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第1章 異説 武田の残党狩り編 桃源郷に集う勇士

その頃、御伽勇士達に吉田集落を追い払われた梅雪や江津は甲府の躑躅が崎館で休息をしていた。館は現在、織田家家臣の河尻秀隆(かわじり ひでたか)の管理下であるが、秀隆は梅雪や江津の威圧感や禍々しさに逆らうことが出来ず、残党狩りは彼らに任せ、自身は部屋に籠っている。
そんな現城主を無視し、梅雪と兵士たちは大広間で怒りながら酒を飲み続けていた。
「おらおら!!!酒をもっと持ってこい!!!!」
梅雪はかなり腹を立てており、従者に酒を注文した。
「梅雪様・・・明日には新府城に戻る予定ですぞ。飲み過ぎてはなりません」
江津は呆れながら止めようとしていた。
「やかましい!!モトスの仲間に無様な負け方をしたのだぞ!!飲まないでいられるか!!!」
ヤケ酒で聞く耳を持たない梅雪に江津は嫌気が差し、心の中で言った。
(では勝手にするが良い。これ以上付き合ってはおれん)
「・・・お都留の様子を見に行ってくる」
江津は広間を出て、お都留が休んでいる寝室を覗き、深く眠っていることを確認した後、広い廊下を歩いていると、奥の薄暗い部屋に書斎を見つけた。
「ほう・・・少し覗いてみるか」
江津は書斎の中に入った。書斎には多くの本棚が壁に沿って配置されていたが、置いてある本は数える位しか無かった。どうやら、居城を新府城に替えた時に、本もそこへ移動させたようだ。
「・・・つまらぬな。呪い本や兵法などが無い・・・・」
江津は書斎を出ようとした時に、奥に光る物を発見した。近づいて手に取ると、小さなガラスの容器を発見した。中には、黒茶色に干からびた蝶のような・・・蛾のようなハネが入っていた。
「これは・・・・小精霊のハネか?おそらく・・死後35年以上は経っているな」
すると、容器が転がっていた場所に、一冊の古びた日記を発見した。江津は提灯に火を付け、本に目を通すと驚いた顔をした。
「・・・まさか・・この容器に入っていた小精霊は・・・」
「あらあら、信康さん見せようとしたら、先に江津さんに見られてしまいましたねー」
突如、新府城に居るはずの厳美が書斎に入ってきた。
「・・・卿は・・この事実を知っていたのか?」
「いえいえ。私も、たまたまこの日記とガラス容器を見つけて知っただけですよー。まだ誰にも言っていませーん♪」
厳美は陽気な笑顔ではぐらかした。すると、江津は黒い火を指から出現させ、日記を燃やした。
「あー!!燃やしてはいけませんよー!!!信康さんに見せようと思ったのにー!!」
慌てている厳美を、江津は普段見せない怒りで彼を睨んだ。
「くだらぬ!!今、こんなふざけた物を見せては、梅雪様の野望の邪魔になるだけだ!!信康もそうだ!!あの者も真実を知れば、心はきっと壊れる・・・」
「そうでしたねー。で・は、この件については2人だけの秘密に得おきましょう。江津さん♬」
「・・・・・・・・」
陽気に笑っている厳美を江津は深い疑いの目で見つめていた。



その頃、夜に信康と双葉と玄杜は新府城を抜け出し、韮崎の地を流れる釜無川で、蛍を見に行っていた。涼しい川原には無数の蛍が空を舞っていた。
「ずっと城に籠っているのも気が病むでしょう。梅雪様が居ないので、こうして蛍を見るのが気晴らしになると良いですね」
信康が穏やかな表情で、蛍の輝きに感動している親子を見ていた。
「・・・こんなにたくさんの蛍を見るのは初めてだわ。玄杜もとても嬉しそう。・・・ありがとう、信康」
「の・・ぶぅや・・・しゅ!・・ほ・・たぁ・・・るぅ・・」
玄杜は小さい口を動かし、小さく言葉を発していた。
「まぁ!!玄杜が喋り始めたわ!!」
玄杜の鼻の上に蛍が止まると、玄杜はとても嬉しそうに無邪気に笑っていた。
「このまま、時が止まってもいいなー」
双葉は玄杜を抱えながら蛍と星空を見た。そして、少し沈黙が続くと、双葉から信康に質問をした。
「信康・・・その・・・・不快にさせたらごめんなさい。・・・もし、あなたが梅雪の影ではなく、普通の人生を送っていたら・・・何をしたかった?」
恐る恐る尋ねる双葉に信康は優しく笑いかけた。
「梅雪様と出会うまでは、僕を拾って大切に育ててくれた親と一緒に葡萄農園を続けたかったかな。それと、西洋の葡萄酒を作ってみて、庶民も飲めるように大量生産してみたいと考えた事もあったよ」
「素敵な夢だね!」
双葉は深く感心していた。
「でも、親や兄弟達は川の氾濫で流されて、葡萄園も全滅してしまったのだけどね・・・」
信康が哀愁込めた顔をすると、双葉は謝った。しかし信康は気を取り直し、今度は双葉に尋ねた。
「双葉殿は・・・本当はどうしたい?・・・この先」
「・・・・私は、息子の玄杜さえ幸せになってくれれば、自分はどうなっても良いの。玄杜を護れれば、私は梅雪の妻にでもなるし、服従する覚悟は出来ている・・・」
「・・・・・双葉殿」
信康は、今の自分では双葉と玄杜を抱くことは出来ないと、心の中で悔しがっていた。
(もし、厳美の言う通り、僕が梅雪であったら・・・この2人を護れるのだろうか・・・)
信康の心の奥は、梅雪への忠誠心よりも、双葉と玄杜への愛情の方が深まっていた。


                       第7話  完

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