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第2章  九州の大一揆編 炎の魔人と聖火の神

「ツクモの野郎もお出ましって訳か!!これ以上胡桃の心を弄ぶんじゃねーよ!!」
球磨は民達の襲撃を交わしながらツクモの下へ向かおうとしたが、間に紅史郎が双剣を構え割って入ってきた。
「紅史郎!?・・・お前も来ていたのかよ・・・・・」
球磨は生き別れの弟、紅史郎の乱入に一瞬槍の動きが鈍った。紅史郎は隙を突き、渾身の力で体当たりを喰らわせた。球磨は思い乱れている間もなく、地面に叩きつけられた。
「ツクモ様の命で、胡桃殿と共に天草に赴いたのだよ。貴殿と彼女は顔見知りだったのだな」
紅史郎は素っ気ない態度で球磨を見下していた。球磨は速やかに起き上がり、再び槍を構えながら彼の瞳を黙って見続けていた。
「お前はツクモに心を支配されていないな。だが、どこか心を鬼にしている風に見える。そうまでして仕える価値があるのか?ツクモと成政によ!!」
球磨は実弟の本心が解らぬまま、気が高まり感情的に怒号を上げた。その時、先ほど対峙した大柄な信者共が球磨を羽交い締めにし動きを封じた。
「ははは!!いくらムキムキの怪力野郎でも、この人数に抑えられたら手も足も出ねーだろ」
大男はもの凄い力で、球磨の腕や銅を締め始めた。
「う・・・く・・くっそ・・・」
(俺は何を戸惑っているんだ?敵であるはずの紅史郎に攻撃出来なかったし、胡桃や天草の皆をツクモの洗脳から解かしてやれなかった・・・俺一人で護れると過信していたのか?)
球磨は苦し紛れに自分の浅はかな言動を責めていた。本来ならこんな輩は直ぐに倒せるのに、急に力が入らなくなった。
「さっきまでの粋がった態度はどうした?ツクモ様と紅史郎様を見て怖じ気づいたか?」
大男達は抵抗しない球磨の顔を殴り腹も蹴った。打たれ強い球磨は攻撃には怯まないが、心は深く苦しんでいた。
(これもツクモの策だったのか。信者になった胡桃と紅史郎を俺に見せつけるのが目的。俺一人では何も護れないと分からせたかったのか・・・)
球磨の心に秘めている闘志は消えかけていた。大男達は無抵抗の彼に攻撃するのは止め、ツクモの目の前まで連行し、その場に押し倒した。ツクモはほくそ笑みながら彼の惨めな姿を見ていた。
「さっきまでの勢いから随分と闘志が弱くなったとね。前にも言ったけん。本当に大切な者を護るなら犠牲もつきもの。君は天草の民か、胡桃か・・・それとも紅史郎か、誰を護りたいのかね?」
球磨はツクモの言葉に息を呑んだ。何故、紅史郎の名が出たのか。まるで本当の兄弟ではないかと見透かされたと感じた。
「おや?紅史郎君は関係なかったと?彼が立ちはだかった時、君の動きが鈍った風に見えたがね」
球磨は黙ってツクモを睨み付けた。本来ならこの場で槍を構え、攻撃を仕掛けたい。しかし、今ここで刃を向けたら、近くに居る胡桃や紅史郎、周りに居る民達を激戦に巻き込んでしまう。今の自分では全ての者を護りながら戦うのは到底不可能だと分かっていた。下を向いて歯を食いしばっている球磨の顎を、ツクモはクイッと指で上げた。
「君は強くて献身的な優しさをもっとるけん。さすらいの傭兵にはもったいなかね。『トワ・パライソ』に入れば、全ての民や胡桃を護れるけん。君なら余の腹心の騎士にしてあげるとね」
ツクモは額に付いている紅玉を球磨の琥珀色の瞳に向け、妖しい光を映した。球磨は拒みもがき続けたが、放たれた光から力を吸収され、大男にも体を抑えられているので身動きがとれなかった。
「トワ・パライソは君が護りたいと思う者達を護れる強さを得られるとね」
(俺一人でも、皆を乱世から護れる強さ・・・。影で日ノ本を壊そうとする邪神を倒せる力を得られる・・・?)
球磨の瞳が曇り掛かり、ツクモに跪こうとした時、何処からか懐かしい男の叫びが聞こえ、同時に気を失った。
「こんなインチキ野郎に負けるクマちゃんじゃないだろーが!!」
桜龍はツクモ目掛け跳び蹴りを放ったが、軽やかに避けられ、着地失敗し尻もちをついた。後ろから来た仁摩は頭を押さえ呆れていた。
「桜龍たら!!相手の実力も知らずに不意打ちは無謀過ぎるわよ!!」
「あちゃー。格好良く決めるはずだったのに、スベってしまったぜー」
桜龍は苦笑いをしながら辺りを見回したが、皆から反応が一切無く、シーンとしていた。桜龍は「ここ笑うところですぜー」と反応を促した。ツクモは突然の乱入者に平然とした表情で桜龍に挨拶した。
「余に攻撃を仕掛けるとは随分と肝が据わっているとね。余が誰だか分かっての不意打ちかね?」
ツクモは作り笑いをし殺気を漂わせながら質問したが、桜龍は動じること無くにやけながら答えた。
「いい歳して肩や背中を露出した勘違いなうつけ教祖さんですよねー♪俺のような清楚な神官の方が映える美しさだぜ」
皆は桜龍の戯言に開いた口が塞がらなかった。ツクモは気を失った球磨を抑え付けていた大男達に「この場をわきまえぬ神官を懲らしめるとね」と心の中に命令した。しかし彼らは動く間もなく、疾風の如き速さと、大地を割る力により倒された。
「桜龍が面白おかしい行動をしたおかげで、簡単に潜入できたぞ」
「こんな状況で喜劇めいた事をするとは、流石は桜龍さんですね」
球磨の前に姿を現したモトスと千里は桜龍を褒めている反面、けなしている風にも聞こえた。桜龍は「二人で美味しいとこ持っていって、そりゃあ無いぜ・・・」とがっかりしていた。ツクモは呆れながら次から次へと邪魔者が現れるとねと思っていた。
「君達は何なのかね?球磨君の仲間?それとも豊臣からの間者かね?」
「いいや、俺の目的はここに居る女神を攫いに来たのさ!!」
桜龍はいつの間にか胡桃の目の前に立ち、彼女の手を優しく重ねた。胡桃は「離しなさい!!」と訴えるが、振り払えない程の力で握っていた。
「あんなインチキ野郎の下よりも、俺と一緒に出雲に行かないかい?」
桜龍が胡桃を口説くと、遠くで見ていた仁摩と湘が、
「ふざけるのはいい加減にしなさい!!(したまえ!!)」
と同時に叫んだ。モトスと千里も桜龍も相変わらずだなと苦笑いをしていた。堪忍袋の緒が切れた紅史郎は桜龍の腕を掴み、「お遊びはそこまでだ!!」と制止すると、桜龍は次は彼に色目を使った。
「そんなに妬かないでー。せっかくの色男が台無しだぜ、お兄さん♪君も出雲にお持ち帰りするぜ」
桜龍は彼の鋭い瞳をじっと見つめからかった。紅史郎は刀を抜き斬りかかろうとしたが、ツクモに止められた。
「落ち着くとね、紅史郎。こういう身の程知らずな若造は少しお仕置きしなければ分からないけん。余の本気を披露するとね」
ツクモは炎を纏った圏(輪っか型の刃)を二刀出現させ、得意げな表情で構えた。桜龍も鋭い瞳を向け、雷を纏った破邪の太刀を抜刀した。遠くで見ていた仁摩と湘は桜龍に加勢しようとしたが、いつの間にか現れた益城に、「この場は彼に任せましょう」と言われた。

その頃、気を失っている球磨にモトスは癒やしの植物を手から出現させ、彼の体を包み傷を癒やしていた。
「球磨、遅くなってすまなかった。今すぐに傷を治すぞ」
千里は球磨の脈や体温を測っていた。彼の体から火の力が弱っていると感じ取っていた。
「球磨さんは身体的な傷よりも、精神的な傷を負ったようですね・・・。一人で色々と抱え込んでいる様に思えます。・・・僕には前に『一人で抱え込むな』と言っていたのに、貴方ときたら・・・」
千里は少し不服な口調で言った。湘は憤りながら球磨の近くまで行き、しゃがみ込み彼に説教した。
「千里の言うとおりだ!!何故一人で戦おうとしたのだ!!敵に対峙した時に感じたであろう、計り知れない強大な力の持ち主と。戦いに行くなら私に声をかけて欲しかったぞ!!」
球磨は微かに心の中に湘の厳しい怒声が響いた。
(湘おじの声か・・・モトスさんと千里と桜龍の気も感じる。皆、九州に来てくれたのか)
「球磨よ、甲斐国でお前に多く助けられ感謝している。今度は俺もお前の助けになりたい。共に邪教と戦おうぞ!!」
モトスの強く暖かい言葉も聞こえた。
「大切な者を護り救いたい気持ちは僕も同じです」
千里の短い言葉も、彼には護れなかった、救えなかった悔しさがあると感じ取れた。
(皆・・すまねぇ。俺は誰も巻き込まず、一人で解決させようとしていた。自分の力を過信したらこのザマだ。千里に言った言葉をそのまま返されたぜ)
球磨は心の奥底で俺は無様な負け方をしたと自分を責めた。しかし、院長でも師でもある益城からの希望に満ちた言葉で、意識を取り戻してきた。
「球磨、君は炎の神『プロメテウス』の化身。燃え尽きることの無い火炎の心を持っています。強く優しい心で、護りたい者の為に希望の炎を灯すのです」
益城の言葉に諭され球磨は目を覚ました。モトスと千里はほっとし、彼に優しい笑みを浮かべた。湘は、心配をかけおってと苦笑いをした。少し遠くで益城が見守っていた。
「モトスの旦那に千里、久しぶりだな。湘と益城院長も、心配をかけてしまったな・・・。皆、本当にすまない。何も策も無く、一人で奴の挑発に乗って行っちまった」
球磨に再び逞しさが戻り、西洋槍を上に掲げ炎を纏わせた。湘は不敵な笑みを浮かべながら球磨に促した。
「桜龍は時間稼ぎでツクモと戦っている。そろそろ加勢に向かおう」
「ああ!!俺の心まで操ろうとした野郎に一発、灼熱の炎を喰らわせてやるぜ!!」
球磨は先にツクモの元へ向かった。湘は「反省しているのか?」と呆れ果て三人は笑った。
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