1.ファーストコンタクト
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(またこんな時間だ…)
時刻を確認して溜め息をつく。ナマエは人気の無い夜道を足早に歩いていた。
4月に新社会人となり3ヶ月、ようやく仕事には慣れてきたが、入社前の嫌な予感通りに残業続きの毎日を過ごしていた。なんとか日付変更前には家にたどり着いているが、連日となると流石に体に堪える。
更に悲しいことに、その対価は十分に支払われていない。いわゆるサービス残業というやつだ。これは違法なのでは、と思い周りに聞いてみたことがあるが、「うん、違法だね」と死んだ目で返され何も言えなくなった。
(こんなはずじゃなかった)
数ヶ月前からの自分の運の無さを思い返し、遠い目になる。
もともとは別の会社に卒業後の就職先が決まっていた。しかし卒業旅行を満喫して帰宅したナマエを待っていたのは、大規模な怪人災害の惨禍と、内定先の会社は被害をもろに受けて営業停止となったという悲しいお知らせだった。卒業後の人生が白紙になり慌てて大学の就職課に泣きついたが、同じく勤め先を失った学生で溢れており、先行きの見え無さにナマエは絶望しかけた。そこへ今の会社を紹介され、一も二もなく飛びついたのだった。
しかしそれがいけなかった。
今になって思い返せば、提示された勤務条件にかなり怪しいところがあったのだが、その時はそれどころではなく、よく調べないまま入社し、気づいた時には逃げられなくなっていた。
この時点でもうかなり挫けそうだが、ナマエを襲った不幸はそれだけではない。
勤務先が当初よりも遠くなった為、元々住んでいたマンションから引っ越しをすることになったが、その直前になって転居先の物件がまたしても怪人の被害を受けて破壊されたという知らせを受けたのだった。もちろん元のマンションは既に退去手続き済みである。危うく路頭に迷いかけたナマエに、不動産屋が代わりの物件を紹介してくれた時は飛び上がって喜んだが、それが救いの手などではなく地獄への片道切符だったことに気付いたのは、実際現地に行ってみて半ゴーストタウンと化した街並みを見てからだった。
ここしか無かったとか言ってたけど、不良物件を押し付けられただけな気がする。担当営業マンの怒涛の謝罪に押し負けてしまった自分も悪いんだけど。
引っ越し費用・敷金・礼金などの出費がかさみ、新社会人の収入でまたすぐに引っ越すというのは難しく、そんなわけで[#dn=1#]は新生活早々人生ハードモードを余儀なくされていた。友達から神妙な顔でお祓いを薦められて凹んだが、一度真剣に考えてみた方が良いかもしれない。
次々と住人が逃げ出しているらしい住宅街は、灯りのついていない家が目立ち、街灯もところどころ切れかけ廃れた雰囲気が漂っている。
昼間の蒸し暑さは消え失せ、辺りの空気はひんやりしているにも関わらず、ナマエはじっとりと背中に汗をかいていた。
小さな物音にもビクビクし、周りを見回しながら歩く。いままで何度か怪しい影を見かけることはあったが、幸いまだ怪人災害には遭遇していない。しかし、何が哀しくて通勤の度にサバイバルホラーを体感しなければならないのか。怪人の死体を道端で見かける度に、生きた心地がしなかった。
(引っ越しする為に頑張ってお金稼がなきゃ。…その時まで命があればの話だけど)
こんな状況だからこそ、気持ちを強く持たなければ、とは思う。
しかし立て続けの災難に、つい弱気になってしまうのも事実だった。
自宅アパートは立地条件が悪い為か、家賃からすれば考えられない程間取りは広く、外観も綺麗なものだ。しかし敢えて住みたがるような物好きはやはり少ないのか、入居者は半分も入っていないようだった。ここへ来てから他の住人と顔を合わせたことは一度もない。
隣の部屋には、これまた会ったことは無いが、誰かが住んでいるらしい。就業時間が不規則なのか、深夜や明け方たまたま目を覚ました時に、玄関扉を開け閉めする音を聞いたことがある。あまり家にはいないようで、それ以外の物音は聞こえてこない。ベランダに出た時に煙草の匂いが残っていたことがあるので男の人なのかもしれなかった。
自宅という安全地帯に近づいたことで張り詰めていた緊張感が緩み、忘れていた疲労感が一気に襲ってきた。早くお風呂に入って寝たい。
そのせいか、周囲への注意が散漫になっていたのかもしれない。
玄関の鍵を開けながらふと人の気配を感じたナマエは、そこで初めて外廊下の隅の暗がりに誰かが立っているのに気付いた。
そして硬直した。
(……裸?)
同じく凍りついたように立ち尽くしているのは、体格のいい男性だった。
鋭い目を驚愕に見開き、こちらを見つめている。
そして、全裸だった。
(……裸!?)
固まった思考が動き出すより先に、体が危機に反応した。
全身の毛穴から汗が噴き出し、心臓が物凄い早さで打ち始める。
これは間違いなく、どこからどう見ても
(へ、変態だ───!!!)
震える手でカバンを探りなんとかスマホを取り出す。
「お、おおおお巡りさん!警察!110番!」
何故か片言になりながら必死に画面ロックを解除しようとしていると、その全裸マンは焦ったように声を上げこちらに近づいた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!警察はまずい!」
「ウワアアアアア!」
急に相手が動いたことで恐怖がピークに達したナマエは叫び声を上げた。なんとかしてここから逃げなければ、と思った直後、伸びてきた手に口を塞がれ捕らえられる。
「んんー!」
必死にもがいたがびくともせず、そのまま自室に引っ張り込まれる。
事前に鍵を開けていた自分を呪う。というかまず、部屋の中に避難してから警察を呼ぶべきだった。しかしもう後の祭りである。
怪人にばかり注意が向いていたが、当然一人暮らしをする上での脅威はそれだけではない。生きている人間が一番怖いというやつだ。今更ながら思い出す。
(私、ここで死ぬのかな…)
やっぱりお祓いを受けておくんだった。お父さんお母さんごめんなさい。
目の前で走馬灯が回り始めた矢先、強い力で捕縛していた腕はナマエをあっさり解放した。
「…え?」
「悪い、ベランダを貸してくれ」
呆然とするナマエを置いてきぼりに、全裸マンは部屋の奥に向かい、掃き出し窓を開けるとそのままベランダへ出て行った。何やら奮闘している気配がした後、隣の部屋のベランダからガタガタと窓を揺らしているような音がする。
何これ。一体何が起こっているんだろう。
展開に付いていけず、ナマエ床に崩れ落ちたまま動けないでいると、しばらくして一度出て行った全裸マンが、何故か憔悴した様子で戻ってきた。
「…窓の鍵閉めて出たの忘れてた…」
「は、はぁ…」
気まずそうにこちらを見る目は、意外なことに理性的で穏やかな光を宿している。
それを見て、自身の高ぶった神経も冷静になっていくのを感じた。
「…すまない、申し遅れたが隣の部屋に住んでいる者だ」
状況は何ひとつ把握できていなかったが、とにかく命の危機が去ったことをナマエは理解した。
時刻を確認して溜め息をつく。ナマエは人気の無い夜道を足早に歩いていた。
4月に新社会人となり3ヶ月、ようやく仕事には慣れてきたが、入社前の嫌な予感通りに残業続きの毎日を過ごしていた。なんとか日付変更前には家にたどり着いているが、連日となると流石に体に堪える。
更に悲しいことに、その対価は十分に支払われていない。いわゆるサービス残業というやつだ。これは違法なのでは、と思い周りに聞いてみたことがあるが、「うん、違法だね」と死んだ目で返され何も言えなくなった。
(こんなはずじゃなかった)
数ヶ月前からの自分の運の無さを思い返し、遠い目になる。
もともとは別の会社に卒業後の就職先が決まっていた。しかし卒業旅行を満喫して帰宅したナマエを待っていたのは、大規模な怪人災害の惨禍と、内定先の会社は被害をもろに受けて営業停止となったという悲しいお知らせだった。卒業後の人生が白紙になり慌てて大学の就職課に泣きついたが、同じく勤め先を失った学生で溢れており、先行きの見え無さにナマエは絶望しかけた。そこへ今の会社を紹介され、一も二もなく飛びついたのだった。
しかしそれがいけなかった。
今になって思い返せば、提示された勤務条件にかなり怪しいところがあったのだが、その時はそれどころではなく、よく調べないまま入社し、気づいた時には逃げられなくなっていた。
この時点でもうかなり挫けそうだが、ナマエを襲った不幸はそれだけではない。
勤務先が当初よりも遠くなった為、元々住んでいたマンションから引っ越しをすることになったが、その直前になって転居先の物件がまたしても怪人の被害を受けて破壊されたという知らせを受けたのだった。もちろん元のマンションは既に退去手続き済みである。危うく路頭に迷いかけたナマエに、不動産屋が代わりの物件を紹介してくれた時は飛び上がって喜んだが、それが救いの手などではなく地獄への片道切符だったことに気付いたのは、実際現地に行ってみて半ゴーストタウンと化した街並みを見てからだった。
ここしか無かったとか言ってたけど、不良物件を押し付けられただけな気がする。担当営業マンの怒涛の謝罪に押し負けてしまった自分も悪いんだけど。
引っ越し費用・敷金・礼金などの出費がかさみ、新社会人の収入でまたすぐに引っ越すというのは難しく、そんなわけで[#dn=1#]は新生活早々人生ハードモードを余儀なくされていた。友達から神妙な顔でお祓いを薦められて凹んだが、一度真剣に考えてみた方が良いかもしれない。
次々と住人が逃げ出しているらしい住宅街は、灯りのついていない家が目立ち、街灯もところどころ切れかけ廃れた雰囲気が漂っている。
昼間の蒸し暑さは消え失せ、辺りの空気はひんやりしているにも関わらず、ナマエはじっとりと背中に汗をかいていた。
小さな物音にもビクビクし、周りを見回しながら歩く。いままで何度か怪しい影を見かけることはあったが、幸いまだ怪人災害には遭遇していない。しかし、何が哀しくて通勤の度にサバイバルホラーを体感しなければならないのか。怪人の死体を道端で見かける度に、生きた心地がしなかった。
(引っ越しする為に頑張ってお金稼がなきゃ。…その時まで命があればの話だけど)
こんな状況だからこそ、気持ちを強く持たなければ、とは思う。
しかし立て続けの災難に、つい弱気になってしまうのも事実だった。
自宅アパートは立地条件が悪い為か、家賃からすれば考えられない程間取りは広く、外観も綺麗なものだ。しかし敢えて住みたがるような物好きはやはり少ないのか、入居者は半分も入っていないようだった。ここへ来てから他の住人と顔を合わせたことは一度もない。
隣の部屋には、これまた会ったことは無いが、誰かが住んでいるらしい。就業時間が不規則なのか、深夜や明け方たまたま目を覚ました時に、玄関扉を開け閉めする音を聞いたことがある。あまり家にはいないようで、それ以外の物音は聞こえてこない。ベランダに出た時に煙草の匂いが残っていたことがあるので男の人なのかもしれなかった。
自宅という安全地帯に近づいたことで張り詰めていた緊張感が緩み、忘れていた疲労感が一気に襲ってきた。早くお風呂に入って寝たい。
そのせいか、周囲への注意が散漫になっていたのかもしれない。
玄関の鍵を開けながらふと人の気配を感じたナマエは、そこで初めて外廊下の隅の暗がりに誰かが立っているのに気付いた。
そして硬直した。
(……裸?)
同じく凍りついたように立ち尽くしているのは、体格のいい男性だった。
鋭い目を驚愕に見開き、こちらを見つめている。
そして、全裸だった。
(……裸!?)
固まった思考が動き出すより先に、体が危機に反応した。
全身の毛穴から汗が噴き出し、心臓が物凄い早さで打ち始める。
これは間違いなく、どこからどう見ても
(へ、変態だ───!!!)
震える手でカバンを探りなんとかスマホを取り出す。
「お、おおおお巡りさん!警察!110番!」
何故か片言になりながら必死に画面ロックを解除しようとしていると、その全裸マンは焦ったように声を上げこちらに近づいた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!警察はまずい!」
「ウワアアアアア!」
急に相手が動いたことで恐怖がピークに達したナマエは叫び声を上げた。なんとかしてここから逃げなければ、と思った直後、伸びてきた手に口を塞がれ捕らえられる。
「んんー!」
必死にもがいたがびくともせず、そのまま自室に引っ張り込まれる。
事前に鍵を開けていた自分を呪う。というかまず、部屋の中に避難してから警察を呼ぶべきだった。しかしもう後の祭りである。
怪人にばかり注意が向いていたが、当然一人暮らしをする上での脅威はそれだけではない。生きている人間が一番怖いというやつだ。今更ながら思い出す。
(私、ここで死ぬのかな…)
やっぱりお祓いを受けておくんだった。お父さんお母さんごめんなさい。
目の前で走馬灯が回り始めた矢先、強い力で捕縛していた腕はナマエをあっさり解放した。
「…え?」
「悪い、ベランダを貸してくれ」
呆然とするナマエを置いてきぼりに、全裸マンは部屋の奥に向かい、掃き出し窓を開けるとそのままベランダへ出て行った。何やら奮闘している気配がした後、隣の部屋のベランダからガタガタと窓を揺らしているような音がする。
何これ。一体何が起こっているんだろう。
展開に付いていけず、ナマエ床に崩れ落ちたまま動けないでいると、しばらくして一度出て行った全裸マンが、何故か憔悴した様子で戻ってきた。
「…窓の鍵閉めて出たの忘れてた…」
「は、はぁ…」
気まずそうにこちらを見る目は、意外なことに理性的で穏やかな光を宿している。
それを見て、自身の高ぶった神経も冷静になっていくのを感じた。
「…すまない、申し遅れたが隣の部屋に住んでいる者だ」
状況は何ひとつ把握できていなかったが、とにかく命の危機が去ったことをナマエは理解した。