番外編 桜龍の話 小さき聖龍は出雲へ旅立つ
出雲近海に入った頃、夕日は沈み始めた。桜龍は羅針盤の針が示す光を頼りに、櫓を漕いでいた。
「波が激しくなってきたが、島根半島が見えてきたぜ」
桜龍は波に流されないように、必死に櫓を漕いでいたが、そのうち大雨が降ってきた。
「こいつはまずいな・・天気を占っておけば良かったぜ」
荒波と大雨で、舟が思うように動かせなくなり、桜龍は海に投げ飛ばされてしまった。
「くっそ・・考えが甘かったか・・俺は出雲に行かれず死ぬのか・・・?」
桜龍は暗い海の底に沈んでいった。
(俺はこんなところでは死ぬわけにはいかないぜ!!見送ってくれた島の皆にも、父ちゃんや母ちゃんや長老、そして力を俺に託した聖龍王の為に、俺は絶対に出雲で修業する!!)
突如、七色の光は桜龍を包み込み、何処か遠くへ転送させた。
房総半島の東に日本海溝があった。深い海溝の中には海洋族が住む宮殿があり、一族は海王神いすみが治めている。桜龍は貝殻の寝台で目が覚めた。
「目が覚めましたか・・・?君は人間のようだけど、何故宮殿の庭で眠っていたのですか?」
黒髪の青年人魚が、桜龍を介抱していた。桜龍は目を覚まし、部屋の周りを深海魚が泳いでいる光景にとても驚いた。
「え・・ここは海の中?息が出来るって事は、俺は死んじまったのかー?」
「いえいえ・・・ここは海洋族の宮殿です。わたくしは、海王神の側近、常葉(ときわ)です」
「俺は、隠岐の島から来ました、桜龍です」
桜龍は出雲近海で荒波に流され、海中に沈みそうになったところを、七色の光に包まれ、いつの間にかこの地にたどり着いたと説明した。すると、常葉はもしかしたらと桜龍の左目の眼帯を見た。
「君は海王神様に招かれたのかもしれません。是非、いすみ様に会ってください」
桜龍は常葉に王座の間を案内された。
2人は王座の間へ続く回廊を歩いていると、海王神と誰かが言い争っていた。
「この程度の志で、再び母に会いに来るなどと青いわ!!小童が!!」
離れた所からでも、いすみの威圧感漂う叫び声が聞こえたが、物怖じしない桜龍は、海王神の怖さよりも、宮殿に誰か来ているのか?と気になり、常葉に聞いた。
「誰かを怒っているみたいだけど、何かあったのかなー?」
「・・・あ・・今日は客人が来ていたのですが、直ぐにいすみ様が追い返します。気にしないでください」
しばらくした後、常葉は王座の間の扉を叩いた。
「いすみ様に会わせたい少年がおります。王座の間に通してもよろしいでしょうか?」
「また客人か?湘(しょう)の関係者か?」
いすみは少し機嫌が悪そうに答えた。
「いいえ、山陰の出雲近海からこの地に導かれた少年、桜龍ですが・・・」
「良い。入れ!!」
桜龍は王座の間に入った。黄金の玉座に座っているいすみの姿を見て、威圧感よりも海洋族の長としての風格を感じた。褐色肌に長い金髪。側頭部のヒレは水晶のような白金色に輝いていた。いすみは真っ先に少年の左目の眼帯に隠された聖なる龍の瞳を見破り、少年がこの地に導かれた事に納得していた。
「お主が桜龍か。まだ元服もしていない童ながらも、長い船旅ご苦労であったな」
いすみは威厳に満ちた挨拶をすると、桜龍は瞳を輝かせながら挨拶した。
「凄い!!本物の海王神様に会えるなんて、大感激だぜ!!おっと失礼しました。初めましてです!!俺・・いいえ私は桜龍です。まさか、日本海に海洋族の世界があったとは思いませんでした。いやーでも、山陰は伝説が多いから納得かなー」
桜龍は、臆すること無く会話を続けた。いすみと常葉は拍子抜けし言葉が出なかった。
「桜龍よ・・・誤解をしているようだが、ここは安房(あわ)国東、『日本海溝』の深海だ」
「あわの国って・・・ああ!!鳴門の渦潮で有名って学問所の先生から聞いたことがあるぞ!!」
「それは、四国の阿波だ!!・・・海の世界だと太平洋と呼ばれている、お主が来たという日本海とは真反対の海だ」
いすみは地球儀を出し、日本海溝の位置を指し示した。
「あちゃー!!俺はそんな遠くまで来ちゃったのかー!!」
いすみは桜龍の脳天気な態度に頭を押さえ、常葉は苦笑いしていた。
「・・・それはさておき、桜龍はこれからどうするのだ?出雲大社へ行きたいのなら、近くまで転送してやる」
「ご厚意に感謝しますが、元の位置から出雲まで渡りたいと思っています。もう、荒波にも大雨にも負けたくないから。なので、出雲近海に流されている舟に転送をお願いします!!」
いすみは桜龍の強い志を聞き、微笑した。
「聖なる龍が、何故お主を選んだのか頷けるな」
いすみは黄金の三叉槍から転送の魔法を放とうとした時、王座の後ろに控えていた、紫の足を持つ美しい人魚の女性に呼び止められた。
「待ってください!!いすみ様。桜龍君と言いましたね。私は凪沙(なぎさ)。先程ここへ来た客人の・・・母です」
桜龍は凪沙の悲しげな表情に、かけてあげられる言葉が見つからなかった。
「貴方は、聖なる龍に選ばれた勇士ですね。おそらく、私の息子も、海洋族と人間の血を持つ水の勇士です。・・・もし、息子、湘(しょう)と出会ったときに、この御守りを渡して欲しいの」
凪沙は桜龍に、イルカの刺繍がしてある御守りを渡した。
「今、湘と会ってしまうと、あの子は私に甘え強くなれません。だから私は死んだことになっています。せめて、深海から息子を見守りたいと、御守りを作りました」
桜龍は凪沙の涙を指で拭い、笑顔で頼まれごとを引き受けた。
「分かりました!!湘って兄ちゃんに出会ったら、御守り渡しますね。凪沙さんの名前は伏せますが、いつか親子で再会できると良いですね」
桜龍はいすみにそろそろ元の場所に転送させて欲しいと頼んだ。いすみは静かに頷き、槍から転送の術を放った。その時、いすみは眩い金の光を桜龍に包み込ませ、転送させた。
桜龍は目を覚ますと小舟に乗っていた。いつの間にか出雲近海は夜になっていたが、大雨は止み、波は穏やかに舟を揺らしていた。その時、いすみの声が海の中から聞こえた。
(海に落ちても泳げるよう、お主に術をかけておいた。幸運を祈る。聖龍の勇士、桜龍)
桜龍は、海を見て『ありがとうございます!!』と礼を言った後、櫓を掲げ、島根半島に向けて舟を漕ぎ始めた。
「さーて、早朝には本土にたどり着けるように頑張るぜ!!」
夜が明け、桜龍は島根半島の日御碕(ひのみさき)に舟を止め、激しい波しぶきが立つ岩場から朝日を見た。小さき聖なる龍は大海を越え、一歩成長した。
「波が激しくなってきたが、島根半島が見えてきたぜ」
桜龍は波に流されないように、必死に櫓を漕いでいたが、そのうち大雨が降ってきた。
「こいつはまずいな・・天気を占っておけば良かったぜ」
荒波と大雨で、舟が思うように動かせなくなり、桜龍は海に投げ飛ばされてしまった。
「くっそ・・考えが甘かったか・・俺は出雲に行かれず死ぬのか・・・?」
桜龍は暗い海の底に沈んでいった。
(俺はこんなところでは死ぬわけにはいかないぜ!!見送ってくれた島の皆にも、父ちゃんや母ちゃんや長老、そして力を俺に託した聖龍王の為に、俺は絶対に出雲で修業する!!)
突如、七色の光は桜龍を包み込み、何処か遠くへ転送させた。
房総半島の東に日本海溝があった。深い海溝の中には海洋族が住む宮殿があり、一族は海王神いすみが治めている。桜龍は貝殻の寝台で目が覚めた。
「目が覚めましたか・・・?君は人間のようだけど、何故宮殿の庭で眠っていたのですか?」
黒髪の青年人魚が、桜龍を介抱していた。桜龍は目を覚まし、部屋の周りを深海魚が泳いでいる光景にとても驚いた。
「え・・ここは海の中?息が出来るって事は、俺は死んじまったのかー?」
「いえいえ・・・ここは海洋族の宮殿です。わたくしは、海王神の側近、常葉(ときわ)です」
「俺は、隠岐の島から来ました、桜龍です」
桜龍は出雲近海で荒波に流され、海中に沈みそうになったところを、七色の光に包まれ、いつの間にかこの地にたどり着いたと説明した。すると、常葉はもしかしたらと桜龍の左目の眼帯を見た。
「君は海王神様に招かれたのかもしれません。是非、いすみ様に会ってください」
桜龍は常葉に王座の間を案内された。
2人は王座の間へ続く回廊を歩いていると、海王神と誰かが言い争っていた。
「この程度の志で、再び母に会いに来るなどと青いわ!!小童が!!」
離れた所からでも、いすみの威圧感漂う叫び声が聞こえたが、物怖じしない桜龍は、海王神の怖さよりも、宮殿に誰か来ているのか?と気になり、常葉に聞いた。
「誰かを怒っているみたいだけど、何かあったのかなー?」
「・・・あ・・今日は客人が来ていたのですが、直ぐにいすみ様が追い返します。気にしないでください」
しばらくした後、常葉は王座の間の扉を叩いた。
「いすみ様に会わせたい少年がおります。王座の間に通してもよろしいでしょうか?」
「また客人か?湘(しょう)の関係者か?」
いすみは少し機嫌が悪そうに答えた。
「いいえ、山陰の出雲近海からこの地に導かれた少年、桜龍ですが・・・」
「良い。入れ!!」
桜龍は王座の間に入った。黄金の玉座に座っているいすみの姿を見て、威圧感よりも海洋族の長としての風格を感じた。褐色肌に長い金髪。側頭部のヒレは水晶のような白金色に輝いていた。いすみは真っ先に少年の左目の眼帯に隠された聖なる龍の瞳を見破り、少年がこの地に導かれた事に納得していた。
「お主が桜龍か。まだ元服もしていない童ながらも、長い船旅ご苦労であったな」
いすみは威厳に満ちた挨拶をすると、桜龍は瞳を輝かせながら挨拶した。
「凄い!!本物の海王神様に会えるなんて、大感激だぜ!!おっと失礼しました。初めましてです!!俺・・いいえ私は桜龍です。まさか、日本海に海洋族の世界があったとは思いませんでした。いやーでも、山陰は伝説が多いから納得かなー」
桜龍は、臆すること無く会話を続けた。いすみと常葉は拍子抜けし言葉が出なかった。
「桜龍よ・・・誤解をしているようだが、ここは安房(あわ)国東、『日本海溝』の深海だ」
「あわの国って・・・ああ!!鳴門の渦潮で有名って学問所の先生から聞いたことがあるぞ!!」
「それは、四国の阿波だ!!・・・海の世界だと太平洋と呼ばれている、お主が来たという日本海とは真反対の海だ」
いすみは地球儀を出し、日本海溝の位置を指し示した。
「あちゃー!!俺はそんな遠くまで来ちゃったのかー!!」
いすみは桜龍の脳天気な態度に頭を押さえ、常葉は苦笑いしていた。
「・・・それはさておき、桜龍はこれからどうするのだ?出雲大社へ行きたいのなら、近くまで転送してやる」
「ご厚意に感謝しますが、元の位置から出雲まで渡りたいと思っています。もう、荒波にも大雨にも負けたくないから。なので、出雲近海に流されている舟に転送をお願いします!!」
いすみは桜龍の強い志を聞き、微笑した。
「聖なる龍が、何故お主を選んだのか頷けるな」
いすみは黄金の三叉槍から転送の魔法を放とうとした時、王座の後ろに控えていた、紫の足を持つ美しい人魚の女性に呼び止められた。
「待ってください!!いすみ様。桜龍君と言いましたね。私は凪沙(なぎさ)。先程ここへ来た客人の・・・母です」
桜龍は凪沙の悲しげな表情に、かけてあげられる言葉が見つからなかった。
「貴方は、聖なる龍に選ばれた勇士ですね。おそらく、私の息子も、海洋族と人間の血を持つ水の勇士です。・・・もし、息子、湘(しょう)と出会ったときに、この御守りを渡して欲しいの」
凪沙は桜龍に、イルカの刺繍がしてある御守りを渡した。
「今、湘と会ってしまうと、あの子は私に甘え強くなれません。だから私は死んだことになっています。せめて、深海から息子を見守りたいと、御守りを作りました」
桜龍は凪沙の涙を指で拭い、笑顔で頼まれごとを引き受けた。
「分かりました!!湘って兄ちゃんに出会ったら、御守り渡しますね。凪沙さんの名前は伏せますが、いつか親子で再会できると良いですね」
桜龍はいすみにそろそろ元の場所に転送させて欲しいと頼んだ。いすみは静かに頷き、槍から転送の術を放った。その時、いすみは眩い金の光を桜龍に包み込ませ、転送させた。
桜龍は目を覚ますと小舟に乗っていた。いつの間にか出雲近海は夜になっていたが、大雨は止み、波は穏やかに舟を揺らしていた。その時、いすみの声が海の中から聞こえた。
(海に落ちても泳げるよう、お主に術をかけておいた。幸運を祈る。聖龍の勇士、桜龍)
桜龍は、海を見て『ありがとうございます!!』と礼を言った後、櫓を掲げ、島根半島に向けて舟を漕ぎ始めた。
「さーて、早朝には本土にたどり着けるように頑張るぜ!!」
夜が明け、桜龍は島根半島の日御碕(ひのみさき)に舟を止め、激しい波しぶきが立つ岩場から朝日を見た。小さき聖なる龍は大海を越え、一歩成長した。