第1章 異説 武田の残党狩り編 桃源郷に集う勇士
数日後、双葉は少し大きくなった玄杜をおぶいながら、石和のぶどう園で収穫の手伝いをしていた。ぶどうは多く実り、一面が紫色に染まっていた。そこを桜龍が訪れて、ぶどう園の商売繁盛の祈祷をしていた。双葉は桜龍に甘いぶどう酒を渡した。
「桜龍さん、祈祷お疲れ様。まだ試作中だけど、ぶどう酒をどうぞ」
桜龍は喜んで酒を飲み、礼を言った。
「旨いぜ!!これ売り物に出来ると思うぞ!!」
桜龍は少し顔が赤くなると、双葉はクスっと笑った。
「球磨さんと湘が言っていたわ。桜龍さんはお酒が強くないので度数は弱めにと」
「う・・・双葉にまで余計な事を・・・・」
桜龍が少しバツの悪い顔をすると、双葉はまぁまぁと優しくなだめた。桜龍は気を取り直し、話があると双葉に言われた。何だろうと尋ねると、双葉は懐から梅雪が身に着けていた紅玉の耳飾りを見せた。
「梅雪は、この紅玉の力で森精霊の記憶や力を封印されていたの・・・」
桜龍はじっくりと紅玉を見ていた。しかし、特に邪気を感じさせない美しい紅色が光に反射していた。
「それだけではないわ・・・身に着けていると憎しみを増幅させる力もあったみたいなの・・・」
桜龍は江津から聞いた話を思い出していた。この紅玉は厳美が梅雪の父、信友に渡し、幼い梅雪の耳に着けさせたと。
(やはり・・・厳美は日ノ本を闇に染めようとしている輩の手先なのか・・・?)
桜龍が考え込んでいると、双葉は桜龍に謝りとお礼を言った。
「桜龍さんと皆さんには囚われていた私達の為に大変迷惑をかけてしまった。私は梅雪の弱点が耳飾りだと知り、耳から外した。それによって梅雪は怪物と化してしまった・・・」
双葉がうつむいていると、桜龍はニヤッと笑いながら双葉の髪と玄杜の髪を優しく撫でた。
「何言っているんだよ。双葉が梅雪の封印を解いたから、モトスさんと戦って分かり合えたんだし、君が銃で撃たなかったら俺も信康も危なかったんだぜ!!」
桜龍が明るい笑顔で言うと、双葉は嬉し涙を流しお辞儀をした。すると、桜龍の頭を後ろから掴んできた者が居た。殺気は一切無く、木の枝に掴まれたような感覚であった。桜龍は男の木で出来た義手にスリスリと頬ずりをした。
「よう!!信康♬随分と義手を使いこなせるようになったじゃねーか。た・だ、もう少し優しく触って欲しいなー」
調子に乗っている桜龍に信康は呆れていた。
「昼間から人の妻を口説くのは止めろ!!そして、僕にも変な色目を使うな・・・」
2人の愉快なやりとりに双葉と玄杜は楽しそうに笑っていた。あれから信康は厳美の呪縛が完全に消え、双葉と結ばれ、親子3人でぶどう園を営んでいた。ただ1つ、信康は左腕を失った。
数日前、伊賀路で信康はモトスに斬首を頼み、桜龍の太刀で彼を斬ろうとした。しかし、斬り落としたものは首ではなく、黒い龍に侵された左腕であった。信康は斬られた痛みよりも自分が生きている事に驚きを隠せなかった。モトスは彼の右手を強く握り励ました。
「信康・・・生きて罪を償え。そして、梅雪が幸せになれなかった分、双葉様と玄杜様と幸せになるのだ!!」
信康はモトスの言葉に心打たれ泣き叫んだ。
「ぼ・・くは・・・幸せになって良いのかー!!許されて良いのかー!!!」
うずくまり、泣き続けている信康の元に、玄杜を抱いているお都留が近づき、無邪気に笑っている玄杜の姿を見せた。
「きゃっきゃ!!のぶやすぅーお・かえ・・り、のぶやす」
「玄杜様はずっとあなたの名を呼んでいたのですよ」
お都留は優しく笑い信康に玄杜を託した。双葉も嬉し涙が止まらず、信康と玄杜を強く抱きしめた。そして双葉は笑顔で誓った。
「ぶどう園をやりましょうよ!!」
その後信康は甲斐の国に戻り、森精霊の長であるエンザンの秘術により失った左腕に神木で作られた義手を与えられた。信康はもう自分は武士として生きる気はないとしみじみ考えていたが、同時に心が解放されたと思った。自分はもう影の人間でも、穴山の当主でも、操り人形でも無い。たった1人の信康という人間だという事。そして今は愛すべき、護るべき妻と子が居る。信康は共に新しい人生を送ろうと心に誓っていた。
そして現在に戻り、信康は桜龍に深く謝った。
「操られていたとはいえ・・・君に重傷を負わせてしまった。大切な瞳も奪おうとした・・・本当にすまなかった!!」
「んなもん気にしてないって!!それよりも、双葉と結ばれたのはきっかけが俺だったら、出雲大社も縁結びの神官が居るって有名になるぜー♪」
予想外の返答に信康と双葉は呆気に取られていた。
「なーに言ってんだ酔っ払いめ。縁結びは信康を気に掛けた湘おじじゃね?」
「やかましい・・・暴れ牛!!やれやれ・・・これからの事を氏政殿や他の兄弟達には何と言えばよいやら・・・」
垣根から球磨と湘が桜龍達の元に現れ、ニヤニヤと笑っていたり、呆れていたりしていた。
「こう見えて僕は酒豪です。是非、ぶどう酒を飲んでみたいです」
千里は興味津々に沢山実っているぶどう畑を見回していた。その姿をモトスは笑いながら言った。
「千里は誰かさんと違って、酒を飲んでも顔に出なそうだな」
「む!!誰かさんて俺の事ですかなー?モトスの旦那ー?」
桜龍が少しムッとした顔をすると、モトスはさあなと澄ました顔をした。すると、球磨と湘はモトスの桜龍への扱い方に感心していた。
「ダンナも桜龍の扱い方が分かってきたな」
「モトスも意外と戯れが好きなのだな」
「これがモトスさんの本質かもしれませんね」
千里の締めの言葉にモトスは照れながら笑った。桜龍は、みんな・・・俺をいじり過ぎと呆れながらも優しく笑っていた。信康は5人のやり取りを楽し気に見ていると、これから先、何があっても神秘の力を持った御伽勇士なら乗り越えられる。いかなる困難にも立ち向かえる。甲斐の国と、江津や梅雪・・・そして信康の闇を救ってくれた希望に満ちた勇士。
(僕は双葉と玄杜と共に、彼らの行く末を見守ろう)
信康は遠くに見える富士の山に向かい、両手を合わせ祈りを込めた。
第13話 完
「桜龍さん、祈祷お疲れ様。まだ試作中だけど、ぶどう酒をどうぞ」
桜龍は喜んで酒を飲み、礼を言った。
「旨いぜ!!これ売り物に出来ると思うぞ!!」
桜龍は少し顔が赤くなると、双葉はクスっと笑った。
「球磨さんと湘が言っていたわ。桜龍さんはお酒が強くないので度数は弱めにと」
「う・・・双葉にまで余計な事を・・・・」
桜龍が少しバツの悪い顔をすると、双葉はまぁまぁと優しくなだめた。桜龍は気を取り直し、話があると双葉に言われた。何だろうと尋ねると、双葉は懐から梅雪が身に着けていた紅玉の耳飾りを見せた。
「梅雪は、この紅玉の力で森精霊の記憶や力を封印されていたの・・・」
桜龍はじっくりと紅玉を見ていた。しかし、特に邪気を感じさせない美しい紅色が光に反射していた。
「それだけではないわ・・・身に着けていると憎しみを増幅させる力もあったみたいなの・・・」
桜龍は江津から聞いた話を思い出していた。この紅玉は厳美が梅雪の父、信友に渡し、幼い梅雪の耳に着けさせたと。
(やはり・・・厳美は日ノ本を闇に染めようとしている輩の手先なのか・・・?)
桜龍が考え込んでいると、双葉は桜龍に謝りとお礼を言った。
「桜龍さんと皆さんには囚われていた私達の為に大変迷惑をかけてしまった。私は梅雪の弱点が耳飾りだと知り、耳から外した。それによって梅雪は怪物と化してしまった・・・」
双葉がうつむいていると、桜龍はニヤッと笑いながら双葉の髪と玄杜の髪を優しく撫でた。
「何言っているんだよ。双葉が梅雪の封印を解いたから、モトスさんと戦って分かり合えたんだし、君が銃で撃たなかったら俺も信康も危なかったんだぜ!!」
桜龍が明るい笑顔で言うと、双葉は嬉し涙を流しお辞儀をした。すると、桜龍の頭を後ろから掴んできた者が居た。殺気は一切無く、木の枝に掴まれたような感覚であった。桜龍は男の木で出来た義手にスリスリと頬ずりをした。
「よう!!信康♬随分と義手を使いこなせるようになったじゃねーか。た・だ、もう少し優しく触って欲しいなー」
調子に乗っている桜龍に信康は呆れていた。
「昼間から人の妻を口説くのは止めろ!!そして、僕にも変な色目を使うな・・・」
2人の愉快なやりとりに双葉と玄杜は楽しそうに笑っていた。あれから信康は厳美の呪縛が完全に消え、双葉と結ばれ、親子3人でぶどう園を営んでいた。ただ1つ、信康は左腕を失った。
数日前、伊賀路で信康はモトスに斬首を頼み、桜龍の太刀で彼を斬ろうとした。しかし、斬り落としたものは首ではなく、黒い龍に侵された左腕であった。信康は斬られた痛みよりも自分が生きている事に驚きを隠せなかった。モトスは彼の右手を強く握り励ました。
「信康・・・生きて罪を償え。そして、梅雪が幸せになれなかった分、双葉様と玄杜様と幸せになるのだ!!」
信康はモトスの言葉に心打たれ泣き叫んだ。
「ぼ・・くは・・・幸せになって良いのかー!!許されて良いのかー!!!」
うずくまり、泣き続けている信康の元に、玄杜を抱いているお都留が近づき、無邪気に笑っている玄杜の姿を見せた。
「きゃっきゃ!!のぶやすぅーお・かえ・・り、のぶやす」
「玄杜様はずっとあなたの名を呼んでいたのですよ」
お都留は優しく笑い信康に玄杜を託した。双葉も嬉し涙が止まらず、信康と玄杜を強く抱きしめた。そして双葉は笑顔で誓った。
「ぶどう園をやりましょうよ!!」
その後信康は甲斐の国に戻り、森精霊の長であるエンザンの秘術により失った左腕に神木で作られた義手を与えられた。信康はもう自分は武士として生きる気はないとしみじみ考えていたが、同時に心が解放されたと思った。自分はもう影の人間でも、穴山の当主でも、操り人形でも無い。たった1人の信康という人間だという事。そして今は愛すべき、護るべき妻と子が居る。信康は共に新しい人生を送ろうと心に誓っていた。
そして現在に戻り、信康は桜龍に深く謝った。
「操られていたとはいえ・・・君に重傷を負わせてしまった。大切な瞳も奪おうとした・・・本当にすまなかった!!」
「んなもん気にしてないって!!それよりも、双葉と結ばれたのはきっかけが俺だったら、出雲大社も縁結びの神官が居るって有名になるぜー♪」
予想外の返答に信康と双葉は呆気に取られていた。
「なーに言ってんだ酔っ払いめ。縁結びは信康を気に掛けた湘おじじゃね?」
「やかましい・・・暴れ牛!!やれやれ・・・これからの事を氏政殿や他の兄弟達には何と言えばよいやら・・・」
垣根から球磨と湘が桜龍達の元に現れ、ニヤニヤと笑っていたり、呆れていたりしていた。
「こう見えて僕は酒豪です。是非、ぶどう酒を飲んでみたいです」
千里は興味津々に沢山実っているぶどう畑を見回していた。その姿をモトスは笑いながら言った。
「千里は誰かさんと違って、酒を飲んでも顔に出なそうだな」
「む!!誰かさんて俺の事ですかなー?モトスの旦那ー?」
桜龍が少しムッとした顔をすると、モトスはさあなと澄ました顔をした。すると、球磨と湘はモトスの桜龍への扱い方に感心していた。
「ダンナも桜龍の扱い方が分かってきたな」
「モトスも意外と戯れが好きなのだな」
「これがモトスさんの本質かもしれませんね」
千里の締めの言葉にモトスは照れながら笑った。桜龍は、みんな・・・俺をいじり過ぎと呆れながらも優しく笑っていた。信康は5人のやり取りを楽し気に見ていると、これから先、何があっても神秘の力を持った御伽勇士なら乗り越えられる。いかなる困難にも立ち向かえる。甲斐の国と、江津や梅雪・・・そして信康の闇を救ってくれた希望に満ちた勇士。
(僕は双葉と玄杜と共に、彼らの行く末を見守ろう)
信康は遠くに見える富士の山に向かい、両手を合わせ祈りを込めた。
第13話 完