第1章 異説 武田の残党狩り編 桃源郷に集う勇士
少し前、球磨と白州が戦っている頃に、村を護っていた千里の目の前に、400年以上前から深い因縁を持つ、厳美が現れた。
「久しぶりですねー、千里クン♪君とは奥州平泉(現岩手県平泉町)で一戦交えた以来ですねー」
厳美は飄々とした表情とは裏腹に、冷酷な口調で千里を挑発していた。千里は怒りを抑えながら声を殺し言い返した。
「・・・しばらく見ぬうちに、随分と陰険でしたたかになりましたね・・・今回はお仲間の人造戦士は従えていないのですね・・・」
そう、彼らは奥州平泉での藤原氏の混乱と義経様への反乱を招いた残虐非道の一味。その中で平安末期に軍備の為に造られた人造戦士・・・。彼らを束ねる奥州の夜叉、厳美。
「久しぶりの同胞の再会なのに随分と冷たいですねー。まぁ、弁慶サンを亡き者にしてしまったからですかねー。義経サンは結構深手を負わせましたが、千里クンが邪魔をしたからとどめを刺しそびれましたー。お・ま・け・に、私の胸に深く大きな傷をつけてくれましたねー」
多弁な厳美の口調は徐々に怒りに満ちていった。千里は何も言わず、静かな怒りで彼の濁った瞳を睨み続けていた。そんな千里の顔を見て、厳美は再び陽気な顔と口調で挑発した。
「あなたは義経サンを護ったと思いましたが、直ぐに魔改造戦士に打ちのめされましたねー。義経サンだって近くで野垂れ死んだか、源氏兵に処刑されたはず」
厳美は言葉を続けようとしたが、すぐ目の前に鎖鎌を振り下ろした千里が先制攻撃を仕掛けた。
「おしゃべりはそこまでです・・・義経様や弁慶殿、そして、平泉で散ってしまった兵の仇・・・・ここで討ちます!!」
厳美は暗い地面から黒い大鎌を出現させ、攻撃を受け止めた。
「ははは!!君のその顔、大好きですよー♪ボロボロに壊したいくらいにね!!」
厳美は狂気に笑いながら、千里目掛け大鎌を振り下ろした。千里は必死に避け続けた。
「村の者達には指一本触れさせません!!」
千里は大鎌との間合いを取り、術で砂嵐を放った。厳美は砂嵐に包まれ、目に砂が入った。
「・・・く・・相変わらず小細工が好きですねぇ・・・・・」
「家の中で就寝している老人たちが気づく前に、とどめを刺します」
千里は鎖鎌の分銅を強く振り回し、無防備状態の厳美の胴体の核(人造戦士の心臓部分)を、岩をも砕く力と速さで貫通させた。
「ぐわぁ!?・・・千里クン・・やります・・・ね。・・・ククククク」
厳美は核を壊され力尽きたが、不気味に笑っていた。千里はあっけ無く倒された厳美を見て、正体を理解していた。
「・・・やはり・・傀儡(くぐつ)でしたか・・・厳美の強さと恐ろしさはこの程度ではありません・・・・」
千里は、彼の長い黒髪が砂のように消え、顔や身体は泥人形となり、溶けて無くなった。すると、心の中で本物の厳美の声が聞こえた。
「ふふふふ。千里クン、私にかたき討ちをしたいのであれば、いつでも待っていますよ~。ただ、その前に最高の物をお見せしましょー」
千里がその言葉を聞いた瞬間、村の真上に見える三つ峠で爆発が起き、土砂が崩れ始めた。
千里は直ぐに、近くの小屋で眠っていた小精霊を起こし、手分けをし、村の老人たちを起こし、村から逃げるようにと指示をした。
「何事じゅらー!?三つ峠からすごい爆発音が聞こえたじゅらー!!!」
「もうすぐ、峠の土砂が崩れ、村は跡形も無く埋もれてしまいます!!手分けして村人達を村の外へ逃がしましょう!!」
千里たちは、老人達の住む小屋に向かった。老人達も、爆発音で目が覚め、避難の準備をしていた。
「輝きの鱗粉を浴びるじゅら!!早く走ることが出来るじゅら!!」
老人たちは鱗粉を浴び、軽やかに走り逃げることが出来た。村人はキクを抜かして、小精霊の導きにより、村を脱出することが出来た。
「後はキクさんを脱出させなければ!!」
千里は急いで村の奥に位置するキクの小屋へ向かった。
その頃、白州と球磨も村にたどり着いてた。キクの小屋へ向かうと、そこは先ほどの三つ峠の爆発の衝撃により、小屋の屋根が倒壊してしまっていた。キクの足は柱に挟まれていた。白州と球磨は落ちている柱を持ち上げ進み、キクの元にたどり着いた。
「ばっちゃん!!今助けるぞ!!」
白州はキクの足に乗っている太い柱を持ち上げどかした。キクの足は出血をしていた。
「・・・白州に・・球磨さん?よくぞ戻ってきてくれたねぇ・・・こんな老いぼれを置いて、さっさと逃げなされ」
白州は治療の術でキクの足を治療した。そして、首を横に振り言った。
「ばっちゃんを置いて逃げられない!!この山と森に囲まれた美しい村も護りたい!!だから・・・・」
白州はキクの足の出血が止まり、傷口が閉じたことが分かると、球磨にキクを託した。球磨はまさか!?と彼の行動を止めようとした。
「白州!?まさか・・・お前・・・・・」
白州は今までに見せたことのない優しい笑顔で2人に謝罪した。
「ばっちゃん・・・今まで騙していて・・すまなかった。俺は今まで、甲斐の国を侵略しようとしている者に加担していたんだ・・・理由はどうであれ・・俺は精霊戦士としても、村の守護者としても失格だよ・・・・」
キクは涙を流しながら、白州の言葉に首を横に振った。
「何を言っているんだい・・・わたしはお前が無事に戻って来てくれたんだから、それでいいんだよ!!早く村を出るんだよ!!」
球磨も続いて白州のしようとしている行動に怒った。
「・・・お前・・村を護る為に自分を犠牲にしようとしているだろ!!それがお前の罪の償いかよ!!」
白州はわずかに涙を流しながらも、凛とした表情で黄金のハネを生やし、決意をした。
「罪の償いではないぜ。・・これは、自分の力で村を護りたいという俺の意志さ!!」
白州が黄金のハネを羽ばたかせると、三つ峠からの土砂が、村に流れてきた。白州は最大限の魔力で村に広大な結界を張り、土砂が流れるのを防ごうとしていた。
「早く逃げろ!!球磨!!ばっちゃん!!結界を張っている今のうちに!!!」
白州が必死に叫ぶと、キクは白州を止めようとした。
「嫌だ!!死なないでくれー!!!白州ー!!!!!!!」
キクが泣き叫び続けたが、球磨は何も言わずにキクを連れて村を出た。数分後に大量の土砂は結界を押し潰そうとしていた。
白州は先の球磨との戦いにより、大幅に体力を消耗していた。月光を浴びてはいるものの、最大級の結界を維持するには、あまりにも大量の土砂の為、体力も精神力も尽きそうになった。
「・・・・・俺の力も・・・ここまでか・・・」
白州は徐々に意識が途切れていく中、昔の事を思い出していた。それはまだ自分が小精霊であった頃。
「白州と言うのかい?いつも河口湖から村まで一緒に歩けて心強いよ」
まだ、中年の頃のキクと、肩の上に乗って楽し気に歌っている白州は、親子のように仲良く見えた。
「おら、大きくなったら、ばっちゃんとばっちゃんの村を護りたいじゅら!!おら、この自然も村もばっちゃんも大好きじゅら!!」
ずっと、その純粋で揺るがぬ志しで、ばっちゃん達を護りたかった。
白州はキクや村人達との楽しかった過去が脳裏に浮かんだのを最後に、精神力と体力が尽き、土砂の流れを止めていた結界も破られ、土砂に埋もれそうになった。その時、力強く、マグマの如き烈火が、土砂を跡形も無く焼き消した。
「ったくよ!!お前は1人で抱え込み過ぎなんだよ!!お前が先にくたばったら、残されたキクさんや村人たちは誰が護ってやるんだよ!!」
球磨が突如、倒れそうになった白州を支えながら叱った。
「・・・球磨・・・なぜ・・戻って来た?」
球磨はニッと笑いながら答えた。
「決まってんだろ!!お前と言う好敵手を失いたくねーからさ!!またお前と一戦交えて、その後に皆でカリーを作って食べたいとも思ってるんだぜ!!」
白州は球磨の逞しい強い力と、優しさに満ちた気持ちに心打たれていた。そして、次第に白州は球磨の聖なる炎の暖かさに体力と魔力が回復し、自分で立てるようになった。
「・・・ありがとうな、球磨。俺の力では村を護れず、犬死にするところだった」
三つ峠からまた土砂が押し寄せてきた。白州は再び大太刀を力強く構えた。そして、2人同時に言葉を合わせた。
「共に、村を護ろうぜ!!!!!」
白州は大太刀から風の刃を放ち、土砂や落ちてくる岩を打ち払っていた。そして、球磨も負けじと、西洋槍から灼熱の炎を放ち、それらを焼き消した。そして、巨大な岩肌が落下してきた時、白州の月光の刃と、球磨の紅蓮の槍が同時に放たれ、粉々になり村を護り抜いた。
村から脱出した村人や千里は河口湖畔で2人の帰還を嬉しそうに迎えた。そして真っ先に3人の小精霊が2人に飛びついてきた。
「白州兄ちゃん!!球磨兄ちゃん!!無事で良かったじゅらー!!」
そして、村人達も2人に涙を流しながら深く礼を言った。
「本当にありがとうねぇ。白州も球磨さんも千里さんもそして、小さな森精霊達も皆、この村の守護者じゃよ」
キクが礼を言っていたが、白州は深刻な顔をしていた。
「それでも・・・全ての土砂を払えなかったし・・ばっちゃんの家は倒壊しちまったし・・・・」
白州が暗い顔をしていると、キクが彼の大きな体に抱きついてきた。
「何を言っているんだい!!お前は!!わたし達は十分感謝しているよ。だからわたし達より先に死んではいけないよ!!」
「・・・・ばっちゃん・・」
白州もキクの小さな体を包み込むように抱いた。すると、千里が優しく笑いながら、皆に言った。
「一時的に住む場所の確保は出来ていますよ」
すると、木の影から、忍びの棟梁エンザンが姿を現した。
「ほっほほほ。影からお前さんたちの活躍を見ておったぞ!!住む場所はここから南東の吉田集落じゃ」
エンザンが笑顔で言うと、白州はエンザンを見て驚いて言った。
「!?あなたは・・・・森精霊の長、エンザン長老!!どうしてここに?」
「・・・長老は付けんでよろしい!!わしは、モトス達勇士の成長と活躍を影から支援していたのじゃよ。当然、お前さんの考えている事もお見通しじゃったわい」
球磨も呆れながらエンザンに文句を言った。
「おいおい・・・じいさんも最初っから居たなら白州の事教えてくれれば良かったのにー」
「甘いわ!!わしはそこまで優しい精霊ではない!!お主達の行動や信頼を見極めたかったのじゃ」
エンザンが茶目っ気のある顔をして言うと、千里も少し笑いながら2人に言った。
「エンザン殿に一本取られましたね」
「千里!!お前もだろ!!!」
球磨と白州は同時に千里に言い返した。
その後、エンザンと白州は村人達を護衛しながら吉田集落へ連れて行った。白州とキクは球磨と千里に礼を言った。
「世話になったな・・・2人共。俺はこの通り、もう梅雪には下らねぇ。まぁ、向こうも俺を用済みと見なしているだろうし、最初から約束を守る気なんて無かったみたいだからな。・・・だが、村をこんなにした厳美も許さねぇ!!」
厳美について千里は忠告をした。
「・・・村で会った厳美は泥で出来た傀儡でした・・・。あの男は梅雪や江津よりも恐ろしい考えや力の持ち主です」
「ああ・・・俺もあいつの口車に乗って梅雪に雇われた感じだったからな・・・」
武田勝頼の死後、織田や梅雪達による残党狩りが激しくなった時、白州もそれらの襲撃から村周辺を護っていた。すると、彼の目の前に学者を名乗る厳美が現れ、優しい笑みを浮かべ、甘い声で言った。
「私と梅雪様は、力無き者達の味方ですよー。白州さんが梅雪様の元で働けば村の安全と、働きによっては道や村を整備したり、住みやすくしてあげますよー」
しかし、それは全くの嘘であった。
「俺は梅雪にも厳美にも騙されていたんだな・・・情けないぜ」
下を向いて己の今までの行動を恥じていた。
「・・・厳美はそういう者です。・・・人の心を弄んでは壊す・・・」
「・・・お前も色々あったんだな・・・千里」
白州は千里の過去は聞かなかった。一方、キクは球磨から受け取った十字架の首飾りを返そうとした。すると球磨は首を横に振り言った。
「持っていて欲しい。この十字架は魔除けで、きっと神のご加護で村人達を護ってくれるよ。絶対!!」
キクは十字架を強く握り願いを込めた。
「これは、西洋のお守りじゃが、わたしはこれと白州達に命を護られたのじゃな。ありがとう、球磨さん。大切に持っておるよ」
エンザンは2人に今後の道しるべを告げた。
「モトス・桜龍・湘も今、北の大月付近で梅雪の兵や死霊とも戦っておる・・・お主らも気を付けて敵に備えるのじゃよ」
2人は決意を固め、深く頷いた。そして、白州も
「球磨、千里・・・大変世話になった。どうかご武運を」
球磨と千里は白州の手を強く握り、ああもちろん!!と心の中で告げた。
球磨と千里は北の御坂峠から甲府へ向かった。
その頃、韮崎の新府城で、双葉は息子の玄杜と本丸の庭園を散歩していた。するとそこに、厳美が姿を現した。玄杜は彼を見るなり泣き出してしまった。
「な・・・何か用?厳美!!!」
「あらら・・・すみませんねー。突然出てきちゃったから玄杜クンも泣いてしまいましたねー。いないいないばあっ!」
厳美は陽気に赤ん坊をあやすも、一向に泣き止まない。双葉は元々厳美に疑いの目で見ていたので、警戒心を燃やしていた。
「変な誤解しないでくださいよー。私は姫君には全く興味ありませんからー。それより、双葉様って、信康さんの事が好きでしょー?」
からかう厳美に双葉は声を小さくして怒った。
「何を言うの!!私は梅雪サマに身を寄せると決めたのよ!!ふざけた事言わな・・・う・・!?」
双葉は言葉を続けようとしたが、指で軽く口を塞がれた。
そして、厳美は双葉の耳元で甘い声で囁いた。
「良い情報を教えます。梅雪様の左耳の紅い宝玉についてです・・・」
双葉は気になり、黙って話を聞いた。
第8話 完
「久しぶりですねー、千里クン♪君とは奥州平泉(現岩手県平泉町)で一戦交えた以来ですねー」
厳美は飄々とした表情とは裏腹に、冷酷な口調で千里を挑発していた。千里は怒りを抑えながら声を殺し言い返した。
「・・・しばらく見ぬうちに、随分と陰険でしたたかになりましたね・・・今回はお仲間の人造戦士は従えていないのですね・・・」
そう、彼らは奥州平泉での藤原氏の混乱と義経様への反乱を招いた残虐非道の一味。その中で平安末期に軍備の為に造られた人造戦士・・・。彼らを束ねる奥州の夜叉、厳美。
「久しぶりの同胞の再会なのに随分と冷たいですねー。まぁ、弁慶サンを亡き者にしてしまったからですかねー。義経サンは結構深手を負わせましたが、千里クンが邪魔をしたからとどめを刺しそびれましたー。お・ま・け・に、私の胸に深く大きな傷をつけてくれましたねー」
多弁な厳美の口調は徐々に怒りに満ちていった。千里は何も言わず、静かな怒りで彼の濁った瞳を睨み続けていた。そんな千里の顔を見て、厳美は再び陽気な顔と口調で挑発した。
「あなたは義経サンを護ったと思いましたが、直ぐに魔改造戦士に打ちのめされましたねー。義経サンだって近くで野垂れ死んだか、源氏兵に処刑されたはず」
厳美は言葉を続けようとしたが、すぐ目の前に鎖鎌を振り下ろした千里が先制攻撃を仕掛けた。
「おしゃべりはそこまでです・・・義経様や弁慶殿、そして、平泉で散ってしまった兵の仇・・・・ここで討ちます!!」
厳美は暗い地面から黒い大鎌を出現させ、攻撃を受け止めた。
「ははは!!君のその顔、大好きですよー♪ボロボロに壊したいくらいにね!!」
厳美は狂気に笑いながら、千里目掛け大鎌を振り下ろした。千里は必死に避け続けた。
「村の者達には指一本触れさせません!!」
千里は大鎌との間合いを取り、術で砂嵐を放った。厳美は砂嵐に包まれ、目に砂が入った。
「・・・く・・相変わらず小細工が好きですねぇ・・・・・」
「家の中で就寝している老人たちが気づく前に、とどめを刺します」
千里は鎖鎌の分銅を強く振り回し、無防備状態の厳美の胴体の核(人造戦士の心臓部分)を、岩をも砕く力と速さで貫通させた。
「ぐわぁ!?・・・千里クン・・やります・・・ね。・・・ククククク」
厳美は核を壊され力尽きたが、不気味に笑っていた。千里はあっけ無く倒された厳美を見て、正体を理解していた。
「・・・やはり・・傀儡(くぐつ)でしたか・・・厳美の強さと恐ろしさはこの程度ではありません・・・・」
千里は、彼の長い黒髪が砂のように消え、顔や身体は泥人形となり、溶けて無くなった。すると、心の中で本物の厳美の声が聞こえた。
「ふふふふ。千里クン、私にかたき討ちをしたいのであれば、いつでも待っていますよ~。ただ、その前に最高の物をお見せしましょー」
千里がその言葉を聞いた瞬間、村の真上に見える三つ峠で爆発が起き、土砂が崩れ始めた。
千里は直ぐに、近くの小屋で眠っていた小精霊を起こし、手分けをし、村の老人たちを起こし、村から逃げるようにと指示をした。
「何事じゅらー!?三つ峠からすごい爆発音が聞こえたじゅらー!!!」
「もうすぐ、峠の土砂が崩れ、村は跡形も無く埋もれてしまいます!!手分けして村人達を村の外へ逃がしましょう!!」
千里たちは、老人達の住む小屋に向かった。老人達も、爆発音で目が覚め、避難の準備をしていた。
「輝きの鱗粉を浴びるじゅら!!早く走ることが出来るじゅら!!」
老人たちは鱗粉を浴び、軽やかに走り逃げることが出来た。村人はキクを抜かして、小精霊の導きにより、村を脱出することが出来た。
「後はキクさんを脱出させなければ!!」
千里は急いで村の奥に位置するキクの小屋へ向かった。
その頃、白州と球磨も村にたどり着いてた。キクの小屋へ向かうと、そこは先ほどの三つ峠の爆発の衝撃により、小屋の屋根が倒壊してしまっていた。キクの足は柱に挟まれていた。白州と球磨は落ちている柱を持ち上げ進み、キクの元にたどり着いた。
「ばっちゃん!!今助けるぞ!!」
白州はキクの足に乗っている太い柱を持ち上げどかした。キクの足は出血をしていた。
「・・・白州に・・球磨さん?よくぞ戻ってきてくれたねぇ・・・こんな老いぼれを置いて、さっさと逃げなされ」
白州は治療の術でキクの足を治療した。そして、首を横に振り言った。
「ばっちゃんを置いて逃げられない!!この山と森に囲まれた美しい村も護りたい!!だから・・・・」
白州はキクの足の出血が止まり、傷口が閉じたことが分かると、球磨にキクを託した。球磨はまさか!?と彼の行動を止めようとした。
「白州!?まさか・・・お前・・・・・」
白州は今までに見せたことのない優しい笑顔で2人に謝罪した。
「ばっちゃん・・・今まで騙していて・・すまなかった。俺は今まで、甲斐の国を侵略しようとしている者に加担していたんだ・・・理由はどうであれ・・俺は精霊戦士としても、村の守護者としても失格だよ・・・・」
キクは涙を流しながら、白州の言葉に首を横に振った。
「何を言っているんだい・・・わたしはお前が無事に戻って来てくれたんだから、それでいいんだよ!!早く村を出るんだよ!!」
球磨も続いて白州のしようとしている行動に怒った。
「・・・お前・・村を護る為に自分を犠牲にしようとしているだろ!!それがお前の罪の償いかよ!!」
白州はわずかに涙を流しながらも、凛とした表情で黄金のハネを生やし、決意をした。
「罪の償いではないぜ。・・これは、自分の力で村を護りたいという俺の意志さ!!」
白州が黄金のハネを羽ばたかせると、三つ峠からの土砂が、村に流れてきた。白州は最大限の魔力で村に広大な結界を張り、土砂が流れるのを防ごうとしていた。
「早く逃げろ!!球磨!!ばっちゃん!!結界を張っている今のうちに!!!」
白州が必死に叫ぶと、キクは白州を止めようとした。
「嫌だ!!死なないでくれー!!!白州ー!!!!!!!」
キクが泣き叫び続けたが、球磨は何も言わずにキクを連れて村を出た。数分後に大量の土砂は結界を押し潰そうとしていた。
白州は先の球磨との戦いにより、大幅に体力を消耗していた。月光を浴びてはいるものの、最大級の結界を維持するには、あまりにも大量の土砂の為、体力も精神力も尽きそうになった。
「・・・・・俺の力も・・・ここまでか・・・」
白州は徐々に意識が途切れていく中、昔の事を思い出していた。それはまだ自分が小精霊であった頃。
「白州と言うのかい?いつも河口湖から村まで一緒に歩けて心強いよ」
まだ、中年の頃のキクと、肩の上に乗って楽し気に歌っている白州は、親子のように仲良く見えた。
「おら、大きくなったら、ばっちゃんとばっちゃんの村を護りたいじゅら!!おら、この自然も村もばっちゃんも大好きじゅら!!」
ずっと、その純粋で揺るがぬ志しで、ばっちゃん達を護りたかった。
白州はキクや村人達との楽しかった過去が脳裏に浮かんだのを最後に、精神力と体力が尽き、土砂の流れを止めていた結界も破られ、土砂に埋もれそうになった。その時、力強く、マグマの如き烈火が、土砂を跡形も無く焼き消した。
「ったくよ!!お前は1人で抱え込み過ぎなんだよ!!お前が先にくたばったら、残されたキクさんや村人たちは誰が護ってやるんだよ!!」
球磨が突如、倒れそうになった白州を支えながら叱った。
「・・・球磨・・・なぜ・・戻って来た?」
球磨はニッと笑いながら答えた。
「決まってんだろ!!お前と言う好敵手を失いたくねーからさ!!またお前と一戦交えて、その後に皆でカリーを作って食べたいとも思ってるんだぜ!!」
白州は球磨の逞しい強い力と、優しさに満ちた気持ちに心打たれていた。そして、次第に白州は球磨の聖なる炎の暖かさに体力と魔力が回復し、自分で立てるようになった。
「・・・ありがとうな、球磨。俺の力では村を護れず、犬死にするところだった」
三つ峠からまた土砂が押し寄せてきた。白州は再び大太刀を力強く構えた。そして、2人同時に言葉を合わせた。
「共に、村を護ろうぜ!!!!!」
白州は大太刀から風の刃を放ち、土砂や落ちてくる岩を打ち払っていた。そして、球磨も負けじと、西洋槍から灼熱の炎を放ち、それらを焼き消した。そして、巨大な岩肌が落下してきた時、白州の月光の刃と、球磨の紅蓮の槍が同時に放たれ、粉々になり村を護り抜いた。
村から脱出した村人や千里は河口湖畔で2人の帰還を嬉しそうに迎えた。そして真っ先に3人の小精霊が2人に飛びついてきた。
「白州兄ちゃん!!球磨兄ちゃん!!無事で良かったじゅらー!!」
そして、村人達も2人に涙を流しながら深く礼を言った。
「本当にありがとうねぇ。白州も球磨さんも千里さんもそして、小さな森精霊達も皆、この村の守護者じゃよ」
キクが礼を言っていたが、白州は深刻な顔をしていた。
「それでも・・・全ての土砂を払えなかったし・・ばっちゃんの家は倒壊しちまったし・・・・」
白州が暗い顔をしていると、キクが彼の大きな体に抱きついてきた。
「何を言っているんだい!!お前は!!わたし達は十分感謝しているよ。だからわたし達より先に死んではいけないよ!!」
「・・・・ばっちゃん・・」
白州もキクの小さな体を包み込むように抱いた。すると、千里が優しく笑いながら、皆に言った。
「一時的に住む場所の確保は出来ていますよ」
すると、木の影から、忍びの棟梁エンザンが姿を現した。
「ほっほほほ。影からお前さんたちの活躍を見ておったぞ!!住む場所はここから南東の吉田集落じゃ」
エンザンが笑顔で言うと、白州はエンザンを見て驚いて言った。
「!?あなたは・・・・森精霊の長、エンザン長老!!どうしてここに?」
「・・・長老は付けんでよろしい!!わしは、モトス達勇士の成長と活躍を影から支援していたのじゃよ。当然、お前さんの考えている事もお見通しじゃったわい」
球磨も呆れながらエンザンに文句を言った。
「おいおい・・・じいさんも最初っから居たなら白州の事教えてくれれば良かったのにー」
「甘いわ!!わしはそこまで優しい精霊ではない!!お主達の行動や信頼を見極めたかったのじゃ」
エンザンが茶目っ気のある顔をして言うと、千里も少し笑いながら2人に言った。
「エンザン殿に一本取られましたね」
「千里!!お前もだろ!!!」
球磨と白州は同時に千里に言い返した。
その後、エンザンと白州は村人達を護衛しながら吉田集落へ連れて行った。白州とキクは球磨と千里に礼を言った。
「世話になったな・・・2人共。俺はこの通り、もう梅雪には下らねぇ。まぁ、向こうも俺を用済みと見なしているだろうし、最初から約束を守る気なんて無かったみたいだからな。・・・だが、村をこんなにした厳美も許さねぇ!!」
厳美について千里は忠告をした。
「・・・村で会った厳美は泥で出来た傀儡でした・・・。あの男は梅雪や江津よりも恐ろしい考えや力の持ち主です」
「ああ・・・俺もあいつの口車に乗って梅雪に雇われた感じだったからな・・・」
武田勝頼の死後、織田や梅雪達による残党狩りが激しくなった時、白州もそれらの襲撃から村周辺を護っていた。すると、彼の目の前に学者を名乗る厳美が現れ、優しい笑みを浮かべ、甘い声で言った。
「私と梅雪様は、力無き者達の味方ですよー。白州さんが梅雪様の元で働けば村の安全と、働きによっては道や村を整備したり、住みやすくしてあげますよー」
しかし、それは全くの嘘であった。
「俺は梅雪にも厳美にも騙されていたんだな・・・情けないぜ」
下を向いて己の今までの行動を恥じていた。
「・・・厳美はそういう者です。・・・人の心を弄んでは壊す・・・」
「・・・お前も色々あったんだな・・・千里」
白州は千里の過去は聞かなかった。一方、キクは球磨から受け取った十字架の首飾りを返そうとした。すると球磨は首を横に振り言った。
「持っていて欲しい。この十字架は魔除けで、きっと神のご加護で村人達を護ってくれるよ。絶対!!」
キクは十字架を強く握り願いを込めた。
「これは、西洋のお守りじゃが、わたしはこれと白州達に命を護られたのじゃな。ありがとう、球磨さん。大切に持っておるよ」
エンザンは2人に今後の道しるべを告げた。
「モトス・桜龍・湘も今、北の大月付近で梅雪の兵や死霊とも戦っておる・・・お主らも気を付けて敵に備えるのじゃよ」
2人は決意を固め、深く頷いた。そして、白州も
「球磨、千里・・・大変世話になった。どうかご武運を」
球磨と千里は白州の手を強く握り、ああもちろん!!と心の中で告げた。
球磨と千里は北の御坂峠から甲府へ向かった。
その頃、韮崎の新府城で、双葉は息子の玄杜と本丸の庭園を散歩していた。するとそこに、厳美が姿を現した。玄杜は彼を見るなり泣き出してしまった。
「な・・・何か用?厳美!!!」
「あらら・・・すみませんねー。突然出てきちゃったから玄杜クンも泣いてしまいましたねー。いないいないばあっ!」
厳美は陽気に赤ん坊をあやすも、一向に泣き止まない。双葉は元々厳美に疑いの目で見ていたので、警戒心を燃やしていた。
「変な誤解しないでくださいよー。私は姫君には全く興味ありませんからー。それより、双葉様って、信康さんの事が好きでしょー?」
からかう厳美に双葉は声を小さくして怒った。
「何を言うの!!私は梅雪サマに身を寄せると決めたのよ!!ふざけた事言わな・・・う・・!?」
双葉は言葉を続けようとしたが、指で軽く口を塞がれた。
そして、厳美は双葉の耳元で甘い声で囁いた。
「良い情報を教えます。梅雪様の左耳の紅い宝玉についてです・・・」
双葉は気になり、黙って話を聞いた。
第8話 完