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第1章 異説 武田の残党狩り編 桃源郷に集う勇士

新府城の信康の部屋で、彼は玄杜におかゆを更に柔らかくした離乳食を食べさせていた。その時の男の顔は戦闘中の好戦的な表情とは違い、穏やかで優しかった。
『まだ無邪気で何も知らない赤ん坊だな・・・このまま梅雪様が父だと偽っても分からなそう』
信康は、口に米粒が付いた玄杜の口を拭いてやると、部屋に双葉が入って来た。どうやら、彼女は本丸を出なければ、ある程度自由に動けるようだ。
『梅雪!!いい加減に玄杜を返しなさい!!・・・あら?梅雪ではない?』
信康は薄く笑いながら、玄杜を双葉に抱っこさせた。双葉は意外な行動に驚きながらも、信康に話しかけてみた。
『・・・あなたが玄杜の世話をしていたの?』
『・・・はい。お仕事以外は僕がお世話をしています。食事からおしめまで。・・・なんて言ったって双葉殿が逃げたり、勝手に死なないようにする為の大切な人質なのですから』
信康が柔らかいながらもひねくれた言い方をすると、双葉は男の顔を平手打ちした。
『玄杜は・・・勝頼様と私の大切な息子よ!!人質だなんて物のように言わないで!!あなただって人間でしょう!!』
双葉の言葉に信康はカッとなってしまった。
『僕は梅雪様の影なのだ!!梅雪様の為なら何だってする・・・優しい人間ではないのだよ!!』
信康は怒りで大声を上げた。すると、玄杜は泣き出してしまった。信康は黙り込んで自室を出た。すると、江津とすれ違い、彼に双葉を見張ってくれと告げた。そして、江津が双葉と玄杜が居る部屋に入ってきた。

「信康が何か不快にさせる事を言ったかな?あの者は梅雪に陶酔しておる。怒らすと梅雪より恐ろしいぞ」
江津は黙り込んでいる双葉に諭しながら、泣き止まない玄杜を術で眠らせた。
「・・・案ずるな。小さい命の魂なんぞは奪う価値もない」
江津は部屋を出ようとしたが
「・・・あなたは死を司る神官と聞きました。もしも梅雪が私を不必要とした時・・・・私と玄杜を殺しますか?」
双葉は江津を見て、怖がることは一切なく問うた。しかし、江津は答える事無く、双葉の耳元で囁いた。
「本心はどうであれ、梅雪は卿をそう簡単に手放しはせんよ。・・・それに、もう1人卿と息子を気に掛けている鈍感な者もおる」
江津はそのまま部屋を出た。
(私には、子を撫でてやる手は持っておらん。・・・そして、もう2度と女を抱いてやる事もない)
江津は懐から桜の飾りがついているかんざしを取り出し、少し切なさを感じながら笑っていた。

新府城の西側に長く続く岩の崖、七里岩(しちりいわ)で、信康は不機嫌な顔をして、岩に座っていた。
「く・・・何だよ!!あの女!!!あいつなど梅雪様に捨てられたら真っ先に・・・・・」
始末してやると言おうとしたが、一瞬、玄杜の純粋無垢な顔と、双葉の憂いに満ちた表情が脳裏に浮かんだ。
「ダメではないですかー。信康殿ぉー。こんな所でサボっていて。梅雪様が探してましたよー」
謎多き学者の厳美が、黄髪の軽装備の鎧の男を連れ信康の元に現れた。見た目は28歳位の耳の形が少し尖っている森精霊のようだ。
「・・・すまない。取り乱していた。厳美に・・・君は白州と言ったか。確か、森精霊だったな・・・よく梅雪様に下ったものだ」
どうやら、厳美が彼を仲間に入れたようだ。
「俺は強敵と戦い、高い報酬を得られれば良いぜ。モトスとは同胞であるし、後の2人も強いのだろう?この俺が3人まとめて始末してやるから、報酬弾んでくださいよー。信康サン♪」
白州は余裕の表情で、信康に頼んだ。
「・・・働き次第だ。それに褒美は梅雪様から出る」
信康は呆れながら白州にモトスたちの討伐を命じた。白州は嬉しそうに黄金色のハネを広げ、南の樹海の方へ飛び立った。厳美はニヤニヤしながら信康に言った。
「白州さんは精霊戦士の中でもずば抜けた戦闘力を持っているそうですよ。なぜ今まで武田や徳川に仕えなかったのかが不思議ですねー」
「・・・・精霊であろうが、利用出来る者はするまでだ」
信康は少し腹を立たせながら本丸の梅雪の元へ戻った。

空を飛んでいる白州は、樹海へ下りる途中に近くの三つ峠(現山梨県都留市、西桂町、富士河口湖町の境界)麓の小さい集落を見ていた。
「・・・どうせ、甲斐の民を護るっつっても、集落の年寄りは放置だろ・・・・」
白州は1人の老女の事を考えながら樹海へ向かった。

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