大涌谷から山道を歩くと、古代から山の神を祀る『駒ヶ岳』に着いた。そこは砂利道が広がり、富士や相模湾と駿河湾が見え、真下には新緑の木々と芦ノ湖が見えていた。４人は山頂の箱根元宮（もとつみや）神社でお祈りをした。
「清盛様は何を願ったんだ？」
「体を貸してくれた桜龍と湘とアナン・・千里の無病息災と、落人の村で暮らす平家の子孫が健やかな人生を送れるよう願った」
「敵である僕の身も案じてくださったのですね」
千里は意外だなと思っていたのに対し、清盛は照れながら答えた。
「今は敵ではないじゃろう。それより、この芦ノ湖にある箱根神社は、頼朝が祈願したのが憎たらしいが、もはや源氏など敵ではない。ワシは知盛の和平交渉を台無しにした闇の者とやらが許せん」
清盛はアナンから平家のその後を聞いていた。清盛亡き後は、息子達に『どんな形でも良い。平家の名を残し、外交政策を推進させ豊かな国を造ってくれ』と。特に優秀だった四男の知盛は度重なる平家敗北に追い詰められ、源氏と和睦を結ぼうとした。
「知盛様は平家の中でも平和主義な考え方だったから、軍事と政は源氏主体で、外交や海上の防衛を平家に任せられればと考えていたんだよな」
讃岐国の屋島砦（現香川県高松市）で、源氏の弓の名手、那須与一の扇当てに魅了されていた隙に、闇の魔改造戦士『厳美』が平家に紛れ義経を暗殺しようとし、平家の罠だったと源氏に勘違いされ、和睦は失敗に終わったと。
「知盛殿を始め、平家の者達は和睦を望んでいました。厳美は彼らの願いも壊しました・・・」
「今となっては、そやつらのが許せん。千里、ワシが頼むのは変じゃが、平家の無念も晴らして欲しい」
「そいつは、俺も晴らすぜ清盛様。平家を護れなくて申し訳ない！！」
「いいや、お主は徳子と安徳天皇の側に居てくれて嬉しい限りじゃ。これからは千里や湘をささえるのじゃぞ」
「清盛殿の戦法を見極められて、戦いの参考になりました。お手合わせありがとうございました」
「お主と戦うのは夢じゃった。久しぶりに戦いに興じて楽しかったぞ」
「あれでお手合わせだったのか・・・」
湘は千里と清盛の戦いの規模に唖然としていた。


「では、アナン、湘、千里、達者でな。黄泉でお主達の戦い見守っておるぞ」
清盛は満足な笑みを浮かべ、白昼の太陽が照らされる中、光と共に桜龍の体から消えていった。そして、ふらっと意識が途切れた桜龍の体を千里とアナンが支えた。
「ん・・？何かお偉いさんが体に入った跡が・・それに激しい運動をしたのか体が痛い・・」
「お前って奴は、清盛様が入っていたの知らねーのか？」
「清盛って、平清盛か？何か、干物やかまぼこ、黒たまごの食感が残ってるから、食べ歩きしたのかなー？」
「食い物しか印象にねーのかよ！！」
「全く、君って奴は。術を失敗して清盛殿を霊媒するとは・・・」
「ああ！？小田原の神社で秘術を編み出そうとしたら、失敗して気を失ったんだ」
湘とアナンは桜龍の脳天気な態度に呆れかえっていた。一方千里は桜龍の顔を強くつねった。
「イテテテテ・・・千里何をするんだよぉ・・」
「貴方って人は、もし清盛が今でも野心を持っていて、貴方の体を利用して、日ノ本を支配したら、危なかったのですよ！！」
千里は珍しく険しい表情で桜龍に怒っていたので皆は驚いたが、桜龍は自信ある笑顔で答えた。
「千里・・・そういえば、平家とは敵対していたんだよな。だが、それは無いよ。野心や邪悪な魂を持つ者だったら、俺に宿る聖なる龍がそいつを消し去った。清盛にはそれが無かったという証拠だ」
千里は冷静になり、桜龍に謝った。
「すみません。僕は、貴方の力を疑ってしまいました・・・」
「良いって事よ。千里は俺の事を心配してくれたんだし、秘術を編み出すのに失敗して、皆に心配を掛けて俺の方こそすみませんでした」
「まぁ、清盛殿がどういう人物か分かったし、太政大臣が町民と触れ合っているのを見られて面白かったよ」
「久しぶりに清盛様と話せて良かったぜ。黄泉で国造について勉強して、生まれ変わったら正しき主導者になりたいんだってさ」
「僕も、桜龍の身を心配していましたが、清盛との決闘に夢中になってしまいました」
皆は満足そうな表情で桜龍を許したが、一方、彼は疲れた顔で肩と腰を揉み始めた。
「ふぅ・・清盛殿は元気なおじいちゃんだったみたいだぜ・・・疲労感が半端ない・・・丁度箱根に来ているところだし、温泉に浸かるか♪」
「そうしたら、昨日清盛殿と泊まった湯本の旅籠へ行くか。露天風呂から見える早川に蛍が綺麗だったし、料理も美味しかったよ」
千里とアナンも賛成だと笑顔で答えた。こうして、２日間の『平清盛、小田原箱根満喫物語』は幕を閉じた。


　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　番外編　完