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第2章  九州の大一揆編 炎の魔人と聖火の神

その頃、雲仙の宮殿で、珠姫は水晶に映る出来事を見て動揺していた。
「東国の海洋族の襲撃で、海の警備隊は全滅しました!!ツクモ様!!」
「ああ、あの頑固な老害海王の一族かね。信者にしにくい厄介な種族だが、まぁとりあえず放っとくとね」
ツクモは動ずる事無く呑気にハープを弾いていた。すると、紅史郎と胡桃がツクモの元に来た。胡桃は球磨が宮殿に乗り込んで来ると知り、動揺していた。胡桃は球磨と再会した時に説得された言葉に、複雑な気持ちでいた。
(球磨さん・・・ツクモ様を倒しに来るのかしら)
ツクモは彼女が微かに球磨に思いを寄せているのを見透かしていたので、強引に彼女を抱き、額の紅玉を彼女の瞳に向けた。
「君には、球磨を試すエサになってもらうとね。まぁ、悪いようにはせんたい」
紅玉は闇の如く黒く濁り、それを見た胡桃は完全に洗脳され感情を無くした。珠姫は彼女に付き添い、ツクモの指示を聞いた。
「胡桃に、最高級の正装をさせるとね。球磨が戸惑うほど美しくね」
珠姫と女官は胡桃を連れ、化粧の間へ連れて行った。ツクモは今度は紅史郎に含み笑いしながら語りかけた。
「球磨達は絶対にここにくるとね。戦う覚悟は出来てるかね?」
「・・・はい。球磨は僕の敵です。迎え討つ覚悟は出来ています」
ツクモは紅史郎の肩に手を置き、何かを決断させるかのような口振りで命じた。


その頃、宇土の船着場では、湘が渋い顔をしていた。
(海洋族・・私には関わらないはずなのに、どういうつもりだ・・・)
湘は銃を持ち、もう一方の手で氷の剣を作り、つるぎの接近戦に対応していた。彼女の細剣による至近距離の攻撃と遠距離での疾風の魔法は、遠距離を得意とする湘にはいささか不利なので、彼も対抗できるよう、臨機応変に銃剣と氷の剣を駆使して戦っている。湘はこれ以上肉弾戦が続くことにうんざりしたので、つるぎを説得してみた。
「ところで君は、一生ツクモの妻として人生を終わらせるつもりなのかい?」
「何を藪から棒に・・・」
湘のつかみ所の無い態度と言葉に、つるぎは一瞬動きを止めた。
「君はまだ若いのだから、本当に想いを寄せている者に恋をしたり、自由に生きたいと思わないのかね?」
「く・・・お喋りな男だな!!私が最も嫌う輩だな貴様は!!」
「君が私の好みでないとホッとしたよ。本当は居るのだろう?ツクモではなく、真に想いを寄せる男が」
湘はつるぎの腕を押さえ、蔵の壁に押しつけ、顔を耳元に近づけ、気障ったらしく妖しい顔で囁いた。
「私は割と君のような勝ち気な女性も好みだけどな」
「ふざけたことを言うな!!私は気障な若作り親父より、若くて真面目な紅史郎のが好みだ・・・あ!?」
つるぎは動揺を隠しきれないながら、湘に蹴りを入れようとしたが、行動を読まれたのか簡単に避けられた。
「ふむ、やはりそうか。紅史郎に想いを寄せているのだな。君は本当に真面目故に、単純で乗せられやすい性格だな」
「くぅ・・・」
「もう、止めないか?私は君を殺める理由はないし、君も紅史郎の事が心配であろう」
湘の説得につるぎは黙り込んでいた。確かに、球磨達は島原に到着してしまうし、ここでの足止めは意味を成さないと理解した。
「・・・私と手を組むという訳か?」
つるぎはまだ心を許したわけではなく、いつでも攻撃態勢に入れるように湘の首元に剣先を当てていた。
「信用ならないなら、今直ぐにこの剣で私の首を斬っても良いよ。だが、私を生かしておけば、海洋族の能力で早くに島原へ行くことが出来るぞ」
湘は紳士的な笑顔で、つるぎに交渉した。すると、遠くから聞き覚えのある高い女性の声が聞こえた。
「つるぎー!!その人を攻撃しちゃ駄目よ!!」
美羅がモトスと千里を連れて、つるぎの元に駆けつけた。
「姉上!?・・・そいつらは、湘の仲間ではないか?」
つるぎはモトスと千里に警戒心を抱いたが、美羅は直ぐに事情を話した。
「モトスと千里は、劇薬で怪物化した成政様を救ってくれたのよ。これは、大事な話・・・。珠姫姉さんと紅史郎、胡桃ちゃんが危ないわ!!早くツクモの野望を止めに行かないと!!」
「それは・・どういうことなのだ?」
美羅は説明した。成政はその後、秀吉に降伏し、美羅とは決別した事を。そして、その原因を作ったツクモは自分の野望のためならば、成政を怪物化させるのもいとわなかった。美羅はそんな彼の考え方に不信感を抱き、おそらく次は紅史郎か胡桃、はたまた最愛の妻、珠姫が彼に悪用されるだろうと不安を抱いていた。
「・・・不吉な予感は、それだったのか・・・。どのみち、宮殿には戻るつもりだったから、ツクモ様の真意を確かめに行く。モトスと千里・・・姉上と成政様を助けてくれて・・・感謝する」
つるぎは素直に礼を言った。湘は少し拗ねた顔をして彼女に尋ねた。
「私には礼はないのかい?つるぎちゃん」
「貴様のような気障な男に言う礼などない!!それに、気安くつるぎちゃんと呼ぶな!!」
「相変わらず、姿は綺麗なのに、性格は可愛くならないねぇ・・・」
湘は呆れながらつるぎの照れている顔を見て面白がっていた。モトスはその光景を見て、和んでいたが、気を取り直し皆に促した。
「それでは、即急に島原へ向かおう。おそらく、球磨達ももうたどり着いている筈だ。これ以上、ツクモが誰かに劇薬を飲ませたら、厄介な事になる」
「考えたくはありませんが、ツクモ自身も劇薬に手を染める可能性もあるかもしれません・・・」
モトスと千里の言葉に美羅とつるぎは顔を見合わせ、早く行こう!!と決意した。湘は再び、水で鯨を作ろうとしたが、目の前に小舟が置かれていた。すると、厳格な言葉とは裏腹に、丸っこい可愛い字で書かれた文が入っていた。

『魔力は決戦まで温存しておけ。この舟に、速度が速くなる術をかけておいた』

湘は、手紙の主に心当たりがあったのか、悔しさと感謝で複雑な気分でいた。美羅は『誰からー?』と聞こうとしたが、察したモトスと千里に止められた。
「では、遠慮無くこの小舟を使わせて貰おう。誰宛か書いても無いし何も存じないから、礼はしないけどな」
(あやつは、どういうつもりなのだ・・・私と母を引き離しておいて、私達に助力するとは・・・)
湘は舵を取り、4人を船に乗せた。舟は想像を超えるほどの速さで海面を渡った。舟が去った海面に、黄金の尾を持つ褐色肌で長い金髪の男が顔を出した。
「湘よ・・・格段と成長したが、母親と会わせるのはまだまだだな・・・」
彼は、海王神『いすみ』。亡くなったと言われていた湘の母『凪砂(なぎさ)』の頼みと、自らの意志で陰から湘を護っている。しかし、まだ湘には海王の意志を知らず、受け入れることが出来なかった。


その頃、紅史郎は数日前に、ツクモに言われたことを胸に留めておきながら深く悩んでいた。
「自分は何なんだ?暁家の・・煉太郎兄さんの弟だったのか・・・・?」
数日前、紅史郎は、ツクモに宮殿で立ち入り禁止にしている神聖な部屋、『神話の間』に呼ばれた。部屋は大広間以上に広く、円形状の天井には無数の星座が描かれ、部屋の中心には地球儀と巨大なコンパスが置いてあり、壁画にはギリシャ神話の神々が描かれていた。紅史郎が言葉を奪われるほど感動しながら辺りを見回していると、ツクモは笑いかけながら、壁画の『アポロ』と『プロメテウス』の絵を見せた。
「炎の神プロメテウスは、球磨に似ていると思わないかね?」
ツクモが指を指して聞いてみると、紅史郎は隣で光を出しているアポロの絵を見て、ツクモの顔を見た。
「確かに似ていますね。でも、アポロは・・・ツクモ様に似ていますね」
ツクモは予想外の答えに反論した。
「それはなかとー。余は炎の魔人。紅史郎の方が、アポロに似ているけん」
「・・・気になっている事があります。少し前に、球磨とツクモ様が戦った時、僕は貴方と同時に、プロメテウスと言った気がします・・・。どうもそれが引っかかって。ツクモ様は何か知っているのですか?」
「・・・余には過去の記憶が無かとー。気付いた時には、災いの神の下、炎の魔神だったとね」
ツクモは紅史郎に顔を近づけ、意味深そうに告げた。
「もしかしたら、君と余は、2人で1つだったのかもしれん。いっそ、同化したら真実が解るとね」
紅史郎は戸惑い、咄嗟にツクモの胸を押し離した。
「それはお断りします。僕もまだやるべき事があるので・・・。それに、そんな事したら、珠姫さん達が困りますよ!!」
紅史郎は逃げるように部屋を出た。
「まぁ、焦らずとも、いずれ君と余は1つになる運命とね。きっと、陽のニホンも陰のニホンも支配できる程の天下無敵の力が手に入るとね」
ツクモは、妖しく笑いながら、壁画のプロメテウスに爪を立てた。

          
                     第10話 完
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