中二病でも恋がしたい
空欄の場合は ミョウジ ナマエ になります。
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※夢主は元同級生
※同タイトルのアニメとは特に関係はありません
※ヒーローになる前のサイタマ先生も少し出てきます
愛の告白というと、どんな言葉を思い浮かべるだろうか。
「あなたが好きです」「付き合ってください」等といったものが、スタンダードな文句だろう。
当時中学生だったナマエにとってもそうだった。
まだ言われたことも、言ったこともないけれど、きっとそんな風にして恋は始まるのだ、と幼い理想を思い描いていた。
が、しかし、ナマエが人生で初めて受けた愛の告白は、そのどれにも当てはまらないものだった――
「お…俺と共に聖域 へ旅立ち、真実の運命 を探しにいかないか」
誰もいない部室で、彼はいつものムスッとした顔でそう言った。
市の展覧会に出す作品がやっとのことで仕上がり、筆と硯石を洗って、帰り支度をしようと立ち上がった矢先のことだった。
(初めてちゃんと喋ったかも)
こんな声だったんだ。
どうして突然話し掛けてきたんだろう。
もしかして終わるの待ってたのかな。
そういえば今何時だろう、と教室の時計を確認し目を見開いた。
まずい。もうすぐ見たいテレビ番組が始まってしまう。
自転車で全力を出して間に合うかどうか。
ナマエは焦った。急いで帰らなきゃ、でもさっきなんか言われた気がする。
なにかしら答えないとこの場を去ることはできない。
そして、意識が完全にテレビ番組に持っていかれたナマエの、1mmも理解できなかった前述の言葉に対する返答はこうだった。
「ごめんなさい。ちょっと言ってる意味がわかんないです」
その直後、確かに少年の顔が青褪めたような気がしたのだが、急いで教室を飛び出たナマエの頭からは、その記憶はすぐさま消え失せていた。
***
次の日、クラスの友達にその話をしたナマエは大層驚かれた。
「ナマエちゃんそれって告白じゃない?」
「えっ!告白…!?」
ナマエもまた目を丸くした。
「でも好きとか言われなかったよ。なんか旅立ちがなんとかって…」
「いやいや、そのシチュエーションは告白しかないでしょ。絶対にそう」
「どんなこと言われたの?」
両サイドを興味津々な友達に挟まれ、眉間にシワを寄せて懸命に思い出す。
「えーっと、なんか横文字ばっかでよくわかんなかったんだけど、サンクスなんとかかんとか…あと、ディ…ディズニー?を探しにいこうとか」
「ディズニー…?もしかしてディスティニー?」
「あっそれだ」
どうにか言葉の一部を解析すると、友人達から一斉にシビアな声があがった。
「運命とか大げさ過ぎて引く!しかもなんで無駄に横文字なの?かっこいいつもりなの?」
「やっぱりあいつおかしいよー」
口々にヤバい、ありえない、と騒ぐ友人に囲まれいたたまれない気持ちになった。
そして、あれがもし告白だったとするなら、自分自身もひどく適当なあしらいをしてしまったことになる。
チクリと胸が痛んだ。
件の少年は、ナマエの学校に半年ほど前に転入してきた。
クラスは違ったが、女子の間で噂になっていた彼のことは、同じ部活になる前から知っていた。
当初の彼に関する評判は、概ね良い類のものだった。
曰く、芸能人の誰それにちょっと似てる、無口だけどそこがクールでカッコいい、などなど。
長めの癖っ毛と、少し影のある目元は、同年代の子供っぽい男子とは違った空気感を醸し出しており、こっそり覗いた教室で読書をする横顔は、確かにちょっとかっこいいかも、とナマエも思ったものだった。
――だがしかし。
ほんの二週間も経つ頃には、彼に向けられる視線の種類はすっかり変わっていた。
曰く、体育の時間になにかの技名っぽい台詞と共にシュートをしていた(しかも外した)、少しでも褒めるとものすごい影の努力アピールをしてくる、ある日いきなり腕に包帯を巻いてきて授業中に腕を抑えて苦しみ出す、などなど。
思春期まっさかりな年代にあって、過剰な自意識をもて余す者は少なくないが、その中でも一際異彩を放っていたのが彼だった。
もうとにかく『かっこよく思われたい』という意識が溢れ出している。
溢れ過ぎて一部方向性がおかしくなっている。
しかも本人はその痛々しさに気付いていない。
世間ではそれを『中二病』と呼ぶのだ、とナマエはその時初めて知った。
なんて恐ろしい病なんだ、と震え上がり我が身を振り返ったりもした。
しかしそんな周囲の手のひら返しなど意に介さず、彼はその後も自分のスタイルを貫き続けた。
女子からの評判はガタ落ちだったが、同じくゲームや漫画に傾倒する友人もできたらしく、時折奇抜な行動で周りを驚かせつつ、なんだかんだ受け入れられていった。
だから、そんな彼が書道部に入部してきた時も、ナマエは特に何の感慨も抱かなかった。
かっこつけの彼にしては随分地味な部活を選んだなぁ、と思ったくらいだ。
習字はずっと前からやっていたらしくその腕前には驚いたが、基本的に作品制作は個人でやるので親しくなることもない。
ごくたまに部活関係の連絡事項を伝えることはあったが、中二モードでない時の彼は非常に大人しく「ああ」とか「うん」と短く返事するだけだった。
それなのに、いきなり告白だなんて。
正直なところ、嬉しいとか嫌だとかの前に、どうして自分なんだろうという気持ちだった。
告白だというのは友達の思い込みで、なにかもっと他のことを言われたのではないだろうか。それがなんなのかはサッパリわからないけど。
そんなことを考えながら理科室へ向かっていると、話題の人物がポケットに手を突っ込んで前から歩いてくるのが見えた。
友人達のお喋りがぴたりと止む。
(ヤバい、どうしよう)
もしかしたら非常に失礼な真似をしてしまったかもしれない相手を前にして、ナマエは冷や汗をかいた。
盗み見るようにチラッと目をあげると視線がばっちりと合った。
彼は僅かに目を見開き――そして表情を歪め、顔を俯向けて足早にすれ歩き去った。
誰がどうみても、傷付いている顔だった。
「…こういう時は流石に普通の感じなんだ」
「ね、変なポエムとか言うかと思った」
興味本位な感想を述べる友人達を余所に、やっぱりあれは愛の告白だったのだと確信したナマエは、頭を抱えたい気分だった。
そんなことがあったから、というわけではないが、受験勉強に集中したいこともあり、三年生の春にナマエは書道部をやめた。
彼はその後も続けていたようだが、クラスも違ったのでめっきり姿を見かけることは少なくなった。
諸々の事情から顔を合わせるのが気まずかったので、それは願ってもないことだったが。
そしてお互い別の学校に進学して大人になり、あの出来事はほろ苦い青春の1ページとして忘れかけていた頃、同郷の友人から知らされたニュースにナマエは目を見開いた。
「…プロヒーローデビュー?」
メッセージと共に送られてきたアドレスを開くと、『注目のニューヒーロー』とタイトルのついた特集ページに何人かのヒーローが載っており、その内の一人に見覚えのある人物がいた。
刺々したデザインの重厚な鎧に身を包んでいるは、間違いなく書道部で一緒だった彼だ。
「おおう…」
ダークネスブレイド、というこれまた重厚感のある名前と、剣を構えてポーズを決めまくっている姿は、彼の独特のスタイルがあの頃のまま、いやむしろ進化していることを示しており、なにがしかの感動を覚えた。
中学の頃は散々イタいだのおかしいだの言われていたが、ついにプロヒーローにまでなってしまうとは大したものだ。
結局あのことについては謝れないまま、どこか引け目があったので、こうして元気でやっている姿をみられてなんだか安心する。
と、そこでアラームが鳴り、そろそろ出掛ける時間であることを報せた。
手短に返信をし家を出る。
バイト先のカフェレストランに向かって軽快に自転車を漕いでいたナマエは、突然なにか弾力のあるものにぶつかり地面に投げ出された。
「いったぁ」
幾度となく通った曲がり角の先には特に障害物などはなかったはずだが。
不思議に思って体を起こしたナマエの耳に悲鳴が飛び込んできた。
「はっ…えっ!?」
見上げた先には半透明の巨大なゼリーのような物体。
それを見て逃げ惑う周囲の人々。
「イデデ…誰だ!このスライマーンに千年殺しをくらわせたのは!」
ゼリー状のものは頭(にあたる部分)を振り向かせ、尻(にあたる部分)を見、そしてナマエを見下ろした。
どうやらぶつかったのは、このゼリー状の生き物の臀部だったらしい。
簡易な作りの顔は怒りの表情を浮かべている。
一見ゆるキャラのようだが、近年このような奇妙な見た目をした人間に害を為す存在が急増していることは、現代人ならば誰もが知っていた。
――その存在の総称を『怪人』という。
「作っては放置、作っては放置され、硬くなって捨てられるスライムの怨念を思いしれ〜!!」
「ひえっ」
えらくピンポイントな恨み節と共に、スライム怪人がナマエに覆い被さろうとする。
為すすべもなく、体を小さくしてぎゅっと目を瞑った。
「魔流烈星震鏡剣!!」
かっこよさげな響きの技名と、ザシュッとなにかを斬り付けるが聞こえた。
あいたっ!という声に恐る恐る瞼を開けると、怪人は顔を顰めながら胴体のあたりをさすっている。
そして怪人とナマエの間には、ごつごつとした鎧があった。
黒い長剣がぎらりと光を反射する。
「あ…」
そこに立っていたのは、さっき報せを聞いたばかりの、件の新人ヒーロー“ダークネスブレイド”だった。
ずいぶんと背丈の伸びたその姿を見上げると、彼は肩越しに視線を向けた。
「け…怪我はないか、見知らぬ市民よ」
(――あ、明らかに見知ってる)
微妙に上擦った声とちらちらとナマエを見る様子からして、中学の頃の同級生だと憶えているのは間違いなかった。
やはりナマエのことは気まずくて思い出したくないのだろうか。
こっちも初対面を装うべきか、と迷っていると、唐突にダークネスブレイドはゴインという音と共に後ろに吹っ飛んだ。
「!?」
「ちょっとあんた邪魔」
見るとスライム怪人が立ち上がっており、どうやらそのパンチがクリーンヒットしたらしかつた。
「いいか!お前の前方不注意による尻へのアタックは、あんな剣で斬られるよりずっと痛かったんだからな!絶対に許さないぞ!!」
(ええーー!!)
改めてナマエに対する怒りを宣言するスライムに対し、心の中でそんな馬鹿なと抗議をしていると、後方から呻くような声がきこえた。
「ま、待て…」
振り返ると、先ほど殴り飛ばされたダークネスブレイドがよろよろと立ち上がっている。
頭から血を流しているが、重い体を引き摺ってナマエを背に庇うように怪人と対峙した。
「手出しはさせん。例え命尽き果てようとも、この剣に誓って…!」
負傷している割には余裕のある長台詞でそう宣言すると、彼は剣を構えた。
「いくぞ!魔星流烈震剣!!」
微妙にさっきと違うような気がする技名と共に、再びダークネスブレイドが斬りかかろうとした時だった。
パァン、と大きな風船が割れたような音がした。
「うわ!」
前から突風が吹いた。
スライム怪人の体が弾け、辺りに飛び散る。
そして怪人の代わりにそこに立っていたのは、青いジャージ姿の青年だった。
突き出していた拳を収めると、彼は「あ」となにかに気付いたように声をあげた。
「そいつ、もしかして巻き込んじまったか?」
「え?」
彼の視線の先を辿ると、怪人の破裂の巻き添えをくったらしいダークネスブレイドが仰向けに倒れている。
後頭部を地面に打ち付けた為か気絶していた。
「あ、はい、えっと多分…」
ナマエがしどろもどろに答えると、ジャージの青年はあちゃーというように顔をしかめ、そしてしばらく何か考えていたあと、おもむろに手に持っていたビニール袋を差し出した。
「な、なんですか…?」
「それさっき助けた婆さんに貰ったんだけど、そいつが目覚ましたらお詫びの品ってことで渡しといてくんない?」
袋を覗き込むと、スーパーなどでよく売っているような和菓子アソートパックが入っている。
呆気にとられてパッケージを見つめているナマエには構わず、「俺ランニングの途中だから、悪いけど頼むな」と淡々と言い残し、青ジャージの人物は去って行った。
※同タイトルのアニメとは特に関係はありません
※ヒーローになる前のサイタマ先生も少し出てきます
愛の告白というと、どんな言葉を思い浮かべるだろうか。
「あなたが好きです」「付き合ってください」等といったものが、スタンダードな文句だろう。
当時中学生だったナマエにとってもそうだった。
まだ言われたことも、言ったこともないけれど、きっとそんな風にして恋は始まるのだ、と幼い理想を思い描いていた。
が、しかし、ナマエが人生で初めて受けた愛の告白は、そのどれにも当てはまらないものだった――
「お…俺と共に
誰もいない部室で、彼はいつものムスッとした顔でそう言った。
市の展覧会に出す作品がやっとのことで仕上がり、筆と硯石を洗って、帰り支度をしようと立ち上がった矢先のことだった。
(初めてちゃんと喋ったかも)
こんな声だったんだ。
どうして突然話し掛けてきたんだろう。
もしかして終わるの待ってたのかな。
そういえば今何時だろう、と教室の時計を確認し目を見開いた。
まずい。もうすぐ見たいテレビ番組が始まってしまう。
自転車で全力を出して間に合うかどうか。
ナマエは焦った。急いで帰らなきゃ、でもさっきなんか言われた気がする。
なにかしら答えないとこの場を去ることはできない。
そして、意識が完全にテレビ番組に持っていかれたナマエの、1mmも理解できなかった前述の言葉に対する返答はこうだった。
「ごめんなさい。ちょっと言ってる意味がわかんないです」
その直後、確かに少年の顔が青褪めたような気がしたのだが、急いで教室を飛び出たナマエの頭からは、その記憶はすぐさま消え失せていた。
***
次の日、クラスの友達にその話をしたナマエは大層驚かれた。
「ナマエちゃんそれって告白じゃない?」
「えっ!告白…!?」
ナマエもまた目を丸くした。
「でも好きとか言われなかったよ。なんか旅立ちがなんとかって…」
「いやいや、そのシチュエーションは告白しかないでしょ。絶対にそう」
「どんなこと言われたの?」
両サイドを興味津々な友達に挟まれ、眉間にシワを寄せて懸命に思い出す。
「えーっと、なんか横文字ばっかでよくわかんなかったんだけど、サンクスなんとかかんとか…あと、ディ…ディズニー?を探しにいこうとか」
「ディズニー…?もしかしてディスティニー?」
「あっそれだ」
どうにか言葉の一部を解析すると、友人達から一斉にシビアな声があがった。
「運命とか大げさ過ぎて引く!しかもなんで無駄に横文字なの?かっこいいつもりなの?」
「やっぱりあいつおかしいよー」
口々にヤバい、ありえない、と騒ぐ友人に囲まれいたたまれない気持ちになった。
そして、あれがもし告白だったとするなら、自分自身もひどく適当なあしらいをしてしまったことになる。
チクリと胸が痛んだ。
件の少年は、ナマエの学校に半年ほど前に転入してきた。
クラスは違ったが、女子の間で噂になっていた彼のことは、同じ部活になる前から知っていた。
当初の彼に関する評判は、概ね良い類のものだった。
曰く、芸能人の誰それにちょっと似てる、無口だけどそこがクールでカッコいい、などなど。
長めの癖っ毛と、少し影のある目元は、同年代の子供っぽい男子とは違った空気感を醸し出しており、こっそり覗いた教室で読書をする横顔は、確かにちょっとかっこいいかも、とナマエも思ったものだった。
――だがしかし。
ほんの二週間も経つ頃には、彼に向けられる視線の種類はすっかり変わっていた。
曰く、体育の時間になにかの技名っぽい台詞と共にシュートをしていた(しかも外した)、少しでも褒めるとものすごい影の努力アピールをしてくる、ある日いきなり腕に包帯を巻いてきて授業中に腕を抑えて苦しみ出す、などなど。
思春期まっさかりな年代にあって、過剰な自意識をもて余す者は少なくないが、その中でも一際異彩を放っていたのが彼だった。
もうとにかく『かっこよく思われたい』という意識が溢れ出している。
溢れ過ぎて一部方向性がおかしくなっている。
しかも本人はその痛々しさに気付いていない。
世間ではそれを『中二病』と呼ぶのだ、とナマエはその時初めて知った。
なんて恐ろしい病なんだ、と震え上がり我が身を振り返ったりもした。
しかしそんな周囲の手のひら返しなど意に介さず、彼はその後も自分のスタイルを貫き続けた。
女子からの評判はガタ落ちだったが、同じくゲームや漫画に傾倒する友人もできたらしく、時折奇抜な行動で周りを驚かせつつ、なんだかんだ受け入れられていった。
だから、そんな彼が書道部に入部してきた時も、ナマエは特に何の感慨も抱かなかった。
かっこつけの彼にしては随分地味な部活を選んだなぁ、と思ったくらいだ。
習字はずっと前からやっていたらしくその腕前には驚いたが、基本的に作品制作は個人でやるので親しくなることもない。
ごくたまに部活関係の連絡事項を伝えることはあったが、中二モードでない時の彼は非常に大人しく「ああ」とか「うん」と短く返事するだけだった。
それなのに、いきなり告白だなんて。
正直なところ、嬉しいとか嫌だとかの前に、どうして自分なんだろうという気持ちだった。
告白だというのは友達の思い込みで、なにかもっと他のことを言われたのではないだろうか。それがなんなのかはサッパリわからないけど。
そんなことを考えながら理科室へ向かっていると、話題の人物がポケットに手を突っ込んで前から歩いてくるのが見えた。
友人達のお喋りがぴたりと止む。
(ヤバい、どうしよう)
もしかしたら非常に失礼な真似をしてしまったかもしれない相手を前にして、ナマエは冷や汗をかいた。
盗み見るようにチラッと目をあげると視線がばっちりと合った。
彼は僅かに目を見開き――そして表情を歪め、顔を俯向けて足早にすれ歩き去った。
誰がどうみても、傷付いている顔だった。
「…こういう時は流石に普通の感じなんだ」
「ね、変なポエムとか言うかと思った」
興味本位な感想を述べる友人達を余所に、やっぱりあれは愛の告白だったのだと確信したナマエは、頭を抱えたい気分だった。
そんなことがあったから、というわけではないが、受験勉強に集中したいこともあり、三年生の春にナマエは書道部をやめた。
彼はその後も続けていたようだが、クラスも違ったのでめっきり姿を見かけることは少なくなった。
諸々の事情から顔を合わせるのが気まずかったので、それは願ってもないことだったが。
そしてお互い別の学校に進学して大人になり、あの出来事はほろ苦い青春の1ページとして忘れかけていた頃、同郷の友人から知らされたニュースにナマエは目を見開いた。
「…プロヒーローデビュー?」
メッセージと共に送られてきたアドレスを開くと、『注目のニューヒーロー』とタイトルのついた特集ページに何人かのヒーローが載っており、その内の一人に見覚えのある人物がいた。
刺々したデザインの重厚な鎧に身を包んでいるは、間違いなく書道部で一緒だった彼だ。
「おおう…」
ダークネスブレイド、というこれまた重厚感のある名前と、剣を構えてポーズを決めまくっている姿は、彼の独特のスタイルがあの頃のまま、いやむしろ進化していることを示しており、なにがしかの感動を覚えた。
中学の頃は散々イタいだのおかしいだの言われていたが、ついにプロヒーローにまでなってしまうとは大したものだ。
結局あのことについては謝れないまま、どこか引け目があったので、こうして元気でやっている姿をみられてなんだか安心する。
と、そこでアラームが鳴り、そろそろ出掛ける時間であることを報せた。
手短に返信をし家を出る。
バイト先のカフェレストランに向かって軽快に自転車を漕いでいたナマエは、突然なにか弾力のあるものにぶつかり地面に投げ出された。
「いったぁ」
幾度となく通った曲がり角の先には特に障害物などはなかったはずだが。
不思議に思って体を起こしたナマエの耳に悲鳴が飛び込んできた。
「はっ…えっ!?」
見上げた先には半透明の巨大なゼリーのような物体。
それを見て逃げ惑う周囲の人々。
「イデデ…誰だ!このスライマーンに千年殺しをくらわせたのは!」
ゼリー状のものは頭(にあたる部分)を振り向かせ、尻(にあたる部分)を見、そしてナマエを見下ろした。
どうやらぶつかったのは、このゼリー状の生き物の臀部だったらしい。
簡易な作りの顔は怒りの表情を浮かべている。
一見ゆるキャラのようだが、近年このような奇妙な見た目をした人間に害を為す存在が急増していることは、現代人ならば誰もが知っていた。
――その存在の総称を『怪人』という。
「作っては放置、作っては放置され、硬くなって捨てられるスライムの怨念を思いしれ〜!!」
「ひえっ」
えらくピンポイントな恨み節と共に、スライム怪人がナマエに覆い被さろうとする。
為すすべもなく、体を小さくしてぎゅっと目を瞑った。
「魔流烈星震鏡剣!!」
かっこよさげな響きの技名と、ザシュッとなにかを斬り付けるが聞こえた。
あいたっ!という声に恐る恐る瞼を開けると、怪人は顔を顰めながら胴体のあたりをさすっている。
そして怪人とナマエの間には、ごつごつとした鎧があった。
黒い長剣がぎらりと光を反射する。
「あ…」
そこに立っていたのは、さっき報せを聞いたばかりの、件の新人ヒーロー“ダークネスブレイド”だった。
ずいぶんと背丈の伸びたその姿を見上げると、彼は肩越しに視線を向けた。
「け…怪我はないか、見知らぬ市民よ」
(――あ、明らかに見知ってる)
微妙に上擦った声とちらちらとナマエを見る様子からして、中学の頃の同級生だと憶えているのは間違いなかった。
やはりナマエのことは気まずくて思い出したくないのだろうか。
こっちも初対面を装うべきか、と迷っていると、唐突にダークネスブレイドはゴインという音と共に後ろに吹っ飛んだ。
「!?」
「ちょっとあんた邪魔」
見るとスライム怪人が立ち上がっており、どうやらそのパンチがクリーンヒットしたらしかつた。
「いいか!お前の前方不注意による尻へのアタックは、あんな剣で斬られるよりずっと痛かったんだからな!絶対に許さないぞ!!」
(ええーー!!)
改めてナマエに対する怒りを宣言するスライムに対し、心の中でそんな馬鹿なと抗議をしていると、後方から呻くような声がきこえた。
「ま、待て…」
振り返ると、先ほど殴り飛ばされたダークネスブレイドがよろよろと立ち上がっている。
頭から血を流しているが、重い体を引き摺ってナマエを背に庇うように怪人と対峙した。
「手出しはさせん。例え命尽き果てようとも、この剣に誓って…!」
負傷している割には余裕のある長台詞でそう宣言すると、彼は剣を構えた。
「いくぞ!魔星流烈震剣!!」
微妙にさっきと違うような気がする技名と共に、再びダークネスブレイドが斬りかかろうとした時だった。
パァン、と大きな風船が割れたような音がした。
「うわ!」
前から突風が吹いた。
スライム怪人の体が弾け、辺りに飛び散る。
そして怪人の代わりにそこに立っていたのは、青いジャージ姿の青年だった。
突き出していた拳を収めると、彼は「あ」となにかに気付いたように声をあげた。
「そいつ、もしかして巻き込んじまったか?」
「え?」
彼の視線の先を辿ると、怪人の破裂の巻き添えをくったらしいダークネスブレイドが仰向けに倒れている。
後頭部を地面に打ち付けた為か気絶していた。
「あ、はい、えっと多分…」
ナマエがしどろもどろに答えると、ジャージの青年はあちゃーというように顔をしかめ、そしてしばらく何か考えていたあと、おもむろに手に持っていたビニール袋を差し出した。
「な、なんですか…?」
「それさっき助けた婆さんに貰ったんだけど、そいつが目覚ましたらお詫びの品ってことで渡しといてくんない?」
袋を覗き込むと、スーパーなどでよく売っているような和菓子アソートパックが入っている。
呆気にとられてパッケージを見つめているナマエには構わず、「俺ランニングの途中だから、悪いけど頼むな」と淡々と言い残し、青ジャージの人物は去って行った。
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