第1章 異説 武田の残党狩り編 桃源郷に集う勇士
山中湖での灯篭流しは終わり、皆は吉田集落に戻り、次の日の朝を向かえた。モトスは朝の鍛錬をしていると、近くの森に囲まれた広い池で褌姿の千里を見かけた。どうやら魚を獲っていたようだ。
「千里か。おはよう。・・・おや?眼鏡をかけなくても見えるのか?」
モトスは彼の真紅の瞳をじっと見つめると、つぶらで優しい瞳の中に、鬼のような強さと、どこか影のある暗さを感じた。千里は小さく笑いながら、モトスに答えた。
「眼鏡は・・瞳をじっくりと見られたくないので、掛けているだけで、視力はとても良いので問題ありません。・・・・気味の悪い目の色でしょう?」
千里が淡々と目をそらして言ったが、モトスは首を横に振り、彼の両肩に手を置き、優しい表情で真紅の瞳を再び見つめた。
「とても綺麗な瞳だよ。強さの中に慈悲深さと優しさを感じさせるよ」
千里はモトスの言葉に少し驚いていた。
「・・・・僕に慈悲深さと優しさなどは・・・・」
千里は言葉を続けようとしたが、モトスは黙って大きな布で彼の濡れた体と長い黒茶色の髪を拭いた。
「そういえば、千里は随分と着痩せするのだな」
モトスは千里の小柄だが、強靭な肉体をまじまじと見て言った。
「僕を造った主が筋肉質が好みだったみたいです。僕自身も鍛えたり、戦っているうちに、この体になったのもありますがね」
モトスは感心しながら彼の固く厚い胸板を押すと、胸や腹筋、腕などにある傷跡に目が入った。
「この傷は・・・戦での古傷か?」
モトスが質問すると、千里は静かに首を横に振った。
「いいえ・・・これは、大切な者たちを護れなかった代償です。皆は僕を鬼神と言いますが、僕はそんな強い存在ではありません」
モトスはこれ以上何も言わずに、千里の濡れた髪を優しく拭いた。黒茶色の髪は太陽の光で艶やかな茜色に染まって見えた。
すると、いつの間にか近くで球磨が2人を冷やかしていた。
「モトスのダンナも千里も熱い仲でー。俺が居たの気が付かなかっただろ?」
モトスは照れながら否定した。
「馬鹿を言うな!!これは・・・千里と池で魚を獲っていただけで・・・千里とは何も・・・・」
「モトスさん僕の体をお触りしていましたよ」
千里が無表情で球磨に言った。
「・・・ダンナ・・お都留さんが居るのに、そっちの趣味も!!」
球磨が茶化すと、モトスは顔を真っ赤にし、声を上げた。
「そのような訳があるか!!俺はお都留を愛している!!!・・・あ!?」
モトスはつい本音を言ってしまい、照れながらその場を後にした。
球磨は大笑いをしていた。
「いやぁー、普段真面目で穏やかなダンナもすごい顔で怒るんだなー」
「それほどお都留殿を大切に想っているということですね。早く彼女を救わねばなりません」
千里が真剣な表情で言うと、球磨は笑顔で彼の肩をポンと軽く叩いて言った。
「その為にも、まずは腹ごしらえだぜ!!さっき村の女子たちと飯を作ったんだ!!それでお前らを呼びに来たんだぜ♪」
「あ・・・でも、モトスさんが・・どこかへ行ってしまいました」
「あ・・そうだったな。年上を少し冷やかしすぎちまったぜ・・・。後で謝っておこう・・」
球磨と千里は獲った魚を運び、村へ向かった。
その頃、湘は吉田集落の広場に設置した陣の中で、今後の戦略を考えていた。眠れなかったのか、大きなあくびをしてしまい、陣の中に入ってきた桜龍に見られてしまった。
「おお!!湘おじ、おはようさん♪大きいあくびをするとは意外ですなー」
桜龍の陽気な挨拶に湘はご立腹であった。
「・・・・君ねぇ・・誰のせいで私が寝不足で肌が荒れていると思っているのかい?」
「え・・・?クマちゃんのイビキがうるさかった?」
何も理解していない桜龍に湘は堪忍袋の緒が切れた。
「・・・君は私の隣りで寝ていたな。酒に酔って覚えていないだろうけど、私の掛布団を奪ったり、私の腹や足を蹴ったりと・・・」
湘が桜龍を睨みながらぐちぐちと文句を言うと、桜龍はあちゃーとバツが悪そうな顔をして湘に謝った。
「うう・・・申し訳ないですわー。お前は寝相が悪いと神官からも言われていて・・・」
湘は意外と素直に謝る桜龍を呆れながらも笑って許した。
「・・まぁ、反省しているならよろしい。そ・れ・と、湘おじは止めたまえ!!私はまだまだ若いのだ!!!」
「え・・・?でも、クマちゃんが若作りおじって言うから」
(・・・・・あの暴れ牛め!!後日氷漬けにしてやる!!)
湘は球磨に激怒していたが、気を取り直し、桜龍の聖なる龍の瞳について尋ねた。
「・・・そういえば、君の左目は生まれつきなのか?」
桜龍は自身の左目について聞かれて、一瞬キョトンとした顔をしたが、特に隠さず、自身が知っている範囲で話した。
「俺もいまだに良く分からないんだけど・・・これは生まれつきではないんです・・・」
俺は山陰の隠岐の島で生まれた。島は昔から流刑地であったが、皇族や武士、神官が流れ着いたので、独特な文化や伝説が語り継がれていた。その中に、聖龍王(せいりゅうおう)という龍神の王の伝説も語られていた。
「俺は生まれて直ぐに病で左目を失い・・・物心ついた時に、島の端にある、聖龍王様の墓参りに行った時突然、空の左目に聖龍を宿した宝玉が入ったんですよ」
その時に、強大な闇が日ノ本を覆う光景が見えたのだ。俺は聖なる龍に導かれるように、島を出て、出雲国で修行しようと決意をした。両親は反対であったが、島の長老が許し、受け入れてくれた。
「俺には特別な才能も無いし、高貴な家柄で育ったわけではないのに、何で俺に宿ったんだろうと不思議に思う・・」
桜龍が眉間に皺を寄せながら深く考えていると、湘は笑いながら答えた。
「・・・確かに、君は一見どこにでも居そうな平神官なのに、なぜ龍は君を選んだのか?・・きっと君には才能とかではなく、選ばれる素質があるのではないか?」
「素質かぁ・・それこそ、モトスさんや湘さん、球磨や千里の方が相応しそうなんだけどなー」
と桜龍が言うと、湘は首を横に振り否定した。
「私はそういうのはごめんだな・・・。ただでさえ半分は海洋族の血が流れているのに・・・」
「海洋族?もしかして湘おじって・・・・」
桜龍は何か覚えがあるのか、言葉を続けようとしたが湘は話題を変えた。
「それより、そろそろ朝食の時間だ。球磨と村の女子達が作ったようだな。あの暴れ牛に料理の才能があるのは意外だ」
「クマちゃんの料理は天下一品なんですぜ。乱世が終わっても料理屋でやっていけそうだ!!」
2人は陣を出て、村人が集まっている場所へ向かった。陽気に朝食を楽しみにしている桜龍とは対照的に、湘は少し思いを巡らしていた。
(強大な闇・・・か。それまでに母さんと再び会いたいな)
その頃、モトスは皆の所へ戻ろうと、集落の道を歩いていた。そこに、木の上からエンザン棟梁が姿を現した。
「少しいじくられただけでムキになるとは、お主もまだまだじゃのう」
「エ・・エンザン棟梁!?・・・先ほどのやり取りを見ていたのですね・・・。その・・球磨も千里も俺を元気づけようとしていたのは十分分かる。久しぶりに肩の力が抜けたので・・・ただ・・」
「ただ・・・とな?」
エンザンは心配そうにモトスの顔を覗き込んだ。
「俺にはまだ精霊のハネが生えない・・・。お都留や苦しんでいる民達を救いたい!!仲間を護りたいと思っているのに・・・なぜなのでしょうか?」
深く思い詰めているモトスにエンザンは優しく、父親のように諭した。
「モトスよ・・・。お主は忍びとしての技を習得するのは早い方ではなかったが、その分、他の者達よりも多く修行をし、ひたすら努力を積み重ねていった。そして、周りの者達に嫉妬や劣等感も無く、皆に優しかったから、一人前の忍びになれたのじゃよ」
「しかし・・・白州は梅雪の下に居るのに、ハネを出現させた・・・邪心ある者はハネを出現できないはずだが・・・」
「おそらく白州にも、梅雪に付いている理由があるんじゃと思うよ。それと、本当に自分がすべきことを貫くのに、精霊の力が覚醒したのだと思うのじゃ。」
「本当に自分がすべき・・・事?」
モトスは有り過ぎて、答えが出せれなかった。
「そのうちに気付くじゃろ。ただ、これだけは師として、父として言う。お主は1人ではない。4人の勇士がお主を支えてくれる。己と仲間を信じ続けよ」
「・・・・エンザン棟梁、大切なお言葉をありがとうございます!!」
モトスは先ほどまでの深刻な表情から一変し、穏やかで、精悍な表情で師に礼を言った。そして、エンザンも陽気な口調で言った。
「そろそろ、球磨という若造が作った朝食を食べに行こうかのう。皆もお主を待っておるぞ♪」
「はい!!行きましょう、エンザン棟梁」
師弟は皆が集まる広場へ向かった。すでに桜龍達や民も集まっており、皆で楽しく朝食を口にした。
「千里か。おはよう。・・・おや?眼鏡をかけなくても見えるのか?」
モトスは彼の真紅の瞳をじっと見つめると、つぶらで優しい瞳の中に、鬼のような強さと、どこか影のある暗さを感じた。千里は小さく笑いながら、モトスに答えた。
「眼鏡は・・瞳をじっくりと見られたくないので、掛けているだけで、視力はとても良いので問題ありません。・・・・気味の悪い目の色でしょう?」
千里が淡々と目をそらして言ったが、モトスは首を横に振り、彼の両肩に手を置き、優しい表情で真紅の瞳を再び見つめた。
「とても綺麗な瞳だよ。強さの中に慈悲深さと優しさを感じさせるよ」
千里はモトスの言葉に少し驚いていた。
「・・・・僕に慈悲深さと優しさなどは・・・・」
千里は言葉を続けようとしたが、モトスは黙って大きな布で彼の濡れた体と長い黒茶色の髪を拭いた。
「そういえば、千里は随分と着痩せするのだな」
モトスは千里の小柄だが、強靭な肉体をまじまじと見て言った。
「僕を造った主が筋肉質が好みだったみたいです。僕自身も鍛えたり、戦っているうちに、この体になったのもありますがね」
モトスは感心しながら彼の固く厚い胸板を押すと、胸や腹筋、腕などにある傷跡に目が入った。
「この傷は・・・戦での古傷か?」
モトスが質問すると、千里は静かに首を横に振った。
「いいえ・・・これは、大切な者たちを護れなかった代償です。皆は僕を鬼神と言いますが、僕はそんな強い存在ではありません」
モトスはこれ以上何も言わずに、千里の濡れた髪を優しく拭いた。黒茶色の髪は太陽の光で艶やかな茜色に染まって見えた。
すると、いつの間にか近くで球磨が2人を冷やかしていた。
「モトスのダンナも千里も熱い仲でー。俺が居たの気が付かなかっただろ?」
モトスは照れながら否定した。
「馬鹿を言うな!!これは・・・千里と池で魚を獲っていただけで・・・千里とは何も・・・・」
「モトスさん僕の体をお触りしていましたよ」
千里が無表情で球磨に言った。
「・・・ダンナ・・お都留さんが居るのに、そっちの趣味も!!」
球磨が茶化すと、モトスは顔を真っ赤にし、声を上げた。
「そのような訳があるか!!俺はお都留を愛している!!!・・・あ!?」
モトスはつい本音を言ってしまい、照れながらその場を後にした。
球磨は大笑いをしていた。
「いやぁー、普段真面目で穏やかなダンナもすごい顔で怒るんだなー」
「それほどお都留殿を大切に想っているということですね。早く彼女を救わねばなりません」
千里が真剣な表情で言うと、球磨は笑顔で彼の肩をポンと軽く叩いて言った。
「その為にも、まずは腹ごしらえだぜ!!さっき村の女子たちと飯を作ったんだ!!それでお前らを呼びに来たんだぜ♪」
「あ・・・でも、モトスさんが・・どこかへ行ってしまいました」
「あ・・そうだったな。年上を少し冷やかしすぎちまったぜ・・・。後で謝っておこう・・」
球磨と千里は獲った魚を運び、村へ向かった。
その頃、湘は吉田集落の広場に設置した陣の中で、今後の戦略を考えていた。眠れなかったのか、大きなあくびをしてしまい、陣の中に入ってきた桜龍に見られてしまった。
「おお!!湘おじ、おはようさん♪大きいあくびをするとは意外ですなー」
桜龍の陽気な挨拶に湘はご立腹であった。
「・・・・君ねぇ・・誰のせいで私が寝不足で肌が荒れていると思っているのかい?」
「え・・・?クマちゃんのイビキがうるさかった?」
何も理解していない桜龍に湘は堪忍袋の緒が切れた。
「・・・君は私の隣りで寝ていたな。酒に酔って覚えていないだろうけど、私の掛布団を奪ったり、私の腹や足を蹴ったりと・・・」
湘が桜龍を睨みながらぐちぐちと文句を言うと、桜龍はあちゃーとバツが悪そうな顔をして湘に謝った。
「うう・・・申し訳ないですわー。お前は寝相が悪いと神官からも言われていて・・・」
湘は意外と素直に謝る桜龍を呆れながらも笑って許した。
「・・まぁ、反省しているならよろしい。そ・れ・と、湘おじは止めたまえ!!私はまだまだ若いのだ!!!」
「え・・・?でも、クマちゃんが若作りおじって言うから」
(・・・・・あの暴れ牛め!!後日氷漬けにしてやる!!)
湘は球磨に激怒していたが、気を取り直し、桜龍の聖なる龍の瞳について尋ねた。
「・・・そういえば、君の左目は生まれつきなのか?」
桜龍は自身の左目について聞かれて、一瞬キョトンとした顔をしたが、特に隠さず、自身が知っている範囲で話した。
「俺もいまだに良く分からないんだけど・・・これは生まれつきではないんです・・・」
俺は山陰の隠岐の島で生まれた。島は昔から流刑地であったが、皇族や武士、神官が流れ着いたので、独特な文化や伝説が語り継がれていた。その中に、聖龍王(せいりゅうおう)という龍神の王の伝説も語られていた。
「俺は生まれて直ぐに病で左目を失い・・・物心ついた時に、島の端にある、聖龍王様の墓参りに行った時突然、空の左目に聖龍を宿した宝玉が入ったんですよ」
その時に、強大な闇が日ノ本を覆う光景が見えたのだ。俺は聖なる龍に導かれるように、島を出て、出雲国で修行しようと決意をした。両親は反対であったが、島の長老が許し、受け入れてくれた。
「俺には特別な才能も無いし、高貴な家柄で育ったわけではないのに、何で俺に宿ったんだろうと不思議に思う・・」
桜龍が眉間に皺を寄せながら深く考えていると、湘は笑いながら答えた。
「・・・確かに、君は一見どこにでも居そうな平神官なのに、なぜ龍は君を選んだのか?・・きっと君には才能とかではなく、選ばれる素質があるのではないか?」
「素質かぁ・・それこそ、モトスさんや湘さん、球磨や千里の方が相応しそうなんだけどなー」
と桜龍が言うと、湘は首を横に振り否定した。
「私はそういうのはごめんだな・・・。ただでさえ半分は海洋族の血が流れているのに・・・」
「海洋族?もしかして湘おじって・・・・」
桜龍は何か覚えがあるのか、言葉を続けようとしたが湘は話題を変えた。
「それより、そろそろ朝食の時間だ。球磨と村の女子達が作ったようだな。あの暴れ牛に料理の才能があるのは意外だ」
「クマちゃんの料理は天下一品なんですぜ。乱世が終わっても料理屋でやっていけそうだ!!」
2人は陣を出て、村人が集まっている場所へ向かった。陽気に朝食を楽しみにしている桜龍とは対照的に、湘は少し思いを巡らしていた。
(強大な闇・・・か。それまでに母さんと再び会いたいな)
その頃、モトスは皆の所へ戻ろうと、集落の道を歩いていた。そこに、木の上からエンザン棟梁が姿を現した。
「少しいじくられただけでムキになるとは、お主もまだまだじゃのう」
「エ・・エンザン棟梁!?・・・先ほどのやり取りを見ていたのですね・・・。その・・球磨も千里も俺を元気づけようとしていたのは十分分かる。久しぶりに肩の力が抜けたので・・・ただ・・」
「ただ・・・とな?」
エンザンは心配そうにモトスの顔を覗き込んだ。
「俺にはまだ精霊のハネが生えない・・・。お都留や苦しんでいる民達を救いたい!!仲間を護りたいと思っているのに・・・なぜなのでしょうか?」
深く思い詰めているモトスにエンザンは優しく、父親のように諭した。
「モトスよ・・・。お主は忍びとしての技を習得するのは早い方ではなかったが、その分、他の者達よりも多く修行をし、ひたすら努力を積み重ねていった。そして、周りの者達に嫉妬や劣等感も無く、皆に優しかったから、一人前の忍びになれたのじゃよ」
「しかし・・・白州は梅雪の下に居るのに、ハネを出現させた・・・邪心ある者はハネを出現できないはずだが・・・」
「おそらく白州にも、梅雪に付いている理由があるんじゃと思うよ。それと、本当に自分がすべきことを貫くのに、精霊の力が覚醒したのだと思うのじゃ。」
「本当に自分がすべき・・・事?」
モトスは有り過ぎて、答えが出せれなかった。
「そのうちに気付くじゃろ。ただ、これだけは師として、父として言う。お主は1人ではない。4人の勇士がお主を支えてくれる。己と仲間を信じ続けよ」
「・・・・エンザン棟梁、大切なお言葉をありがとうございます!!」
モトスは先ほどまでの深刻な表情から一変し、穏やかで、精悍な表情で師に礼を言った。そして、エンザンも陽気な口調で言った。
「そろそろ、球磨という若造が作った朝食を食べに行こうかのう。皆もお主を待っておるぞ♪」
「はい!!行きましょう、エンザン棟梁」
師弟は皆が集まる広場へ向かった。すでに桜龍達や民も集まっており、皆で楽しく朝食を口にした。