第1章 異説 武田の残党狩り編 桃源郷に集う勇士
数日前、信康は甲斐国の北東の西沢渓谷で、湘と激戦を繰り広げていた。その後、大雨による氾濫で流されてしまった。しかし、彼の強運と常人を超えた生命力により笛吹川から南西の富士川まで泳ぎ続け、駿河の徳川領までたどり着いた。そして徳川家の家臣に自分は穴山梅雪と名乗り、迎えられた。数日後、家康と共に京を訪れている織田信長の元へと向かっていた。ところが、京の町を観光中に信長が本能寺で討たれたと伝令が入った。直ちに信康は家康達と共に京の南西の伊賀路を通り、三河に戻ることになった。道は一切整備されておらず、辺り一面雑木林や胸まで生い茂る雑草の海であり、忍びの者が居なければ通り抜けるのは困難であった。
「半蔵は伊賀出身だから、この道に詳しくて助かるよ」
家康は茂みに行く手を阻まれながらも誘導する半蔵に礼を言った。忠勝と信康は後ろに付き家康を護衛しながら進んでいた。すると、信康は突然、左腕が痛み始め顔をしかめながらも気づかれないように歩き続けた。そこを、隣を歩く長身の男、忠勝が低い声で話しかけた。
「どこか痛むのか?無理をして我々に付いてくることはなかったのだぞ」
忠勝は信康に対し疑いの目で見ていた。
(く・・本多忠勝って奴は僕の正体を見破っている・・・?僕が本物の穴山家当主なのに・・・梅雪は僕なのだよ・・・・)
信康は悔しい顔をしながら忠勝の言葉を無視した。すると家康は雑木林から僅かにそそぐ夕日を見ると、これ以上進むには難しいと判断し半蔵に尋ねた。
「梅雪も私に付き合ってくれて疲れただろう。半蔵、この辺りで休める所はないかい?」
「は!!この近くに忍びが休息する小屋があります。暗くならぬうちに案内いたします」
家康たちは半蔵に案内され、急いで小屋に向かった。その時木陰から青味がかった黒髪の男が怪しく笑っていた。
「ふふふ・・・これから信康さんはどうするのでしょうか?」
一方、同じころに甲斐の国は、物の怪化した梅雪がモトス達に浄化されたことにより、闇の空間から美しい花々が咲く桃源郷に戻っていた。皆は北岳を下山し、石和の寺で待っているお都留や双葉の元に帰った。
「皆さん・・・お帰りなさいませ!!」
お都留は皆に一礼すると、モトスも少しはにかみ、嬉しそうに微笑み、お都留に礼を言った。
「皆と一緒に戻ったぞ・・お都留。双葉様と玄杜様に付き添ってくれて、ありがとう」
お都留はモトスの事は何でも知っているので、何も言わずに広い居間に案内した。すると江津は遠慮し立ち去ろうとしたが、お都留に引き留められた。
「あなた、怪我をしているのではないですか・・・ゆっくり休んでから旅立ってください・・・」
お都留は江津の群青色の束帯をめくると、腕や肩に傷口が広がっていた。梅雪の手で絞めつけられた痕もあった。
「・・・良いのか?私にそんな親切にして・・・・」
お都留は優しく頷いた。桜龍は戸惑っている江津の背中を軽く押した。
「せっかくの御厚意を無駄にすんなよ!!」
皆はお都留と住職が作ったほうとう鍋を囲みながら休息をした。
雲一つない満天の星空の夜、桜龍は寺の近くの祠で祈祷をしていた。彼はまだこの戦いは終わっていないと感じていた。気を深く集中させ、大幣をゆっくりと振ると、祈祷火から夜の伊賀路を通る集団が映し出された。若い大将は葵紋の鎧を身に着けていたので徳川家康と理解できた。しかし、桜龍は家康に続く家臣団や兵士の中に、梅雪の姿をした男が居たことに目を見開いて驚いた。
「こいつは・・・湘さんと戦った信康って奴か?」
梅雪よりは弱そうだが、容姿は似ているな・・・と渋い顔をしながら桜龍が見つめていると、いつの間にか球磨が彼の隣りにやって来た。球磨は闘志を燃やしながら言った。
「やはりお前も気づいていたか。まだ残っている奴らが居ると・・・」
「ああ。お前と千里が言っていた厳美って奴の事も気になっていたし、信康って奴は死んだのかと思ったら生きていたぜ」
桜龍は祈祷火を消し、これからの事を考えていると球磨は深くため息をついて言った。
「はぁ・・・俺は本来、双葉様と玄杜様を助ける為に甲斐の国に来たんだが、白州と戦うことばっか考えていて、結局2人は湘おじに助けられて・・・俺もまだまだだな・・・」
桜龍は笑いながら球磨の広く大きい肩をポンポンと叩いた。
「確かに、クマちゃんは血の気が多いんだから、強い奴と会うと戦いたくなるよなー。俺と初めて会った時もそうだったし!」
「う・・うるせぇ!!でもまぁ、湘おじに美味しいとこ取られたけど、2人共無事で良かったぜ」
と球磨は足元を見つめながら言った。
「でもさ、お前だって白州や村人達を救えたんだろ。クマちゃんは俺の憧れの戦士だよ!!」
球磨は桜龍の言葉に嬉しさが込み上げてきたが、照れながら彼のおでこを拳で押した。
「憧れてんならクマちゃんはやーめーろ!!」
「暴れ牛よりはましだろーよ!!」
2人が仲良く戯れていると、湘が2人を呼びに来た。
「何を大の男2人で遊んでいるのだ?近所迷惑になるぞ・・・。すべき事が残っているのなら、もう戻って早く寝たまえ!」
「へーい」
2人は声を合わせ、呆れている湘に促され寺に戻った。
その頃、千里は双葉と玄杜の世話をしていた。双葉が玄杜を抱いていると突然、玄杜が信康の名を連呼し始めた。それと同時に双葉は激しい頭痛を起こし、千里に支えられた。
「はぁ・・はぁ・・・すみません・・千里さん。玄杜が信康という名を言うと、頭が痛くなるの・・・信康って誰なのかしら・・・?」
千里は双葉から玄杜を預かり、揺り篭に寝かした。そして、頭を抱えている双葉の肩を優しくさすり布団に寝かした。すると彼女は直ぐに深い眠りについた。千里は小さく耳元で囁いた。
「・・・明日、決着を付けに行きます。悪い結果が出ないように最善を尽くします」
千里が立ち上がった時、襖が静かに空きモトスが中に入ってきた。
「千里・・・双葉様と玄杜様をありがとう。お前ももう休め」
「僕は大丈夫です。モトスさんの方こそ、梅雪との戦いで体力を消耗しているでしょう。今日はゆっくり休んでください」
千里は表情には出さないものの、モトスの体を心配していた。モトスは千里の気遣いを感謝しつつ、障子の戸を開き縁側に座った。夜空は無数の星と月の光がモトスの身体を癒した。
「森精霊は太陽や月の光で十分体力を回復できる。それにしても、星が綺麗だな」
モトスが星を見つめていると、千里も縁側に座り静かに星空を見上げた。するとモトスは千里に尋ねた。
「千里は・・・この戦いが終わったらどうするのだ?」
モトスは気になり聞いてみたが、千里は表情を変えずに答えた。
「・・・僕は、厳美を倒すことが目的です。それを成した後は・・・分かりません」
千里が少し儚げな表情で眼鏡を拭きながら言うと、モトスは彼の小さくも逞しくがっちりとした肩に大きな手を置き言った。
「まぁ、そう深く考えるな。お前は1人ではない。俺も厳美という輩の討伐に協力するし、その後の事はゆっくりと考えて良いのだぞ」
モトスの優しい言葉に千里は口元が柔らかくなったが、直ぐに真剣な顔に戻り首を横に振った。
「モトスさんはお都留さんを護ってください」
モトスは彼の意外な言葉に照れながら笑っていた。
「お前と言う男は・・・そのような心配は無用だ!!」
モトスは千里の頭をくしゃくしゃと触りながら答えた。
その光景を江津の怪我の手当てをしていたお都留が、隣の縁側から優しく笑いながら見守っていた。すると江津は不思議に思いながらお都留に尋ねた。
「笑っていて良いのか?モトス達は明日にまた戦に出るのだぞ」
「心配せずとも、私はモトスさん達が任を達成し、無事に帰って来ると信じています」
江津はお都留の澄んだ瑠璃色の瞳に見つめられ十分納得した。
「卿は強いな・・・これが信頼というものか」
「私がモトスさんを深く信じることが出来たのは、あなたのおかげでもありますね。江津さんにもきっと、信じ合える方と出会えますよ」
この娘は・・・ついこの間まで術で意のままに操っていたのに、私にこんな優しい言葉をかけてくれるとは。・・・天国に居るお律がやきもちを焼きそうだな。と江津は夜空を見上げながらお律の顔を思い浮かべていた。
こうして、それぞれの夜は終わった。
「半蔵は伊賀出身だから、この道に詳しくて助かるよ」
家康は茂みに行く手を阻まれながらも誘導する半蔵に礼を言った。忠勝と信康は後ろに付き家康を護衛しながら進んでいた。すると、信康は突然、左腕が痛み始め顔をしかめながらも気づかれないように歩き続けた。そこを、隣を歩く長身の男、忠勝が低い声で話しかけた。
「どこか痛むのか?無理をして我々に付いてくることはなかったのだぞ」
忠勝は信康に対し疑いの目で見ていた。
(く・・本多忠勝って奴は僕の正体を見破っている・・・?僕が本物の穴山家当主なのに・・・梅雪は僕なのだよ・・・・)
信康は悔しい顔をしながら忠勝の言葉を無視した。すると家康は雑木林から僅かにそそぐ夕日を見ると、これ以上進むには難しいと判断し半蔵に尋ねた。
「梅雪も私に付き合ってくれて疲れただろう。半蔵、この辺りで休める所はないかい?」
「は!!この近くに忍びが休息する小屋があります。暗くならぬうちに案内いたします」
家康たちは半蔵に案内され、急いで小屋に向かった。その時木陰から青味がかった黒髪の男が怪しく笑っていた。
「ふふふ・・・これから信康さんはどうするのでしょうか?」
一方、同じころに甲斐の国は、物の怪化した梅雪がモトス達に浄化されたことにより、闇の空間から美しい花々が咲く桃源郷に戻っていた。皆は北岳を下山し、石和の寺で待っているお都留や双葉の元に帰った。
「皆さん・・・お帰りなさいませ!!」
お都留は皆に一礼すると、モトスも少しはにかみ、嬉しそうに微笑み、お都留に礼を言った。
「皆と一緒に戻ったぞ・・お都留。双葉様と玄杜様に付き添ってくれて、ありがとう」
お都留はモトスの事は何でも知っているので、何も言わずに広い居間に案内した。すると江津は遠慮し立ち去ろうとしたが、お都留に引き留められた。
「あなた、怪我をしているのではないですか・・・ゆっくり休んでから旅立ってください・・・」
お都留は江津の群青色の束帯をめくると、腕や肩に傷口が広がっていた。梅雪の手で絞めつけられた痕もあった。
「・・・良いのか?私にそんな親切にして・・・・」
お都留は優しく頷いた。桜龍は戸惑っている江津の背中を軽く押した。
「せっかくの御厚意を無駄にすんなよ!!」
皆はお都留と住職が作ったほうとう鍋を囲みながら休息をした。
雲一つない満天の星空の夜、桜龍は寺の近くの祠で祈祷をしていた。彼はまだこの戦いは終わっていないと感じていた。気を深く集中させ、大幣をゆっくりと振ると、祈祷火から夜の伊賀路を通る集団が映し出された。若い大将は葵紋の鎧を身に着けていたので徳川家康と理解できた。しかし、桜龍は家康に続く家臣団や兵士の中に、梅雪の姿をした男が居たことに目を見開いて驚いた。
「こいつは・・・湘さんと戦った信康って奴か?」
梅雪よりは弱そうだが、容姿は似ているな・・・と渋い顔をしながら桜龍が見つめていると、いつの間にか球磨が彼の隣りにやって来た。球磨は闘志を燃やしながら言った。
「やはりお前も気づいていたか。まだ残っている奴らが居ると・・・」
「ああ。お前と千里が言っていた厳美って奴の事も気になっていたし、信康って奴は死んだのかと思ったら生きていたぜ」
桜龍は祈祷火を消し、これからの事を考えていると球磨は深くため息をついて言った。
「はぁ・・・俺は本来、双葉様と玄杜様を助ける為に甲斐の国に来たんだが、白州と戦うことばっか考えていて、結局2人は湘おじに助けられて・・・俺もまだまだだな・・・」
桜龍は笑いながら球磨の広く大きい肩をポンポンと叩いた。
「確かに、クマちゃんは血の気が多いんだから、強い奴と会うと戦いたくなるよなー。俺と初めて会った時もそうだったし!」
「う・・うるせぇ!!でもまぁ、湘おじに美味しいとこ取られたけど、2人共無事で良かったぜ」
と球磨は足元を見つめながら言った。
「でもさ、お前だって白州や村人達を救えたんだろ。クマちゃんは俺の憧れの戦士だよ!!」
球磨は桜龍の言葉に嬉しさが込み上げてきたが、照れながら彼のおでこを拳で押した。
「憧れてんならクマちゃんはやーめーろ!!」
「暴れ牛よりはましだろーよ!!」
2人が仲良く戯れていると、湘が2人を呼びに来た。
「何を大の男2人で遊んでいるのだ?近所迷惑になるぞ・・・。すべき事が残っているのなら、もう戻って早く寝たまえ!」
「へーい」
2人は声を合わせ、呆れている湘に促され寺に戻った。
その頃、千里は双葉と玄杜の世話をしていた。双葉が玄杜を抱いていると突然、玄杜が信康の名を連呼し始めた。それと同時に双葉は激しい頭痛を起こし、千里に支えられた。
「はぁ・・はぁ・・・すみません・・千里さん。玄杜が信康という名を言うと、頭が痛くなるの・・・信康って誰なのかしら・・・?」
千里は双葉から玄杜を預かり、揺り篭に寝かした。そして、頭を抱えている双葉の肩を優しくさすり布団に寝かした。すると彼女は直ぐに深い眠りについた。千里は小さく耳元で囁いた。
「・・・明日、決着を付けに行きます。悪い結果が出ないように最善を尽くします」
千里が立ち上がった時、襖が静かに空きモトスが中に入ってきた。
「千里・・・双葉様と玄杜様をありがとう。お前ももう休め」
「僕は大丈夫です。モトスさんの方こそ、梅雪との戦いで体力を消耗しているでしょう。今日はゆっくり休んでください」
千里は表情には出さないものの、モトスの体を心配していた。モトスは千里の気遣いを感謝しつつ、障子の戸を開き縁側に座った。夜空は無数の星と月の光がモトスの身体を癒した。
「森精霊は太陽や月の光で十分体力を回復できる。それにしても、星が綺麗だな」
モトスが星を見つめていると、千里も縁側に座り静かに星空を見上げた。するとモトスは千里に尋ねた。
「千里は・・・この戦いが終わったらどうするのだ?」
モトスは気になり聞いてみたが、千里は表情を変えずに答えた。
「・・・僕は、厳美を倒すことが目的です。それを成した後は・・・分かりません」
千里が少し儚げな表情で眼鏡を拭きながら言うと、モトスは彼の小さくも逞しくがっちりとした肩に大きな手を置き言った。
「まぁ、そう深く考えるな。お前は1人ではない。俺も厳美という輩の討伐に協力するし、その後の事はゆっくりと考えて良いのだぞ」
モトスの優しい言葉に千里は口元が柔らかくなったが、直ぐに真剣な顔に戻り首を横に振った。
「モトスさんはお都留さんを護ってください」
モトスは彼の意外な言葉に照れながら笑っていた。
「お前と言う男は・・・そのような心配は無用だ!!」
モトスは千里の頭をくしゃくしゃと触りながら答えた。
その光景を江津の怪我の手当てをしていたお都留が、隣の縁側から優しく笑いながら見守っていた。すると江津は不思議に思いながらお都留に尋ねた。
「笑っていて良いのか?モトス達は明日にまた戦に出るのだぞ」
「心配せずとも、私はモトスさん達が任を達成し、無事に帰って来ると信じています」
江津はお都留の澄んだ瑠璃色の瞳に見つめられ十分納得した。
「卿は強いな・・・これが信頼というものか」
「私がモトスさんを深く信じることが出来たのは、あなたのおかげでもありますね。江津さんにもきっと、信じ合える方と出会えますよ」
この娘は・・・ついこの間まで術で意のままに操っていたのに、私にこんな優しい言葉をかけてくれるとは。・・・天国に居るお律がやきもちを焼きそうだな。と江津は夜空を見上げながらお律の顔を思い浮かべていた。
こうして、それぞれの夜は終わった。