番外編 桜龍の話 小さき聖龍は出雲へ旅立つ
桜が咲き誇る春、桜龍は宍道湖の畔で師のミコトと最後の剣術修行をしていた。ミコトは出雲を旅立ってしまう。桜龍は名残惜しいと思いながらも、これまでに教えて貰った剣舞を披露した。
「ミコト師匠!!俺少しは強くなったでしょうか?」
桜龍は少し前に、宍道湖で巨大ウナギの怪物が出現した事を思い出しながら、ミコトに尋ねた。
「お前は、出会った頃よりも十分強くなった。俺から学ぶことはもう無い。あとはひたすら瞳に宿す聖なる龍と共に、己を高めるだけだ」
ミコトは優しく笑いかけながら、少年に諭した。
「少し前にここで巨大な怪物が現れたんです。あれからは出ないんですが、いずれまた強敵と戦わなければならないと思うんです」
桜龍はもう1つ、覚悟していた。
数日前、大社の並木道を掃除していた時、神官達に連行されている中年の男性を見かけた。名は『江津(ごうつ)』。元々は先代の大神官に拾われ、出雲大社で修行した上級神官で、術で、死の龍の力を封印されていたが、突如発動し、出雲を追放されてしまった。その後、中国地方での戦で、敵味方関係無く、兵士を死霊にし、大混乱させた罪人となってしまった。彼は出雲で捕らえられ、これから隠岐の島最果てに投獄されるようだ。
桜龍は箒を止め、臆することなく江津の姿を見た。
(あのおっちゃん、危険な邪気を感じるけど・・・どこか悲しそう)
桜龍は江津の瞳をじっくり見ていると、彼と目が合った。江津は神官達を振り払い、桜龍に近づき、眼帯を外し、じっくりと少年の瞳に映る聖龍を見つめていた。桜龍は、奪わないと分かっていながらも、警戒し瞳を隠した。すると、江津は意味深な言葉を囁いた。
「・・・聖なる龍の成長と、卿(けい)の成長を楽しみに、監獄で待っておるぞ」
桜龍は彼の言葉に驚き、顔を見上げ、『いつか戦うのか?』と聞こうとした直後、神官に強引に連れ戻された。
桜龍は死の龍の力を持つ、脅威の存在と戦う事になると予知していた。だから、強くならねばと木刀を振るった。
「その意気込みなら、いずれ現れる強敵にも勝てる。俺から最後に言う言葉は、常に聖なる龍と共にあれだ。後は、自分で運命を切り開いてゆけ」
ミコトとの剣術修行は終わった。夕日が海に沈みゆく頃、ミコトは桜龍に別れを告げた。桜龍は気になっていた事を話した。
「そういえば、ミコトさんはどこから来たんですか?何で俺の聖なる龍を知っていたんですか?」
「俺が来た世界は、戦の無い遠い世界だ」
(そう、虚無と暗闇の世界)
桜龍は最後に小声で言った言葉の意味を理解できず、首を横に傾げた。
「聖なる龍に呼ばれたんだ。桜龍を強くさせよと。それに、俺とお前は何か深い縁で結ばれているのかもしれない」
ミコトは最後に桜龍の頭を撫で、左目の眼帯を外し、祈りを込めた。
「聖なる龍と桜龍にご加護を。この先に起きる災いと戦う為に・・・」
「また会えますか?ミコトさん。俺は、次にミコトさんに会うまで、神官として男として一人前になれるように頑張ります!!」
「ああ、その意気だ。桜龍」
ミコトは笑顔で桜龍に別れを告げた。
桜龍は最後まで彼の大きな背中を見続けていた。ミコトのような逞しく強い大人になるために、瞳を輝かせていた。
夜、ミコトは出雲の西、石見銀山の隠し通路に入ろうとした。その時、黒いハネを背負った渋い男に声をかけられた。
「闇精霊、朝霧(あさぎり)か。宍道湖での務め、ご苦労。お前も随分と出雲を満喫していたようだな。厄神四天王で他種族嫌いのお前でも、人間が作った菓子は好きなんだな」
朝霧と呼ばれた男は無表情で、饅頭や団子などが入った包みを持っていた。
「甘いものは別だ。それより、ミコトがあんな小僧に執着するとは、相当の実力者・・・いいや、脅威となるのか?」
「脅威となるかは、桜龍の成長次第だな。聖龍と闇龍がぶつかり合う時、陽と陰のニホンの均衡は崩れる」
ミコトは静かに続きを話した。
「聖なる龍が闇を打ち消すか、闇龍が聖なる龍を滅ぼし、陽のニホンは闇に染まるか。それまでに幾つか試練を与えようではないか、朝霧」
ミコトは朝霧に予言を頼んだ。朝霧は黒いハネを透明にさせ、未来の光景を映し出した。
『数年後に甲斐の武田が滅びる。その時、江津は脱獄し、桜龍とその地で決戦をする。・・・これも全て、ミコトの考えていた事か?』
「ああ。聖龍と闇龍はいずれぶつかり合う。桜龍には強くなってもらわねばな。マガツイノカミ様もそれを望んでおる」
「世界を虚無の闇に再生させるか。確かに、泰平の世になっても、この先見えるものは絶望しかない。だから、私も協力する。ミコト・・・いいや、闇龍の王、卑弩羅(ひどら)様」
真の名を言われた主は、不敵の笑みを浮かべていた。
桜龍と卑弩羅は、いずれ戦う運命となる。
小さき聖龍は出雲へ旅立つ 完
「ミコト師匠!!俺少しは強くなったでしょうか?」
桜龍は少し前に、宍道湖で巨大ウナギの怪物が出現した事を思い出しながら、ミコトに尋ねた。
「お前は、出会った頃よりも十分強くなった。俺から学ぶことはもう無い。あとはひたすら瞳に宿す聖なる龍と共に、己を高めるだけだ」
ミコトは優しく笑いかけながら、少年に諭した。
「少し前にここで巨大な怪物が現れたんです。あれからは出ないんですが、いずれまた強敵と戦わなければならないと思うんです」
桜龍はもう1つ、覚悟していた。
数日前、大社の並木道を掃除していた時、神官達に連行されている中年の男性を見かけた。名は『江津(ごうつ)』。元々は先代の大神官に拾われ、出雲大社で修行した上級神官で、術で、死の龍の力を封印されていたが、突如発動し、出雲を追放されてしまった。その後、中国地方での戦で、敵味方関係無く、兵士を死霊にし、大混乱させた罪人となってしまった。彼は出雲で捕らえられ、これから隠岐の島最果てに投獄されるようだ。
桜龍は箒を止め、臆することなく江津の姿を見た。
(あのおっちゃん、危険な邪気を感じるけど・・・どこか悲しそう)
桜龍は江津の瞳をじっくり見ていると、彼と目が合った。江津は神官達を振り払い、桜龍に近づき、眼帯を外し、じっくりと少年の瞳に映る聖龍を見つめていた。桜龍は、奪わないと分かっていながらも、警戒し瞳を隠した。すると、江津は意味深な言葉を囁いた。
「・・・聖なる龍の成長と、卿(けい)の成長を楽しみに、監獄で待っておるぞ」
桜龍は彼の言葉に驚き、顔を見上げ、『いつか戦うのか?』と聞こうとした直後、神官に強引に連れ戻された。
桜龍は死の龍の力を持つ、脅威の存在と戦う事になると予知していた。だから、強くならねばと木刀を振るった。
「その意気込みなら、いずれ現れる強敵にも勝てる。俺から最後に言う言葉は、常に聖なる龍と共にあれだ。後は、自分で運命を切り開いてゆけ」
ミコトとの剣術修行は終わった。夕日が海に沈みゆく頃、ミコトは桜龍に別れを告げた。桜龍は気になっていた事を話した。
「そういえば、ミコトさんはどこから来たんですか?何で俺の聖なる龍を知っていたんですか?」
「俺が来た世界は、戦の無い遠い世界だ」
(そう、虚無と暗闇の世界)
桜龍は最後に小声で言った言葉の意味を理解できず、首を横に傾げた。
「聖なる龍に呼ばれたんだ。桜龍を強くさせよと。それに、俺とお前は何か深い縁で結ばれているのかもしれない」
ミコトは最後に桜龍の頭を撫で、左目の眼帯を外し、祈りを込めた。
「聖なる龍と桜龍にご加護を。この先に起きる災いと戦う為に・・・」
「また会えますか?ミコトさん。俺は、次にミコトさんに会うまで、神官として男として一人前になれるように頑張ります!!」
「ああ、その意気だ。桜龍」
ミコトは笑顔で桜龍に別れを告げた。
桜龍は最後まで彼の大きな背中を見続けていた。ミコトのような逞しく強い大人になるために、瞳を輝かせていた。
夜、ミコトは出雲の西、石見銀山の隠し通路に入ろうとした。その時、黒いハネを背負った渋い男に声をかけられた。
「闇精霊、朝霧(あさぎり)か。宍道湖での務め、ご苦労。お前も随分と出雲を満喫していたようだな。厄神四天王で他種族嫌いのお前でも、人間が作った菓子は好きなんだな」
朝霧と呼ばれた男は無表情で、饅頭や団子などが入った包みを持っていた。
「甘いものは別だ。それより、ミコトがあんな小僧に執着するとは、相当の実力者・・・いいや、脅威となるのか?」
「脅威となるかは、桜龍の成長次第だな。聖龍と闇龍がぶつかり合う時、陽と陰のニホンの均衡は崩れる」
ミコトは静かに続きを話した。
「聖なる龍が闇を打ち消すか、闇龍が聖なる龍を滅ぼし、陽のニホンは闇に染まるか。それまでに幾つか試練を与えようではないか、朝霧」
ミコトは朝霧に予言を頼んだ。朝霧は黒いハネを透明にさせ、未来の光景を映し出した。
『数年後に甲斐の武田が滅びる。その時、江津は脱獄し、桜龍とその地で決戦をする。・・・これも全て、ミコトの考えていた事か?』
「ああ。聖龍と闇龍はいずれぶつかり合う。桜龍には強くなってもらわねばな。マガツイノカミ様もそれを望んでおる」
「世界を虚無の闇に再生させるか。確かに、泰平の世になっても、この先見えるものは絶望しかない。だから、私も協力する。ミコト・・・いいや、闇龍の王、卑弩羅(ひどら)様」
真の名を言われた主は、不敵の笑みを浮かべていた。
桜龍と卑弩羅は、いずれ戦う運命となる。
小さき聖龍は出雲へ旅立つ 完
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