怪人少年と夏休み
空欄の場合は ミョウジ ナマエ になります。
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その日の夜、お風呂を済ませ寝る準備をしていると、ナマエの携帯に叔母からの連絡があった。
『連絡するの遅くなっちゃってごめんね。どう、やっていけそう?』
「大丈夫だよ。石段登るの大変だったけど、周りの人も皆親切だし」
一人無愛想なのがいるけど、という言葉は言わずに飲み込んだ。それよりも母親の様子が気になって尋ねると、今は適切な治療を受けて落ち着いた状態でいるらしい。それを聞いて安心する。
『知ってる人がいなくて大変だと思うけど、ちゃんと夏休みの宿題はやんなきゃ駄目だよ?』
忘れていたかったことを思い出させられナマエはしかめっ面をした。
遊びは制限されているのに勉強だけはあるなんて。
「でも一人で部屋にこもって宿題ばっかりしてたら、頭おかしくなりそう」
ナマエが思わず情けない声を出すと、叔母は声を立てて笑った。
笑いごとじゃないのに、と頬を膨らませていると、思わぬ解決策を提案された。
『おじさんの道場って炊事洗濯とか、身の回りのことは住み込みの人がやってるんでしょ?勉強に飽きたらそのお手伝いさせてもらったら?』
後々自分の為にもなるし、と言われナマエは考えこんだ。自分の洗濯だけはやっているが、確かに住まわせてもらっている身で何もせずにいるのはよくないかもしれない。
そう思ったナマエは、翌朝食事の後でバングに相談してみた。
「おお、そうじゃな。人手があって困ることはないし、ナマエちゃんが良いなら手伝って貰えると助かる」
快諾され、さっそくその日の当番と一緒に作業をさせてもらうことになった。
道場の清掃については修行も兼ねて入門年数の浅い者が行っているが、住居の管理やその他の細々とした用事は住み込みの者が行っており、けっこう手間がかかるようで何人かで班が作られていた。その中にはガロウもおり、年が近いという理由でナマエの指導を命じられまたしても不満そうにしている。
「何でガキのおもりなんかしなきゃいけねーんだよ」
「まあそう言うな。これも修行の一環じゃ」
自分だってまだ年齢的には子どものくせに、と心の中で反論しながら、ナマエはガロウについて、早速掃除に取りかかった。しかし作業は予想外に難航した。
「まだ水気が残ってんだろうが、もっと固く絞れ」
「これくらい?」
「ああそんなもん…おい一回拭いたところ踏むなよ馬鹿」
母子家庭とはいえ、母親は家で仕事をしていたこともあり、ナマエは家事といってもごく簡単なお手伝いしかしたことがない。広い家屋の掃除や何人分もの洗濯をするのはなかなか骨が折れた。
小姑のように細かく指図するガロウに文句を言われながら掃除を終えた後も、洗ったばかりの洗濯ものは飛ばして地面に落とすわ、料理の下準備で包丁を使えば手を切りそうになるわ散々で、更にそのたびに悪態を付かれるのもけっこう堪えた。
「ほんっとにどんくせえ奴だな、それでも女かよ」
昨日から思っていたことだがちょっと口が悪過ぎないだろうか。
最初はいちいち真に受けて落ち込んでいたものの、ナマエは自分に原因があるのも棚にあげて段々むかっ腹を立て出した。
あのさあ、と前置きしてから、平然とこちらを見るガロウを睨み据える。
「これでも頑張ってやってるんだから、悪口ばっかり言わないでよ。それにそういう女だからどうとかっていうの男女差別っていうんだよ、知らないの?」
「あっそう。教えてくれてありがとよ」
片眉を上げて馬鹿にしたような顔をしたガロウを見て、ナマエは確信した。
見た目は多少大人びているかもしれないが、中身はクラスの男子と大差ない。こいつはガキだ。
何か問題を起こしてバングに迷惑をかけてはいけない、という思いから感情をセーブしていたが、このまま言いたい放題にされては敵わない。負けじと嫌味で応戦する。
「ガロウくんって大人気ないよね。なんか同い年と喋ってるみたい」
「お前と同い年ってことは小学生か?随分若く見られたもんだな」
「昨日私中二だって言ったけど!記憶力悪いんじゃない?」
「…あ?野菜もろくに切れねえ奴に言われたくねーんだよ」
争いは同じレベルの者同士でしか発生しない、という言葉をどちらかが知っていれば、もう少し冷静になれたのかもしれない。
しかしもはやお互いに相手を言い負かすことしか頭になかった二人は、徐々に聞くに耐えないものになっていくやり取りをしながら騒がしく仕事を進めた。
「だから左手はグーにしろっつってんだろ!指切り落としてえのか馬鹿」
「また馬鹿って言った!馬鹿って言った方が馬鹿なんだからね」
「ハァ?お前も今言ってんじゃねーか」
「私は今日これ一回目だもん、ガロウくんもう四回か五回目だよ」
「いちいち数えてんなよ、この陰険女」
仲良く喧嘩する兄妹のようなその姿を見て、周りの門下生が意外そうに目を見張っているのには、結局どちらも気付かないままだった。
ひと通りの作業を終え、本格的に調理に取りかかる他の班員と別れて、ガロウとナマエは破れた胴着の繕いをしていたが、波縫いくらいしか覚えていないナマエはこれまた苦戦していた。
「なにこれ、どうなってんの…いった!」
無理やり針を通そうとして、勢いあまって自分の指を突き刺したナマエは弾かれたように飛び上がった。血の滲んだ指を咥えていると、声を聞きつけたガロウがナマエの手から繕いかけの胴着を奪い取った。
「何やってんだよ、貸せ…お前これ…何をどうしたらこうなるんだよ」
糸が絡まって何がなんだかわからない状態になっている縫い目を見てガロウは絶句すると、ため息をついて途中まで縫いかけた糸を解いていく。
「だって裁縫なんか家庭科の授業でしかやったことないもん」
決まりの悪い思いで見ていると、最初から縫い直しをしているらしいガロウの手の動きは、全く淀みがなくすいすいと動いている。本当に同じ作業をしているのか信じられず手元を覗き込むと、まるで手品のように破れた胴着の穴が塞がっていく。
「ガロウくん器用だね」
「お前が不器用過ぎるだけ」
「せっかく褒めたのに」
そのままナマエがじっと見ていると、ガロウは少し戸惑ったような雰囲気になった。
「あとやっとくから向こういけよ。見られてると気が散る」
顔には全く出ていないが、もしかして照れているんだろうか。
先ほどの不毛な言い争いは結局勝敗がつかなかったので、ガロウにやり返せる隙を見つけた気がしてナマエは少し嬉しくなった。
「いいじゃん。どうやってやるのか見せてよ」
「見てるだけで上手くなるなら世話ねえよ」
調子にのって更にのぞき込むと辛辣に返され、ナマエはムッとして黙り込んだ。それを面白がっているのか、よくみるとガロウの口の端が僅かに上がっている。
ほんと可愛くないなぁ、と思いながら、ナマエはガロウの手の動きの繊細さに思わず見入った。まだ少年といえる年齢だからなのか、ガロウの手は男性にしては節くれだっておらず、綺麗な手だな、とナマエは思った。自分よりも指が長いのが羨ましい。こうして針と糸を操っていると、とても武道をやっている手には見えなかった。
彼の生まれもった気性も、本当はとても繊細で優しいのではないか。
ナマエはなんとなくそう思った。
今日だって散々悪態をつきながらも、ナマエを突き放そうとはせず面倒をみてくれた。
(ガロウくんは、どうして武道なんか始めたんだろう?)
昨日稽古場でも考えたことがまた気になり出したが、結局何も言えずナマエはガロウの手元を見つめていた。
『連絡するの遅くなっちゃってごめんね。どう、やっていけそう?』
「大丈夫だよ。石段登るの大変だったけど、周りの人も皆親切だし」
一人無愛想なのがいるけど、という言葉は言わずに飲み込んだ。それよりも母親の様子が気になって尋ねると、今は適切な治療を受けて落ち着いた状態でいるらしい。それを聞いて安心する。
『知ってる人がいなくて大変だと思うけど、ちゃんと夏休みの宿題はやんなきゃ駄目だよ?』
忘れていたかったことを思い出させられナマエはしかめっ面をした。
遊びは制限されているのに勉強だけはあるなんて。
「でも一人で部屋にこもって宿題ばっかりしてたら、頭おかしくなりそう」
ナマエが思わず情けない声を出すと、叔母は声を立てて笑った。
笑いごとじゃないのに、と頬を膨らませていると、思わぬ解決策を提案された。
『おじさんの道場って炊事洗濯とか、身の回りのことは住み込みの人がやってるんでしょ?勉強に飽きたらそのお手伝いさせてもらったら?』
後々自分の為にもなるし、と言われナマエは考えこんだ。自分の洗濯だけはやっているが、確かに住まわせてもらっている身で何もせずにいるのはよくないかもしれない。
そう思ったナマエは、翌朝食事の後でバングに相談してみた。
「おお、そうじゃな。人手があって困ることはないし、ナマエちゃんが良いなら手伝って貰えると助かる」
快諾され、さっそくその日の当番と一緒に作業をさせてもらうことになった。
道場の清掃については修行も兼ねて入門年数の浅い者が行っているが、住居の管理やその他の細々とした用事は住み込みの者が行っており、けっこう手間がかかるようで何人かで班が作られていた。その中にはガロウもおり、年が近いという理由でナマエの指導を命じられまたしても不満そうにしている。
「何でガキのおもりなんかしなきゃいけねーんだよ」
「まあそう言うな。これも修行の一環じゃ」
自分だってまだ年齢的には子どものくせに、と心の中で反論しながら、ナマエはガロウについて、早速掃除に取りかかった。しかし作業は予想外に難航した。
「まだ水気が残ってんだろうが、もっと固く絞れ」
「これくらい?」
「ああそんなもん…おい一回拭いたところ踏むなよ馬鹿」
母子家庭とはいえ、母親は家で仕事をしていたこともあり、ナマエは家事といってもごく簡単なお手伝いしかしたことがない。広い家屋の掃除や何人分もの洗濯をするのはなかなか骨が折れた。
小姑のように細かく指図するガロウに文句を言われながら掃除を終えた後も、洗ったばかりの洗濯ものは飛ばして地面に落とすわ、料理の下準備で包丁を使えば手を切りそうになるわ散々で、更にそのたびに悪態を付かれるのもけっこう堪えた。
「ほんっとにどんくせえ奴だな、それでも女かよ」
昨日から思っていたことだがちょっと口が悪過ぎないだろうか。
最初はいちいち真に受けて落ち込んでいたものの、ナマエは自分に原因があるのも棚にあげて段々むかっ腹を立て出した。
あのさあ、と前置きしてから、平然とこちらを見るガロウを睨み据える。
「これでも頑張ってやってるんだから、悪口ばっかり言わないでよ。それにそういう女だからどうとかっていうの男女差別っていうんだよ、知らないの?」
「あっそう。教えてくれてありがとよ」
片眉を上げて馬鹿にしたような顔をしたガロウを見て、ナマエは確信した。
見た目は多少大人びているかもしれないが、中身はクラスの男子と大差ない。こいつはガキだ。
何か問題を起こしてバングに迷惑をかけてはいけない、という思いから感情をセーブしていたが、このまま言いたい放題にされては敵わない。負けじと嫌味で応戦する。
「ガロウくんって大人気ないよね。なんか同い年と喋ってるみたい」
「お前と同い年ってことは小学生か?随分若く見られたもんだな」
「昨日私中二だって言ったけど!記憶力悪いんじゃない?」
「…あ?野菜もろくに切れねえ奴に言われたくねーんだよ」
争いは同じレベルの者同士でしか発生しない、という言葉をどちらかが知っていれば、もう少し冷静になれたのかもしれない。
しかしもはやお互いに相手を言い負かすことしか頭になかった二人は、徐々に聞くに耐えないものになっていくやり取りをしながら騒がしく仕事を進めた。
「だから左手はグーにしろっつってんだろ!指切り落としてえのか馬鹿」
「また馬鹿って言った!馬鹿って言った方が馬鹿なんだからね」
「ハァ?お前も今言ってんじゃねーか」
「私は今日これ一回目だもん、ガロウくんもう四回か五回目だよ」
「いちいち数えてんなよ、この陰険女」
仲良く喧嘩する兄妹のようなその姿を見て、周りの門下生が意外そうに目を見張っているのには、結局どちらも気付かないままだった。
ひと通りの作業を終え、本格的に調理に取りかかる他の班員と別れて、ガロウとナマエは破れた胴着の繕いをしていたが、波縫いくらいしか覚えていないナマエはこれまた苦戦していた。
「なにこれ、どうなってんの…いった!」
無理やり針を通そうとして、勢いあまって自分の指を突き刺したナマエは弾かれたように飛び上がった。血の滲んだ指を咥えていると、声を聞きつけたガロウがナマエの手から繕いかけの胴着を奪い取った。
「何やってんだよ、貸せ…お前これ…何をどうしたらこうなるんだよ」
糸が絡まって何がなんだかわからない状態になっている縫い目を見てガロウは絶句すると、ため息をついて途中まで縫いかけた糸を解いていく。
「だって裁縫なんか家庭科の授業でしかやったことないもん」
決まりの悪い思いで見ていると、最初から縫い直しをしているらしいガロウの手の動きは、全く淀みがなくすいすいと動いている。本当に同じ作業をしているのか信じられず手元を覗き込むと、まるで手品のように破れた胴着の穴が塞がっていく。
「ガロウくん器用だね」
「お前が不器用過ぎるだけ」
「せっかく褒めたのに」
そのままナマエがじっと見ていると、ガロウは少し戸惑ったような雰囲気になった。
「あとやっとくから向こういけよ。見られてると気が散る」
顔には全く出ていないが、もしかして照れているんだろうか。
先ほどの不毛な言い争いは結局勝敗がつかなかったので、ガロウにやり返せる隙を見つけた気がしてナマエは少し嬉しくなった。
「いいじゃん。どうやってやるのか見せてよ」
「見てるだけで上手くなるなら世話ねえよ」
調子にのって更にのぞき込むと辛辣に返され、ナマエはムッとして黙り込んだ。それを面白がっているのか、よくみるとガロウの口の端が僅かに上がっている。
ほんと可愛くないなぁ、と思いながら、ナマエはガロウの手の動きの繊細さに思わず見入った。まだ少年といえる年齢だからなのか、ガロウの手は男性にしては節くれだっておらず、綺麗な手だな、とナマエは思った。自分よりも指が長いのが羨ましい。こうして針と糸を操っていると、とても武道をやっている手には見えなかった。
彼の生まれもった気性も、本当はとても繊細で優しいのではないか。
ナマエはなんとなくそう思った。
今日だって散々悪態をつきながらも、ナマエを突き放そうとはせず面倒をみてくれた。
(ガロウくんは、どうして武道なんか始めたんだろう?)
昨日稽古場でも考えたことがまた気になり出したが、結局何も言えずナマエはガロウの手元を見つめていた。