店長のぼやきいろいろ

クリスマス小ネタです!(糖度低めかも)

2024/12/25 21:35


それは、12月24日の1週間前。

「井上は、やっぱりクリスマスはずっと仕事忙しいのか?」
「うん。ケーキ屋だからね。1年でいちばん忙しいよ。臨時のバイトさんを雇ってるぐらいだもん。黒崎くんは?」
「俺も、卒論を仕上げながら、同時に卒論発表に向けてパワポ作らなくちゃいけなくてさ。年明けてすぐに提出と発表が控えてるんだ。」
「そっかぁ。何だかカッコいい!でも、大学4年生ってやっぱり忙しいんだね。クリスマスもお正月も関係ないのは、うちの店と一緒だね。」

一護の手には、ABCookiesで買った朝食用のパン。
隣を歩く仕事上がりの織姫の髪は、ゆるく三つ編みされている。

夕日に照らされ、道路に長く伸びる、2人の影。
こうして直接顔を見ながら近況を話すのも、実は随分久しぶりで。

微妙な距離を開けて並ぶその影を見つめながら、一護はきゅっ…と静かに唇をかんだ。

互いの状況を話せば話すほど、「大学を卒業するまでは、お付き合いは保留」と言った織姫の言葉が正しかったことを改めて証明されているようで。

誰が悪いわけでもない。
自分の意志で選んだ道だ…それでもやっぱり、悔しかった。

自分と織姫、2人の置かれた立場を考えれば、「恋人同士の甘いクリスマス」なんて程遠い…そんなこと、とっくにわかっていた筈なのに…。

「でも…ね。」

俯きがちに歩く一護の隣で、しばらく黙ったまま歩いていた織姫が、少しの静寂のあと、白い息と共に、ふ…と言葉を紡ぐ。

「ん?」
「あたし…淋しくなんてないよ。だって、あたしがクリスマスにお仕事してるとき、黒崎くんも自分の為に一生懸命卒論を頑張っているんだなって思ったら、どんなに忙しくてもお仕事頑張れそうだもん。今年は、黒崎くんと一緒に頑張るクリスマス、だよ!」
「井上…。」

一護が隣を見下ろせば、自分を見上げ、ふわりと笑う織姫。
その柔らかな笑顔に嘘はなく、一護は呆気にとられ目を見開いた。

淋しくない、筈はないのに。
離れ離れの、クリスマスなのに。

それでも、そんな風に綺麗に笑えるのか…と。
一護の薄暗かった心に、ぽっ…と灯りが灯る。

「そういうのって、黒崎くんと、心が繋がってるみたいで素敵だな…な、なーんてね!えへへ!あ、そうだ!あのね、あたし、クリスマス前にまたマドレーヌ焼いて届けにいくね!ちょっと早めのクリスマスプレゼントですぞ!あとね、あと…!」
「い…井上!」

照れ隠しに、まるでマシンガンのように喋り出した織姫の言葉を遮る一護。
織姫がぴたりと口を閉じ、きょとんとして一護を見上げる。

一護は頭をガリガリっとかいたあと、胸ポケットからスマホを取り出し、時間を確認した。

「井上…今から少し時間あるか?」
「う…うん。特に予定はないよ?」

織姫の表情をちらりと伺ったあと、一護は真っ直ぐ道の先を見つめた。

「なぁ…今から、クリスマスプレゼント、買いに行かないか?」
「え?だ、誰の?」
「勿論、俺は井上に、井上は俺に。…去年マドレーヌもらった時も思ったんだ。井上のマドレーヌは確かに美味いし嬉しいけど、食うとなくなっちまうんだよな。だから、ちゃんと形に残せるプレゼント…お互いに渡し合えるといいなって。」
「黒崎くん…。」
「高価なモノじゃなくていいんだ。ただ、クリスマスにお互い離れて頑張ってるとき、それがあったら『繋がってるな』って、思えるんじゃないかな、って…。」
「…!」

一護を見上げる織姫の薄茶の瞳が見開かれ、僅かに揺れて。
そして、ふにゃり…と歪んだ。

「…素敵、かも。でも、形に残るものって…重くない?」
「やっぱ、そういうつまんねーこと気にしてたのか。ばぁか。重いわけねぇだろ。」
「うん…。」
「もっと自惚れろ。もう大学じゃ、オマエはとっくに俺の自慢のカノジョなんだから。」
「うん…。」
「来年のクリスマスは、きっと一緒にいられるから。俺が、そうしてみせる。」
「うん…。」

一護は、織姫の手をそっと取ると、きゅっ…と握りしめた。

「駅前の雑貨屋にでも行くか。何を強請るか、考えとけよ。」
「…ふふふ、黒崎くんもね。こう見えてもワタクシ、社会人ですから。少し前にボーナスもいただいているのですぞ!」
「そりゃ、とびきりのプレゼントが強請れそうだな。」

道路に伸びた長い影は、寄り添ったまま、空座駅の方へと向かっていったのだった。







「お兄ちゃん、今日は織姫ちゃんと約束してないの?」
「やっぱり、お店が忙しいのかな。」

12月24日。
一護がコーヒーを淹れに一階へ降りれば、リビングのソファに座っていた遊子と夏梨が同時に兄を振り返った。

「まぁな。今日も明日売るケーキを準備してから帰るって言ってたから、相当残業するんだろうぜ。」
「そっか。せっかくのクリスマスなのに、織姫ちゃんに会えなくて残念だね、一兄。」
「いいんだよ。俺だって、卒論発表の準備しないといけないんだし。」

そっけなく背中で語る兄に、妹達は顔を見合わせ溜め息をつく。
確かに、一護はここのところ部屋に籠もってパソコンと向き合ってばかりなのだ。

「…あれ、お兄ちゃん。そんなタンブラー持ってたっけ?」

コーヒーを淹れ、自室に戻ろうとする一護。
その手に収まった見慣れぬタンブラーを、遊子が指差す。

「ん?ああ、マグカップだと、すぐにコーヒーが冷めちまうからさ。保温性の高いやつ、買ってもらったんだ。」

そう言い残し、階段を上がっていく一護の足音は、疲れている筈なのにどこか軽やかだった。




「織姫ちゃん、クリーム塗れたよ!飾りつけよろしく!」
「はぁい!」

その頃、織姫は閉店したABCookiesで、明日販売するケーキを作っていた。

「あと少しで、明日の午前中に予約された分のケーキが出来上がる。残業させて悪いが、よろしく頼むよ。」
「はい!大丈夫ですよ、店長!」

そう笑顔で返した織姫は、コックコートの上から、胸元辺りを指でそっと探る。
そこにある小さな花の形を指先で辿り、織姫は笑みを零した。

「…ありがとう、黒崎くん。あたしも、頑張るよ。」





君がくれた、オレンジ色のタンブラー。
貴方が選んだ、六花のペンダント。


離れていても、2人を繋ぐ。




(2024.12.25)



アクセスしてくださった皆様にも、メリークリスマスです!


コメント

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  • 明夢2024/12/25 22:14

    素敵なお話をありがとうございました。
    心でつながるクリスマス、いいですね!

    また改めてご挨拶に伺おうとは思いますが、今年も一年おせわになりました。
    来年もどうぞよろしくお願いします。

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