎ、彼の居る海地獄の池に向かった。益城は穏やかに笑いながら2人の背を見続けた。

満月の光で美しく照らされた海地獄の池の畔に着いた球磨と湘は、側にある林から出てきたモトスと千里に小さな声で呼び止められた。2人は湯から出た後、この場所でこっそりと面白い光景を見ていた。球磨は池の畔に居る人物をじっと見つめていた。
「ん?あそこに酒盛りしてんのは、由布殿と仁摩殿か?」
「2人共、結構な時間飲み続けておるぞ。由布殿は分かるが、仁摩殿も酒が強いな。それに比べると・・・」
モトスは朗笑しながら、女性2人の横に、藁の布団に寝かされている桜龍に目をやった。湘もぷっと噴き出しそうに笑った。
「あの者。酔ってハメを外さなくてホッとしたよ」
「桜龍さんそっちのけで、女性同士で盛り上がっていますね」
千里も肩に乗っているリスや小鳥と戯れながら言った。
「おお!!お主達も飲むか?是非とも、皆の武勇伝を聞きたいぞ」
由布は4人の姿に気付き声をかけた。仁摩もほんのり桜色の顔でお辞儀をした。そして皆は丸太の椅子に座り、酒盛りを始めた。それに気づくことなく桜龍は隣でスヤスヤと眠り続けた。リスやヤマネが彼の体に乗りイタズラしても起きない。仁摩と湘は呆れ果て、それ以外の者はリスに頬を突かれている彼の顔を見て和んでいた。
「これからまた、強敵と戦わなければならないが、この者の面白い顔を見ると和むなぁ」
モトスが笑顔で感心していると、仁摩と湘は顔を見合わせ言った。
「単にお間抜けなのですよ・・桜龍は」
「全くその通りだな」
2人がため息をつきながら、桜龍の髪を引っ張っているリスとヤマネを掴み芝生に放した。千里は桜龍の顔や服に付着した小動物の足跡を布で拭き言った。
「桜龍さんも、これで能天気なようですけど、強い使命感を持っていますよ」
千里は桜龍の本心を理解していた。由布も彼の言葉に頷いた。
「千里の言う通りだ。この者は顔には出さぬが、戦国の世の守護者としての自覚もしておる。ただ、弱い部分を皆に見られたくない性分であるから、皆で助け合わないといかんぞ」
由布の深い言葉に、4人はそうだな!!と強く頷いた。球磨も今まで思い悩んでいた事に吹っ切れ、雄々しい姿で断言した。
「皆、また共に戦って欲しい。ツクモの野望を阻止し、九州を護ろうぜ!!」
4人はそれぞれ武器を持ち、天に掲げた時突然、桜龍が起き上がり、雄叫びを上げた。
「皆でずるいぜ!!俺もツクモの野郎に一泡吹かせてやるぜ!!」

バタン

桜龍は勇ましい声と姿を見せた直後、再び眠りについた。球磨は「しょうがねーな」と苦笑いしながら、彼を抱え小屋に向かった。勇士達の夜は終わった。
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