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第1章 異説 武田の残党狩り編 桃源郷に集う勇士

3人はしばらく雑草が生い茂る獣道を進んでいくと、甲府の躑躅が崎館近くの田園地帯に到着した。しかしそこは、想像とは相反する光景であった。3人の周りには一面に美しい桃の花畑が広がっていた。今までのように、残党狩り兵や死霊兵などは存在せず、桃の優しい香りと風景はまるで桃源郷のように思えた。
「・・・桃の花が咲く時期はもうとっくに過ぎているのだが・・・」
湘たちは首を傾げた。今はもう春の終わり。桃の花は春の訪れに咲くものである。
「桜龍、湘、武器を構えるのだ!!これはきっと罠かもしれぬぞ・・・」
3人は警戒しながら周りを見回していると、手前の桃の木から小さな音がした。桜龍が霊符を飛ばそうとした瞬間
「あそぶじゅらー♪あそぶじゅらー♬」
「へぇ!?小精霊・・ちゃん?」
桜龍は予想外の者と出会い、拍子抜けをした。
その後も複数の小精霊が木の中から姿を現した。
「おじちゃん達!!長い旅お疲れ様じゅらー。ここでゆっくり休むじゅら」
小精霊はハネをパタパタと動かしながら優雅に空を舞っていた。しかしモトスはまだ疑いの目で見つめていた。
「・・・小精霊は富士五湖周辺で暮らしている。滅多に甲府には現れないはずだ。しかも今の甲府は残党狩りで死地になって危ないはずだ・・・」
3人は小精霊の無邪気な姿を見ながら深く考えていると、突如後ろからモトスにとって懐かしい声が聞こえた。
「モトスかい?・・・私だよ!!勝頼だよ!!」
モトスはかつての主君、武田勝頼が目の前に立ち、笑顔で自分の名を呼んでいたのに驚き戸惑っていた。
「か・・・勝頼・・様!?」
(馬鹿な・・・勝頼様はもう・・この世には)
存在しない・・・とモトスが困惑していると、勝頼は桃を手に取り優しく笑いながらモトスに渡した。
「何をボーっとしておるのだ、モトス。お前は確か桃が好きであったな。ここの桃は丁度食べ頃で、とてもうまいぞ」
モトスは勝頼の姿を再び見られたことに嬉しさを感じつつ、心の奥で疑念を抱いており、素直に桃を食べることが出来なかった。湘は冷静な口調で勝頼に尋ねた。
「勝頼殿・・・何故この地に?今は織田と穴山による武田の残党狩りで甲斐の国は死地と化しているはずですよ。・・・それに、この辺り一面の桃畑は・・・?」
湘は甲斐の国の現状を話したが、勝頼は一切の動揺はせず、肩や手の甲に乗ってきた小精霊を笑顔で見ながら否定した。
「甲斐の国が死地?ふふふ。そんなの有り得ぬよ。ここ甲府盆地は美しい桃畑が広がっている。ここは桃源郷だよ。小精霊達も暮らしやすくて喜んでいるよ。だから、もう戦わなくて良いんだよ」
湘は勝頼の優しい笑みに何も反論が出来なかった。一方、桜龍は能天気な口調で勝頼に挨拶をした。
「あなた様が勝頼殿ですか!!お初にお目にかかります。私は出雲の神官、桜龍でーす♬お会いできてとても感激です!!」
「モトスと共に戦ってくれた神官侍だね。貴殿と、北条家に仕えている湘と・・・あとの2人は別行動かな?」
モトスは勝頼の最後の言葉を不信に思い、警戒の目で見始めた。桜龍も湘も、これは幻影だと見抜いていた。
「・・・勝頼様、何故・・・千里と球磨の事を知っているのですか?まだその話はしていません・・・」
勝頼はモトスの言葉に一切動揺せず、手の平に小精霊を乗せ、笑いながら説明をした。
「小精霊達が説明してくれたのだ。モトス達5人の勇士が梅雪達の手から甲斐の国を護り、戦っているということを」
「オラたちは勝頼様と一緒にモトスおじちゃんたちを応援していたじゅら~♪」
小精霊は無邪気な笑顔で言った。そして再び勝頼は言葉を続けた。
「長く辛い戦いをよく耐えたな、モトス・・・。だが、もう戦わなくて良いのだよ。この桃源郷で皆で楽しく平和に暮らそうではないか」
勝頼はモトスに手を差し伸べ誘った。しかし、モトスは首を横に振り勝頼の手を振り払った。
「勝頼様・・・申し訳ございませんが、私には使命があります。梅雪の野望を止めたい!!梅雪の闇を消したい・・・なので、私は進まねばなりませぬ!!」
モトスの後に桜龍も言葉を続けた。
「俺は江津を討伐する目的があります。それに、諏訪湖で信玄公と約束しました。甲斐の民を護る遺志を継ぐことを!!」
勝頼の父、信玄公から託された意志を桜龍は伝えたが、勝頼は高笑いをし、彼らの言葉を否定した。
「はははは!!父上が申していた意志を本気で継ごうとしているのか?モトス。民の事などどうでも良いではないか。私はもう、偉大な信玄公の息子という期待と責任を持たなくて済んだのだからな。モトス達も、何の利益にならぬ戦いなどせず、ここで楽しく暮らそうぞ」
勝頼は美しい桃の花に触れながらモトス達に諭した。しかしモトスは静かな怒りを抑えながら翡翠のハネを背から出現させ、輝きの鱗粉を勝頼や桃畑に放った。
「う・・モ・・・トス・・・主君に何を・・する・・・?」
勝頼は苦しみだし、その場にしゃがみ込んだ。さらに美しく彩りを見せた桃畑と、ふわりと宙を舞っていた小精霊の姿は消えた。辺り一面は薄暗い闇へと変化していった。モトスは涙ぐみながら鋭い瞳で勝頼を見据えた。
「許せぬ・・・勝頼様や同胞の小精霊達を・・俺達を欺く道具にするとは・・・勝頼様は信玄公に負けぬ民想いの主君であった!!それに、主君は己の利益よりも武士としての信念を貫き続けた!!信玄公や民達を侮辱する戯言を吐く幻影など消し去ってやる!!」
モトスは桃の花びらを帯びた聖なる竜巻を勝頼の幻影に放ち包み込んだ。勝頼は激しい叫び声を上げながら姿は黒い霧と化し、竜巻と同時に消え去った。空には黒い雲が日光を完全に遮り、初夏とは思えぬほどの寒気を感じさせた。湘は黒い雲が流れる方向を読んでいた。
「この雲は・・・西の新府城に向いているな・・・」
3人は遠くの黒雲に稲妻が走っているのを見た瞬間、地中から死霊兵が姿を現した。
「・・・やれやれ。桃源郷を見せられたかと思えば、地獄と化した風景になったか」
湘は呆れ、ため息を吐きながら銃剣から氷の弾を撃ち始めた。モトスと桜龍も、それぞれの技で次々と土の中から現れる死霊兵を浄化していった。
「死霊兵達は、武田と織田の兵士であった。武人の最期をこのような姿にするとは・・・江津という者は人にあらず!!」
モトスは心を痛めながらも翡翠のハネを広げ、上空に舞い上り、次から次へと湧いて出る死霊兵に聖なる風と、宝石のように輝く鱗粉を放った。死霊兵は跡形も無く浄化されていった。3人は安堵していたが、それも束の間であった。桜龍は何か強大なものが来るぞ!!と再び武器を構えた。すると、黒雲の中から巨大な骸骨の兵が3人の行く手を遮った。
「キサマラハココデシマツシテヤル・・・」
骸骨兵の立ち姿は、モトス達の背丈の3倍を超え、太刀の太さも長さも規格外の物であった。
「く・・・なんというデカさと邪気だ・・・こいつは強いぞ・・・」
桜龍は額に汗をにじませながら破邪の太刀に紫色の聖なる光を帯びさせた。その時、遠くから聞き覚えのある太い声が聞こえた。
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