番外編や短編集
梅雪の影と死の龍を持つ闇神官
織田軍と元武田二十四将の裏切り者、穴山家による武田の残党狩りが始まる前、穴山梅雪(ばいせつ)の腹心信康(のぶやす)が山陰隠岐島へ向かった話。
時は白昼、潮騒の波音が響く山陰の島根半島で、信康は船着き場から隠岐島の監獄へ向かう帆船をじっと見ていた。
「この船に乗れば、江津(ごうつ)という神官に会える」
信康は風の噂で耳にしていた。死龍の呪いで出雲大社を追放された闇神官の存在を。彼を武田の残党狩りに引き入れようと甲斐国から遥々出雲国まで来た。
「梅雪様は信長様以上に苛烈に残党を狩るつもりだ。より恐怖で民を支配する為に、江津の協力が欲しい」
信康は二丁の短銃や隠し武器を確認し、看守の様子を伺った。看守が船着き場の荷物を確認するのに、一人になったところを信康は素早く口を塞ぎ羽交締めにした。
「少しの間眠ってもらおうか」
信康は銃口から軽い電流を流し看守の体に当て、気絶させ記憶を消した。それと、看守服を奪い変装した。
船着き場で罪人を船に全員乗せた後、直ぐに出航した。日本海は南風により帆が押され、数刻で島根半島は見えなくなった。本土を離れるにつれ、荒波が船に押し寄せてき、船内は激しく揺れた。信康は内陸育ちで大海を渡るのは初めてなので不安であったが、自らの強運を信じ、甲板から遥か遠くに見える隠岐諸島を眺めていた。
(こんなもの、笛吹川の氾濫から比べれば大した事はない)
信康は少年時代に、笛吹川の氾濫で家族兄弟と死別した。浮浪児となり息絶える寸前に穴山家の、子息、梅雪に救われた。それ故に信康には彼へ深く忠誠を誓っている。
(僕の命は、梅雪様に生かされた。だから、主の為に命を投げ出す覚悟が出来ている)
3日後に、帆船は隠岐諸島、最果ての監獄島に到着した。この地は、重罪を犯した囚人や死刑囚を収容する脱獄不可能な島である。島全体を険しい岩肌の岸壁に囲まれ、監獄も洞窟や岩を削って造られた天然要塞のような造りで、有人島からも距離が遠く、生きて帰ってきた者は居ない。帆船は監獄の入り口の洞窟に停め、目隠しされた罪人達は腕と足を鎖で繋がれた状態で、看守に連行された。信康は最奥の独房に江津が囚われていると予測していた。
(船で監獄の配置図を見せて貰ったが、それほど複雑な内部ではなかったな。看守が囚人共の身体検査をしている隙に江津の元へ向かうか)
信康は洞窟の影に隠れながら、監獄内へ向かった。
しばらく進むと、薄暗い独房への廊下が目の前に現れた。牢屋は廊下にそって並んでいた。内部は土や泥の臭いや埃まみれで劣悪な環境だった。囚人達も「出せー、出しやがれ!!」と罵声やうめき声を牢屋越しから叫んでいた。
(もし、江津をここから出す前に失敗したら、僕もこいつらの様になるのか・・・何としても、梅雪様の為に失敗は許されない)
信康は静かに早歩きをしながら独房へ続く回廊を進んだ。
その頃、監獄最下層にある独房で、ほぼ干からびた姿の中年男性が手足を鎖で岩の柱に繋がれ、鉄の口輪をはめられていた。しかし男は苦しむこと無く瞑想していた。
(誰か私の元へ近づいてくるな。死刑囚を連れてくる何時もの看守では無く、私を討ちに来た聖なる龍の瞳を持つ聖者でも無いな)
罪人の名は江津。重大犯罪人を捕らえる独房室で十年以上、飲まず食わずで生かされている。そう、彼は古代から死の龍に取り憑かれた一族の末裔であったが、死の龍の力が現れなかったので、出雲大社の上級神官になった。しかし、とある事件を境に死の龍が発動し、それ以降は中国地方の大名家に死の呪いをかけ、戦で無差別に死霊兵を操り混乱させた罪人である。誰も江津を殺めることは出来ない。彼を殺めれば、次にまた死の龍は他の者へ寄生する。そんな江津の糧となっている物は、彼の足下に無残に放置してある、骸化した死体。そう、江津は死刑囚の魂を奪い生命を維持している。監獄の死刑執行道具として利用されている。
「死の龍を倒せる者は聖なる龍の力しかない。私は生きることも死ぬことも出来ぬ・・・」
江津は今日の分の死刑囚を黒い渦の中に包んだ。叫び声や命乞いを言うまでも無くあっという間に死刑囚は骸と化した。その時、独房の外から看守の叫び声と銃声が鳴り響いた。
「貴様は看守では無いな!!何者だ!!名を言うてみよ!!!」
最下層で、信康は看守に不審者と見破られてしまった。信康は仕方ないと、懐から眠りの火薬投げつけ、モクモクと広がる紫色の煙に数人の看守を眠らせた。信康は口に布を巻き、煙を吸う前に素早く奥へ進んだ。
「やはり・・・独房に行くと、警備も厳しくなるか・・・・」
通路から数人、武器を構え向かってくる看守の攻撃を交わし、二丁の銃で腕や足を狙った。信康は極力殺さないようにと、体術や銃術で敵を戦闘不能にする程度の力で戦った。そして、独房室の扉を守っていた看守の目の前を跳び、銃口で額を殴り気絶させた。鍵を直ぐに奪い取り、牢屋に入った。すると、気張っていた体力が一気に削られるような邪気を感じ取った。
(こ・・この者が闇神官・・・江津か?)
信康は江津の虚ろで不気味な赤紫の瞳を凝視すると、今にも自分の魂が奪われそうになった。しかし江津は信康を見ていたのではなく、先ほど彼に気絶させられた看守が起き上がり、後ろから彼を捕まえようとしたその瞬間、黒い渦で包み魂を奪った。
「予想外の者が来たな。ここまで来て誰も殺めぬ非情に成りきれぬ者が私に何か用かな?」
信康は後ろを向き、骸化した看守を見て冷や汗が流れ目を見開いていた。しかし直ぐに呼吸を整え、冷静に彼の元へ歩み、看守から奪った鍵で繋がれた鎖の錠を外した。
「お初にお目にかかります。私は、甲斐国、穴山梅雪に仕える信康と申します。率直に言いますが、どうか、梅雪様と武田の残党狩りに御協力をお願いした所存でございます」
信康は頭を深く下げ、言葉を続けた。
「梅雪様は江津殿に莫大な報酬と、武将へと格上げするとのお約束です」
「ほう、甲斐国か。さぞ自然と山が美しい所であろうな。よかろう。遙々遠くから命を賭け、私に会いに来たのだから、協力しよう」
江津はあっさりと信康の申し出に賛同した。
「助力感謝いたします。脱出方法は看守を動けなくし、船を奪います」
「そんな回りくどいことをする必要は無い」
江津は信康の肩に手を置き、甲斐国の風景を想像しろと促した。信康は梅雪の居城、韮崎の新府城を思い浮かべた。すると二人の周りに闇の渦が広がり独房から姿が消えた。
あっという間に、甲斐国、七里岩と釜無川に沿って建てられた新府城の城門まで瞬間移動した。信康は唐突すぎて呆気にとられていたが、気を取り直し江津のボロボロの小袖を見て微笑した。
「とりあえず、着替えましょうか。梅雪様は余るほど着物を持っているので、良い物を下さいますよ」
「それもそうだな。先ほど言っていたが、私は罪人の立場だ。敬語など気遣いは無用。それに、莫大な報酬も大名への格上げも望んでなどいないから要らぬ」
信康は江津の欲の無い考えを不思議に思い、首をかしげたが、江津はクスッと微笑みかけた。
「私の目的は、とある神官に会うことだ。予言では甲斐国にその者は私を討伐しに来る。だから、私はその男と決着を付けようと思い、誘いに乗ったのだ」
「そうだったのか・・・。話に聞くに、その者もおそらく残党狩りを妨害する脅威になりかねないな。江津殿を狙うのであれば、事前に僕が始末しようか?」
信康は短銃を持ち答えたが、江津はそれも不要だと首を横に振った。
「卿は梅雪殿の事と、今後の残党狩りの策を考えているが良い。その男の事は私に任せよ。それより、報酬は要らぬが、十年以上も魂を糧にしていたのだ。甲斐の料理は食べたいと思っておる」
「あ・・そうだな。それなら江津殿はゆっくり城内で寛いでいてくれ。栄養たっぷりのほうとうや肉料理を支度しておくからな。落ち着いたら梅雪様と謁見する予定だ」
信康は江津を連れ城の中を案内した。二人にはそれぞれ思惑があった。
(罪人であろうとも、呪われた力を持つ者でも、利用出来る者は利用するまでだ)
(この者は危険を冒してまで私を脱獄させた。なぜ、信康はこれ程の力を持っても梅雪という大名に仕えているのか。梅雪がどういう器を持っているか見物だな)
二人はいずれ、御伽勇士達との戦いの中で悲しい真実を知り、心に変化が現れることに知る由もなかった。
完
織田軍と元武田二十四将の裏切り者、穴山家による武田の残党狩りが始まる前、穴山梅雪(ばいせつ)の腹心信康(のぶやす)が山陰隠岐島へ向かった話。
時は白昼、潮騒の波音が響く山陰の島根半島で、信康は船着き場から隠岐島の監獄へ向かう帆船をじっと見ていた。
「この船に乗れば、江津(ごうつ)という神官に会える」
信康は風の噂で耳にしていた。死龍の呪いで出雲大社を追放された闇神官の存在を。彼を武田の残党狩りに引き入れようと甲斐国から遥々出雲国まで来た。
「梅雪様は信長様以上に苛烈に残党を狩るつもりだ。より恐怖で民を支配する為に、江津の協力が欲しい」
信康は二丁の短銃や隠し武器を確認し、看守の様子を伺った。看守が船着き場の荷物を確認するのに、一人になったところを信康は素早く口を塞ぎ羽交締めにした。
「少しの間眠ってもらおうか」
信康は銃口から軽い電流を流し看守の体に当て、気絶させ記憶を消した。それと、看守服を奪い変装した。
船着き場で罪人を船に全員乗せた後、直ぐに出航した。日本海は南風により帆が押され、数刻で島根半島は見えなくなった。本土を離れるにつれ、荒波が船に押し寄せてき、船内は激しく揺れた。信康は内陸育ちで大海を渡るのは初めてなので不安であったが、自らの強運を信じ、甲板から遥か遠くに見える隠岐諸島を眺めていた。
(こんなもの、笛吹川の氾濫から比べれば大した事はない)
信康は少年時代に、笛吹川の氾濫で家族兄弟と死別した。浮浪児となり息絶える寸前に穴山家の、子息、梅雪に救われた。それ故に信康には彼へ深く忠誠を誓っている。
(僕の命は、梅雪様に生かされた。だから、主の為に命を投げ出す覚悟が出来ている)
3日後に、帆船は隠岐諸島、最果ての監獄島に到着した。この地は、重罪を犯した囚人や死刑囚を収容する脱獄不可能な島である。島全体を険しい岩肌の岸壁に囲まれ、監獄も洞窟や岩を削って造られた天然要塞のような造りで、有人島からも距離が遠く、生きて帰ってきた者は居ない。帆船は監獄の入り口の洞窟に停め、目隠しされた罪人達は腕と足を鎖で繋がれた状態で、看守に連行された。信康は最奥の独房に江津が囚われていると予測していた。
(船で監獄の配置図を見せて貰ったが、それほど複雑な内部ではなかったな。看守が囚人共の身体検査をしている隙に江津の元へ向かうか)
信康は洞窟の影に隠れながら、監獄内へ向かった。
しばらく進むと、薄暗い独房への廊下が目の前に現れた。牢屋は廊下にそって並んでいた。内部は土や泥の臭いや埃まみれで劣悪な環境だった。囚人達も「出せー、出しやがれ!!」と罵声やうめき声を牢屋越しから叫んでいた。
(もし、江津をここから出す前に失敗したら、僕もこいつらの様になるのか・・・何としても、梅雪様の為に失敗は許されない)
信康は静かに早歩きをしながら独房へ続く回廊を進んだ。
その頃、監獄最下層にある独房で、ほぼ干からびた姿の中年男性が手足を鎖で岩の柱に繋がれ、鉄の口輪をはめられていた。しかし男は苦しむこと無く瞑想していた。
(誰か私の元へ近づいてくるな。死刑囚を連れてくる何時もの看守では無く、私を討ちに来た聖なる龍の瞳を持つ聖者でも無いな)
罪人の名は江津。重大犯罪人を捕らえる独房室で十年以上、飲まず食わずで生かされている。そう、彼は古代から死の龍に取り憑かれた一族の末裔であったが、死の龍の力が現れなかったので、出雲大社の上級神官になった。しかし、とある事件を境に死の龍が発動し、それ以降は中国地方の大名家に死の呪いをかけ、戦で無差別に死霊兵を操り混乱させた罪人である。誰も江津を殺めることは出来ない。彼を殺めれば、次にまた死の龍は他の者へ寄生する。そんな江津の糧となっている物は、彼の足下に無残に放置してある、骸化した死体。そう、江津は死刑囚の魂を奪い生命を維持している。監獄の死刑執行道具として利用されている。
「死の龍を倒せる者は聖なる龍の力しかない。私は生きることも死ぬことも出来ぬ・・・」
江津は今日の分の死刑囚を黒い渦の中に包んだ。叫び声や命乞いを言うまでも無くあっという間に死刑囚は骸と化した。その時、独房の外から看守の叫び声と銃声が鳴り響いた。
「貴様は看守では無いな!!何者だ!!名を言うてみよ!!!」
最下層で、信康は看守に不審者と見破られてしまった。信康は仕方ないと、懐から眠りの火薬投げつけ、モクモクと広がる紫色の煙に数人の看守を眠らせた。信康は口に布を巻き、煙を吸う前に素早く奥へ進んだ。
「やはり・・・独房に行くと、警備も厳しくなるか・・・・」
通路から数人、武器を構え向かってくる看守の攻撃を交わし、二丁の銃で腕や足を狙った。信康は極力殺さないようにと、体術や銃術で敵を戦闘不能にする程度の力で戦った。そして、独房室の扉を守っていた看守の目の前を跳び、銃口で額を殴り気絶させた。鍵を直ぐに奪い取り、牢屋に入った。すると、気張っていた体力が一気に削られるような邪気を感じ取った。
(こ・・この者が闇神官・・・江津か?)
信康は江津の虚ろで不気味な赤紫の瞳を凝視すると、今にも自分の魂が奪われそうになった。しかし江津は信康を見ていたのではなく、先ほど彼に気絶させられた看守が起き上がり、後ろから彼を捕まえようとしたその瞬間、黒い渦で包み魂を奪った。
「予想外の者が来たな。ここまで来て誰も殺めぬ非情に成りきれぬ者が私に何か用かな?」
信康は後ろを向き、骸化した看守を見て冷や汗が流れ目を見開いていた。しかし直ぐに呼吸を整え、冷静に彼の元へ歩み、看守から奪った鍵で繋がれた鎖の錠を外した。
「お初にお目にかかります。私は、甲斐国、穴山梅雪に仕える信康と申します。率直に言いますが、どうか、梅雪様と武田の残党狩りに御協力をお願いした所存でございます」
信康は頭を深く下げ、言葉を続けた。
「梅雪様は江津殿に莫大な報酬と、武将へと格上げするとのお約束です」
「ほう、甲斐国か。さぞ自然と山が美しい所であろうな。よかろう。遙々遠くから命を賭け、私に会いに来たのだから、協力しよう」
江津はあっさりと信康の申し出に賛同した。
「助力感謝いたします。脱出方法は看守を動けなくし、船を奪います」
「そんな回りくどいことをする必要は無い」
江津は信康の肩に手を置き、甲斐国の風景を想像しろと促した。信康は梅雪の居城、韮崎の新府城を思い浮かべた。すると二人の周りに闇の渦が広がり独房から姿が消えた。
あっという間に、甲斐国、七里岩と釜無川に沿って建てられた新府城の城門まで瞬間移動した。信康は唐突すぎて呆気にとられていたが、気を取り直し江津のボロボロの小袖を見て微笑した。
「とりあえず、着替えましょうか。梅雪様は余るほど着物を持っているので、良い物を下さいますよ」
「それもそうだな。先ほど言っていたが、私は罪人の立場だ。敬語など気遣いは無用。それに、莫大な報酬も大名への格上げも望んでなどいないから要らぬ」
信康は江津の欲の無い考えを不思議に思い、首をかしげたが、江津はクスッと微笑みかけた。
「私の目的は、とある神官に会うことだ。予言では甲斐国にその者は私を討伐しに来る。だから、私はその男と決着を付けようと思い、誘いに乗ったのだ」
「そうだったのか・・・。話に聞くに、その者もおそらく残党狩りを妨害する脅威になりかねないな。江津殿を狙うのであれば、事前に僕が始末しようか?」
信康は短銃を持ち答えたが、江津はそれも不要だと首を横に振った。
「卿は梅雪殿の事と、今後の残党狩りの策を考えているが良い。その男の事は私に任せよ。それより、報酬は要らぬが、十年以上も魂を糧にしていたのだ。甲斐の料理は食べたいと思っておる」
「あ・・そうだな。それなら江津殿はゆっくり城内で寛いでいてくれ。栄養たっぷりのほうとうや肉料理を支度しておくからな。落ち着いたら梅雪様と謁見する予定だ」
信康は江津を連れ城の中を案内した。二人にはそれぞれ思惑があった。
(罪人であろうとも、呪われた力を持つ者でも、利用出来る者は利用するまでだ)
(この者は危険を冒してまで私を脱獄させた。なぜ、信康はこれ程の力を持っても梅雪という大名に仕えているのか。梅雪がどういう器を持っているか見物だな)
二人はいずれ、御伽勇士達との戦いの中で悲しい真実を知り、心に変化が現れることに知る由もなかった。
完