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第3章 異説小田原征伐  蘇りし海の亡霊と海神伝説

その頃、湘は小田原城の天守台にて、近くに見える相模湾に映る満月を眺めながら、夜の海を見ていた。
「球磨も千里も皆も、小田原に近づいているな」
湘は共に戦った勇士達の事を思いながら、キセルに火を付けていると、屋根からクノイチの藤乃が入ってきた。
「こんな所でしみじみ一服していていいのかい?」
藤乃は天守台に入り、偵察した情報を彼に話した。
「モトスと桜龍は、海洋族の常葉と、海王神いすみと行動を共にし、乙女峠から相模に入るみたいだねぇ。千里は上州でアナンと戦い、双方小田原へ向かって、球磨も亘と戦った後、豊臣兵と修善寺で休んでいるといったところだ」
「いすみ・・・生きていたのか。ああ、すまない。調査と報告感謝する。藤乃とクノイチ衆には北へ、南へ走らせてしまったな。しばらくはゆっくり休んでくれ」
「クノイチ衆は情報収集と移動に長けているんだ。あたしらを見くびるんじゃないよ」
藤乃は少しムッとした顔をしながら、湘のキセルを取り上げた。
「それより、あんたはこれでいいのかい?父親のことを悪く言いたくないが、本当に真鶴を信用して良いのか?今まで共に戦った仲間が敵になっちまいそうだよ」
藤乃は先の不安を湘に告げたが、彼は一向に動じることは無かった。
「これも、乱世だから仕方ないよ。それに、モトスには敵になったら刃を向けてくれと言ってあるし」
湘は、北条家の存続と、父真鶴の海洋族を統治し、凪沙を迎えるという願いを叶えたいという意志を持っていた。しかし、心の奥底では、共に日ノ本を護る勇士との絆は切れないと分かっていた。藤乃は本心を隠している彼の支えになりたいと決めていた。そして、湘の背中を思いっきり叩いた。
「湘、あたしをどんどん使って良いよ。一人で抱え込むんじゃないよ!!」
「痛!!全く君は、言動をもう少し優しくしてほしいものだよ」
湘は文句を言いながらも、藤乃に優しい笑みを浮かべた。
「あたしも、真鶴さんや海洋族を影で操っている闇と戦う手伝いをするよ」
「・・・ありがとう、藤乃。君には昔から世話になりっぱなしだ」
「昔からあんたの事を、放って置けなかっただけだよ」
藤乃は湘を抱きしめながら、昔のことを思い出していた。


湘が4歳の時、真鶴と親子で三浦から相模北西、津久井に来た。藤乃は風魔忍軍の棟梁、風魔小太郎の娘だった。何年か経ち、藤乃は修行で津久井城へ行く機会が多かった。その時、城下町の学び舎で勉強する湘を見掛ける機会が多くなり、少年の、人とは違う神秘的な雰囲気が気になっていた。
「あの男の子、この辺りじゃ見ないねー。何だか、海の香りがするわ」
父、小太郎に聞いてみると
「父親は、海を離れたかったから、息子を連れ、山間部に来たのだろう。それも、息子を困らせぬよう、父は働き詰めで無理をしているようだ」
「そうだったんだ・・・」
「気になるのなら、親子を監視して良いのだぞ。それも、修行の一貫だ」
小太郎は黒い襟巻きで顔を隠しながら、微かに笑った。藤乃は湘に恋心を抱き、こっそりと彼と真鶴が住む小屋に、野菜や魚を置いていった。ある日、湘は戸を開け、藤乃が小屋を去る前に、声をかけた
「君が毎日、食材を持ってきてくれているの?」
「あたしは風魔忍の見習いクノイチ、藤乃。あんたは、この町に来たばかりでしょう。何か困ったことがあったら、あたしが力になるよ」
「僕は湘。東の三浦って漁村に住んでいたんだけど、訳あって、ここに越してきたんだ。母さんは居なくて、父さんは大工の仕事に行っている。僕一人でお留守番なんだ」
「そっか。それならお父さんが帰ってくるまで、津久井の城下町を案内してあげる」
「僕と同じ歳位なのに、しっかりしているね。お言葉に甘えて、色々お話を聞かせてよ」
まだ小さい湘は、忍び見習いの少女、藤乃と直ぐに仲良くなった。
(湘はきっと、海洋族の混血が原因で、誰かと恋をすることを避けている。だけどね、あたしは、あんたに惚れちまったんだよ。初めて見た小さいあんたは、海神(わだつみ)のように見えたよ)
藤乃は、湘と初めて出会った日の事を、しみじみと思い出しながら、天守台から見える満月を眺めていた。


                        第4話 完
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