6 再会の兆し

 レイは、男性に自分の生い立ちを語りました。クロックのことだけは避けて、お母さんと弟を探していたことだけを伝えました。男性――彼はアーロンといいました――は、黙って話を聞いていましたが、レイがすべてを吐き出して黙り込むと、こう言いました。
「君の母親の名はアレクサンドラ·ブラウンだったりしないかね」
「ええ、結婚前はそうだと聞きました。ご存知ですの?」
「君の母に、妹がいたりしなかったかね」
「いたはずです。会いに行こうとしていましたから」
「なるほど……謎が解けた!」
 アーロンは一人、手を打って納得しました。
「この、一年で最も忙しい時期に聞くのも悪いが、今、時間はあるかい?」
「まだ少し余裕はあります。でも汽車の時間もあるし、遅くなると、奥様が心配するかもしれません」
「じゃあ、俺が……私が連絡しておいてあげよう。なんなら送ってあげてもいい。よかったら、うちに来てくれないか」
「どうして?」
 レイが露骨に嫌な顔をしたせいで、アーロンは少し困ったようでした。
「変な意味じゃないよ。君に、会ってもらいたい人物がいる」
 さすがのレイも、これには戸惑いました。いくら彼が悪い人に見えないとはいえ、素直に喜べなるお誘いではありません。
 しかし、気の弱いレイはどうしても断りきれず、最後は彼についていくことになりました。

 アーロンの家は繁華街からそう遠くない場所にありました。
 出迎えてくれたのは、彼の妻であろう着飾った女性でした。
「シンシア、彼女はレイチェルだ」
「『レイチェル』?」
 シンシアは、何かひっかかる、といった様子でレイを眺めました。レイも、シンシアを観察しました。青みがかかったゆったりとした黒髪と、ぱっちりとした丸い大きな目は、レイのかつての母サンディを思い出させました。
「顔を見たとき、君に似ているような気がしてね。まあ、彼女の話を聞いてごらんよ! 僕の推理が正しければ、この出会いは聖夜の奇跡となるはずだ」

 シンシアは、レイを食卓の椅子に座らせ、レイの話をひと通り聞き終えると、静かに切り出しました。
 私の姉は、アレクサンドラというの。彼女は、森を抜けた田舎の土地へ嫁いでいったのだけれど、十二年前に軍に連行されてきてね。私と私の母が迎えにいったの。あのときは大変だった。まだ言葉も話せない赤ん坊も連れていたし……姉さんは言っていたわ……レイチェルという娘がいるって。でも、どうして会えばいいのかわからないって。まあ、そのあとに熱を出して寝込んじゃって、それ以降はそんな話もしなくなったけれど」
 レイは、しばし考えました。この人は何を言おうとしているのでしょう? このシンシアのお姉さんが、レイの探し求めていた人なのでしょうか。
「あなた、姉さんそっくり。ハロルドのことも知っていたのね。もしかしなくても、あなたは」
 シンシアはアーロンをちらりと盗み見てから、レイの耳元に口をよせました。
「時計の国の王子様の娘でしょう。あの、おとぎの国のような場所、今でも忘れられないわ」

 これまで胸につかえていたものが、パリンと割れたような気がしました。レイは、穴があくほどシンシアの目を見つめました。シンシアは、レイに一枚の写真を見せました。そこには、シンシアとアーロン、アーロンに目つきがそっくりな癖毛の男の子、そしてシンシアよりもやや老けた黒髪の女性が写っていました。彼らは程度の差はあれど、皆しっとりとした黒髪を持っていました。ただ一人、シンシアの側で無表情のままこちらを見つめている少年だけは、ややくすんで灰色がかった金髪をしていました。シンシアは彼を指して言いました。
「この子がハロルドよ。本当は姉の子で、お父さん似みたいなの。残念ながら、今はちょっと出かけているわ」
 レイのお父さんも、この髪の色をしていました。レイは、蚊の鳴くような声で言いました。
「ハロルドは、私のことを、覚えていますか?」
「いいえ。それどころか彼は、私とアーロンを親だと思っているわ。でも今はそれでいいの」
 即座に否定され、レイは何も言えませんでした。そこへ、
「シンシア……義姉さんと子どもたちが帰ってきたぞ。どうする?」
 シンシアはばっと立ち上がりました。
「子どもたちは二階へあげて。姉さんだけ呼ぶから」
 そして、レイに言いました。
「姉さんと……お母さんと会う気はある?」
「え」
「ちょうど帰ってきたみたい。悪いけれど、ハロルドは……今はまだその時期ではないと思うから。後で顔だけ見てあげて」
 レイは、心の準備もできないままに、承諾しました。
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