第1章 異説 武田の残党狩り編 桃源郷に集う勇士
桜龍は息絶えて岩肌に倒れた。江津は期待外れだったなと彼をしみじみと見つめながらこの地を後に立ち去ろうとした瞬間、桜龍の身体は紫色の眩い光に包まれ、江津の身体を星型の光線が貫いた。桜龍は笑いながら立ち上がり江津を罵った。
「ははは・・・油断したな、あほんだらめ!!俺はこんなことではくたばらねーよ!!大神官殿と仁摩殿、大社の皆、そして、球磨と湘さんと千里とモトスさんが俺の勝利を信じてくれているから、俺は死の龍なんぞに敗れてたまるかよ!!」
桜龍は再び太刀を構え、江津を睨みつけた。
「そう来なくては、そう簡単に死なれてはつまらぬからな。では、私もここで真の姿を見せてやろうか」
江津の身体は黒い闇の中に包まれた。近くを飛んでいた小鳥や虫はぼとぼとと落ち、魂を奪われていった。
江津の姿は深い橙色の髪が漆黒と化し長く伸び、全身真っ黒の神官服に変化をした。そして、彼の周りには八つの暗黒の首長龍、真の死龍がまとわりついていた。
「やっと真の姿かー。これを狙っていたんだぜ。そんじゃあ、お前がヤマタノオロチで俺がスサノオで石見神楽といくか!!」
桜龍の破邪の太刀と江津の黒い杖が再び交わい、戦の舞が始まった。2人は天高く舞い昇仙峡の主峰、覚円峰(かくえんぼう)まで昇った。
「ヤマタの死龍が卿を餌食にするぞ!!」
「はん!!そんな気持ちわりー物は、聖なる龍が消し去ってやるよ!!」
桜龍は左目の眼帯を取り、白金色の聖なる龍を解放させた。聖龍を帯びた太刀がヤマタの死龍を斬り倒していった。
「ほう。これが聖なる龍の力か・・・。だた、私の死の龍の力を見くびるでないぞ!!」
江津は残りの3匹の死龍を桜龍の体にまとわりつかせた。桜龍は動きが鈍っていたが、気迫で死龍を弾き飛ばした。
「同じ手は二度と食うかよ!!あほんだら!!」
「・・く・・く・・・はははは!!!これはとても面白いぞ。これで最後だ!!桜龍!!卿が死龍に魂を奪われるか、それとも私が聖龍に退治されるか、私を殺さぬ限り、この先の強敵には挑めんぞ」
江津は3匹の死龍を自らの体内に入れ、巨大な首長龍の姿に変化した。しかし桜龍は一切動じること無く、太刀に祈りを込めた。そして、モトス達仲間の4色の光の筋が太刀に宿り、七色に光を帯びた。
「俺は聖龍と共に強くなる!!まずはお前の陰険な根性をぶった斬ってやらあ!!」
桜龍の体は聖なる龍を帯びており、巨大な死龍に斬りかかった。すると、微かに善の心を持つ江津の嘆き声が聞こえた。
(私は昔、愛する1人の女性を抱いた。しかしその時、死の龍が彼女の魂を奪ってしまった・・・。私はもう誰も愛する事は出来ぬ。・・・どうか聖なる龍の力で私の体ごと忌々しい死龍を斬ってくれ・・・)
死龍と化した江津の心は涙を流し、過去を悔やんでいる風に見えた。桜龍は涙を流しながらも強い意志で死龍を斬り倒し、成敗した。静寂さを漂わせる昇仙峡には、カラスの鳴き声だけが響き渡っていた。
(ここはどこなのだ?私は・・・死んだのか?)
江津はどこかの河原でさまよっていた。すると1人の女性が彼に近づいてきた。
「江津ー!!今日もお団子屋大繁盛だよー♪江津がくれた御守りが効いているわ」
黒髪の団子風の髪形に桜のかんざしを付けている可愛らしい娘である。
(お律か・・・生涯でただ1人愛した女。そして、私の呪いで殺めてしまった女・・・。ふ・・地獄へ堕ちる前に彼女の姿を見られて本望だな)
江津は目をつぶり、薄く涙を流していた。
「ねぇ、江津。私は今でもあなたを愛しているよ。だから、ここで人生を終わらせてはいけない。あなたは今まで犯した罪を償うために、これからは誰かを護る為に生きて!!そして、今まで辛い思いをした分・・幸せになって欲しいわ、江津」
お律は黄金色の光に包まれ、優しく江津を抱きしめた。江津は彼女の耳元で罪悪感を詰まらせながら囁いた。
「死の龍の呪いでお前の命を奪ってしまった・・・私は幸せになって良いのか?」
お律は涙を流す江津に口付けをした。
「あなたは私が愛したたった1人の男性よ。今でも私の事を想い続けてくれるその優しさが好きよ」
「・・・お律、すまぬ・・・。そして、こんな姿の私を愛し、抱いてくれて・・・ありがとう」
お律は黄金色の光と共にゆっくりと消えていった。彼女が身に着けていた桜のかんざしを手元に残して。
江津は元の姿で目を覚ました。仙娥滝の流れ落ちるせせらぎと、美しく清々しい琵琶の演奏が聴こえた。
「ここは・・・昇仙峡か?私は生きているのか?」
江津は辺りを見回すと、そこには桜龍が居た。そして演奏を止め、静かに諭した。
「死の龍だけを成敗したんだぜ。これでお前は長年の呪いから解放された。後は、お前自身がどうするか勝手に決めな」
「・・・卿の目的は私の討伐であろう?始末するなら早くしろ・・・」
江津は桜龍に斬首を促したが、桜龍は笑いながら首を横に振った。
「俺はあ・く・ま・で死の龍を討伐しに来たんだ。それが無くなったお前を討伐する理由が無い。それに、会えたんだろ?昔からの想い人に♪」
桜龍は琵琶を指しながらニヤニヤと笑っていた。どうやら、桜龍は琵琶で黄泉の国の者に逢える唄を弾いていたようだ。
「卿の仕業であったか。色々と借りが出来てしまったな・・・」
江津は小さく笑っていた。
「・・・確かにお前はこれまでに多くの罪を犯した。だが、それ以上に辛い思いだってしただろ。ここでくたばるんだったら、命奪った者の分まで一生懸命生きて罪を償えよ。出雲の上級神官、江津殿♪」
桜龍は真剣に諭した後、直ぐに陽気な笑顔となった。江津は呆気に取られた顔をしながらクスッと笑った。
「全く・・・卿という者は。真剣になったりおどけたりと読めぬ男だな」
江津は立ち上がり滝壺に自分の顔を覗いた。桜龍は懐からウサギのお守りを出した。すると、中に入っていた木の護符にヒビが入っていた。
(この御守りに護られたんだな。ありがとうな仁摩とみんな)
桜龍は心配性の仁摩のむすっとしている顔を思い浮かべ、クスッと笑った。その時江津は桜龍に重大な話をしようとしていた。
「桜龍よ・・・卿に話さなければならぬことがある。私は今まで、犯した罪と比べられないくらいの最大の罪を犯してしまった」
桜龍は顔色を変え、江津に何をしたのか尋ねた。
「最大の罪って何だよ?」
江津が話そうとした時、モトスが翡翠のハネを広げ空から舞い降りてきた。
「桜龍!!無事で何よりだ。・・・あの者は・・江津!?」
モトスは警戒していたが、江津は頭を下げひざまずいていた。
「モトスも来たか。・・・2人には話さなければならぬ事がある。私は・・梅雪を凶悪な物の怪姿にしてしまったのだ」
江津は2人に梅雪の真実を話した。
その頃、千里と球磨と湘は甲府の躑躅ヶ崎館の門にたどり着いていた。すると、現在の主で織田家の家臣、河尻秀隆とその部下が甲斐の民たちを館に避難させていた。秀隆は3人の姿に気づくと直ぐに中に入れと促した。
「お主達!!旅の者か?ここ一帯は危険だ!!早く館に入るのだ!!」
球磨は緊迫した口調で話す秀隆に何があったか尋ねた。
「北西の新府城から戻って来た部下が大怪我をして言っていた・・・。穴山梅雪は・・穴山家の当主ではなかった。そして・・・江津に異形の物の怪の姿にさせられたと・・・。」
秀隆は聞いたことを全て話した。梅雪は劣勢の森精霊であったこと。真の当主は腹心の信康であったこと。3人は真実を知り、驚きを隠せなかった。湘が顎を手に乗せながら深く考えていた。
「そういうことだったのか・・・だから、信康は梅雪などは最初から存在していなかったと謎めいたことを言っていたのか・・・」
「その信康も滝に流されて生死不明って湘おじが言っていたな・・・。まぁ、考えていたってしょうがねーぜ。早く新府城の梅雪を退治しねーと!!城に残された兵士も危ねーぜ!!」
球磨達は新府城へ向かう決心をしていた。秀隆が申し訳なさそうに謝罪をした。
「旅の者達よ・・・どうかご武運を。私は信長様に甲斐の国の統治を任されたのだが、梅雪や江津の言いなりで、何も出来ずに館に引きこもっていた無能家臣だった・・・」
千里は涙を流している秀隆の手を握った。
「いいえ、あなたは、敵である甲斐の民たちを館に受け入れています。あなたは忠義に厚く、民にも優しい家臣ですよ」
「ありがとう・・・私も、武田の残党狩りとはいえ、こんな形で民たちを怯えさせたくないと思い、敵の領民であろうと救いたいと思った。躑躅が崎館の安全は私たちが保証するぞ!!」
秀隆と部下たちは3人に一礼をし、勝利と無事を見守った。
その頃、モトスと桜龍も江津から梅雪の真実を耳にしていた。
「そんな・・・梅雪は人でも森精霊でもない存在・・・・・」
モトスは深く心を痛めていた。桜龍はなぜ梅雪の魂を奪ったのかと尋ねた。
「あの者には少なからず世話になった。だから、最後にモトスに勝つ力が欲しいという願いを叶えてやったのだ・・・それに・・・」
江津は言葉を続けようとしたが、桜龍は遮った。
「これ以上は言うな、分かっている。これからの強敵と挑むための試練だろ?ちょっくら成敗しに行ってくるか」
桜龍は太刀の刃を綺麗に磨き、凛とした表情で西の新府城方面を向いた。
「言っておくが、今の私の術で元に戻すことは出来ぬぞ」
江津は下を向きながら言うと、モトスは首を横に振り険しい表情で江津の瞳を見つめた。
「最初から貴様に頼るつもりなどは無い。梅雪とは直接決着を付ける!!」
黙り込んでいる江津にモトスはさらに言葉を続けた。
「それに・・・桜龍が許しても、俺は貴様がした事を許すわけにはいかぬ。だが、貴様を殺める理由も一切無い。お都留の心を操った事は今でも許せぬ事だが、彼女にそれ以上の事はしなかっただろう」
モトスは最後の言葉に少し優しく笑いかけた。江津は無言で下を向き謝罪をした。桜龍とモトスは江津に別れを告げ昇仙峡を後にし新府城へ向かった。
第11話 完
「ははは・・・油断したな、あほんだらめ!!俺はこんなことではくたばらねーよ!!大神官殿と仁摩殿、大社の皆、そして、球磨と湘さんと千里とモトスさんが俺の勝利を信じてくれているから、俺は死の龍なんぞに敗れてたまるかよ!!」
桜龍は再び太刀を構え、江津を睨みつけた。
「そう来なくては、そう簡単に死なれてはつまらぬからな。では、私もここで真の姿を見せてやろうか」
江津の身体は黒い闇の中に包まれた。近くを飛んでいた小鳥や虫はぼとぼとと落ち、魂を奪われていった。
江津の姿は深い橙色の髪が漆黒と化し長く伸び、全身真っ黒の神官服に変化をした。そして、彼の周りには八つの暗黒の首長龍、真の死龍がまとわりついていた。
「やっと真の姿かー。これを狙っていたんだぜ。そんじゃあ、お前がヤマタノオロチで俺がスサノオで石見神楽といくか!!」
桜龍の破邪の太刀と江津の黒い杖が再び交わい、戦の舞が始まった。2人は天高く舞い昇仙峡の主峰、覚円峰(かくえんぼう)まで昇った。
「ヤマタの死龍が卿を餌食にするぞ!!」
「はん!!そんな気持ちわりー物は、聖なる龍が消し去ってやるよ!!」
桜龍は左目の眼帯を取り、白金色の聖なる龍を解放させた。聖龍を帯びた太刀がヤマタの死龍を斬り倒していった。
「ほう。これが聖なる龍の力か・・・。だた、私の死の龍の力を見くびるでないぞ!!」
江津は残りの3匹の死龍を桜龍の体にまとわりつかせた。桜龍は動きが鈍っていたが、気迫で死龍を弾き飛ばした。
「同じ手は二度と食うかよ!!あほんだら!!」
「・・く・・く・・・はははは!!!これはとても面白いぞ。これで最後だ!!桜龍!!卿が死龍に魂を奪われるか、それとも私が聖龍に退治されるか、私を殺さぬ限り、この先の強敵には挑めんぞ」
江津は3匹の死龍を自らの体内に入れ、巨大な首長龍の姿に変化した。しかし桜龍は一切動じること無く、太刀に祈りを込めた。そして、モトス達仲間の4色の光の筋が太刀に宿り、七色に光を帯びた。
「俺は聖龍と共に強くなる!!まずはお前の陰険な根性をぶった斬ってやらあ!!」
桜龍の体は聖なる龍を帯びており、巨大な死龍に斬りかかった。すると、微かに善の心を持つ江津の嘆き声が聞こえた。
(私は昔、愛する1人の女性を抱いた。しかしその時、死の龍が彼女の魂を奪ってしまった・・・。私はもう誰も愛する事は出来ぬ。・・・どうか聖なる龍の力で私の体ごと忌々しい死龍を斬ってくれ・・・)
死龍と化した江津の心は涙を流し、過去を悔やんでいる風に見えた。桜龍は涙を流しながらも強い意志で死龍を斬り倒し、成敗した。静寂さを漂わせる昇仙峡には、カラスの鳴き声だけが響き渡っていた。
(ここはどこなのだ?私は・・・死んだのか?)
江津はどこかの河原でさまよっていた。すると1人の女性が彼に近づいてきた。
「江津ー!!今日もお団子屋大繁盛だよー♪江津がくれた御守りが効いているわ」
黒髪の団子風の髪形に桜のかんざしを付けている可愛らしい娘である。
(お律か・・・生涯でただ1人愛した女。そして、私の呪いで殺めてしまった女・・・。ふ・・地獄へ堕ちる前に彼女の姿を見られて本望だな)
江津は目をつぶり、薄く涙を流していた。
「ねぇ、江津。私は今でもあなたを愛しているよ。だから、ここで人生を終わらせてはいけない。あなたは今まで犯した罪を償うために、これからは誰かを護る為に生きて!!そして、今まで辛い思いをした分・・幸せになって欲しいわ、江津」
お律は黄金色の光に包まれ、優しく江津を抱きしめた。江津は彼女の耳元で罪悪感を詰まらせながら囁いた。
「死の龍の呪いでお前の命を奪ってしまった・・・私は幸せになって良いのか?」
お律は涙を流す江津に口付けをした。
「あなたは私が愛したたった1人の男性よ。今でも私の事を想い続けてくれるその優しさが好きよ」
「・・・お律、すまぬ・・・。そして、こんな姿の私を愛し、抱いてくれて・・・ありがとう」
お律は黄金色の光と共にゆっくりと消えていった。彼女が身に着けていた桜のかんざしを手元に残して。
江津は元の姿で目を覚ました。仙娥滝の流れ落ちるせせらぎと、美しく清々しい琵琶の演奏が聴こえた。
「ここは・・・昇仙峡か?私は生きているのか?」
江津は辺りを見回すと、そこには桜龍が居た。そして演奏を止め、静かに諭した。
「死の龍だけを成敗したんだぜ。これでお前は長年の呪いから解放された。後は、お前自身がどうするか勝手に決めな」
「・・・卿の目的は私の討伐であろう?始末するなら早くしろ・・・」
江津は桜龍に斬首を促したが、桜龍は笑いながら首を横に振った。
「俺はあ・く・ま・で死の龍を討伐しに来たんだ。それが無くなったお前を討伐する理由が無い。それに、会えたんだろ?昔からの想い人に♪」
桜龍は琵琶を指しながらニヤニヤと笑っていた。どうやら、桜龍は琵琶で黄泉の国の者に逢える唄を弾いていたようだ。
「卿の仕業であったか。色々と借りが出来てしまったな・・・」
江津は小さく笑っていた。
「・・・確かにお前はこれまでに多くの罪を犯した。だが、それ以上に辛い思いだってしただろ。ここでくたばるんだったら、命奪った者の分まで一生懸命生きて罪を償えよ。出雲の上級神官、江津殿♪」
桜龍は真剣に諭した後、直ぐに陽気な笑顔となった。江津は呆気に取られた顔をしながらクスッと笑った。
「全く・・・卿という者は。真剣になったりおどけたりと読めぬ男だな」
江津は立ち上がり滝壺に自分の顔を覗いた。桜龍は懐からウサギのお守りを出した。すると、中に入っていた木の護符にヒビが入っていた。
(この御守りに護られたんだな。ありがとうな仁摩とみんな)
桜龍は心配性の仁摩のむすっとしている顔を思い浮かべ、クスッと笑った。その時江津は桜龍に重大な話をしようとしていた。
「桜龍よ・・・卿に話さなければならぬことがある。私は今まで、犯した罪と比べられないくらいの最大の罪を犯してしまった」
桜龍は顔色を変え、江津に何をしたのか尋ねた。
「最大の罪って何だよ?」
江津が話そうとした時、モトスが翡翠のハネを広げ空から舞い降りてきた。
「桜龍!!無事で何よりだ。・・・あの者は・・江津!?」
モトスは警戒していたが、江津は頭を下げひざまずいていた。
「モトスも来たか。・・・2人には話さなければならぬ事がある。私は・・梅雪を凶悪な物の怪姿にしてしまったのだ」
江津は2人に梅雪の真実を話した。
その頃、千里と球磨と湘は甲府の躑躅ヶ崎館の門にたどり着いていた。すると、現在の主で織田家の家臣、河尻秀隆とその部下が甲斐の民たちを館に避難させていた。秀隆は3人の姿に気づくと直ぐに中に入れと促した。
「お主達!!旅の者か?ここ一帯は危険だ!!早く館に入るのだ!!」
球磨は緊迫した口調で話す秀隆に何があったか尋ねた。
「北西の新府城から戻って来た部下が大怪我をして言っていた・・・。穴山梅雪は・・穴山家の当主ではなかった。そして・・・江津に異形の物の怪の姿にさせられたと・・・。」
秀隆は聞いたことを全て話した。梅雪は劣勢の森精霊であったこと。真の当主は腹心の信康であったこと。3人は真実を知り、驚きを隠せなかった。湘が顎を手に乗せながら深く考えていた。
「そういうことだったのか・・・だから、信康は梅雪などは最初から存在していなかったと謎めいたことを言っていたのか・・・」
「その信康も滝に流されて生死不明って湘おじが言っていたな・・・。まぁ、考えていたってしょうがねーぜ。早く新府城の梅雪を退治しねーと!!城に残された兵士も危ねーぜ!!」
球磨達は新府城へ向かう決心をしていた。秀隆が申し訳なさそうに謝罪をした。
「旅の者達よ・・・どうかご武運を。私は信長様に甲斐の国の統治を任されたのだが、梅雪や江津の言いなりで、何も出来ずに館に引きこもっていた無能家臣だった・・・」
千里は涙を流している秀隆の手を握った。
「いいえ、あなたは、敵である甲斐の民たちを館に受け入れています。あなたは忠義に厚く、民にも優しい家臣ですよ」
「ありがとう・・・私も、武田の残党狩りとはいえ、こんな形で民たちを怯えさせたくないと思い、敵の領民であろうと救いたいと思った。躑躅が崎館の安全は私たちが保証するぞ!!」
秀隆と部下たちは3人に一礼をし、勝利と無事を見守った。
その頃、モトスと桜龍も江津から梅雪の真実を耳にしていた。
「そんな・・・梅雪は人でも森精霊でもない存在・・・・・」
モトスは深く心を痛めていた。桜龍はなぜ梅雪の魂を奪ったのかと尋ねた。
「あの者には少なからず世話になった。だから、最後にモトスに勝つ力が欲しいという願いを叶えてやったのだ・・・それに・・・」
江津は言葉を続けようとしたが、桜龍は遮った。
「これ以上は言うな、分かっている。これからの強敵と挑むための試練だろ?ちょっくら成敗しに行ってくるか」
桜龍は太刀の刃を綺麗に磨き、凛とした表情で西の新府城方面を向いた。
「言っておくが、今の私の術で元に戻すことは出来ぬぞ」
江津は下を向きながら言うと、モトスは首を横に振り険しい表情で江津の瞳を見つめた。
「最初から貴様に頼るつもりなどは無い。梅雪とは直接決着を付ける!!」
黙り込んでいる江津にモトスはさらに言葉を続けた。
「それに・・・桜龍が許しても、俺は貴様がした事を許すわけにはいかぬ。だが、貴様を殺める理由も一切無い。お都留の心を操った事は今でも許せぬ事だが、彼女にそれ以上の事はしなかっただろう」
モトスは最後の言葉に少し優しく笑いかけた。江津は無言で下を向き謝罪をした。桜龍とモトスは江津に別れを告げ昇仙峡を後にし新府城へ向かった。
第11話 完