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第3章 異説小田原征伐  蘇りし海の亡霊と海神伝説

宮殿での夜、月の光は届かないが、光を放つ深海魚や海洋植物が宮殿を明るく照らしていた。仁摩は、亘が本当は悪い者では無いと、複雑な気持ちで、宮殿の外回廊を歩いていた。すると、石畳の広い庭で修行している者が居た。
「はあ!!せいやあ!!」
大きな藁人形に拳や蹴りを当てていた。仁摩は近づいて見ると、張り紙に『打倒魔改造戦士』と書かれていた。
「魔改造戦士を知っているの?」
「どうわぁー!!何だよ、イキナリ声かけんなよ!!」
「修行中にごめんなさい・・・」
「俺も、修行に集中してたから、あんたに気づかなかったのは不覚だ」
アナンは油断したと反省していた。仁摩は、何故魔改造戦士を憎んでいるのと聞いてみた。
「魔改造戦士に何かされたの?それとも、誰か犠牲になったの?」
「それは無いんだが、悔しかったんだよ。人工的に造られた人形兵器共に負けたことが。あいつが勝てなかった野郎共に、俺が勝てるはずがなかったんだよ・・・それは、いすみの野郎に負けた以上に屈辱だった」
「あいつってもしかして・・・」
仁摩は千里のことだと察していた。アナンはその通りだと、悔しい顔をしながら頷いた。そして、大きいヒョウタンに入った、すだち酒を取りだし、おちょこに一杯入れた。
「続きを聞きてーんなら、少し付き合えよ。酒が苦手ってんなら、ヤシの実もあるからさ」
仁摩は自信満々におちょこを受け取り、媒酌してもらった。
「少し頂くわ。こう見えて私はそこそこ飲める方なのよ」
アナンは、仁摩の気丈な態度を見て、度胸がある女だなと、いたずらっ子のように笑いかけた。
「せっかく話してんのに酔い潰れて寝んなよ」


時を遡ること平安末期、アナンは、海洋族の中でも腕っ節が強かったので、平和な海の世界で退屈な日々を過ごしていた。ある時、陸の世界で強い者と出会わないかと、京の伏見を歩いていた時、牛車を見かけた。
「牛なんて初めて見るぜ。貴族か皇族が乗ってんのかなー?平安宮へ向かうのか」
アナンは特に興味が無く牛車から離れようとしたとき、路地裏に潜んでいた盗賊団が、牛車に襲いかかった。
「平家のお姫サマかい?金目の物を置いてきな!!」
牛や御者は驚き、車に入っていた赤子は泣き出してしまった。
「なんだい?赤子が生まれたのか?こいつは清盛の孫に当たるから、姫さん共々人質にとって大もうけするのも良いなー」
盗賊達は車に入り、姫から赤子を強引に奪おうとした。その時、盗賊の背中に強烈な拳が入った。
「複数で、か弱い女子供を狙うなんざ、男のすることじゃねーな!!」
アナンは一気に、盗賊団を蹴散らした。その後、興奮している牛を落ち着かせ、御者と姫は、彼に礼を言った。
「礼なんていらないぜ。あんた達に怪我が無くて良かったよ」
アナンは、泣いている赤子に子守歌を歌い、気持ちよく眠らせた。海洋族が得意とする歌声に、姫は安心感を抱いた。
「まぁ、なんて安らぐ歌声なのでしょう。先程までの恐怖が嘘だったかのようですわ。息子も安心して眠ってしまいましたわ」
姫はアナンに赤子の眠っている姿を見せた。御者もアナンの強さに惚れ込み、頼み事を告げた。
「もし、行く当てが無ければ、我が姫君『徳子(のりこ)』様の護衛をして頂けないでしょうか?清盛様もさぞ大喜びになります」
「うーん、喜ばしい事なんだが、俺はこの通り、礼儀作法も知らねーからなー、それでも良ければ護衛を務めてやるが・・・」
アナンは、美しくおしとやかな姿の徳子と、愛くるしい赤子の顔を見て、照れながら護衛を引き受けた。その後もアナンは、種族関係なく、清盛や平家の者達から信頼を得て、徳子と後の安徳天皇となる赤子と深い絆で結ばれた。
しかし、数年後に清盛は亡くなり、日ノ本を二分する戦乱が起きた。源平合戦最後の戦いで、平家の者達は、長門国『壇ノ浦』で敗れ、瀬戸内海に入水自害をした。徳子も安徳天皇と冷たい海の中に飛び込もうとしていた。
「くっそ!!源氏は血の通っていない人形兵器を使いやがって!!」
アナンは、源氏が陰陽師と協力し、造られた戦士と戦っていた。その中でも、義経に仕える、鬼神の千里がアナンと互角か、それ以上の強さを持っていた。アナンはこいつと義経さえ倒せば平家に勝機があると思い、早く決着を付けようとした。しかし、千里の圧倒的な力で、アナンは船の柱に激突してしまった。その光景を見た、徳子は絶望的だと悟り、8歳の安徳天皇を抱きしめながら、冷たい海に飛び込んだ。それを見たアナンの瞳からは涙が出た。
(徳子・・・安徳・・俺の力を信じてくれなかったのか・・・・)
アナンは千里との戦いを放棄し、海に飛び込み、溺れている2人を救出した。
海から上がった時、船の上で千里は鎖鎌の剣先をアナンの頭に向けた。
「俺はてめぇに負けた。てめぇが人造戦士とやらだからじゃない。俺が、弱かっただけだ。・・・頼む!!徳子と安徳天皇だけは見逃してくれ!!」
「僕の任務は、この戦いに勝利を導かせるだけです。女性と子供、戦意を失った貴方には用はありません」
千里は、徳子と安徳天皇を船に引き上げた。アナンは悔し涙を向け、宣戦布告した。
「千里といったか、次にてめぇに会うまでに俺はもっと強くなってやる。そうしたら、勝負しろ!!」
千里は素っ気ない態度で、受けて立ちますと告げ、その後は船と船を飛び越え、義経の元に戻った。
その後、アナンは、安徳天皇を阿波国の山間部、『祖谷(いや)の里』へ逃がし、徳子は京の北西、大原の『寂光院』へ連れて行った。
数年後、アナンは、阿波国の祖谷の里で、安徳の父親代わりとして育てながら、千里と戦う為、修業をしていた。
「そういえば、人造戦士の気配が全くないな・・・。あいつらは力を失った平家を皆殺しにはしないのか?」
アナンが安心して村で平家の者と畑を耕している時、安徳の隠密から、人造戦士が魔改造戦士に全滅させられたと聞いた。さらに、東北の奥州平泉で義経は討伐され、彼を護っていた千里が魔改造戦士に連行されることも聞いた。アナンは宿敵千里が来る方向を風で感じ取り、直ぐに阿波の海へ向かい、人魚の足に変化させ、一気に相模国まで泳いだ。


武蔵国南部を流れる多摩川で大雨の中、アナンと魔改造戦士が対峙した。千里を乗せた馬車の御者をする容姿端麗な妖しい男、戦いには無縁そうな中性的な顔立ちの男。獣の皮を着た、凶暴そうな大男。その中でも、紳士的な振る舞いをする魔改造戦士がアナンの神経を逆なでしていた。
「何だね?君は。私達は鎌倉幕府への義経討伐報告をせねばならないから、忙しいのだよ」
「てめぇら、手の平を返すかのように義経を裏切ったのか?」
「頼朝様と政子夫人が、義経と人造戦士は脅威だと申していたから始末しただけだ。海洋族の君には全く関係の無いことだろう?」
「関係あるね。その馬車の中には千里が居るんだろう?こいつを壊させはしない!!俺は宿敵のこいつとまた一戦交えようとしているんだ!!」
「海王神とやらは、こんな暴れん坊をよく野放しにするものだ。まぁ良い。厳美達は先に鎌倉へ行け。この者は、二度と立ち上がれないように、私が魔改造戦士の力を見せてやろう」
「承知しましたー。大芹さんも程々にねー」
厳美はアナンを嘲笑うかのように見た後、馬車を動かし、その場を後にした。
「血も涙も無い、冷血戦士に負けるかよ!!!!!こいつ倒したら、直ぐに追い付いて、千里を取り戻してやる!!」
アナンが叫ぶと同時に、黒い空から稲光が現れた。
しかし、アナンは全力で大芹に挑んだが、圧倒的な力を受け、無残に敗れてしまった・・・。
「大口叩いた割には、私を一発も殴れなかったな。でも、決して貴殿は弱いわけでは無く、私が強すぎて、手も足も出なかっただけだから、気に病むな」
「くっそ・・・・俺はこんな反則的な力を持つ怪物共を認めねーぞ!!!」
「反則?どこがだ?私は卑劣な手を使わずに正々堂々戦ったのだぞ。敗れたくせに自分の非を認めぬ、のろまな亀は、泥水に埋もれているが良いさ」
大芹はアナンの頭を踏みつけ、泥の水溜まりにこすりつけた。アナンは、壇ノ浦で千里に負けた悔しさと、千里が魔改造戦士に負け、さらにそれに挑んだ結果、惨めな負け方をした自分に腹が立った。アナンは涙を流しながら戦意喪失し、気を失った。大芹は冷たい笑みを浮かべながら、アナンを濁流の多摩川に蹴り落とした。


『アナン!!目を覚ましてくれ!!』
アナンが目を覚ますと民家の布団で寝かされており、目の前に安徳と平家の民が看病していた。
「ここは・・阿波の祖谷の集落か?俺は多摩川に沈められて死んだはず・・・」
「海王神様が、ここまで連れてきてくれたんだよ!!直ぐにここを去ってしまったけど」
安徳は説明した。多摩川から江戸中海に流され、重傷だったアナンを、いすみが海洋族の力で察知し、彼を見つけた。その時に傷を癒やしたが、目を覚まさなかった。しかし、寝言で『安徳に会いたい』と、呟いていたので、祖谷の里まで運んでくれたと。
「いすみが?・・そうか。俺は最後のお情けで助けられたのか・・・俺は、平氏の世を護れなかったし、宿敵の千里にも、魔改造戦士にも負けた。俺はあの時死ねば良かった・・・・」
ぱしん!!!
安徳は涙を流しながらアナンの頬を平手打ちした。
「馬鹿野郎!!!死ぬなんて口にしたら、戦死した平家の皆に申し訳ないだろうが!!アナンは今でも僕の本当のお父さんだと思っているよ・・・」
「安徳・・・・」
「アナンは私らの命の恩人だよ。源氏の追っ手も来ること無く、平穏に過ごせるのはお前さんのおかげだよ」
「みんな・・・すまねぇ、俺は自分の強さにおごっていたようだな」
アナンは平家の皆に励まされ、しばらく祖谷の里で心と身体の傷を癒やした。その後、アナンは海洋族の宮殿には戻らなかった。全国各地の平家の落人を巡りながら、今度こそ魔改造戦士に勝てるように修業に励んだ。


「それじゃあ、いすみ様に憎しみは無かったのね」
「憎しみって程じゃねーが、奴とは昔から衝突ばかりしていたよ。掟、掟ってうるさかったから、宮殿を出てったぜ。そんないすみに助けられた自分に腹が立つぜ・・・」
「千里さんも魔改造戦士を憎み、戦おうとしているの。協力して奴らと戦うことは出来ない?」
「それは無理な話だな。俺は真鶴と氏政の為にサル共と戦うし、千里を倒さなければ、魔改造戦士に勝てねぇ。だから、その考えは諦めな。これは男の意地なんだよ、嬢ちゃん」
アナンはヒョウタンの中を見ると、酒がもう切れ、残念な顔をしていた。
「酒が切れたから、もうこの話は終いだ!!嬢ちゃんはもう宮殿の中に戻れ」
仁摩は渋々と宮殿に戻った。
(亘もアナンも辛い過去を経験して、根は悪い人では無さそうだわ・・・。何とか凪沙さんを目覚めさせて、真鶴さんの心も晴れてほしいわ)
仁摩は、海洋族一の魔術師と言われる五十鈴の部屋へ向かった。
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