8.それでもあなたと
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その時ゾンビマンは、ナマエが自分へ向ける感情の根源がやっと理解できた気がした。
『幸せになってほしい』
この身体になってから、考えもしなかったことだった。
どうして自分なんかの為にそこまで、というのは聞くだけ野暮というものだろう。
その理由は既に本人から聞いたし、自分自身がはねのけた筈だった。
もう無理だな、と心のどこかで思った。
振り払っても振り払っても、ナマエのことを好きだと思う気持ちからは逃れられそうにない。
人間と呼べるのかもわからない自分に、何故人並みの感情が残っているのか、呪わしく思ったこともあった。しかしここまで自分のことを思ってくれる相手に、同じ気持ちを返せるのならそれで良かったのかもしれない。
普通の幸せが与えられなくても、一緒に死ぬことができなくても、隣に居てもいいんだろうか。一度はこちらから振りほどいてしまったが、この手を取ってくれるだろうか。
まだ目元を抑えたままのナマエを、ゾンビマンはぎこちなく引き寄せた。
突然のことに顔を上げようとするのを制するように、そのまま強く抱きしめる。
「ゾ、ゾンビマンさん」
「…あのな、俺はもうとっくに幸せなんだよ」
ナマエの体は小さくて暖かい。何物にも代え難い宝物のようだった。
「好きになった女にここまで思われてるんだ。幸せじゃないわけねえだろ」
腕の中のナマエが驚いたように身じろぎした。ぐいぐいと体を手で押して顔をあげようとするのを、力を込めて阻止する。
「えっ…今好きって…ちょっと、離して下さい」
「顔見られたくないんだよ、わかれよ」
「どうしてですか」
「…かっこ悪いだろ、いろいろと」
一度振ったくせに調子が良すぎる、煮え切らない、相手の好意に甘えている等の非難を浴びても仕方ないことをしているのは、自分でもわかっていた。今更取り繕っても仕方ないが、なけなしの体面というものがある。
しかし、ナマエの次の言葉にゾンビマンは撃沈した。
「…振られた時私はそれよりももっとかっこ悪い思いしたのに」
痛いところを突かれ、腕の力が緩んだ隙に体を離される。少しムッとした顔のナマエがこちらを見上げていた。恐らく今の自分は相当情けない顔をしているだろう。
「本当ですか、さっきの」
「…ああ」
「側に居てもいいんですか…私何にもできないのに」
「お前こそまた怖い思いするかもしれないぞ」
「そんなの…それに私は確実にゾンビマンさんより先に死ぬんですよ、どんどん老けるし」
「お前は婆さんになっても可愛いまんまだろ」
『可愛い』という言葉に照れて黙ってしまったナマエを見ながら、何だこの逆押し売りみたいなやり取りは、とゾンビマンは冷静になった頭で考えた。幸せになってほしいと思っているのはお互い様だった。なんだか無駄に遠回りをしたような気がする。
それでも、ゾンビマンが自分の気持ちに正直になるには必要な時間だったのだと思う。
「自分でも勝手なことを言ってると思う。でもな…お前と一緒なら一人になった後のことをそれほど怖がらずに生きていける気がするんだよ」
いつかこの選択を後悔するのだとしても、その後悔ごと共に生きた記憶を愛せるようになる。そんな気がした。
誰しも後悔の無い人生など、どうしたって歩めはしない。
それなら自分のことを一心に思ってくれる人の気持ちに応えたかった。
「俺もナマエのことが好きだ。お前さえ良ければ、俺と一緒に生きてくれるか」
「…そんなの、そんなの良いに決まってるじゃないですか」
答えるナマエの目からはまた涙が零れ落ちていく。
俺はこいつのことを泣かせてばかりいるな、とゾンビマンは思った。これからはそれを帳消しにするくらい笑わせれば良い。
「幸せにします、絶対幸せにしますからね」
ぼろぼろと涙を流しながらナマエが言うのを聞いて、それを言うのは逆じゃないか、とゾンビマンは思った。
自分の方が年上で男なのに、やられっ放しな気がして少し悔しい。
ゾンビマンは指の腹で涙を拭ってやりながら体を屈めると、不思議そうな顔をしているナマエの唇に重ねるだけのキスをした。ナマエはしばらく呆然としていたが、急に我に帰って目を見開いた。
「…えっ」
見る間に顔が赤くなっていく。もしかしなくても照れているらしいナマエに、ゾンビマンは怪訝な表情になるのを抑えられなかった。
あれだけいろいろ言っておいて今更それなのか。
「何だよ」
「あっいえ別に…いきなりでちょっとびっくりしたというか、こういうのはもっとじわじわ来るのかなと思ってたので」
じわじわってなんだ。意味がわからない。
もう一回しようとしている気配を察知しているのか、ナマエはジリジリと距離を取ろうとしている。
「ど、どうしてこっちに来るんですか」
「お前が逃げるからだろ」
「ちょっと距離を置きたいだけなんです」
「付き合って3分も経ってないのに距離置くのかよ」
近づこうとするゾンビマンに対抗して、ナマエは体の前に手を突き出すように構え、一定の距離を保ったまま後退りをしている。確かこういう競技があった気がするが、間違っても付き合いたての恋人同士がやることじゃないだろう。そのまま睨み合っていると、屋上の扉が開く音がした。2人揃って振り向くと、看護士が顔を出しており、ナマエの姿を見つけるや否や声をあげ近づいてくる。
「あっ、そうだ何も言わずに出てきたんだった」
まだ検査があって、とナマエはこれ幸いとばかりに上着を脱いで押し付けてきた。そのまま看護士に平謝りしながらさっさと去っていこうとする背中に、捨て台詞ならぬ捨てられ台詞を投げかける。
「家は隣だからな。逃げられると思うなよ」
「うう…はい」
途中で転びそうになりながらギクシャクと歩き去るナマエの後ろ姿を見送ると、ゾンビマンはため息をついた。頼りないんだか度胸があるんだかわからない奴だと思う。
時間を確認しようと携帯を取り出すと、メッセージが届いていた。何かと思い表示させると童帝からで、どうせうまくいったと思うけど、もしそうでないなら泣き言を聞いてやるからどちらにせよ甘味を奢れ、という主旨のことが書いてあった。多分そうではないか思っていたが、ナマエがここへ来たのは童帝の差し金らしい。以前初めて彼がナマエと会った時に、意味深なことを言われたのを思い出す。聡い少年であることは十分過ぎるほど知っているが、どこまで、そしていつからお見通しだったのか少し気になった。
自覚はなかったが、自分はナマエに出会って以来慣れない感情に振り回されっぱなしだったのだろう。そしてきっとこれからもそうだ。しかしそれでも良いとゾンビマンは思った。期限の無い人生は空虚なまま孤独に生きるには長すぎる。
さしあたっては、かなりの恥ずかしがり屋らしいにナマエに円滑にスキンシップを取るにはどうしたら良いか、考える必要がある。
眉間に皺を寄せ、誰かが聞いたら呆れ返りそうな内容で頭を悩ませるゾンビマンは、間違いなく今幸福だった。
(終わり)
『幸せになってほしい』
この身体になってから、考えもしなかったことだった。
どうして自分なんかの為にそこまで、というのは聞くだけ野暮というものだろう。
その理由は既に本人から聞いたし、自分自身がはねのけた筈だった。
もう無理だな、と心のどこかで思った。
振り払っても振り払っても、ナマエのことを好きだと思う気持ちからは逃れられそうにない。
人間と呼べるのかもわからない自分に、何故人並みの感情が残っているのか、呪わしく思ったこともあった。しかしここまで自分のことを思ってくれる相手に、同じ気持ちを返せるのならそれで良かったのかもしれない。
普通の幸せが与えられなくても、一緒に死ぬことができなくても、隣に居てもいいんだろうか。一度はこちらから振りほどいてしまったが、この手を取ってくれるだろうか。
まだ目元を抑えたままのナマエを、ゾンビマンはぎこちなく引き寄せた。
突然のことに顔を上げようとするのを制するように、そのまま強く抱きしめる。
「ゾ、ゾンビマンさん」
「…あのな、俺はもうとっくに幸せなんだよ」
ナマエの体は小さくて暖かい。何物にも代え難い宝物のようだった。
「好きになった女にここまで思われてるんだ。幸せじゃないわけねえだろ」
腕の中のナマエが驚いたように身じろぎした。ぐいぐいと体を手で押して顔をあげようとするのを、力を込めて阻止する。
「えっ…今好きって…ちょっと、離して下さい」
「顔見られたくないんだよ、わかれよ」
「どうしてですか」
「…かっこ悪いだろ、いろいろと」
一度振ったくせに調子が良すぎる、煮え切らない、相手の好意に甘えている等の非難を浴びても仕方ないことをしているのは、自分でもわかっていた。今更取り繕っても仕方ないが、なけなしの体面というものがある。
しかし、ナマエの次の言葉にゾンビマンは撃沈した。
「…振られた時私はそれよりももっとかっこ悪い思いしたのに」
痛いところを突かれ、腕の力が緩んだ隙に体を離される。少しムッとした顔のナマエがこちらを見上げていた。恐らく今の自分は相当情けない顔をしているだろう。
「本当ですか、さっきの」
「…ああ」
「側に居てもいいんですか…私何にもできないのに」
「お前こそまた怖い思いするかもしれないぞ」
「そんなの…それに私は確実にゾンビマンさんより先に死ぬんですよ、どんどん老けるし」
「お前は婆さんになっても可愛いまんまだろ」
『可愛い』という言葉に照れて黙ってしまったナマエを見ながら、何だこの逆押し売りみたいなやり取りは、とゾンビマンは冷静になった頭で考えた。幸せになってほしいと思っているのはお互い様だった。なんだか無駄に遠回りをしたような気がする。
それでも、ゾンビマンが自分の気持ちに正直になるには必要な時間だったのだと思う。
「自分でも勝手なことを言ってると思う。でもな…お前と一緒なら一人になった後のことをそれほど怖がらずに生きていける気がするんだよ」
いつかこの選択を後悔するのだとしても、その後悔ごと共に生きた記憶を愛せるようになる。そんな気がした。
誰しも後悔の無い人生など、どうしたって歩めはしない。
それなら自分のことを一心に思ってくれる人の気持ちに応えたかった。
「俺もナマエのことが好きだ。お前さえ良ければ、俺と一緒に生きてくれるか」
「…そんなの、そんなの良いに決まってるじゃないですか」
答えるナマエの目からはまた涙が零れ落ちていく。
俺はこいつのことを泣かせてばかりいるな、とゾンビマンは思った。これからはそれを帳消しにするくらい笑わせれば良い。
「幸せにします、絶対幸せにしますからね」
ぼろぼろと涙を流しながらナマエが言うのを聞いて、それを言うのは逆じゃないか、とゾンビマンは思った。
自分の方が年上で男なのに、やられっ放しな気がして少し悔しい。
ゾンビマンは指の腹で涙を拭ってやりながら体を屈めると、不思議そうな顔をしているナマエの唇に重ねるだけのキスをした。ナマエはしばらく呆然としていたが、急に我に帰って目を見開いた。
「…えっ」
見る間に顔が赤くなっていく。もしかしなくても照れているらしいナマエに、ゾンビマンは怪訝な表情になるのを抑えられなかった。
あれだけいろいろ言っておいて今更それなのか。
「何だよ」
「あっいえ別に…いきなりでちょっとびっくりしたというか、こういうのはもっとじわじわ来るのかなと思ってたので」
じわじわってなんだ。意味がわからない。
もう一回しようとしている気配を察知しているのか、ナマエはジリジリと距離を取ろうとしている。
「ど、どうしてこっちに来るんですか」
「お前が逃げるからだろ」
「ちょっと距離を置きたいだけなんです」
「付き合って3分も経ってないのに距離置くのかよ」
近づこうとするゾンビマンに対抗して、ナマエは体の前に手を突き出すように構え、一定の距離を保ったまま後退りをしている。確かこういう競技があった気がするが、間違っても付き合いたての恋人同士がやることじゃないだろう。そのまま睨み合っていると、屋上の扉が開く音がした。2人揃って振り向くと、看護士が顔を出しており、ナマエの姿を見つけるや否や声をあげ近づいてくる。
「あっ、そうだ何も言わずに出てきたんだった」
まだ検査があって、とナマエはこれ幸いとばかりに上着を脱いで押し付けてきた。そのまま看護士に平謝りしながらさっさと去っていこうとする背中に、捨て台詞ならぬ捨てられ台詞を投げかける。
「家は隣だからな。逃げられると思うなよ」
「うう…はい」
途中で転びそうになりながらギクシャクと歩き去るナマエの後ろ姿を見送ると、ゾンビマンはため息をついた。頼りないんだか度胸があるんだかわからない奴だと思う。
時間を確認しようと携帯を取り出すと、メッセージが届いていた。何かと思い表示させると童帝からで、どうせうまくいったと思うけど、もしそうでないなら泣き言を聞いてやるからどちらにせよ甘味を奢れ、という主旨のことが書いてあった。多分そうではないか思っていたが、ナマエがここへ来たのは童帝の差し金らしい。以前初めて彼がナマエと会った時に、意味深なことを言われたのを思い出す。聡い少年であることは十分過ぎるほど知っているが、どこまで、そしていつからお見通しだったのか少し気になった。
自覚はなかったが、自分はナマエに出会って以来慣れない感情に振り回されっぱなしだったのだろう。そしてきっとこれからもそうだ。しかしそれでも良いとゾンビマンは思った。期限の無い人生は空虚なまま孤独に生きるには長すぎる。
さしあたっては、かなりの恥ずかしがり屋らしいにナマエに円滑にスキンシップを取るにはどうしたら良いか、考える必要がある。
眉間に皺を寄せ、誰かが聞いたら呆れ返りそうな内容で頭を悩ませるゾンビマンは、間違いなく今幸福だった。
(終わり)
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