第1章 異説 武田の残党狩り編 桃源郷に集う勇士
梅雪は少年時代の夢を見ていた。ある日、梅雪は父の信友と些細な事で喧嘩をし、ヤケになり躑躅ヶ崎館の近くの森に行った。そして迷子になった。昼間でも暗く野生動物の鳴き声が響く不気味な森で梅雪はビクビクと震えていた。雨も降り始め、小さい洞穴でうずくまりながら雨宿りをしていると、大きな里芋の葉を傘にした無邪気な忍びの少年が梅雪を見つけた。
「梅雪殿!!見つかって良かったずら!!皆んな帰りを待ってるずらよ!!」
梅雪は一瞬ほっとした表情をしていたが、素直に喜べず、うつむきながら尋ねた。
「モトス・・・この前、お前が育てた芝桜を台無しに・・・それなのに何故、そんな笑顔で俺を迎えに来られるんだ?」
梅雪は少し涙を流しそうになりながら言うと、モトスは笑顔で答えた。
「そんな事はもういいずら。確かに花をめちゃくちゃにしたのは怒ったけど、草花の生命力は強いからまた育つよ。でも、梅雪殿が居なくなったら、信友様も勝頼様も信康もおらも悲しむずら!!」
梅雪は黙り込んだ。そして、モトスを拒絶することも受け入れることも出来なかった。
「さぁ、暗くならないうちに帰るずらー♬」
モトスはもう1つ里芋の葉を梅雪に渡し、一緒に躑躅が崎館へ帰った。
(俺は・・・モトスの優しさを何故憎み続けていたのだろう?)
梅雪は目を覚ました。元の黒髪で、壮年の姿に戻っていた。モトスは梅雪を優しく介抱していた。
「目を覚ましたか?梅雪!!」
「・・・モトスか。俺はお前に負けたのだな・・・さぁ、早く殺せよ・・・お前は俺が憎いのだろう!!」
梅雪はモトスの深緑色の襟巻を強く掴んだが、モトスは目を閉じ、彼の背を優しくさすった。
「ああ・・・勝頼様を裏切り、甲斐国を脅かしたお前は許せぬ・・・だが、俺はお前の事を何も知らなかった・・・お前が森精霊であったことも・・・」
「黙れ!!俺は・・・お前のように心も姿も美しい森精霊ではないのだよ・・・俺は・・母である雪菜の憎しみから生まれた邪悪の生物・・・穴山の人間でも・・森精霊でもない・・・・」
梅雪は怒り涙を流しながらモトスを振り払い、背からギザギザに敗れた黒と紅色の蛾のハネを出現させた。
「俺は・・・森精霊の成り損ないだったのだよ・・・俺は勝頼様からも民からも慕われたお前に強い憎しみを持ちながら・・・お前の生き方に憧れていたのだよ」
梅雪は悔し涙を流しながら同時に憧れの眼差しをモトスに向けた。しかし、モトスは首を横に振り、蛾のハネに色とりどりの花びらを添えて言った。
「それは違うよ、梅雪。俺の方がお前に憧れと尊敬を抱いていたよ・・・」
モトスは自分の想いを全て語った。
森精霊は自由と忠義に厚い種族。忍びや森の守護者になる者、農業を営む者、そして、武田家に勤める者。それぞれがすべきことを選び、尽力に徹する。モトスもエンザンの元で修行し、武田家に仕えたいと11歳の時に甲府に行った。
「しかし、森精霊の掟は、大名や家臣になってはいけない。影として主君を支える。俺は森精霊を誇りに思っているが、名門の家に育った梅雪がうらやましいと何度も思った」
モトスは梅雪の左耳で優しく囁いた。
「俺はお前と共に勝頼様をずっと支えたかった・・・。俺が影なら、お前は光だった」
梅雪はモトスの言葉に感銘を受けたその時、醜い蛾のハネから眩い光が現れ、彼の体を包んだ。すると、ハネは薄紅色の暖かく優しい色で、鱗粉が紅玉のように輝いていた。
「・・・これが俺のハネ?体が・・心が・・とても暖かい」
梅雪は今までに見せたことの無い、子供のような無邪気な笑みと嬉し涙がポロポロと出ていた。モトスも梅雪の姿を見て嬉し涙を流した。
「美しくて優しいハネだな、梅雪」
梅雪は闇が浄化され、清々しい笑顔でモトス達に一礼をした。
「汚れた大地を元に戻す。俺と母の雪菜の心を救ってくれて感謝する、御伽勇士達、そして・・・モトス」
梅雪は北岳の山頂から飛び立った。朽ち果てた高山植物は再び美しく咲き誇り、甲府盆地を覆っていた黒雲も、梅雪が舞うと消えて無くなった。朝になり、茜色の日の光が辺り一面を差していた。そして、梅雪の姿は無数の薄紅色の蝶となり、天に還って行った。桜龍は祈りを込め笑顔で言った。
「甲斐の国全体が桃源郷のように見えるな」
千里と湘と球磨と江津が頷くと、モトスは蝶が昇る空を見続け、深く誓った。
(梅雪・・・今度はきっと森精霊に生まれ変われる。俺はもっと精進して強くなる!!・・・梅雪と雪菜のような悲劇を生ませない為にも!!)
蝶が舞う桃源郷の甲斐の国全土は民や森精霊を魅了したが、歴史で語られる事は無かった。
その頃、京の都では、聡明な若き三河(愛知県東部)の大名、徳川家康と家臣たちが京の町を観光していた。そこには梅雪のかつての腹心であり、本物の穴山家の真の当主である、信康(穴山信君(のぶただ))の姿があった。
「梅雪が私に仕えるとは思わなかったよ。甲斐の国は手放して良かったのかい?」
家康は信康を梅雪と呼んだ。どうやら信康は自身を梅雪と名乗っているようだ。
「良いのですよ、家康様。私は徳川家に尽くし、新しい穴山家を創りたいと思っています」
家康がそうかそうかと笑っていると、隣を歩いている、長身の筋骨隆々の家康の重臣、本多忠勝はそんな信康に不信を抱いていた。鴨川を歩いていると、忍びの服部半蔵が家康の元に現れ、切羽詰まった表情で報告をした。
「家康様・・・信長公が・・本能寺で腹心の明智光秀に・・討たれました。・・・直に明智軍が我々を狙って来るでしょう・・・」
忠勝は半蔵にご苦労と一礼し、家康に京を即急に出ようと促した。家康は頷き半蔵の勧めで、伊賀路(現三重県伊賀市)を通ることにした。信康も家康と共に急ごうとした時、左腕から一瞬、獣の腕のような感覚がした・・・。
第12話 完
「梅雪殿!!見つかって良かったずら!!皆んな帰りを待ってるずらよ!!」
梅雪は一瞬ほっとした表情をしていたが、素直に喜べず、うつむきながら尋ねた。
「モトス・・・この前、お前が育てた芝桜を台無しに・・・それなのに何故、そんな笑顔で俺を迎えに来られるんだ?」
梅雪は少し涙を流しそうになりながら言うと、モトスは笑顔で答えた。
「そんな事はもういいずら。確かに花をめちゃくちゃにしたのは怒ったけど、草花の生命力は強いからまた育つよ。でも、梅雪殿が居なくなったら、信友様も勝頼様も信康もおらも悲しむずら!!」
梅雪は黙り込んだ。そして、モトスを拒絶することも受け入れることも出来なかった。
「さぁ、暗くならないうちに帰るずらー♬」
モトスはもう1つ里芋の葉を梅雪に渡し、一緒に躑躅が崎館へ帰った。
(俺は・・・モトスの優しさを何故憎み続けていたのだろう?)
梅雪は目を覚ました。元の黒髪で、壮年の姿に戻っていた。モトスは梅雪を優しく介抱していた。
「目を覚ましたか?梅雪!!」
「・・・モトスか。俺はお前に負けたのだな・・・さぁ、早く殺せよ・・・お前は俺が憎いのだろう!!」
梅雪はモトスの深緑色の襟巻を強く掴んだが、モトスは目を閉じ、彼の背を優しくさすった。
「ああ・・・勝頼様を裏切り、甲斐国を脅かしたお前は許せぬ・・・だが、俺はお前の事を何も知らなかった・・・お前が森精霊であったことも・・・」
「黙れ!!俺は・・・お前のように心も姿も美しい森精霊ではないのだよ・・・俺は・・母である雪菜の憎しみから生まれた邪悪の生物・・・穴山の人間でも・・森精霊でもない・・・・」
梅雪は怒り涙を流しながらモトスを振り払い、背からギザギザに敗れた黒と紅色の蛾のハネを出現させた。
「俺は・・・森精霊の成り損ないだったのだよ・・・俺は勝頼様からも民からも慕われたお前に強い憎しみを持ちながら・・・お前の生き方に憧れていたのだよ」
梅雪は悔し涙を流しながら同時に憧れの眼差しをモトスに向けた。しかし、モトスは首を横に振り、蛾のハネに色とりどりの花びらを添えて言った。
「それは違うよ、梅雪。俺の方がお前に憧れと尊敬を抱いていたよ・・・」
モトスは自分の想いを全て語った。
森精霊は自由と忠義に厚い種族。忍びや森の守護者になる者、農業を営む者、そして、武田家に勤める者。それぞれがすべきことを選び、尽力に徹する。モトスもエンザンの元で修行し、武田家に仕えたいと11歳の時に甲府に行った。
「しかし、森精霊の掟は、大名や家臣になってはいけない。影として主君を支える。俺は森精霊を誇りに思っているが、名門の家に育った梅雪がうらやましいと何度も思った」
モトスは梅雪の左耳で優しく囁いた。
「俺はお前と共に勝頼様をずっと支えたかった・・・。俺が影なら、お前は光だった」
梅雪はモトスの言葉に感銘を受けたその時、醜い蛾のハネから眩い光が現れ、彼の体を包んだ。すると、ハネは薄紅色の暖かく優しい色で、鱗粉が紅玉のように輝いていた。
「・・・これが俺のハネ?体が・・心が・・とても暖かい」
梅雪は今までに見せたことの無い、子供のような無邪気な笑みと嬉し涙がポロポロと出ていた。モトスも梅雪の姿を見て嬉し涙を流した。
「美しくて優しいハネだな、梅雪」
梅雪は闇が浄化され、清々しい笑顔でモトス達に一礼をした。
「汚れた大地を元に戻す。俺と母の雪菜の心を救ってくれて感謝する、御伽勇士達、そして・・・モトス」
梅雪は北岳の山頂から飛び立った。朽ち果てた高山植物は再び美しく咲き誇り、甲府盆地を覆っていた黒雲も、梅雪が舞うと消えて無くなった。朝になり、茜色の日の光が辺り一面を差していた。そして、梅雪の姿は無数の薄紅色の蝶となり、天に還って行った。桜龍は祈りを込め笑顔で言った。
「甲斐の国全体が桃源郷のように見えるな」
千里と湘と球磨と江津が頷くと、モトスは蝶が昇る空を見続け、深く誓った。
(梅雪・・・今度はきっと森精霊に生まれ変われる。俺はもっと精進して強くなる!!・・・梅雪と雪菜のような悲劇を生ませない為にも!!)
蝶が舞う桃源郷の甲斐の国全土は民や森精霊を魅了したが、歴史で語られる事は無かった。
その頃、京の都では、聡明な若き三河(愛知県東部)の大名、徳川家康と家臣たちが京の町を観光していた。そこには梅雪のかつての腹心であり、本物の穴山家の真の当主である、信康(穴山信君(のぶただ))の姿があった。
「梅雪が私に仕えるとは思わなかったよ。甲斐の国は手放して良かったのかい?」
家康は信康を梅雪と呼んだ。どうやら信康は自身を梅雪と名乗っているようだ。
「良いのですよ、家康様。私は徳川家に尽くし、新しい穴山家を創りたいと思っています」
家康がそうかそうかと笑っていると、隣を歩いている、長身の筋骨隆々の家康の重臣、本多忠勝はそんな信康に不信を抱いていた。鴨川を歩いていると、忍びの服部半蔵が家康の元に現れ、切羽詰まった表情で報告をした。
「家康様・・・信長公が・・本能寺で腹心の明智光秀に・・討たれました。・・・直に明智軍が我々を狙って来るでしょう・・・」
忠勝は半蔵にご苦労と一礼し、家康に京を即急に出ようと促した。家康は頷き半蔵の勧めで、伊賀路(現三重県伊賀市)を通ることにした。信康も家康と共に急ごうとした時、左腕から一瞬、獣の腕のような感覚がした・・・。
第12話 完