第1章 異説 武田の残党狩り編 桃源郷に集う勇士
桜龍は江津の術により、闇の中に誘われた。黒い影が消え去ると、辺り一面の新緑の桜の木の広い道であった。この景色に見覚えがあった。
「ここは・・・出雲大社へ続く並木道・・・?」
桜龍は先ほどまでの黒雲に覆われた甲府盆地から景色が一転し、日差しの強い神聖な大社への道に立っている事に驚いていた。
「しかし・・・こんなに晴れているのに誰も居ないのは変だぜ・・・。まさか!?江津の野郎!!」
桜龍は急いで並木道を掛け走った。すると、広い境内に着くと、神官や巫女達が地に倒れてた。桜龍は急ぎ彼らの元に近づき、何があったか血相を変え尋ねた。
「何があった!?江津の野郎に何かされたか?」
「う・・う・・・お・・桜龍か?江津が・・・我々の魂を・・大神官殿と仁摩様が危ない・・・う・・あああ!!」
若い神官は悲鳴を上げ、息絶えた。どうやら彼も魂を奪われてしまったようだ。桜龍は深く悔やみながらも、大神官と仁摩の危険を感じ取り、御本殿へと続く長い階段を急ぎ掛け上がった。
御本殿の扉の前には、仁摩が虫の息状態で倒れていた。桃色の髪と清楚で神々しい巫女服こそ一切乱れておらず、体に傷も無かったが、彼女の顔色は青ざめて、苦しそうであった。桜龍は直ぐに彼女の頭を自らの膝に乗せ介抱した。
「お・・桜龍?来てくれたのね・・。大社の皆は江津に魂を奪われてしまった・・・。私も戦ったけど・・全く歯が立たなかった・・・」
桜龍は仁摩に深く謝罪した。
「すまない・・・仁摩殿。俺がもっと早く駆けつけていれば。今、呪いを解いてやるからな・・・」
桜龍が呪いを消す祝詞を唱えようとしたが、仁摩に左頬を触られ、眼帯に細い指が当てられた。そして、桜龍の左耳に仁摩は囁いた。
「桜龍・・・お願い。早くその聖なる龍の力を解放して、その力で大社の皆の仇を討って・・・。父上も江津に魂を奪われてしまう・・・その力で助けて!!」
桜龍は仁摩の言葉を真剣に聞いていたが、眼帯に触れられた時、おやっと彼女に疑いを抱いた。
「どうしたの?桜龍?私に構わず早く江津を処罰して!!」
仁摩は苦しみながら微笑んだ。すると桜龍は懐からウサギの刺繍がしてある薄紫色の御守りを彼女に見せた。
「あら?面白い御守りね。ウサギが怒っている様に見えるわ」
仁摩の一言で桜龍は笑い、彼女の胸に霊符を当てた。
「全く・・・こんな茶番劇見せる位なら堂々と姿を現わせばいいんだよ・・・。モトスさんに勝頼殿や小精霊ちゃんの幻影を見せたりと悪趣味な上級神官め・・・」
桜龍は仁摩の姿が消えていくのを静かな怒りで見続けていた。
「お・・うりゅう・・?どうして・・・私を消す・・の?」
「この御守りは仁摩殿が作ったんだぜ。それに、いくら仁摩殿でも気安く聖龍の瞳は触らない」
仁摩の幻影が完全に消えると、ご本殿や境内の景色が全て消え去った。すると大空は黒雲に覆われ、突然景色が変わり、新緑の木々の向うに、険しい奇岩の山々が連なって見える場所に居た。
「やはり・・・全て奴の作った幻影だったのか。この景色はもしかして・・・」
この地は甲府から少し北に位置する渓谷、昇仙峡であり、急流の荒川が渓谷に沿って流れている、美しい景勝地である。しかし、闇に覆われたこの地からは、鳥の美しいさえずりは聞こえず、カラスの不気味な鳴き声が渓谷中に響き渡っていた。
「こっちはうんとも言わさず招かれたんだよ!!さっさと出てきやがれ!!江津!!」
桜龍は川の水源に向かいながら大声で江津を挑発した。そして、昇仙峡の最奥部の仙娥滝(せんがだき)にたどり着いた。すると、激しい滝の音と共に、微かに琵琶の音色が聴こえた。それは暗く切なさを感じさせる、誰かを弔うような唄に聞こえた。桜龍は琵琶の主に皮肉めいた口調で挑発した。
「へぇー。死霊を操る者が、死者を弔う鎮魂歌を奏でているのか?それは誰に対する演奏なんだ?」
琵琶の主は江津であった。彼は滝壺の岩に座りながら静かに琵琶を奏でていたが、桜龍と目が合うと演奏を止めた。
「ふふふ。やっと来たか、聖なる龍の守護者、桜龍よ。この曲は退屈しのぎに適当に弾いていただけだよ」
不気味にほくそ笑んでいる江津とは対照的に、桜龍は怒りの闘志を燃やしていた。
「聖なる龍と死を司る龍との決着・・・この地にふさわしいということかな?わざわざ回りくどい幻影を見せないで、最初からここに連れてくれば良かったんだよ!!」
「それでは面白くない。卿の焦った顔を見たかったのでな」
江津が嘲笑いながら挑発すると、桜龍は素早く抜刀し、江津の首元に斬りかかろうとしたが、江津が即座に出現させた黒く長い杖で刃は受け止められた。江津は杖を軽やかに振り回しながら桜龍の刃と交えた。
「ふふふ。私は神官を務めていたころから杖術の達人と言われていたのでな」
「これはこれは中々の腕前だこと。一筋縄ではいかねーなこりゃ」
桜龍と江津は互いの武器を交え、受け止め、岩を飛び越えながら避け続けていた。桜龍は懐から祓い(はらい)の神具、大幣を取り出し、祓え串に多く垂れている紙垂(しで)の嵐を放った。江津は杖で払うも、多くの紙垂を払いきれず、体にまとわりつき身動きが取れなくなった。そこを桜龍が一太刀喰らわせようとした。
「今ここで成敗いたす!!!」
しかし、江津は不敵に笑い、黒い炎を放ちまとわりついていた紙垂を全て燃やした。そして桜龍の太刀を避け、隙だらけの彼の腹部に杖の先端を数発当てた。
「う・・・くっそ・・負けてたまるかよ!!」
「ほう。中々しぶといな、桜龍よ。だが、この程度では私には勝てぬよ。この技に勝たなければな!!」
江津は闇の祝詞を唱え始めた。桜龍は急ぎ阻止しようと雷鳴の祝詞を唱えようとしたがすでに遅かった。桜龍の体には黒い首長龍のような影に巻き付かれ、身動きが取れなくなった。
「く・・・何だよこれは・・力が抜けていく・・・・」
桜龍の顔は徐々に青ざめていった。徐々に生気を吸われてしまった。
「どうかね?我が死の龍の力は。じわじわと卿の生命力を喰らい尽くすぞ」
江津は静かに笑いながら桜龍を見据えていた。
「く・・これが死の龍の力なのか・・・これほど強いとは・・・」
桜龍は太刀を強く握りながら意識を保つのがやっとであった。その時、江津は嫌気が差し冷酷な瞳を桜龍に向けた。
「・・・あれだけ強く吠えていたのにこの程度の力であったか。これ以上長引かすのも馬鹿馬鹿しい・・・とどめだ」
江津は赤紫色の瞳をパッと見開き、首長龍の影は桜龍の身体を貫いた。彼の心臓の鼓動は止まった。
その頃、出雲大社の御本殿で、桜龍の無事を祈祷していた仁摩と大神官は胸騒ぎを感じていた。そして、激しく燃えていた祈祷火が一気に薄くなっていった。
「桜龍が江津の死の龍に敗れてしまったのか・・・わしの判断の誤りで桜龍の命が・・・」
取り乱している大神官とは反対に、娘の仁摩は冷静であった。
「いいえ、父上!!桜龍は絶対に死なないわ。聖なる龍の力と、桜龍の心の強さを信じて!!」
仁摩と大神官は再び弱くなった火に祈祷をした。境内に居る神官や巫女達も深く祈り、桜龍に力を与えた。
所変わって、甲府付近で死霊兵と戦っているモトス達も桜龍の危機的状況を感じていたが、動じること無く彼の力を信じていた。
「どんなに危ねぇ技を喰らってもあいつはそう簡単にくたばらねーよ」
「暴れ牛の言う通りだ。あの者の言動は読めぬし、どれだけの力をひめているのやら・・・」
「今は目の前にいる敵を倒すことだけを考えましょう。彼なら絶対に・・・笑って帰ってきます」
「俺達もあの者の勝利を信じ、先へ進もうぞ!!梅雪の野望を・・・止める!!」
球磨、湘、千里、モトスは戦いの最中、それぞれの身体から、黄金色、瑠璃色、紅色、翡翠色の煌びやかな光に包まれた。そして、4色の光の筋は北の昇仙峡に向かっていった。
「ここは・・・出雲大社へ続く並木道・・・?」
桜龍は先ほどまでの黒雲に覆われた甲府盆地から景色が一転し、日差しの強い神聖な大社への道に立っている事に驚いていた。
「しかし・・・こんなに晴れているのに誰も居ないのは変だぜ・・・。まさか!?江津の野郎!!」
桜龍は急いで並木道を掛け走った。すると、広い境内に着くと、神官や巫女達が地に倒れてた。桜龍は急ぎ彼らの元に近づき、何があったか血相を変え尋ねた。
「何があった!?江津の野郎に何かされたか?」
「う・・う・・・お・・桜龍か?江津が・・・我々の魂を・・大神官殿と仁摩様が危ない・・・う・・あああ!!」
若い神官は悲鳴を上げ、息絶えた。どうやら彼も魂を奪われてしまったようだ。桜龍は深く悔やみながらも、大神官と仁摩の危険を感じ取り、御本殿へと続く長い階段を急ぎ掛け上がった。
御本殿の扉の前には、仁摩が虫の息状態で倒れていた。桃色の髪と清楚で神々しい巫女服こそ一切乱れておらず、体に傷も無かったが、彼女の顔色は青ざめて、苦しそうであった。桜龍は直ぐに彼女の頭を自らの膝に乗せ介抱した。
「お・・桜龍?来てくれたのね・・。大社の皆は江津に魂を奪われてしまった・・・。私も戦ったけど・・全く歯が立たなかった・・・」
桜龍は仁摩に深く謝罪した。
「すまない・・・仁摩殿。俺がもっと早く駆けつけていれば。今、呪いを解いてやるからな・・・」
桜龍が呪いを消す祝詞を唱えようとしたが、仁摩に左頬を触られ、眼帯に細い指が当てられた。そして、桜龍の左耳に仁摩は囁いた。
「桜龍・・・お願い。早くその聖なる龍の力を解放して、その力で大社の皆の仇を討って・・・。父上も江津に魂を奪われてしまう・・・その力で助けて!!」
桜龍は仁摩の言葉を真剣に聞いていたが、眼帯に触れられた時、おやっと彼女に疑いを抱いた。
「どうしたの?桜龍?私に構わず早く江津を処罰して!!」
仁摩は苦しみながら微笑んだ。すると桜龍は懐からウサギの刺繍がしてある薄紫色の御守りを彼女に見せた。
「あら?面白い御守りね。ウサギが怒っている様に見えるわ」
仁摩の一言で桜龍は笑い、彼女の胸に霊符を当てた。
「全く・・・こんな茶番劇見せる位なら堂々と姿を現わせばいいんだよ・・・。モトスさんに勝頼殿や小精霊ちゃんの幻影を見せたりと悪趣味な上級神官め・・・」
桜龍は仁摩の姿が消えていくのを静かな怒りで見続けていた。
「お・・うりゅう・・?どうして・・・私を消す・・の?」
「この御守りは仁摩殿が作ったんだぜ。それに、いくら仁摩殿でも気安く聖龍の瞳は触らない」
仁摩の幻影が完全に消えると、ご本殿や境内の景色が全て消え去った。すると大空は黒雲に覆われ、突然景色が変わり、新緑の木々の向うに、険しい奇岩の山々が連なって見える場所に居た。
「やはり・・・全て奴の作った幻影だったのか。この景色はもしかして・・・」
この地は甲府から少し北に位置する渓谷、昇仙峡であり、急流の荒川が渓谷に沿って流れている、美しい景勝地である。しかし、闇に覆われたこの地からは、鳥の美しいさえずりは聞こえず、カラスの不気味な鳴き声が渓谷中に響き渡っていた。
「こっちはうんとも言わさず招かれたんだよ!!さっさと出てきやがれ!!江津!!」
桜龍は川の水源に向かいながら大声で江津を挑発した。そして、昇仙峡の最奥部の仙娥滝(せんがだき)にたどり着いた。すると、激しい滝の音と共に、微かに琵琶の音色が聴こえた。それは暗く切なさを感じさせる、誰かを弔うような唄に聞こえた。桜龍は琵琶の主に皮肉めいた口調で挑発した。
「へぇー。死霊を操る者が、死者を弔う鎮魂歌を奏でているのか?それは誰に対する演奏なんだ?」
琵琶の主は江津であった。彼は滝壺の岩に座りながら静かに琵琶を奏でていたが、桜龍と目が合うと演奏を止めた。
「ふふふ。やっと来たか、聖なる龍の守護者、桜龍よ。この曲は退屈しのぎに適当に弾いていただけだよ」
不気味にほくそ笑んでいる江津とは対照的に、桜龍は怒りの闘志を燃やしていた。
「聖なる龍と死を司る龍との決着・・・この地にふさわしいということかな?わざわざ回りくどい幻影を見せないで、最初からここに連れてくれば良かったんだよ!!」
「それでは面白くない。卿の焦った顔を見たかったのでな」
江津が嘲笑いながら挑発すると、桜龍は素早く抜刀し、江津の首元に斬りかかろうとしたが、江津が即座に出現させた黒く長い杖で刃は受け止められた。江津は杖を軽やかに振り回しながら桜龍の刃と交えた。
「ふふふ。私は神官を務めていたころから杖術の達人と言われていたのでな」
「これはこれは中々の腕前だこと。一筋縄ではいかねーなこりゃ」
桜龍と江津は互いの武器を交え、受け止め、岩を飛び越えながら避け続けていた。桜龍は懐から祓い(はらい)の神具、大幣を取り出し、祓え串に多く垂れている紙垂(しで)の嵐を放った。江津は杖で払うも、多くの紙垂を払いきれず、体にまとわりつき身動きが取れなくなった。そこを桜龍が一太刀喰らわせようとした。
「今ここで成敗いたす!!!」
しかし、江津は不敵に笑い、黒い炎を放ちまとわりついていた紙垂を全て燃やした。そして桜龍の太刀を避け、隙だらけの彼の腹部に杖の先端を数発当てた。
「う・・・くっそ・・負けてたまるかよ!!」
「ほう。中々しぶといな、桜龍よ。だが、この程度では私には勝てぬよ。この技に勝たなければな!!」
江津は闇の祝詞を唱え始めた。桜龍は急ぎ阻止しようと雷鳴の祝詞を唱えようとしたがすでに遅かった。桜龍の体には黒い首長龍のような影に巻き付かれ、身動きが取れなくなった。
「く・・・何だよこれは・・力が抜けていく・・・・」
桜龍の顔は徐々に青ざめていった。徐々に生気を吸われてしまった。
「どうかね?我が死の龍の力は。じわじわと卿の生命力を喰らい尽くすぞ」
江津は静かに笑いながら桜龍を見据えていた。
「く・・これが死の龍の力なのか・・・これほど強いとは・・・」
桜龍は太刀を強く握りながら意識を保つのがやっとであった。その時、江津は嫌気が差し冷酷な瞳を桜龍に向けた。
「・・・あれだけ強く吠えていたのにこの程度の力であったか。これ以上長引かすのも馬鹿馬鹿しい・・・とどめだ」
江津は赤紫色の瞳をパッと見開き、首長龍の影は桜龍の身体を貫いた。彼の心臓の鼓動は止まった。
その頃、出雲大社の御本殿で、桜龍の無事を祈祷していた仁摩と大神官は胸騒ぎを感じていた。そして、激しく燃えていた祈祷火が一気に薄くなっていった。
「桜龍が江津の死の龍に敗れてしまったのか・・・わしの判断の誤りで桜龍の命が・・・」
取り乱している大神官とは反対に、娘の仁摩は冷静であった。
「いいえ、父上!!桜龍は絶対に死なないわ。聖なる龍の力と、桜龍の心の強さを信じて!!」
仁摩と大神官は再び弱くなった火に祈祷をした。境内に居る神官や巫女達も深く祈り、桜龍に力を与えた。
所変わって、甲府付近で死霊兵と戦っているモトス達も桜龍の危機的状況を感じていたが、動じること無く彼の力を信じていた。
「どんなに危ねぇ技を喰らってもあいつはそう簡単にくたばらねーよ」
「暴れ牛の言う通りだ。あの者の言動は読めぬし、どれだけの力をひめているのやら・・・」
「今は目の前にいる敵を倒すことだけを考えましょう。彼なら絶対に・・・笑って帰ってきます」
「俺達もあの者の勝利を信じ、先へ進もうぞ!!梅雪の野望を・・・止める!!」
球磨、湘、千里、モトスは戦いの最中、それぞれの身体から、黄金色、瑠璃色、紅色、翡翠色の煌びやかな光に包まれた。そして、4色の光の筋は北の昇仙峡に向かっていった。