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第3章 異説小田原征伐  蘇りし海の亡霊と海神伝説

琉球王国にある無人島の雑木林に、古びた墓があった。いすみは墓にハイビスカスと菜の花の花束を添えた。
「・・・オミよ。ワレは貴殿に恋をした事に後悔はしていない。しかしそれが・・今回の災いを呼んでしまった」
いすみは墓にひざまずきながら懺悔(ざんげ)した。桜龍と亘は木の陰に隠れながら静かに見ていた。
「いすみ様・・・もしかして、人間の女性に恋をしていたのか・・・」
「・・・そんな事だろうと思ったよ」
亘は頭を抱えながら、桜龍に『いすみの隣に居てやってくれ』と頼んだ。桜龍は静かにいすみに近づくと、来ているのを知っていたのか、彼は振り向かずに語り始めた。
「ワレと初めて夫婦になろうとしていた女の墓だ。名は『オミ』という。この地域では海という意味らしい」
桜龍は何も言わず、いすみの話に耳を傾けた。
「まだあの頃のワレは青かった。この地を回っていた時に、この島でオミと出会った。付き合う内に信頼関係が生まれた。だが、海洋神と交わった結果、オミは病に侵され、呪われた子が産まれてしまった・・・」
「・・・それが、闇クリオネだったのですね」
「ワレは闇クリオネを危険な物とみなし、封印しようとした。しかし、奴の憎悪の力が増し、この島を沈めようとした。ワレが闇クリオネを退治したが、災いをもたらした海王がおる島に、皆去ってしまった・・・」
何とか、いすみの力で闇クリオネを消滅させたが、オミの死と呪われた子が生まれたのをきっかけに、いすみは彼女の兄や島民に激しく恨まれた。
「オミの墓の周りにある石碑は、島民が刻んだ物だ」
いすみは薄ら笑いしながら墓に刻まれている消えかけた字を読んだ。

海王神は海の守り神ではなく、災いをもたらす邪神だ。オミは奴にたぶらかされ、犠牲となった

「海洋族の皆にはワレと同じ道を歩んでほしくなかった・・・それと、人間や他種族にも悲劇を味わいさせたくなかったから、掟を作ったのだ」
いすみの頬からは涙が見えた。桜龍は彼の気持ちを真摯に受け止めた。
「・・・確かに、いすみ様は禁忌を犯したのかもしれない。ですが、たぶらかしたは違うでしょう。オミさんは病で倒れてもなお、いすみ様を愛していたでしょう」
桜龍は聖なる龍の瞳を取り外し、天にかざした。すると、墓の上から光が照らされ、黒髪の少女の霊が現れた。
「オミ・・オミなのか!?」
『いすみ!!私は、あなたと出会えて、恋人と夫婦になれて嬉しかったよ。後悔も憎しみもないよ。だから、もう罪を背負わないで・・・笑顔のいすみに戻って!!』
「オミ・・すまなかった。ワレは禁忌を犯すほどにお前を愛していた・・・」
『私もよ。お兄ちゃんや島の皆はあなたを恨んでいたけど、長い時間が過ぎて、他の島や琉球本土では、いすみは英雄として語られているよ。だって、いすみは誇り高き海王神だから』
「オミ・・・」
『私も、いつまでも見守っているよ。いすみとあなたの大切な仲間の行く末を』
オミは桜龍に笑顔を向け礼を言った。いすみは吹っ切れた笑顔でオミを抱きしめた。オミは幸せそうな顔で光の中に消えた。
「桜龍、感謝する。オミに逢えて嬉しかった。これで決心が着いた。ワレは海王神の座を降り、適任者に後を継がせる」
「それはもしかして」
桜龍が思い当たる人物を当てようとした時、雑木林から湘が出てきた。
「言っておきますが、私が海王神を継ぐなどお断りです。私にはまだ地上でやるべき事があるし、新たな海王神は丸くなったいすみ様が相応しいですよ」
「え・・・?」
「湘・・・貴殿は勘違いしているようだが、常葉に継がせようと考えていたのだ」
湘はきょとんとした顔をし、勝手に思い込んでいたと赤面した。
「・・・そ・・そうでしたか・・まぁ良い。それよりいすみ様。闇の一族も次は本気を出すと思います。日ノ本を守る為、共に戦ってもらえないでしょうか」
「もちろんだ、湘・・・しかし今更だが、今までの無礼すまなかった。ワレは貴殿の幸せを願っていた事を信じてくれ」
「私の身を案じていた事と、父の墓に花を添えてくれたのはお見通しでしたよ。そこに隠れている3人もな」
湘は笑顔で雑木林を見た。すると、常葉と五十鈴とアナンもひょっこりと顔を出した。
「ったくよ!!気付いてんなら声かけろよ!!」
「アッミーゴー湘はイジワルだねぇ」
「いすみ様!!盗み聞きをして申し訳ございません・・・」
「・・・良い。お前達には真実を話す手間が省けたからな。それより・・・」
いすみは気を取り直し話を続けた。
「聞いた通り、ワレが禁忌を犯した根源だ。それにより掟を作り、お前達を長い間縛り続けた。だから、もうワレに仕えなくて良い。ただ、これだけは頼む。桜龍と共に日ノ本を闇から護って欲しい」
皆はいすみの詫びの言葉を静かに聞いていたが、真っ先にアナンが答えた。
「久しぶりに、宮殿でのんびり過ごすのも良いな。それに、いすみ様と力勝負したくなったし」
「しばらく芸妓遊びとセニョリータとの逢い引きは止めて、魔術の研究でもしようかねぇ」
「わたくしは、これからもいすみ様に仕え続けます。その気持ちに変わりはありません!!」
「拙者の父は立派な海洋戦士だった。拙者も父に負けぬよう、海も陸の世界も護るぞ」
「お前達・・・」
「これで、皆の決意が伝わりましたね、いすみ様。私からもお願いします。また強敵が現れます。どうか力を貸して貰えないでしょうか。大祖父殿」
「ふん・・・最後の一言が余計だ」
桜龍達は素直になれない湘といすみのやり取りに、ほっこりと笑った。すると突然、墓の前に小さなリュウグウノツカイが現れた。皆は目を驚かせながらじっくり見ると、長い毛と瞳の色は海色に輝いていた。
「この姿は・・真鶴を思い出すぞ」
亘が真鶴の名を呼ぶと、リュウグウノツカイは嬉しそうな顔をして飛び跳ねた。桜龍は奇跡が起きたのだと実感していた。
「きっと、転生したんだな。次世代の海の守護者に」
「いすみ様、僕達で育てましょう!!」
五十鈴がいすみに促したが、言うまでもなかった。
「ああ、そのつもりだ。もう誰も捨てたりはしない」
いすみは、リュウグウノツカイの頭を撫で、大きい手のひらで優しく抱いた。湘は父の生まれ変わった姿に、一粒の涙が流れた。闇夜の上空から蕨は白い羽を広げ、こっそりといすみ達にほほ笑み掛けていた。
「良かったな、いすみちゃん、皆。さて、俺も次の戦いに備えて、八郎じいと皆の架け橋にならねーといけないな」
蕨は皆に会うこと無く、本州の秩父へ戻った。
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