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番外編 球磨のお話 炎の化身と呼ばれる漢

次の日、悪夢の日が来た。
暁家の本家を中心に、数家の親戚が大広間に集まった。しかし、数時間が経っても暁家は、かつて仕えていた菊池家の分家に付くか、豊後の大友家に付くか、その他の勢力に付くかで結論がまとまらないままであった。そして、収拾が付かなくなると。
「今の時代、武士道や忠誠心だけでは食ってはいかれぬ!!南蛮の物を取り入れた大友家に付けば、こちらの報酬が多くなり、大名になるのも夢ではない!!」
「暁家は小さい武家でも、菊池家が代々良くしてくれた!!分家の者にも大変世話になった!!その御恩を捨てる気か!!」
2つの意見が対立すると、ついには刀を抜いた争いになった。本家当主の熊五郎が止めに入った。しかし、2人を止めた瞬間、熊五郎は急に苦しみだし、その場に倒れた。彼が飲んだ茶には毒が盛られていた。
「当主殿!!!!」
争いは止まり、皆は倒れている熊五郎の傍に駆け寄った。しかし、1人の親族の者が勝ち誇った顔をして笑っていた。
「ふふふふ。これで邪魔者は消えた。この当主はいらぬのだよ!!居るのはこの者の次男、紅史郎だ!!紅史郎を我が養子にし、暁家は大友家に付き大名になる!!」
「それはこちらも同じだ!!!我こそが紅史郎を養子にして暁家を拡大させる!!!!」
そして再び争いになった。大広間では親戚同士の斬り合いとなり大惨事となった。奥のふすまから様子を見ていた従者は、急いで離れで待っていた母と煉太郎と紅史郎の元へ駆けつけた。
「奥方様!!煉太郎様!!紅史郎様!!家内で反乱が起きました!!!早くお逃げください!!!」
本家の従者たちは急いで煉太郎達を屋敷から逃がした。煉太郎達は信じられない状況で混乱しながらも従者の指示に従った。しかし、屋敷には既に大友派の親戚が雇った荒くれ者達が待ち構えていた。数名の従者は荒くれたちと戦い、その間に親子を逃がした。煉太郎達は馬に乗り、宇土の町から北上し、肥後国の中心部の林に逃げ込んだ。


「はぁはぁ・・ここまで来ればきっと大丈夫・・・・・」
紅史郎は今にも泣きそうな顔をしながら、呼吸を整えていた。夜の林の中はフクロウの鳴き声や夜行性の動物が動く音が微かに聞こえいていた。
「煉太郎、紅史郎・・・ずっと走ったけど大丈夫?」
「俺は・・・大丈夫さ!!これでも鍛え始めたから前よりも体力がついたと思うよ」
親子は突然の出来事で、今置かれている状況を信じられないでいた。
「父上は・・・親戚の人に殺されたの?」
「・・・・・・・・」
紅史郎が涙を流し、しゃがれた声で兄と母に尋ねたが、言葉が出てこなかった。父の死を受け入れられないでいた。
「俺だって・・信じたくない。父上はそう簡単に死なない。だって、あの軍神の増鬼と戦ったんだよ!!」
「私たち・・・これからどうしましょうか。夫を失った今、戻ったところで私たちは反逆者扱い。夫と同じ考えであった親戚ももしかしたら・・・・」
殺されているか、寝返っているかもしれない。と母が言葉に表さなくても煉太郎には分かっていた。
「そ・・・そんなぁ!!武士の志ってそんなものだったのかよ・・・。忠誠心や深い信頼よりも、その場の利益や自分の保身の為に・・・父上は・・・。」
煉太郎は悔しさと悲しさで堪えていた涙が流れそうになった。
「あなたたちには言わなかったけど、お父さんは大友家に付くのではなく、菊池の分家に仕えようとしていたのよ。菊池家への昔からの忠義を大切にしたいと。それをこんな目に合わせてしまって、本当にごめんなさい・・・。せめてあなたたち2人には大友へ付く親戚の養子にすればよかったね」
「そんなこと言うなよ、母上!!俺は父上の忠義が好きだ!!だから、そんな父上を支えたいと紅史郎と頑張ってきたんだよ!!」
「母上、煉太郎兄さん・・・。もう、武家から離れて3人で遠い場所で楽しく暮らそうよ。ボクも一生懸命働いてお金を稼ぐから!!」
紅史郎が泣き止み、2人に言った時、林の奥から黒い影が少年を覆いかぶさった。
「ここにいたか!!暁家の坊ちゃん方と奥方サマ。悪いが、次男の紅史郎を頂くぜ!!親戚さんのご命令でな」
先ほどの荒くれたちが、紅史郎を抱え込み捕まえた。紅史郎は嫌だ!!嫌だ!!と抵抗するが、大柄な体系の荒くれには全く効果がなかった。
「止めなさい!!紅史郎を返しなさい!!!!」
「うるせぇ!!ばばあには用はねーんだよ!!親戚さんが紅史郎を養子にして新たな暁家を拡大させたいって言ってたからよ。褒美に俺たちならず者も武士になれるってわけだ!!」
煉太郎はその言葉に怒りを覚えた。こんな奴らが武士になるだと・・・。
「それなら、兄の煉太郎も連れて行きなさい!!煉太郎も養子にしてほしい!!」
「それは無理だな。親戚さんは兄の方は体が弱く長生きしそうもないみたいだから、そんな奴を養子にしたって価値はないと言っていたぜ」
価値がない・・・煉太郎はその言葉に怒りよりも心が傷ついた。代わりに母が荒くれに怒鳴った。
「そ・・・そんな・・価値がないだなんて!!煉太郎も紅史郎も私の大切な息子です!!」
母は紅史郎を取り戻そうと脇差を構え、荒くれ者に飛び掛かった。しかし、後ろに控えていた荒くれが持っていた刀で切り倒されてしまった。
「は・・・母上―!!!!!!」
煉太郎は涙を流し、倒れた母に向かって叫んだ。捕まっている紅史郎は言葉が出ず、気を失った。
「ったくよ、弱いもんが挑んでくるからこうなんだよ!!残された息子より先に逝ってどうすんだ?・・・まぁ、お前もこれを見て心臓が飛び出てすぐ死ぬか?」
荒くれ者達は大きな声で笑っていた。
「・・・ざけんなよ・・母が・・・人を殺してお前ら何とも思わないのか!!!!!」
煉太郎が渾身の怒りを込めて訴えたが、荒くれたちは何の悪びれもせずに答えた。
「何とも思わないって、これが俺たちの仕事なんだから、殺せと言えば殺す。奪えと言えば奪う。それが俺ら荒くれ者の生き方なんだよ!!平穏に良い暮らしをしていた坊ちゃんには分からない世界だぜ」
「うぅ・・・げほげほ・・・・」
煉太郎は急に苦しみ始めた。おそらく長い間馬に乗ったり、走り逃げていた反動が来たのだろう。
「おやおや、やっぱり親戚さんの言う通り病弱だねぇー。こんな奴を始末する刀すら勿体ない。恨むなら俺たちじゃなくて、弱い自分を恨みな!!まぁ、これじゃあ、ここで野垂れ死ぬのがせいぜいだろうがな」
荒くれは苦しんでいる煉太郎を嘲笑い、気絶している紅史郎を抱きかかえ、馬に乗り雇い主の元へ向かった。
「れ・・ん・・・れん・・たろう・・・・」
「は!!母上!!!!」
母は虫の息状態であったが、白く綺麗な手を煉太郎の頬に乗せ、優しく諭した。
「ごめんね・・・。お前を強い子に産んであげられなくて・・・でもね、お前には炎のような大きくて熱い力を秘めているのが分かるの・・・。お願い、どんな生き方でも良い。だから、自分を恨むような生き方だけはしないで。お前も立派な武士の子なのだから・・・」
母はそう言い残し、この世を去った。煉太郎は下を向いて涙を流すしかなかった。そして、同時に誓った。紅蓮の戦神、増鬼のように強くなりたい!!強い体と心を持ちたい!!弱い者を護れる戦士になりたいと。

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