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第3章 異説小田原征伐  蘇りし海の亡霊と海神伝説

霧が晴れると、真鶴の息子、湘が父を庇うように立ちはだかった。桜龍は、湘の予想外の行動に戸惑っていた。
「・・・湘さん。いくら自分の父親でも、今のこいつは闇の力で蘇った亡霊なんですよ!!」
「すまないな、桜龍、千里。私は、父の野望を叶えてあげたい。それに、父は、北条も豊臣も極力犠牲を出さないようにすると言っている。だから、私は父と新しい海洋族に手を貸すよ」
湘は後ろめたさなど微塵も感じない態度で、桜龍達に銃口を向けた。いすみは、湘の考えが理解できず、罵った。
「貴様!!自分が何を言っているのか分かっておるのか!!」
「私は、海洋族にも他種族にも優しい世界を創る父を支えたい。だから、君達も止めるのであれば、私と敵対することになるだろう」
「ちょいとまってよ。お前は今まで、千里と桜龍達と戦った仲間じゃないのかい?父が大切だからって、簡単に裏切れるのかい?」
「飛天族の長殿も、断交していたいすみに手を貸したではないか。人は、利害の一致で変わるのだよ」
湘の無慈悲な言葉に、皆は言葉が出なかった。桜龍は湘を説得しようとしたが、千里に止められた。千里は、湘の瞳には曇りが無く、何か考えがあっての行動だと判断しており、桜龍も察した。
「では、貴方とは敵になるというわけですね。ですが、今戦っても、この人数相手では、あなた方が不利だと思うのですが」
千里は冷静に湘の顔を見ながら言い、桜龍と水軍と飛天族も、湘の出方をじっくりと見ていた。その時、真鶴の心の中で、クリクリの闇の囁きが聞こえた。
「これ以上の長居は時間の無駄クリ!!あの巫女を人質にして、桜龍を誘き出すクリ!!」
真鶴の瞳と腕輪の紅玉は黒く濁り、仁摩に向けて、氷の弾を放った。皆は何が起きたか、気づくのが遅れた。仁摩は氷漬けにされてしまった。
「仁摩に何しやがる!!」
桜龍は仁摩の氷を溶かそうと、札を出したが、クリクリが目の前に現れ、黒い霧で動きを封じられた。霧が晴れると、湘と真鶴、クリクリと仁摩の姿は無かった。
「仁摩を返せ!!」
桜龍は怒りを込め、海に飛び込もうとしたところを、千里と蕨に止められた。
「今、海に飛び込んだら、相手の思う壺です。ここは、皆と合流してから助けに行きましょう」
「くっ・・だが、仁摩殿が海の中で、何をされるか、危ない目に遭わせたくはない!!」
桜龍は焦りながら、千里の制止を振り払おうとしたが、蕨が彼の腰をくすぐった。
「こらこら、年長者の話を聞け。心配しなさんな、追放者共は、悪事を働いてはいるが、根からの悪じゃあない。むしろ、巫女ちゃんなら、あいつらの本質を理解出来るんじゃないかな」
「蕨さん・・・」
「それに、お前さんが激しく怒るから、海が凄い荒れ始めたぞ。これじゃあ、海に居る巫女ちゃんも危ないぜ」
激しい波しぶきが船を揺らしていた事に、桜龍はやっと気がついた。
「すみません、俺としたことが。聖なる龍は感情で暴走する事を忘れていましたぜ」
「とりあえず、真鶴って奴の事も分かった。奴らは、豊臣が小田原に攻めてくるのを狙って来る。その時が本番だな」
桜龍達はモトス達が居る、中伊豆韮山城へ向かった。


その頃、韮山城に居たモトス達は、毛利軍の伝令から、相模湾で海洋族の指導者、真鶴が水軍を襲い、さらに仁摩が攫われたと聞かされた。モトスと球磨と常葉は、直ぐに下田へ向かおうと、天城峠を越えていた。
「仁摩殿が攫われたとは・・・桜龍といすみ様も無事だろうか!!俺達も直ぐに行けば良かったな・・・」
「水軍を海洋生物の実験台にし、そのうえ仁摩さんを人質に取るとは、卑劣極まりないです!!」
モトスと常葉が悔やんでいる一方、球磨は湘が置かれている状況を心配していた。
「くっそ・・・湘は真鶴の味方をしているのか?やはりあいつとは敵になるのか・・・・」
「きっと、湘にも考えはある。あの者は両親思いだが、父親が道を外すようなことがあれば、絶対に止めるさ」
モトスは心配している球磨を元気づけさせた。すると、峠の林から、黒装束のクノイチ集団が姿を現した。3人は息を呑み、警戒したが殺気は感じず、棟梁の藤乃が3人の前にひざまずいた。モトスは彼女に何があったのか尋ねた。
「あんた達、何があっても、どうか、湘を信じてくれ!!」
必死に懇願する藤乃を見て、球磨は問うた。
「忍びの姐さんは、湘が今どうしているか知ってんのか?」
藤乃は頷き、知っていることを全て話した。湘は北条家を存続させるために、真鶴と海洋族に味方をしている。しかし、真鶴は闇の力に支配され始めている。湘は愛する父の野望を止める為に、真の敵を調べると。

「仁摩ちゃんが真鶴に攫われた事も知っている、だが、湘は絶対にあの娘を悪いようにはしない。それは信じて欲しい!!」
藤乃の新緑色の瞳には一切の曇りは無く、強く光っていた。モトス達は彼女の言葉と瞳を見て、信じる事が出来た。常葉とモトスは彼女に礼を言った。
「つまり、藤乃さんは、湘殿に頼まれて、我々に情報提供してくれているのですか?」
「湘の事を俺達に伝えてくれて、ありがとう、藤乃」
「・・・あんた達の為って訳じゃあないよ。ただ、湘とあんた達を仲違いさせたくなかっただけだよ」
藤乃は照れながらモトス達に言うと、球磨はニヤけながら尋ねた。
「もしかして藤乃姐さん、湘に想いを寄せているのか?」
「それも、誤解しないでほしいねぇ。湘は昔から弟みたいな存在だから、心配でいられないだけさ!!」
藤乃と球磨のやりとりに、2人は緊迫した状況から拍子抜けし、思わず笑ってしまった。
「それじゃあ、あたしは湘の元へ行く。桜龍達も韮山に向かっているから、一度合流した方がいいよ」
藤乃達クノイチ衆は闇の中に消えた。モトス達も、桜龍といすみの身を案じながら、韮山城に戻った。
(湘・・・。これがあたしの出来る任務だよ。あんたも決して無理するんじゃないよ・・・)
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