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第3章 異説小田原征伐  蘇りし海の亡霊と海神伝説

夜の芦ノ湖近くの深い森で、千里はフクロウの群れから、真田や豊臣の隠密が書いた伝令文を受け取っていた。その中には雌フクロウ『八千穂』の子供も多く居る。千里はフクロウ達に、自家製の燻製肉を食べさせ、ゆっくり休ませた。その時、散歩中のいすみは千里を見つけ、初めて見るフクロウに珍しそうな顔をした。
「その鳥は、一度も見たことがないのだが、千里が飼っているのか?」
「飼っているというか、半分は放飼で自由に森や山で暮らさせています。必要な時に、伝令で文を送らせてはいますが」
千里はまだ小さいフクロウを、いすみの手の平に乗せた。そして、手の甲で撫でて見て下さいと、教えた。
「まだ小さいのに、毛並みが綺麗で、凛々しい顔だな。父と母に愛情を持って育てられたと頷けるな」
いすみが優しく撫でていると、フクロウは気持ちよさそうに、彼の大きな手の中で眠った。
「いすみ殿も長く生きていて、初めて見る物もあるのですね」
「海や水辺では見ないからな。鳥はカモメやウミネコを見るくらいだ」
千里はいすみの話を聞き、優しく笑いかけた。
「何がおかしいのだ?長生きでも初めて見るものがあってはならんのか?」
「いいえ、モトスさんも海産物や南蛮の物を見るとよく驚くので、いすみ殿もそうなんだと思いまして」
「ふん、あの奇想天外な天然ボケと一緒にするな」
いすみは少し拗ねた顔をした。そして、話題を変えた。
「貴殿は、人造戦士とやらだが、平安末期の人間共の戦で利用されたのか?」
「人造戦士は、源氏が平家に対抗するために、各地にいる陰陽師の手で造られました。僕は戸隠の術士に造られ、修行中に義経様と出会い、彼らと共に平家を打ち破りました。ですが、利用されたとは一度も思ったことは無いです」
千里は、義経の元で戦ったことをいすみに話した。武蔵坊弁慶と鍛錬し、彼らと肩を並べ、戦ったこと。
「皆は、僕を人造戦士だと恐れること無く、本当の仲間のように接してくれました。戦術から、ほんの雑学まで色々な事を学べました。それは、他の人造戦士達も同じでした」
「そうか。人工的に造られた事を良いことに、奴隷戦士のように扱われたわけではないんだな」
「確かに僕達、人造戦士は戦うために造られた戦士ですが、源氏の一員になれるように育てられました。源氏、特に義経様に忠実だった人造戦士達に、たった1人で挑んだアナンは、今でも変わらず強者でした」
「アナンと戦ったのだな。奴は人間と関わりすぎたから追放はしたが、どういう訳か切っても切れぬ関係なのか、一度命を落としそうになった時に助けてしまった」
千里は、アナンに何かあったのか尋ねると、いすみは大まかに説明した。
「お前も知っての通り、アナンは、魔改造戦士に負けたそうだ。阿波の平家の里まで運んだ時、うなされながら、お前の無事を祈っていたのを聞いたぞ。おそらく、お前への憎しみでは無く、もう一戦交えたいような言い方だったぞ」
「そう言って頂けると、今度は負けないように挑まなくてはですね。アナンにも・・・魔改造戦士にも勝てるように」
「貴殿は、義経や多くの者と出会い戦った事により、怒りや悲しみを感じられる勇士となったのだな」
千里はいすみの言葉が優しく聞こえた。
「いすみ様も、モトスさん達と旅をして、心に変化が出てきたと思いますよ」
「ワレは他種族とは関わらぬと思っていたが、森精霊のモトスや、人間の球磨と桜龍は、協力してくれる。・・もう、掟と言ってられぬな」
「違う種族でも助け合う心と信頼が大切ですよね、モトスさん」
千里は、木の上を向いて声をかけた。すると、モトスが木から飛び降り、2人の目の前に現れた。
「やはり、俺の気配に気づいていたか千里」
「聞き耳は趣味が悪いですよ、モトスさん」
「いつの間に居たのか貴様。・・・気配に気づかぬとは、海王神の力を失っているのは別として、ワレもまだまだだな」
「いすみ様、俺達、森精霊は自然と自由を愛する種族です。人間の武将に仕えたり、森や自然を守ったりと、色々な事に貢献しています。それでも、掟はあります。森精霊は大名や城主になってはいけない。日ノ本を陰で支える種族だと」
「貴様は、強い力を持っているのに、それを貫いているのか?」
「はい。俺は森精霊も、今は亡き武田家の皆も、真田家の皆も好きだから、掟と忠誠を大切にしています」
いすみは、モトスの志を聞いて、心を打たれていた。深く話さなくても、彼にも辛い別れや、幾多の修羅場を乗り越えてきたのだと理解できた。モトスは気を取り直し、いすみに文を渡した。その中には、白州や小助、お都留とエンザン棟梁が書いた文と、細かい字がびっしりと書いてある紙を渡した。
「森精霊の皆がいすみ殿に書いたものです。特に小精霊達は、顔が墨だらけになっても、心を込めて書いていましたよ」
いすみは文に目を通した。白州と小助からは

『今度、常葉も交えて、山登りや川下りをしませんか?甲斐の自然も広大で美しいですぜ』
『おらは今、真田の勇士になれるように白州兄ちゃんと修行していますずら。今度、いすみ様にも稽古に付き合って欲しいですずら』

お都留とエンザンからも
『私も森精霊の皆も、いすみ様の力になります。戦いが終わりましたら、美味しい果物を皆で食べましょう』
『海王神殿とは一度、酒を酌み交わし、ゆっくり話をしたいのう。海洋族の皆にも、富士五湖の自然を見せてあげたいと思っている』

いすみは、自分は慕われているのかと戸惑っていたが、わずかに目が潤み、手で隠した。気を取り直し、モトスから虫眼鏡を借りて、小精霊の言葉を読んだ。すると、最初にじゅら子の可愛らしい字を読んだ。
『いすみ様から海の生活や生き物を聞きたいじゅら』
他の小精霊達もいすみが遊びに来ることを待ち望んでいた。

『森精霊の里に遊びに来て欲しいじゅら。いすみ様と海洋族の皆と、ほうとう食べたいじゅら』

『いすみ様の髪に綺麗なお花を乗せるじゅら♪』

『海産物や房総の梨や落花生という豆をたらふく食べたいじゅら。お土産によろしくじゅら♪』

「ふむ・・・・・くす・・」
最後の言葉は、わんぱくで食いしん坊なじゅら吉だなと、いすみは思わず笑ってしまった。モトスは微笑ましくいすみを見て言った。
「小精霊も、森精霊の皆も、いすみ様が森に来られるのを歓迎していますぞ」
「・・・この戦いが終わったら考えておく」
いすみは高飛車な態度に戻ったが、内心嬉しそうだと2人は分かっていた。
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