第2章 九州の大一揆編 炎の魔人と聖火の神
天草でのツクモとの戦いの後、球磨ら勇士達は、益城の提案で豊後の別府で体を休めていた。別府の人々は、モトスと千里、そして秘境に暮らす鬼の一族の活躍により、過激なツクモと美羅の妖術から正気に戻っていた。モトスは別府港で、豊臣の家臣や兵士が到着したのを確認し、千里は相棒のシマフクロウの八千穂を始め、多数のフクロウの足に文を付け大阪城へ送り届けた。モトスは家臣から今後の戦い方を聞いた後、木の枝に乗り、空を眺めている千里の元まで跳び上がり、隣に行き話しかけた。
「いつの間にか、こんなに多くのフクロウに伝令や文を送っていたのだな。千里はフクロウ使いのようだな」
モトスも空を見上げ、遠ざかるフクロウの群れを見守った。
「僕は元々、戦う為に造られた戦士なので、フクロウを操る事は教えられませんでした。動物に懐かれるのも不思議です」
千里は疑問に思いながら考えていると、木の上を伝って来たリスが彼の肩に乗り、のびのびと寛いでいた。モトスはのどかな光景に今までの緊張が解れ、彼に笑顔を向けた。
「お前は動物に好かれているのだよ、きっと」
モトスはリスにどんぐりをあげながら千里に言うと、彼はそうですか?と首をかしげ、自覚していないようだった。
「そういえば、九州に来て、会いたい武将とは誰なのだ?」
モトスは千里が一目、挨拶したいと言っていた者が気になり、尋ねてみた。
「言うのを忘れていましたね・・。現在、肥後を治めている、佐々成政殿です。あのお方には一度会った事がございまして」
モトスは、そうなのか・・と少し複雑な表情をしていた。成政は亡き織田信長に仕え、武田家を滅ぼした一人だったからだ。しかしモトスは過去の因縁を捨て、千里の話に耳を傾けた。
信長が本能寺で没した後、一気に勢力を拡大した豊臣家と、信長の息子を支援する徳川家との間で争いが起きた。それは尾張北部、小牧長久手の戦い。
その時、北陸越中(現富山県)を治めていた佐々成政は、秀吉の天下統一拡大で滅ぼされた柴田勝家を悲しみ、塞ぎ込んでいた。そこに尾張で豊臣と徳川が戦をすると耳にし、徳川に加勢した。しかし、家康と秀吉は休戦し、成政はそれに不服だと感じた。そして、再び家康に、秀吉に戦を仕掛けようと促すために、越中から飛騨までの険しい山脈を越えようとしていた。しかし、吹雪の中の山越えは万全の装備を整えても過酷なものだった・・・。
「く・・・この山を越えれば木曽に出られるぞ!!皆、気張るのだ!!」
成政は、標高が高く険しい乗鞍岳を懸命に歩き続けていた。しかし、先の見えない雪道と吹雪で思うように進めず、家臣や兵士の体力を奪っていった。成政は皆に気を配りながらも、一刻も早く山脈を越え、遠州の浜松城へ向かおうとしていた。しかし、前が見えず気がついた時は崖で、成政は雪に足を取られ落ちそうになった。その時、長い鎖が成政の胴をしっかりと巻き付け、強い力で引っ張られ救出された。助けた男は防寒着を身にまとい、眼鏡をかけた若い青年だった。肩には雌のシマフクロウが乗っていた。
「この山はますます吹雪が酷くなります。近くの山小屋まで案内します」
「お主は?・・・何者かは知らぬが、助けてくれた事に感謝する。この山を熟知しているようだし、案内をよろしく頼む!!」
千里とフクロウの八千穂はこくりと頷き、大地の力で雪の隧道を道なりに作り、彼らを吹雪から守りながら進んだ。数刻が過ぎ、木曽に近い麓まで苦難の末たどり着いた。やがて、吹雪も止み成政一行は満天の星空の下、山小屋の傍にある温泉に浸かり、冷えと疲れを癒やしていた。
千里は山小屋の囲炉裏で、イノシシ鍋を煮込んでいた。小屋は今では使われなくなったが、かつて修験者や旅人の宿泊地として利用されていたので、数十人が休息できるほどの広い囲炉裏部屋と、寝床が備わっていた。湯に浸かり戻ってきた成政達は、囲炉裏を囲み座ると、イノシシ肉と春菊などの野菜が多く入った鍋と、ほかほかの温かいご飯と野沢菜漬けが用意されていた。千里はどうぞ召し上がれと言った。
「ここまで来れば、明日は天竜川を南に下り、浜松にたどり着くと思います」
千里の助言に兵士達は礼を言ったが、成政は少し疑念を抱いていた。
「ここまで案内してくれたのは本当に有り難い。しかし何故、理由を問うこと無く、我々を導いてくれたのだ?報酬が目的か?それとも・・・」
豊臣の間者か?と言おうとしたが、千里の眼鏡越しから見える紅い瞳は、真っ直ぐに成政の瞳を凝視していたので、口を閉じた。
「僕の事をどのように思われても構いません。僕もあなた方の名も目的も問いません。ただ、山で遭難しそうな旅人を護りたかっただけなのです」
「疑ってすまなかった。フクロウも道案内ありがとう。俺の名は佐々成政。越中国を治めている」
成政はフクロウの羽根を櫛で優しく解かしながら、千里に名を教えた。
「僕の名は千里と申します。普段は山にこもり、修験者や旅人を案内しています」
千里は成政達と打ち解け、酒盛りをし、一夜を過ごした。
翌朝、吹雪や濃霧も収まり、晴天の空が広がっていた。千里は信濃と遠江(とおとうみ)の国境近くの天竜峡で、成政達にイノシシと鹿肉の燻製を渡した。
「南蛮渡来の『べーこん』という肉の燻製を作りました。長持ちしますし、非常食にもなります」
兵士達は麻の布を覗くと、とても良い香りがして食欲をそそられ、喉から手が出そうだった。成政はこの食べ物は・・・と何かを懐かしむ表情をした。
「これは・・昔、信長様・・いいや、我が殿と家臣の皆と食した南蛮の肉料理・・・」
成政の頬からは涙がこぼれ落ちそうになったが、我に返り、改めて千里に礼を言った。
「吹雪の中を助けてもらったうえ、宿を確保し鍋料理を馳走になり、こんな素晴らしい食料まで頂けて感謝する。もし、越中に来る機会があれば何か礼をしたい」
成政は千里と握手をし、天竜川の渓谷道で別れた。
千里は成政達を見送った後、肩に乗った八千穂の足に文を付け、遥か北東の上田城城主、真田昌幸に渡して欲しいと命じた。八千穂は愛くるしい表情で「了解!!」と頷き、即座に飛び立った。
そして現在になり、モトスは「そんな事があったのだな」としみじみ聞いた。千里はモトスに告げずに直接、昌幸に知らせた事を謝ったが、彼は「俺を通すことは無い」と優しく肩を叩いた。
「成政殿も主君や慕っていた者を失った。秀吉様の事を良く思わぬのも分かる。・・・ツクモにそれを付け込まれていたら危ういな」
「豊臣軍はツクモ討伐に近々やってきます。おそらく力を見せつける為に、秀吉様も大軍を引き連れ、九州に来られるかもしれません」
そうなるとツクモと成政の思うつぼだと思い、それまでには決着をつけねばならぬことを二人は理解していた。二人は別府港を後にし、仲間達が休息している鬼の温泉郷へ向かった。
「いつの間にか、こんなに多くのフクロウに伝令や文を送っていたのだな。千里はフクロウ使いのようだな」
モトスも空を見上げ、遠ざかるフクロウの群れを見守った。
「僕は元々、戦う為に造られた戦士なので、フクロウを操る事は教えられませんでした。動物に懐かれるのも不思議です」
千里は疑問に思いながら考えていると、木の上を伝って来たリスが彼の肩に乗り、のびのびと寛いでいた。モトスはのどかな光景に今までの緊張が解れ、彼に笑顔を向けた。
「お前は動物に好かれているのだよ、きっと」
モトスはリスにどんぐりをあげながら千里に言うと、彼はそうですか?と首をかしげ、自覚していないようだった。
「そういえば、九州に来て、会いたい武将とは誰なのだ?」
モトスは千里が一目、挨拶したいと言っていた者が気になり、尋ねてみた。
「言うのを忘れていましたね・・。現在、肥後を治めている、佐々成政殿です。あのお方には一度会った事がございまして」
モトスは、そうなのか・・と少し複雑な表情をしていた。成政は亡き織田信長に仕え、武田家を滅ぼした一人だったからだ。しかしモトスは過去の因縁を捨て、千里の話に耳を傾けた。
信長が本能寺で没した後、一気に勢力を拡大した豊臣家と、信長の息子を支援する徳川家との間で争いが起きた。それは尾張北部、小牧長久手の戦い。
その時、北陸越中(現富山県)を治めていた佐々成政は、秀吉の天下統一拡大で滅ぼされた柴田勝家を悲しみ、塞ぎ込んでいた。そこに尾張で豊臣と徳川が戦をすると耳にし、徳川に加勢した。しかし、家康と秀吉は休戦し、成政はそれに不服だと感じた。そして、再び家康に、秀吉に戦を仕掛けようと促すために、越中から飛騨までの険しい山脈を越えようとしていた。しかし、吹雪の中の山越えは万全の装備を整えても過酷なものだった・・・。
「く・・・この山を越えれば木曽に出られるぞ!!皆、気張るのだ!!」
成政は、標高が高く険しい乗鞍岳を懸命に歩き続けていた。しかし、先の見えない雪道と吹雪で思うように進めず、家臣や兵士の体力を奪っていった。成政は皆に気を配りながらも、一刻も早く山脈を越え、遠州の浜松城へ向かおうとしていた。しかし、前が見えず気がついた時は崖で、成政は雪に足を取られ落ちそうになった。その時、長い鎖が成政の胴をしっかりと巻き付け、強い力で引っ張られ救出された。助けた男は防寒着を身にまとい、眼鏡をかけた若い青年だった。肩には雌のシマフクロウが乗っていた。
「この山はますます吹雪が酷くなります。近くの山小屋まで案内します」
「お主は?・・・何者かは知らぬが、助けてくれた事に感謝する。この山を熟知しているようだし、案内をよろしく頼む!!」
千里とフクロウの八千穂はこくりと頷き、大地の力で雪の隧道を道なりに作り、彼らを吹雪から守りながら進んだ。数刻が過ぎ、木曽に近い麓まで苦難の末たどり着いた。やがて、吹雪も止み成政一行は満天の星空の下、山小屋の傍にある温泉に浸かり、冷えと疲れを癒やしていた。
千里は山小屋の囲炉裏で、イノシシ鍋を煮込んでいた。小屋は今では使われなくなったが、かつて修験者や旅人の宿泊地として利用されていたので、数十人が休息できるほどの広い囲炉裏部屋と、寝床が備わっていた。湯に浸かり戻ってきた成政達は、囲炉裏を囲み座ると、イノシシ肉と春菊などの野菜が多く入った鍋と、ほかほかの温かいご飯と野沢菜漬けが用意されていた。千里はどうぞ召し上がれと言った。
「ここまで来れば、明日は天竜川を南に下り、浜松にたどり着くと思います」
千里の助言に兵士達は礼を言ったが、成政は少し疑念を抱いていた。
「ここまで案内してくれたのは本当に有り難い。しかし何故、理由を問うこと無く、我々を導いてくれたのだ?報酬が目的か?それとも・・・」
豊臣の間者か?と言おうとしたが、千里の眼鏡越しから見える紅い瞳は、真っ直ぐに成政の瞳を凝視していたので、口を閉じた。
「僕の事をどのように思われても構いません。僕もあなた方の名も目的も問いません。ただ、山で遭難しそうな旅人を護りたかっただけなのです」
「疑ってすまなかった。フクロウも道案内ありがとう。俺の名は佐々成政。越中国を治めている」
成政はフクロウの羽根を櫛で優しく解かしながら、千里に名を教えた。
「僕の名は千里と申します。普段は山にこもり、修験者や旅人を案内しています」
千里は成政達と打ち解け、酒盛りをし、一夜を過ごした。
翌朝、吹雪や濃霧も収まり、晴天の空が広がっていた。千里は信濃と遠江(とおとうみ)の国境近くの天竜峡で、成政達にイノシシと鹿肉の燻製を渡した。
「南蛮渡来の『べーこん』という肉の燻製を作りました。長持ちしますし、非常食にもなります」
兵士達は麻の布を覗くと、とても良い香りがして食欲をそそられ、喉から手が出そうだった。成政はこの食べ物は・・・と何かを懐かしむ表情をした。
「これは・・昔、信長様・・いいや、我が殿と家臣の皆と食した南蛮の肉料理・・・」
成政の頬からは涙がこぼれ落ちそうになったが、我に返り、改めて千里に礼を言った。
「吹雪の中を助けてもらったうえ、宿を確保し鍋料理を馳走になり、こんな素晴らしい食料まで頂けて感謝する。もし、越中に来る機会があれば何か礼をしたい」
成政は千里と握手をし、天竜川の渓谷道で別れた。
千里は成政達を見送った後、肩に乗った八千穂の足に文を付け、遥か北東の上田城城主、真田昌幸に渡して欲しいと命じた。八千穂は愛くるしい表情で「了解!!」と頷き、即座に飛び立った。
そして現在になり、モトスは「そんな事があったのだな」としみじみ聞いた。千里はモトスに告げずに直接、昌幸に知らせた事を謝ったが、彼は「俺を通すことは無い」と優しく肩を叩いた。
「成政殿も主君や慕っていた者を失った。秀吉様の事を良く思わぬのも分かる。・・・ツクモにそれを付け込まれていたら危ういな」
「豊臣軍はツクモ討伐に近々やってきます。おそらく力を見せつける為に、秀吉様も大軍を引き連れ、九州に来られるかもしれません」
そうなるとツクモと成政の思うつぼだと思い、それまでには決着をつけねばならぬことを二人は理解していた。二人は別府港を後にし、仲間達が休息している鬼の温泉郷へ向かった。