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第2章  九州の大一揆編 炎の魔人と聖火の神

久留米の中心街から南の大牟田へ進むと、筑後平野の田園地帯が広がっていた。しかし、田植えをする時期のはずだが、田んぼで働く者が1人も居なかった。
「不気味なほど誰も居ないわね・・・まさか、お百姓達は村を出て行ってしまったのかしら?」
百姓小屋や倉庫を見た限り、荒らされ壊されていなかったので、強奪や襲撃をされた跡は一切無かった。しかし、農具や日用品などが置いておらず、まるで村人が領地を放棄したかのように見えた。
「みんなどうしちまったんだろう?まさか、トワ・パライソの信者になって、村を出て行ったのか?」
「恐らくその可能性はありますね・・・だけど、農民が一斉に村を出て行ってしまうと、国衆が黙ってはいないと思うのですが・・・」
そういえば、この辺りの地域を治めている国衆も見当たらないなと、桜龍と仁摩も疑問に思っていた。3人はここに居ても何も情報を得られないので、肥後国との国境に近い地点まで進もうとしたとき、遠くの林からざわめきが聞こえた。

桜龍たちは短い林道を抜けると、目の前に広い海岸に出た。しかし、港町でもない静かな海には違和感のある、巨大な商船が停泊していた。商船の目の前で、村の百姓と大牟田地域の国衆が言い争っていた。桜龍たちは林の中で様子を見ていた。
「聞いてねーだー!!我々もトワ・パライソの楽園に行けると聞いたから、年貢を多く納めて、引っ越すのに家を空にしたのによ!!」
「黙れ百姓風情が!!我々が先にツクモ神様の信者となるのだ!!貴様らはトワ・パライソの為に畑を耕せ!!まぁ、今よりも暮らしやすい村にして、褒美も弾む位はしてやるよ!!」
国衆達は百姓達の制止を払いのけ、渡し板で商船へ歩こうとした時、船から黒髪の魔導士のような魅惑的な着物姿の女性が姿を現した。国衆は渡し板を優雅に歩く女性に頭を下げながら快く迎えた。
「珠姫(たまき)様のご登場だ!!宝石のような美しき女神様!!さぁ、お前たちもご挨拶をしろ!!待遇が良ければ村を活性化させてもらえるぞ!!」
百姓達は国衆に促され、珠姫に見とれながら深くお辞儀をした。
「貴方達は、秀吉に忠誠を誓う国衆でしょう?トワ・パライソは、反豊臣政権の民しか受け入れていないわ」
珠姫は媚びを売る国衆を全く相手にせず、百姓の1人に近づき、頭を上げなさいと艶やかで優しい笑みを浮かべ言った。
「あなた達はとても働きものね。上辺だけのお偉い人の為に働くなど勿体ないわ。我が神は、あなたたちのような働き者を必要としているのよ」
珠姫は百姓頭の耳元で囁くと同時に、胸元から紅く光る水晶を取り出し、彼の体に埋め込んだ。すると、男の体は大熊のような姿に変わり、他の百姓や国衆は驚き腰を抜かしていた。
「ふふふ、安心しなさい。この術はしばらく経つと元に戻るから。さぁ、あなた達も日頃、国衆にこき使われている鬱憤を晴らして差し上げなさい!!」
桜龍は珠姫が持っている紅い水晶を見て、先ほど女性2人が持っていた魔鏡に埋め込まれた紅玉を思い出した。そして、過去に穴山梅雪が左耳に付けていた、憎悪を増幅させる魔の紅玉に似ていることを。
(あれは・・・厳美の野郎が梅雪に渡した、紅玉・・・って事はあの女まさか!?あいつの仲間か?)
珠姫は今度は、おはじき位の小さい水晶を他の百姓の体内に目掛け、優雅に投げた。彼らの体も異形な姿となった。そして、百姓達は珠姫に指示され、国衆に襲いかかった。
「国衆だからといって、今までいい気になりやがって!!今日こそは鬱憤を晴らしてやるー!!!!」
「もう、こき使われるのはごめんだー!!!おら達がトワ・パライソの信者になるべさ!!!!」

即座に桜龍は破邪の太刀を抜き、仁摩も硬い木の棒を構え、百姓達の鋭い爪を受け止め、怯えてしゃがみ込んでいる国衆を護った。益城は布団たたきの先端を大熊のような百姓頭の腹部に突き、最小限の力でも十分気絶させるほどの力強さでなぎ払った。益城は手の平に気を集中させ、念力を放ち、腹部から怪しく光る紅玉を体内から出した。すると、百姓頭は元の姿に戻った。
「彼らの弱点は腹部です。その中に邪悪な紅玉が入っています!!」
益城が弱点を突くと、桜龍も続けて、数枚の護符を取り出し攻撃を避けながら怪物の腹部に貼り付けた。護符から放たれる神々しい光で、小さい紅玉は彼らの体内から出た。仁摩も魔除けの木から作られた棒の先端で怪物の攻撃を払いのけ、隙を突いて腹部を突き、紅玉が出た時に破魔の札の力で破壊した。
珠姫は突然姿を現した桜龍達が、百姓達を一網打尽に正気に戻したのを見ても、一切動じる事無く、不敵に微笑んでいた。
「あらあら、挨拶も無しに現れるなんて、貴方たちも信者になろうとお考えなのかしら?それとも、豊臣家の視察団かしら?」
「残念だが、どちらでも無いな。お姉さん。美しい顔をして、随分とえげつない事をすんだな」
「後半の言葉は余計だわ。お兄さんこそ、軽そうに見えて女の口説き方に棘があるわね」
桜龍と珠姫は双方の瞳に稲光が走っていた。益城は、君たちまだまだ若いねーとのんびりと眺めていた。
「桜龍!!なーに、異性と張り合っているのよ!!」
「あら、可愛いお嬢さんね。ただ・・・田舎の巫女さんなのか、まだ垢抜けていないわね。ツクモ様の下で女を磨いてはどうかしら?」
「お誘い頂いて申し訳ないですが、出雲を田舎とおっしゃったのは解せません。それに、私は高貴な巫女です。変な宗教はお断りします!!」
仁摩はきっぱりと断ったが、珠姫は長い髪をかき乱せながら、笑顔で言った。
「あなたも強情な巫女ね。まぁいいわ、貴方たちを相手にしたところで、トワ・パライソの勢力に何も変化は無いわ。近々、九州中の民がツクモ神様の信者になるわ」
珠姫が自信に満ちた顔で桜龍と仁摩を嘲笑うと、益城は気になることがあり、珠姫に問い詰めた。
「そういえば・・・数日前に別府の鬼の温泉郷を君達の信者が襲ったそうですが、その宗教は目的の為なら平穏に暮らしている種族に被害を加えるのですか?」
益城は顔と話し方は紳士風に穏やかだったが、一瞬、珠姫を鋭い眼光で睨みつけた。
「そんなに怖い顔をすると、しわが増えますわ。神父様ももう良いお歳でいらっしゃるでしょう?」
珠姫は年の離れた益城に対しても容赦なく毒舌を吐いた。桜龍と仁摩はこの女は相当の怖いもの知らずだと、唖然とした。そして続けて珠姫は説明をした。
「別府はわたくしの可愛い妹に任せていたけど、鬼の若作りの婆と、森精霊の忍びと眼鏡をかけた男の子に阻止されたわ。あそこの温泉は景色も美しくて美容と健康にも最適だから、ツクモ様に保養所を建てたかったのに、残念でしたわ」
珠姫は肩を落とし、少し悔しそうな顔をしていた。桜龍はその2人はもしかして、千里とモトスさんだ!!と心の中でウキウキしていた。やはり御伽勇士達はそれぞれ九州に来ていると桜龍は希望を持ち、隙だらけの珠姫に封印の結界を放ち、彼女を捕えようとした。しかし、紫色に輝く魔方陣は、珠姫の放つ邪気で簡単に破られてしまった。桜龍は嘘だろ・・・と驚きを隠せなかった。
「残念ね。この程度の結界ではわたくしを捕えることなど出来ないわ」
珠姫は戸惑っている桜龍の頬に口づけをし、耳元で囁いた。
「今日のところは引くわ、不思議な神官さん。貴方の力はこの程度ではないでしょう?今のままではツクモ様どころか、わたくしや妹達にも及びませんわ」
珠姫は黒い渦を出現させ、闇の中に消えていった。茫然としている桜龍に仁摩は強く彼の頬を引っ張った。
「珠姫は逃げたわよ!!桜龍!!まさか変な術に掛けられてい・な・い・わ・よ・ね?」
仁摩が眉間にしわを寄せながら桜龍に問うと、桜龍は我に返り、悔しがっていた。
「ふっ、俺としたことが、美女にチュッとやられるとは恐れ入ったぜ。だが、俺に気がある口づけでは無かったのは残念だな。次に会ったら俺の方から誘惑してみるか」
仁摩は桜龍がいやらしい事を考えていると分かったので、彼の両方の頬をつねり、強く引っ張った。
「痛い痛い・・・冗談だよー仁摩殿―!!ま・・益城さん助けてー!!!!」
「これは神の言葉でもあり、私からの言葉です。神官がいかがわしいことを考えてはいけません」
益城はくすくすと笑いながら2人の戯れを見た。桜龍は頬をつままれながらも、美しい海の水平線を見ながら決心をしていた。
(珠姫は俺の秘めたる力を見抜いていたか・・・だが、それ以上にツクモって奴は強い。気を引き締めていかねーとな)
意識を取り戻した百姓達は国衆達に手温かく介抱されていた。
「お前達・・・こき使い過ぎてすまなかった・・・日頃文句を言わず働いているお前達に楽をさせたい為にトワ・パライソに余分に米を送っていたのも事実だ・・・お前達の事を大切だと本当に思っている。だが、やはり、九州平定に味方してくれた秀吉様を敵にはできないな」
「こちらこそ危ない目に遭わせてすまねぇです・・・国衆の皆様も俺たちのことを考えてくれていたのを知らずに、日頃の不満を出してしまって・・・」
国衆と百姓もそれぞれの心情を話し和解した。その後3人は大牟田から南下し、肥後国の東に有明海と西に阿蘇山が連なる熊本平野へ進んだ。
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