第3章 異説小田原征伐 蘇りし海の亡霊と海神伝説
冬が終わりに近づく季節、相模国西湘。後に真鶴半島と呼ばれる岬にて。
相模を中心に関東地方の大国を支配する北条家に仕える青年『湘(しょう)』は、岬の先端にある墓石に、リンドウの花束を供えた。すると、瑠璃色の花瓶に、亜熱帯地方に咲く緋色の花『ハイビスカス』の花束が供えられているのを見て、複雑な思いに溢れていた。
「・・まさか母さんが、父さんの命日に来た・・わけではないな。さしずめ、せめてもの償いで、海洋族の者が供えたのだな」
湘は水平線を眺めながら、海が荒れているのを感じとっていた。
「これから、海の方も何かが起きるのか?」
湘は、一抹の不安を持ちながらも、これからの戦に備え、戦略を考えようと墓に一礼し、岬を後にした。
数日後、豊臣軍による関東征伐が始められた頃、出雲の神官侍、『桜龍(おうりゅう)』は相模国西湘の細い半島を訪れていた。春を迎える海辺は、眩しい太陽に照らされ、海風は優しく心地よい暖かさを感じた。岬の西に見える伊豆半島の山々には、河津桜が咲き始めていた。
「こんなに風光明媚な場所も、もう直ぐ戦場になるのか・・・?」
桜龍は水平線の彼方から来る、豊臣軍の船を察知していた。そして、海からもう1つ不吉な邪気を感じ取っていた。
「この戦と合わせるように、まーた邪悪な者が近づいているようだぜ・・・・」
桜龍は数日前に、芦ノ湖湖畔の箱根神社で修業をしている出雲の巫女『仁摩(にま)』が、祈祷をしている時に、邪悪な龍『九頭竜(くずりゅう)』が水面に映ったのを見た。桜龍は彼女が見た九頭竜が、小田原征伐の時に現れないかと周辺を回り、手がかりを探していた。
「九頭竜といったら、邪悪な水龍だ・・・。海に面している相模に出没したら甚大な被害になるぜ」
桜龍は移動して情報を得ようと、この地を後にしようとした時、岬の先端に小さな墓石があるのを見つけた。近づいてみると、墓石には『真鶴(まなづる)』と小さく刻まれていた。その横に、リンドウと『ハイビスカス』の花束が供えられていた。
「真鶴という人の墓か・・・。何だかこの半島に合いそうな名前だな。それにしても、この辺りじゃあ見ない緋色の花だな。これこそ海洋族の宮殿辺りに咲いていそうだぜ」
桜龍はしみじみと墓石と花を見て、自分もお参りをした。その時、左目の聖なる龍の瞳に、船頭の男が嘆き悲しむ姿が映った。
(俺は・・・いすみが憎い・・・海王神の権力を振りかざし、息子と妻を引き離した奴が憎い・・・)
桜龍は、こいつはまさか!?と思った途端に現実に引き戻され、戸惑った。
(この真鶴って者が、九頭竜の化身か・・・?にしても、いすみが憎い・・息子と妻を引き離されたってまさか!?)
桜龍は心当たりのある人物を思い出そうとした時に、海から海洋族の集団が西へ向かって泳いでいる姿を見かけた。
「海洋族がこんな近くまで来るのも珍しいな?もしかして、九頭竜の出没を真っ先に察知したのかな?」
桜龍は岬を後にし、海岸の方へ向かった。
小田原の海岸に着いた桜龍は、海面に祈りを込め、海洋族の行く先を見つけようとした。その時、後ろから口を押さえられそうになった。桜龍はとっさに、相手を投げ飛ばそうとしたが、『わー!!待って!!』と男性のあたふたした声を聞き、手を止めた。振り向くと、海洋族特有の側頭部に翡翠色のヒレが生えた黒髪色白の若い男性だった。
「あんたはもしかして海洋族か?」
「はい!!わたくしは海王神いすみ様の側近『常葉(ときわ)』です!!」
生真面目かつ張り切って挨拶する男に、桜龍は一瞬圧巻した。
「そうか、俺は桜龍。俺に用があるなら声をかけたって良いのにー。襲われるかとおもったぜ」
「すみません・・・。わたくしも、海洋族の動向を見ていましたから。最近彼らは、人間に関わりすぎです。それも、人間の姿になり、西の豊臣家と安房(現在の千葉県南部)の里見家に情報や物資を運んでいるみたいです・・・」
「そうだったのか・・・。さっきも海の向こうを何人か泳いで行くのを見たぜ。いすみ様が知ったら危ういんじゃねーのか?」
「そうなんです・・・最近になり、海洋族の掟に反する行為をする者が増え、いすみ様も頭を悩ませています。宮殿や深海に戻らない者も多いので、困ったものです」
眉間にしわを寄せながらため息をつく常葉を見て、桜龍は九頭竜について聞いてみた。
「海洋族で九頭竜が現れるって噂は出てないか?もしかしたら、邪悪な力に操られて海洋族がいすみ様の掟に反することをしてる可能性もあるんじゃないかい?」
桜龍は、数日前に仁摩の祈祷で見た九頭竜について、常葉に話した。しかし彼は、それは初耳だと驚きながら答え、そうではなく他に思い当たる事があると、桜龍に話した。
ここ数日前、いすみに反発する海洋族達は、相模国江ノ島の洞窟に集まっていると噂があった。そこには大昔、いすみに仕えていた追放者が、海洋族を集わせているのではないかと側近の者が言っていた。桜龍は2年前の九州の大一揆の指導者の教祖『ツクモ』の事を思い出して言った。
「海洋族にも、変な神を崇める宗教があったら危ういな・・・。いすみ様に反乱を起こしかねないし、もしそうだとしたら、今度は九頭竜が崇められている可能性が高いな。よし!!江ノ島に行ってみるか!!」
桜龍は常葉に江ノ島を案内してくれと尋ねた。常葉は彼の凜々しい顔を見て、ハッと思い出した。
「貴方は確か、幼い頃にどういうわけか、山陰の海から海洋族の宮殿にたどり着きました・・その頃はまだ大海を知らない童だったのに、大きく強くなりましたね」
常葉は過去に桜龍と会ったことがあると言った時、彼も手を合わせながら、パッと思い出した。
「もしかして、俺が出雲へ向かうときに日本海の荒波に流されて、目が覚めたときに宮殿で起こしてくれた、側近の海洋族さん!!」
桜龍は、もしかしたら自分より若いのではないかと思うほどの好青年の顔をまじまじと見た。常葉は彼が何を思っているのか察しがつき、笑いながら答えた。
「えーっと、海洋族は歳を取るのが遅いから、若く見えるけど、これでもわたくしは千年近く生きていますよ」
「それじゃあ、いすみ様はもっと長生きってことかー」
桜龍は改めて海洋族の長寿に感服していた。
相模を中心に関東地方の大国を支配する北条家に仕える青年『湘(しょう)』は、岬の先端にある墓石に、リンドウの花束を供えた。すると、瑠璃色の花瓶に、亜熱帯地方に咲く緋色の花『ハイビスカス』の花束が供えられているのを見て、複雑な思いに溢れていた。
「・・まさか母さんが、父さんの命日に来た・・わけではないな。さしずめ、せめてもの償いで、海洋族の者が供えたのだな」
湘は水平線を眺めながら、海が荒れているのを感じとっていた。
「これから、海の方も何かが起きるのか?」
湘は、一抹の不安を持ちながらも、これからの戦に備え、戦略を考えようと墓に一礼し、岬を後にした。
数日後、豊臣軍による関東征伐が始められた頃、出雲の神官侍、『桜龍(おうりゅう)』は相模国西湘の細い半島を訪れていた。春を迎える海辺は、眩しい太陽に照らされ、海風は優しく心地よい暖かさを感じた。岬の西に見える伊豆半島の山々には、河津桜が咲き始めていた。
「こんなに風光明媚な場所も、もう直ぐ戦場になるのか・・・?」
桜龍は水平線の彼方から来る、豊臣軍の船を察知していた。そして、海からもう1つ不吉な邪気を感じ取っていた。
「この戦と合わせるように、まーた邪悪な者が近づいているようだぜ・・・・」
桜龍は数日前に、芦ノ湖湖畔の箱根神社で修業をしている出雲の巫女『仁摩(にま)』が、祈祷をしている時に、邪悪な龍『九頭竜(くずりゅう)』が水面に映ったのを見た。桜龍は彼女が見た九頭竜が、小田原征伐の時に現れないかと周辺を回り、手がかりを探していた。
「九頭竜といったら、邪悪な水龍だ・・・。海に面している相模に出没したら甚大な被害になるぜ」
桜龍は移動して情報を得ようと、この地を後にしようとした時、岬の先端に小さな墓石があるのを見つけた。近づいてみると、墓石には『真鶴(まなづる)』と小さく刻まれていた。その横に、リンドウと『ハイビスカス』の花束が供えられていた。
「真鶴という人の墓か・・・。何だかこの半島に合いそうな名前だな。それにしても、この辺りじゃあ見ない緋色の花だな。これこそ海洋族の宮殿辺りに咲いていそうだぜ」
桜龍はしみじみと墓石と花を見て、自分もお参りをした。その時、左目の聖なる龍の瞳に、船頭の男が嘆き悲しむ姿が映った。
(俺は・・・いすみが憎い・・・海王神の権力を振りかざし、息子と妻を引き離した奴が憎い・・・)
桜龍は、こいつはまさか!?と思った途端に現実に引き戻され、戸惑った。
(この真鶴って者が、九頭竜の化身か・・・?にしても、いすみが憎い・・息子と妻を引き離されたってまさか!?)
桜龍は心当たりのある人物を思い出そうとした時に、海から海洋族の集団が西へ向かって泳いでいる姿を見かけた。
「海洋族がこんな近くまで来るのも珍しいな?もしかして、九頭竜の出没を真っ先に察知したのかな?」
桜龍は岬を後にし、海岸の方へ向かった。
小田原の海岸に着いた桜龍は、海面に祈りを込め、海洋族の行く先を見つけようとした。その時、後ろから口を押さえられそうになった。桜龍はとっさに、相手を投げ飛ばそうとしたが、『わー!!待って!!』と男性のあたふたした声を聞き、手を止めた。振り向くと、海洋族特有の側頭部に翡翠色のヒレが生えた黒髪色白の若い男性だった。
「あんたはもしかして海洋族か?」
「はい!!わたくしは海王神いすみ様の側近『常葉(ときわ)』です!!」
生真面目かつ張り切って挨拶する男に、桜龍は一瞬圧巻した。
「そうか、俺は桜龍。俺に用があるなら声をかけたって良いのにー。襲われるかとおもったぜ」
「すみません・・・。わたくしも、海洋族の動向を見ていましたから。最近彼らは、人間に関わりすぎです。それも、人間の姿になり、西の豊臣家と安房(現在の千葉県南部)の里見家に情報や物資を運んでいるみたいです・・・」
「そうだったのか・・・。さっきも海の向こうを何人か泳いで行くのを見たぜ。いすみ様が知ったら危ういんじゃねーのか?」
「そうなんです・・・最近になり、海洋族の掟に反する行為をする者が増え、いすみ様も頭を悩ませています。宮殿や深海に戻らない者も多いので、困ったものです」
眉間にしわを寄せながらため息をつく常葉を見て、桜龍は九頭竜について聞いてみた。
「海洋族で九頭竜が現れるって噂は出てないか?もしかしたら、邪悪な力に操られて海洋族がいすみ様の掟に反することをしてる可能性もあるんじゃないかい?」
桜龍は、数日前に仁摩の祈祷で見た九頭竜について、常葉に話した。しかし彼は、それは初耳だと驚きながら答え、そうではなく他に思い当たる事があると、桜龍に話した。
ここ数日前、いすみに反発する海洋族達は、相模国江ノ島の洞窟に集まっていると噂があった。そこには大昔、いすみに仕えていた追放者が、海洋族を集わせているのではないかと側近の者が言っていた。桜龍は2年前の九州の大一揆の指導者の教祖『ツクモ』の事を思い出して言った。
「海洋族にも、変な神を崇める宗教があったら危ういな・・・。いすみ様に反乱を起こしかねないし、もしそうだとしたら、今度は九頭竜が崇められている可能性が高いな。よし!!江ノ島に行ってみるか!!」
桜龍は常葉に江ノ島を案内してくれと尋ねた。常葉は彼の凜々しい顔を見て、ハッと思い出した。
「貴方は確か、幼い頃にどういうわけか、山陰の海から海洋族の宮殿にたどり着きました・・その頃はまだ大海を知らない童だったのに、大きく強くなりましたね」
常葉は過去に桜龍と会ったことがあると言った時、彼も手を合わせながら、パッと思い出した。
「もしかして、俺が出雲へ向かうときに日本海の荒波に流されて、目が覚めたときに宮殿で起こしてくれた、側近の海洋族さん!!」
桜龍は、もしかしたら自分より若いのではないかと思うほどの好青年の顔をまじまじと見た。常葉は彼が何を思っているのか察しがつき、笑いながら答えた。
「えーっと、海洋族は歳を取るのが遅いから、若く見えるけど、これでもわたくしは千年近く生きていますよ」
「それじゃあ、いすみ様はもっと長生きってことかー」
桜龍は改めて海洋族の長寿に感服していた。