番外編 湘のお話 人魚と船頭の悲恋の過去
真鶴はこぢんまりとした小屋に戻ると、大きな桶に海水を入れ、人魚を中に入れさせた。人魚の足に何か動物に噛まれた跡と血が流れていたので、急いで薬草を練り込んだ薬を塗り治療した。やっと意識が戻ってきた人魚は真鶴に礼を言った。
「人間さん・・・助けてくれて・・・ありがとうございます」
「大丈夫だよ、無理はしないで。俺の名前は真鶴。とりあえず元気になって良かったよ」
「真鶴さん・・・本当に助かりました。私の名前は凪沙(なぎさ)です・・・」
凪沙は少したどたどしい口調で真鶴に自己紹介をした。真鶴は笑顔で彼女に答えた。
「凪沙って名前、清々しくて海のように優しい名前だね。それと、そんな敬語で話さなくて良いよ。俺のことは真鶴で良いからさ」
凪沙は少し照れながら真鶴に頷いた。
「それにしても、三崎の磯に流されていたけど、何かに襲われた?」
真鶴は心配しながら凪沙に尋ねると、彼女は首を横に振った。
「いいえ・・・私がぼーっとしてたから、大きなお魚に噛まれちゃったみたいで・・・。私は、安房国からさらに南の海洋族の宮殿から来たの。陸の世界がどんな所か見て、冒険をしてみたくて。ですが、いすみ様に反対されて・・・それで言い争いになって宮殿を出て来たの・・・」
「いすみ様って?」
「私たち海洋族を束ねる海王神だよ。厳格な性格だけど、本当は誰よりも優しい王でもあるのよ」
「海王神もきっと君のことが心配で止めたんじゃないかな。だって今は戦国乱世。女性が1人で日ノ本を旅するのは危険だと思うよ・・・。」
真鶴が真剣に凪沙に現在の日ノ本の状況を説明すると、凪沙は納得はしていたが、それでも陸の世界への憧れを捨てきれずにいた。
「陸の世界はこんなにも怖いのね・・・でも、一度は屋台や甘味処で食べてみたり、寺社を巡ってみたかったのに・・・」
凪沙は落ち込んで下を向いていると、真鶴はそうだ!!と提案をした。
「それなら、明日は船頭の仕事休みだから、一緒に三浦や鎌倉を見物しに行こうか♪」
「え!!良いの・・・ですか?」
驚き戸惑っている凪沙の顔を見て、真鶴は無邪気な笑顔で言った。
「遠慮はいらねーぜ♪せっかく海の世界から来たんだ。今、この辺りは戦もしていないから安全だし、俺も久しぶりに小旅行もしたくなったからな」
「ありがとう、あとよろしくお願いします!!真鶴さん」
「あ・・・でもその足だと厳しいかなぁ?」
「それなら大丈夫ですよ、えい!!」
凪沙の紫色の鱗の足は消え、代わりに薄紫色の中振り袖の姿に変化し、人間の足が出現した。
「私は人間の姿にもなることが出来ます。ただ・・・あまり激しい運動をすると元に戻ってしまいますが」
真鶴は人間の姿となった凪沙に驚いていたのかそれとも・・見とれてしまったのか、言葉が出なく口が開きっぱなしだった。
次の日、真鶴と凪沙は三浦半島の西部、古都鎌倉を観光した。
「ここは300年以上前に鎌倉幕府を開いて栄えた都なんだよ」
「自然も多くて、優しい時間の流れる素敵な場所ね」
鎌倉の名所、鶴ヶ岡八幡宮やあじさいの咲き誇る寺などを回り、楽しい時間を過ごしていた。その後も、2人は次第に惹かれ合い、真鶴が船頭をする時に、凪沙も何か手伝いたいと一緒に船に乗り、人魚が得意な歌声を乗客に披露した。
「まぁ、素敵な歌声ね。子供達も喜んでいるわ」
「真鶴も隅に置けないなー。こんな別嬪さんと船に乗っているなんて」
「おいおい・・・皆でからかうなよ!!!」
真鶴は照れながらも、凪沙の歌声を嬉しそうに聞きながら櫓を操っていた。そして、夜に2人は三崎の海の神を祭る神社で愛を誓っていた。
「私は、真鶴さんと一緒になりたい・・・どうか、私の愛に応えて頂けないでしょうか?」
「凪沙・・・俺も君を愛している。ただ・・・昔話をしていいか?それから本当に俺で良いのか決めて欲しい」
真鶴は自分が三浦一族の末裔であることを話した。それにより、裕福な暮らしでは無く、ひっそりと質素な生活を送っている。しかし、真鶴には同時に夢もあった。彼は世界の7つの海を航海する事に憧れていた。
「俺は、北条家に恨みも無いし、仇を討とうとは考えてないよ。ただ、幸せな家庭を持って大好きな海を冒険したい。そんな俺で良ければ」
「とても素敵な夢よ、真鶴さん。私も運命の人と世界中の海を冒険したいと思っているの」
2人は互いに向き合って笑った。そして優しい口付けを交わした。この愛が永遠に続くと思っていた・・・。