1 王女の亡命

「ふうん。あのパパが、ねえ」
 ステイシーはにまにまとレイを見つめました。
「ねえ、あなた、パパをどう思う?」
 パパ、とは、あのアーノルドのことでしょう。レイが返事に困っていると、立て続けに質問が飛んできました。
「好き?」
「うーん……」
「嫌い?」
「嫌い、ではない、です」
「へえ! ならよかった。じゃあ、ここに住まない?」
 それは、さらに突拍子もない質問でした。レイは慌てふためきながら、つっかえつっかえ、答えました。
「それは、その、とてもいいけれど、でも、私、お父様とお母様が……」
「そうね。でも、あなたは両親にしばらく会えないのよ」
「会えない!?」
 レイは自分の耳を疑いました。ステイシーは続けました。
「ママが言っていたわよ。あなたのお家、住めなくなったんですってね。だから、あなたはここにいるしかないの。一人でどこかへ行くというのなら、止めないけどね」
「そんな……」
 ここへ来るとき、確かにイザドラは神妙な顔で、似たようなことを言っていました。けれど、ここまでわかりやすくストレートに言われると、受けるショックも変わってきます。
「まあ、パパがあなたを気に入ったのならそれでいいんじゃない。理由が気になるところだけれど。よろしくね、レイチェル」
 レイは何も言えませんでした。
 結局、ステイシーが言った通り、レイはこの家にいることになりました。
 イザドラはいつも通りでした。ただ一つ、レイのことを「姫様」とは呼んでくれなくなりました。
「これからは、あなたを王女として扱うことはできません。ここは、クロックではありませんから。これは、あなたのためでもあるのです。つらいかもしれませんが、我慢してください」
 イザドラは、そう言って、レイのことを「レイ」と呼びました。アーノルドとステイシーも、レイを同じように呼びました。
 わずか五歳のレイには王女の自覚なんてものもありませんでしたから、特に気にはなりませんでした。ただ、お父さんとお母さんに会えないことは、たまらなく寂しさをもたらしました。あの可愛い弟のことも、気がかりでした。

 七歳になって学校へ通うようになると、両親がいないことが、ますますつらくなりました。そのうちに、レイはイザドラのことを「お母さん」、アーノルドのことを「お父さん」、ステイシーのことを「お姉さん」と呼ぶようになりました。実際、レイの両親の役割を果たしてくれたのはイザドラとアーノルドでしたし、トレイシーは何かと頼りになる人でした。  
 そうするうちに、レイは、少しずつ昔の自分のことを忘れ始めていました。自分の名前を「レイチェル・ワトソン」と書くことにも抵抗がなくなりました。
 そのまま、レイは八歳になりました。
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