第3章 異説小田原征伐 蘇りし海の亡霊と海神伝説
その頃、相模国芦ノ湖の畔にある箱根神社で、湘は仁摩の身を心配し見舞いに来ていた。
「湘さん、お見舞いありがとうございます。祈祷で体力を使いすぎたので、少し体調を崩してしまいましたが、大分元気になりました」
「それは良かったよ。出雲から修業で来た巫女が、祈祷中に倒れたと耳にしたから、おそらく仁摩殿ではないかと駆けつけたよ」
「湘は若い女には優しいからねぇ。あたしにも同じ態度を取ってほしいものだよ」
湘の後ろには、見知らぬ巫女が湘に文句を言っていた。
「申し遅れたね、あたしの名前は『藤乃(ふじの)』。北条家に仕える風魔忍軍のクノイチ衆頭領だよ。仁摩ちゃん、湘はキザで口説き文句が多いから、本気にしちゃあ駄目よ」
藤乃は、長く束ねた黒髪と深緑の瞳が艶やかな一方、性格はさばさばしていて、湘とは歳が変わらなかった。
「君も良い年なのだから、若いと思われたいと思うのは止めたまえ・・・」
「それは、湘も同じだねぇ」
湘は、姉御肌な藤乃には頭が上がらなかった。その姿を見た仁摩は、思わず吹き出してしまった。
「湘さんと藤乃さんは、付き合いが長いのですか?」
二人は同時に、『付き合ってない!!』と否定した。
「湘は、あたしが忍び見習いの時に、三浦から津久井に越してきたんだ。湘の親父さんは、働き者だったよ」
「そのおかげで、父は過労で亡くなったけどな・・・」
湘の返答に、気まずい空気となった。藤乃は余計なことを言ったと謝った。
「あ・・すまない、気に触ることを言っちまったねぇ・・・」
「いいや・・少し風に当たってくる」
湘は部屋を出て、芦ノ湖へ向かった。藤乃は苦い顔をしながら、仁摩に湘の事情を話した。
「ついこの間、湘の父親の命日で、母親は来なかったんだとさ。仁摩ちゃんも知っていると思うけど、湘は海洋族と人間の混血種族なんだよ」
「確か、母親は海王神様に連れ戻されたと聞きました。ですが、海洋族は湘さんを助けています」
仁摩は、過去に九州で起きた大一揆の話を藤乃に話した。少し前、肥前の島原で、炎の魔人との決戦で、海洋族達が陰ながら支援してくれた事を。藤乃は話を聞いているうちに、ため息をつきながら言った。
「こっそりと湘を助けてくれるなら、最初から和解すれば良いのにねぇ・・・」
仁摩も、『そうですよね』と相づちを打った。藤乃は話題を変え、仁摩に祈祷で見た九頭竜について聞いてみた。
「そういえば、祈祷中に倒れたようだねぇ・・・。調査で回っている桜龍も帰ってこないようだし、何か海の方で怪しい風が吹いている感じがするねぇ」
「桜龍は昔からドジで抜けているけど、そう簡単に死んだりはしません。もしかしたら、九頭竜の手がかりを掴んでいるかもしれません・・・」
仁摩は強がっているが、内心は深く心配していた。藤乃は優しく励ました。
「無理をせず、心配なら心配と言うんだよ、あたしと風魔クノイチ衆が探してくるからさ!!」
「藤乃さん!!気持ちは嬉しいのですが・・・豊臣軍との戦いの準備が・・・」
「なーに、しっかりと準備しているから心配はご無用だよ!!」
その頃、湘は芦ノ湖を眺めていた。小田原に侵攻してくる豊臣軍、深海で起きる胸騒ぎ、そして、仁摩が見た九頭竜など、これから起きることに不安を抱いていた。
「また、厄神の魔の手が現れる。これから豊臣軍が攻めてくるというのに・・・」
湘は湖面をじっと見続けていると、モトスが空を舞っているのが見えた。
「これから敵同士になるのに、堂々と現れて良いのか?モトス」
「密偵ではなく、お前に話があって来たのだ。芦ノ湖に居るということは、仁摩殿には会ったか?」
「ああ、今さっき会ったばかりだ。大分体調は良くなったみたいだ。ところで、桜龍が何処にもいないのだが・・・」
「桜龍は・・・話せば長くなるが、今は森精霊の里で休んでいる。海洋族の常葉も一緒だ」
「海洋族も一緒だと?その者達に何があったのだ?」
モトスはこれまでの経緯を説明した。海洋族の反乱に湘の父、真鶴が指導者として君臨した事も隠さずに告げた。
「そんな・・父は数十年前に津久井城の沼に落ちて亡くなった・・闇の力で蘇ったというのか」
「信じがたい話だが、桜龍が言うには、海洋族の姿となり蘇ったようだ。仁摩殿が予言で見た九頭竜に関係しているに違いない」
湘は青ざめた顔をして、黙り込んでしまった。
「すまぬ、湘。だが、真実は告げるべきだと思ったのだ。もしかしたら、親父さんは魔の手に操られているかもしれぬし・・・」
「モトス・・・なるべくなら、身内で解決したいが、もし私が君達に銃を向ける事になったら、容赦なく倒してくれ」
「湘・・・何を言うのだ」
「もしもの話だよ。どのみち関東平定で、君達とは戦う事になる。では、私は小田原城へ戻る。仁摩殿に桜龍の事を話たまえ」
湘は戸惑った顔のモトスと別れた。その後、モトスは箱根神社で休んでいる仁摩と会い、桜龍の無事を話した。
「桜龍がお世話になりました。ご迷惑をかけてすみません・・」
「いいや、小精霊達が桜龍に会えて喜んでいるぞ」
仁摩は小精霊達に遊ばれている桜龍の困った顔を想像すると、吹き出してしまった。モトスは、彼女にはまだ、湘と真鶴の事は話さないでおこうと、心に留めていた。
「そういえば、球磨さんと千里さんはどうしているのかしら?」
「千里とは別行動で、前田利家殿と真田昌幸殿と上野(こうずけ)国(現群馬県)へ向かっている。球磨は何処に居るかは分からぬが、この戦いに来ると思うぞ」
「これからの戦いは、湘さんには辛いですね」
「勢力としては敵同士になるが、敵は湘ではないからな。それより、仁摩殿が見た九頭竜と海洋族の反乱が気になるな・・・」
モトスは、入り口に控えていた巫女の顔を見ると、おや?と笑いかけ、仁摩に、精霊の里へ戻ると告げた。
「では、俺は戻る。桜龍の体調が回復したら、お主の元へ向かわすぞ」
「お見舞いと、桜龍の面倒をありがとうございます!!」
仁摩はモトスにお辞儀し、別れた。モトスが飛び立つ時、先程の巫女が呼び止めた。
「湘と戦う事になったらどうするんだい?モトス」
「お主は、風魔忍軍の藤乃か。その時は、上手く戦うフリをするぞ。それより、巫女服似合うが、変装はまだまだだな」
「・・ふん、余計なお世話だよ。あたしも、湘と北条の皆を護るから、その辺はよろしく」
「ああ、十分承知だ。お主も湘にもご武運を」
モトスは翡翠のハネを広げ、芦ノ湖を滑るように舞った。藤乃はモトスが雲に隠れた後、巫女に化けていたクノイチ衆を集めた。
「さあ、あたし達も戦の準備だよ!!噂では篭城戦になるようだから、関東中の忍びに伝える支度をするよ!!」
藤乃達は素早く巫女服から、艶やかだが動きやすい作りの黒装束に変えた。
「湘さん、お見舞いありがとうございます。祈祷で体力を使いすぎたので、少し体調を崩してしまいましたが、大分元気になりました」
「それは良かったよ。出雲から修業で来た巫女が、祈祷中に倒れたと耳にしたから、おそらく仁摩殿ではないかと駆けつけたよ」
「湘は若い女には優しいからねぇ。あたしにも同じ態度を取ってほしいものだよ」
湘の後ろには、見知らぬ巫女が湘に文句を言っていた。
「申し遅れたね、あたしの名前は『藤乃(ふじの)』。北条家に仕える風魔忍軍のクノイチ衆頭領だよ。仁摩ちゃん、湘はキザで口説き文句が多いから、本気にしちゃあ駄目よ」
藤乃は、長く束ねた黒髪と深緑の瞳が艶やかな一方、性格はさばさばしていて、湘とは歳が変わらなかった。
「君も良い年なのだから、若いと思われたいと思うのは止めたまえ・・・」
「それは、湘も同じだねぇ」
湘は、姉御肌な藤乃には頭が上がらなかった。その姿を見た仁摩は、思わず吹き出してしまった。
「湘さんと藤乃さんは、付き合いが長いのですか?」
二人は同時に、『付き合ってない!!』と否定した。
「湘は、あたしが忍び見習いの時に、三浦から津久井に越してきたんだ。湘の親父さんは、働き者だったよ」
「そのおかげで、父は過労で亡くなったけどな・・・」
湘の返答に、気まずい空気となった。藤乃は余計なことを言ったと謝った。
「あ・・すまない、気に触ることを言っちまったねぇ・・・」
「いいや・・少し風に当たってくる」
湘は部屋を出て、芦ノ湖へ向かった。藤乃は苦い顔をしながら、仁摩に湘の事情を話した。
「ついこの間、湘の父親の命日で、母親は来なかったんだとさ。仁摩ちゃんも知っていると思うけど、湘は海洋族と人間の混血種族なんだよ」
「確か、母親は海王神様に連れ戻されたと聞きました。ですが、海洋族は湘さんを助けています」
仁摩は、過去に九州で起きた大一揆の話を藤乃に話した。少し前、肥前の島原で、炎の魔人との決戦で、海洋族達が陰ながら支援してくれた事を。藤乃は話を聞いているうちに、ため息をつきながら言った。
「こっそりと湘を助けてくれるなら、最初から和解すれば良いのにねぇ・・・」
仁摩も、『そうですよね』と相づちを打った。藤乃は話題を変え、仁摩に祈祷で見た九頭竜について聞いてみた。
「そういえば、祈祷中に倒れたようだねぇ・・・。調査で回っている桜龍も帰ってこないようだし、何か海の方で怪しい風が吹いている感じがするねぇ」
「桜龍は昔からドジで抜けているけど、そう簡単に死んだりはしません。もしかしたら、九頭竜の手がかりを掴んでいるかもしれません・・・」
仁摩は強がっているが、内心は深く心配していた。藤乃は優しく励ました。
「無理をせず、心配なら心配と言うんだよ、あたしと風魔クノイチ衆が探してくるからさ!!」
「藤乃さん!!気持ちは嬉しいのですが・・・豊臣軍との戦いの準備が・・・」
「なーに、しっかりと準備しているから心配はご無用だよ!!」
その頃、湘は芦ノ湖を眺めていた。小田原に侵攻してくる豊臣軍、深海で起きる胸騒ぎ、そして、仁摩が見た九頭竜など、これから起きることに不安を抱いていた。
「また、厄神の魔の手が現れる。これから豊臣軍が攻めてくるというのに・・・」
湘は湖面をじっと見続けていると、モトスが空を舞っているのが見えた。
「これから敵同士になるのに、堂々と現れて良いのか?モトス」
「密偵ではなく、お前に話があって来たのだ。芦ノ湖に居るということは、仁摩殿には会ったか?」
「ああ、今さっき会ったばかりだ。大分体調は良くなったみたいだ。ところで、桜龍が何処にもいないのだが・・・」
「桜龍は・・・話せば長くなるが、今は森精霊の里で休んでいる。海洋族の常葉も一緒だ」
「海洋族も一緒だと?その者達に何があったのだ?」
モトスはこれまでの経緯を説明した。海洋族の反乱に湘の父、真鶴が指導者として君臨した事も隠さずに告げた。
「そんな・・父は数十年前に津久井城の沼に落ちて亡くなった・・闇の力で蘇ったというのか」
「信じがたい話だが、桜龍が言うには、海洋族の姿となり蘇ったようだ。仁摩殿が予言で見た九頭竜に関係しているに違いない」
湘は青ざめた顔をして、黙り込んでしまった。
「すまぬ、湘。だが、真実は告げるべきだと思ったのだ。もしかしたら、親父さんは魔の手に操られているかもしれぬし・・・」
「モトス・・・なるべくなら、身内で解決したいが、もし私が君達に銃を向ける事になったら、容赦なく倒してくれ」
「湘・・・何を言うのだ」
「もしもの話だよ。どのみち関東平定で、君達とは戦う事になる。では、私は小田原城へ戻る。仁摩殿に桜龍の事を話たまえ」
湘は戸惑った顔のモトスと別れた。その後、モトスは箱根神社で休んでいる仁摩と会い、桜龍の無事を話した。
「桜龍がお世話になりました。ご迷惑をかけてすみません・・」
「いいや、小精霊達が桜龍に会えて喜んでいるぞ」
仁摩は小精霊達に遊ばれている桜龍の困った顔を想像すると、吹き出してしまった。モトスは、彼女にはまだ、湘と真鶴の事は話さないでおこうと、心に留めていた。
「そういえば、球磨さんと千里さんはどうしているのかしら?」
「千里とは別行動で、前田利家殿と真田昌幸殿と上野(こうずけ)国(現群馬県)へ向かっている。球磨は何処に居るかは分からぬが、この戦いに来ると思うぞ」
「これからの戦いは、湘さんには辛いですね」
「勢力としては敵同士になるが、敵は湘ではないからな。それより、仁摩殿が見た九頭竜と海洋族の反乱が気になるな・・・」
モトスは、入り口に控えていた巫女の顔を見ると、おや?と笑いかけ、仁摩に、精霊の里へ戻ると告げた。
「では、俺は戻る。桜龍の体調が回復したら、お主の元へ向かわすぞ」
「お見舞いと、桜龍の面倒をありがとうございます!!」
仁摩はモトスにお辞儀し、別れた。モトスが飛び立つ時、先程の巫女が呼び止めた。
「湘と戦う事になったらどうするんだい?モトス」
「お主は、風魔忍軍の藤乃か。その時は、上手く戦うフリをするぞ。それより、巫女服似合うが、変装はまだまだだな」
「・・ふん、余計なお世話だよ。あたしも、湘と北条の皆を護るから、その辺はよろしく」
「ああ、十分承知だ。お主も湘にもご武運を」
モトスは翡翠のハネを広げ、芦ノ湖を滑るように舞った。藤乃はモトスが雲に隠れた後、巫女に化けていたクノイチ衆を集めた。
「さあ、あたし達も戦の準備だよ!!噂では篭城戦になるようだから、関東中の忍びに伝える支度をするよ!!」
藤乃達は素早く巫女服から、艶やかだが動きやすい作りの黒装束に変えた。