8.それでもあなたと
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扉が開く音にナマエが振り向くと、そこには童帝が立っていた。
「具合はどう?」
「もう平気だよ、手当てしてもらったし。頭を殴られたからあとはCTスキャンがあるけど、その結果が問題なければ帰って良いって」
「そっか、本当災難だったね…」
「でも童帝くん達が助けてくれたから。本当にありがとうね」
童帝は礼を言われぎこちなく笑い返した。聞けばナマエは一方的にやられるゾンビマンを案じて抵抗した結果、余計に暴力を受けたのだという。何らかの手段で別働隊が向かっていることを知らせられれば、彼女を安心させられたかもしれないと思うと胸が痛む。顔に貼られたガーゼと頭の包帯が痛々しかった。
あの後、ナマエは救護班に引き渡されて応急処置を受け、そのままヒーロー協会系列の病院に運ばれていた。目を覚ますと既に日が高く登っており、会社に何の連絡も入れていないことに気づいて真っ青になった。幸いナマエの荷物は拉致された時の車に残されており、携帯も無事だった。恐る恐る電話をすると、初めて無断欠勤をしたとあって、何かの事故に巻き込まれたのではとえらく心配をかけていたらしい。事故というか事件だし、危うく死にかけたが、マスコミにはこのことは公表されていないらしく、包み隠さず話しても大騒ぎになりそうだった。だから軽い事故に遭い大事を取って病院で検査を受けることになったと話すと、今日はもう休んでいいということになった。
頭の傷以外はごく軽傷だったので、ベッドからも起き、暇を持て余して窓からの景色を眺めていたところだった。秋晴れの空の下、いつもと変わりない日常の風景を見ていると、昨夜のことは夢だったのではないかという気がしてくる。
「それじゃ僕、まだ事後処理があるから戻るね。来たばっかりで悪いけど」
「ううん、わざわざ来てくれてありがとう」
ナマエと違って彼は昨夜からずっと寝ていないだろう。ここは協会本部から程近くだが、忙しい合間を縫って様子を見にきてくれたことに申し訳なく、そして嬉しくなる。普通の大人よりも遥かに頭が良いのに、年相応の柔らかな精神をどこかに残したこの少年のことがナマエは好きだった。
「いや、僕もついでがあったんだ。昨日の犯人達の一部もここに運ばれてきてるし。あと、ゾンビマンさんが体に残った銃弾を取り除きに病院にいくっていうから」
「え、ここに来てるの?」
目が覚めた時からずっと気になっていたことだった。昨夜無事な姿を見て安心してから、いつの間にか泣き疲れて眠っていたらしく、ろくにお礼も言えていない。多分忙しいのだろうと思って邪魔をしないよう、付き添いでいてくれた協会職員にも聞かないようにしていたが。
「あー…やっぱり顔見せてないんだね」
童帝は何故か困ったように苦笑している。
その表情を見て、もしかして疎ましがられているんだろうか、とナマエの頭にひとつの可能性が浮かんだ。一方的に告白され困らせられ、更にその相手が原因で散々痛い目に合わされ、挙げ句の果てに子供のように大泣きしてそのまま寝られたら、もう関わるのが面倒くさくなっても無理はない。
「私には会いたくないのかな…」
表情を曇らせたナマエに童帝は大いに慌て、また突っ込みたくなった。どういう思考の変遷を辿ったのかわからないが、この期に及んで何を言っているのか。
「いやいやそういうんじゃなくて、彼も責任を感じやすい質だから」
特にあなたが相手の場合は、という言葉はややこしくなるので言わないでおいた。
「責任?」
「ほら、今回のテロリスト達の動機はゾンビマンさんへの私怨だったでしょ?」
そういわれて初めて、ナマエは成る程という顔をしている。
この2人はお互いを大事に思い過ぎて時々本質を見失ってるなぁ、と鋭い観察眼で童帝は分析した。このところゾンビマンもずっと協会に詰めているようだったが、恐らく似たようなことが原因だろうと思っていた。悪いことじゃないけど、もう少しどちらもわがままになっても良いんじゃないかと思う。
「ゾンビマンさんは処置を受けるまでしばらく時間がかかることになって、屋上に行ったよ」
促すように言うと、ナマエは椅子から腰を浮かせたものの、しかしまた逡巡し始めた。
「今私が行っても大丈夫かな」
「うん、話し相手もいないし暇だって言ってたから。是非行ってあげて」
そこまで言ってやっと、わかった、と決心したナマエと一緒に病室を出、階段の所で別れた。本当に手のかかる大人達だなぁとこっそりため息をつく。この年でお節介おばさんみたいなことをする羽目になるとは思わなかった。
(うまく行ったら、今度ゾンビマンさんにパフェ奢って貰おう)
屋上に続く扉を押し開けると、新鮮な外の空気にナマエは深呼吸をした。
少し空気は冷たいが、気持ち良い程に空は晴れ渡っている。
最初、物干しのところの洗濯物以外には何も見当たらなかったが、はためくシーツの影に見知った背中を見つけた。
扉の開く音で誰か来たことはわかっていたのか、背中ごしに振り返ったゾンビマンは、ナマエの姿を認めると不意を付かれたような顔になった。なんとなく歓迎されていない気がしたが、ここまで来て引き返すわけにもいかず、そのまま彼のいるフェンス際まで近づいて隣に立つと、ゾンビマンは何とも言えない顔をしてナマエを見下ろした。
「…病み上がりでこんなところに来るなよ。体に障るぞ」
「病み上がりって、ちょっとした怪我ですよ。それに今日は晴れてるし」
しかし急に屋外に出たことで冷えたのか、小さなくしゃみがでた。言わんこっちゃねえ、とゾンビマンは着ていたコートを脱ぎナマエに着せかけた。遠慮しようとしたが、有無を言わせない強い調子に仕方なく折れる。今日は中に半袖を着ていたらしく安心した。もしタンクトップだったら力ずくにでも返すところだった。
ゾンビマンが今まで吸っていたらしい煙草をさりげなく消すのを横目で見る。いつだったか気が付いたことだが、ゾンビマンはナマエが近くにいる時には煙草を吸わないようにしているらしかった。
本当にいつだって彼は優しい。もう振られてからだいぶ経つというのに、好きだという気持ちは一向に消えそうにない。それどころかどんどん強くなるようだった。余計なことを考え始めた自分に気付き、ナマエは忘れないうちに本来の目的を果たすことにした。
「あの、昨夜はありがとうございました。あとごめんなさい」
「なんだ、わざわざそれを言いにきたのか」
「だっていろいろ痛い目にも合わせたし…」
まるでナマエ自身がゾンビマンを拷問したかのような言い方になっているが、本人は気づいているのかいないのかしょんぼりしている。
それを見て、ゾンビマンは困ったように頭をかいた。
「俺の身から出たサビみたいなもんだろ。むしろ巻き込んだのはこっちの方だ」
「ゾンビマンさんの方がいっぱい怪我したじゃないですか」
「もう治ったからノーカンだ。今はお前の方が軽傷者、俺は健康体だ」
ナマエはそれを聞いて、突き放されたような気持ちになった。
もし傷の治りが人並みだったなら、彼は健康体などではなく、今まで何回死んでいるかわからないだろう。
それなのにその痛みは全て無かったことになってしまう。
これから先もそうやってなんでもないような顔をして、誰も知らないいくつもの傷を抱えながら、一人で年を取らないまま彼は生きていく。
わかっている、どうすることもできないことは。
自分の無力さは昨夜嫌というほど思い知らされた。力になるどころか重荷にしかならない。もし自分に力があったとしてもどの道先に死ぬし、その後彼は一人になる。
無い物ねだりだとわかっているのに、側にいたい、どうにか支えになりたいと思ってしまう。まるで子どものわがままだった。ナマエは目に涙が溢れるのを感じてまずいな、と思った。
案の定ナマエの頬を伝う涙を見て、ゾンビマンはぎょっとした顔をしている。汚してしまう、と悪く思いつつコートの袖で顔を拭うが、堰を切ったように溢れ出した涙は、止めようとすればするほど逆効果のようだった。
「すみません…何でもないんです。すぐ止まりますから」
「いや、無理するな。まだ精神的ショックが残ってるんだろ。あの場はそうするしかなかったとはいえ、とんでもないもん見せたからな」
ゾンビマンはナマエの涙の原因は昨日の凄惨な光景だと思っているらしかった。
また気を使わせてしまっている。
「違うんです、ゾンビマンさんは全然悪くない」
余計に困らせることになるとわかっていても、不甲斐なさからこぼれる本心を止められなかった。
「何にもできないのが悲しくて…」
「…」
「ゾンビマンさんに痛い思いも、寂しい思いもしてほしくないんです。誰よりも幸せになってほしい。でもどうしたらいいのかわからなくて…」
みっともないことをしている、とナマエは思った。一度振られた相手に泣いて縋るなんて。
初めて本当に好きになった相手なのに何ひとつうまくいかない。やっぱり自分は恋愛が下手くそだ。
「具合はどう?」
「もう平気だよ、手当てしてもらったし。頭を殴られたからあとはCTスキャンがあるけど、その結果が問題なければ帰って良いって」
「そっか、本当災難だったね…」
「でも童帝くん達が助けてくれたから。本当にありがとうね」
童帝は礼を言われぎこちなく笑い返した。聞けばナマエは一方的にやられるゾンビマンを案じて抵抗した結果、余計に暴力を受けたのだという。何らかの手段で別働隊が向かっていることを知らせられれば、彼女を安心させられたかもしれないと思うと胸が痛む。顔に貼られたガーゼと頭の包帯が痛々しかった。
あの後、ナマエは救護班に引き渡されて応急処置を受け、そのままヒーロー協会系列の病院に運ばれていた。目を覚ますと既に日が高く登っており、会社に何の連絡も入れていないことに気づいて真っ青になった。幸いナマエの荷物は拉致された時の車に残されており、携帯も無事だった。恐る恐る電話をすると、初めて無断欠勤をしたとあって、何かの事故に巻き込まれたのではとえらく心配をかけていたらしい。事故というか事件だし、危うく死にかけたが、マスコミにはこのことは公表されていないらしく、包み隠さず話しても大騒ぎになりそうだった。だから軽い事故に遭い大事を取って病院で検査を受けることになったと話すと、今日はもう休んでいいということになった。
頭の傷以外はごく軽傷だったので、ベッドからも起き、暇を持て余して窓からの景色を眺めていたところだった。秋晴れの空の下、いつもと変わりない日常の風景を見ていると、昨夜のことは夢だったのではないかという気がしてくる。
「それじゃ僕、まだ事後処理があるから戻るね。来たばっかりで悪いけど」
「ううん、わざわざ来てくれてありがとう」
ナマエと違って彼は昨夜からずっと寝ていないだろう。ここは協会本部から程近くだが、忙しい合間を縫って様子を見にきてくれたことに申し訳なく、そして嬉しくなる。普通の大人よりも遥かに頭が良いのに、年相応の柔らかな精神をどこかに残したこの少年のことがナマエは好きだった。
「いや、僕もついでがあったんだ。昨日の犯人達の一部もここに運ばれてきてるし。あと、ゾンビマンさんが体に残った銃弾を取り除きに病院にいくっていうから」
「え、ここに来てるの?」
目が覚めた時からずっと気になっていたことだった。昨夜無事な姿を見て安心してから、いつの間にか泣き疲れて眠っていたらしく、ろくにお礼も言えていない。多分忙しいのだろうと思って邪魔をしないよう、付き添いでいてくれた協会職員にも聞かないようにしていたが。
「あー…やっぱり顔見せてないんだね」
童帝は何故か困ったように苦笑している。
その表情を見て、もしかして疎ましがられているんだろうか、とナマエの頭にひとつの可能性が浮かんだ。一方的に告白され困らせられ、更にその相手が原因で散々痛い目に合わされ、挙げ句の果てに子供のように大泣きしてそのまま寝られたら、もう関わるのが面倒くさくなっても無理はない。
「私には会いたくないのかな…」
表情を曇らせたナマエに童帝は大いに慌て、また突っ込みたくなった。どういう思考の変遷を辿ったのかわからないが、この期に及んで何を言っているのか。
「いやいやそういうんじゃなくて、彼も責任を感じやすい質だから」
特にあなたが相手の場合は、という言葉はややこしくなるので言わないでおいた。
「責任?」
「ほら、今回のテロリスト達の動機はゾンビマンさんへの私怨だったでしょ?」
そういわれて初めて、ナマエは成る程という顔をしている。
この2人はお互いを大事に思い過ぎて時々本質を見失ってるなぁ、と鋭い観察眼で童帝は分析した。このところゾンビマンもずっと協会に詰めているようだったが、恐らく似たようなことが原因だろうと思っていた。悪いことじゃないけど、もう少しどちらもわがままになっても良いんじゃないかと思う。
「ゾンビマンさんは処置を受けるまでしばらく時間がかかることになって、屋上に行ったよ」
促すように言うと、ナマエは椅子から腰を浮かせたものの、しかしまた逡巡し始めた。
「今私が行っても大丈夫かな」
「うん、話し相手もいないし暇だって言ってたから。是非行ってあげて」
そこまで言ってやっと、わかった、と決心したナマエと一緒に病室を出、階段の所で別れた。本当に手のかかる大人達だなぁとこっそりため息をつく。この年でお節介おばさんみたいなことをする羽目になるとは思わなかった。
(うまく行ったら、今度ゾンビマンさんにパフェ奢って貰おう)
屋上に続く扉を押し開けると、新鮮な外の空気にナマエは深呼吸をした。
少し空気は冷たいが、気持ち良い程に空は晴れ渡っている。
最初、物干しのところの洗濯物以外には何も見当たらなかったが、はためくシーツの影に見知った背中を見つけた。
扉の開く音で誰か来たことはわかっていたのか、背中ごしに振り返ったゾンビマンは、ナマエの姿を認めると不意を付かれたような顔になった。なんとなく歓迎されていない気がしたが、ここまで来て引き返すわけにもいかず、そのまま彼のいるフェンス際まで近づいて隣に立つと、ゾンビマンは何とも言えない顔をしてナマエを見下ろした。
「…病み上がりでこんなところに来るなよ。体に障るぞ」
「病み上がりって、ちょっとした怪我ですよ。それに今日は晴れてるし」
しかし急に屋外に出たことで冷えたのか、小さなくしゃみがでた。言わんこっちゃねえ、とゾンビマンは着ていたコートを脱ぎナマエに着せかけた。遠慮しようとしたが、有無を言わせない強い調子に仕方なく折れる。今日は中に半袖を着ていたらしく安心した。もしタンクトップだったら力ずくにでも返すところだった。
ゾンビマンが今まで吸っていたらしい煙草をさりげなく消すのを横目で見る。いつだったか気が付いたことだが、ゾンビマンはナマエが近くにいる時には煙草を吸わないようにしているらしかった。
本当にいつだって彼は優しい。もう振られてからだいぶ経つというのに、好きだという気持ちは一向に消えそうにない。それどころかどんどん強くなるようだった。余計なことを考え始めた自分に気付き、ナマエは忘れないうちに本来の目的を果たすことにした。
「あの、昨夜はありがとうございました。あとごめんなさい」
「なんだ、わざわざそれを言いにきたのか」
「だっていろいろ痛い目にも合わせたし…」
まるでナマエ自身がゾンビマンを拷問したかのような言い方になっているが、本人は気づいているのかいないのかしょんぼりしている。
それを見て、ゾンビマンは困ったように頭をかいた。
「俺の身から出たサビみたいなもんだろ。むしろ巻き込んだのはこっちの方だ」
「ゾンビマンさんの方がいっぱい怪我したじゃないですか」
「もう治ったからノーカンだ。今はお前の方が軽傷者、俺は健康体だ」
ナマエはそれを聞いて、突き放されたような気持ちになった。
もし傷の治りが人並みだったなら、彼は健康体などではなく、今まで何回死んでいるかわからないだろう。
それなのにその痛みは全て無かったことになってしまう。
これから先もそうやってなんでもないような顔をして、誰も知らないいくつもの傷を抱えながら、一人で年を取らないまま彼は生きていく。
わかっている、どうすることもできないことは。
自分の無力さは昨夜嫌というほど思い知らされた。力になるどころか重荷にしかならない。もし自分に力があったとしてもどの道先に死ぬし、その後彼は一人になる。
無い物ねだりだとわかっているのに、側にいたい、どうにか支えになりたいと思ってしまう。まるで子どものわがままだった。ナマエは目に涙が溢れるのを感じてまずいな、と思った。
案の定ナマエの頬を伝う涙を見て、ゾンビマンはぎょっとした顔をしている。汚してしまう、と悪く思いつつコートの袖で顔を拭うが、堰を切ったように溢れ出した涙は、止めようとすればするほど逆効果のようだった。
「すみません…何でもないんです。すぐ止まりますから」
「いや、無理するな。まだ精神的ショックが残ってるんだろ。あの場はそうするしかなかったとはいえ、とんでもないもん見せたからな」
ゾンビマンはナマエの涙の原因は昨日の凄惨な光景だと思っているらしかった。
また気を使わせてしまっている。
「違うんです、ゾンビマンさんは全然悪くない」
余計に困らせることになるとわかっていても、不甲斐なさからこぼれる本心を止められなかった。
「何にもできないのが悲しくて…」
「…」
「ゾンビマンさんに痛い思いも、寂しい思いもしてほしくないんです。誰よりも幸せになってほしい。でもどうしたらいいのかわからなくて…」
みっともないことをしている、とナマエは思った。一度振られた相手に泣いて縋るなんて。
初めて本当に好きになった相手なのに何ひとつうまくいかない。やっぱり自分は恋愛が下手くそだ。