4 奇妙な場所

「クロック……」
「王国?」
 ふたりはバートの言葉を理解できず、確認するように繰り返しました。
「はるか昔に『滅んだことにされた』国だ。最近まで隠れていたが、今から十五年前に、とうとう見つかってしまった。この国こそ、君らの親が恐れている『謎』の正体なんだよ」
 そして、腕組みをして、歯車の中に埋まっている人形を一瞥しました。
「あの歯車の中にいるのも、下にいた兵士も、みんな本物の人間だ。恐らく、時を止められて動けなくなっているんだろう」
「なんだって! 恐ろしいことを言うのはやめてくれよ」
 ギルはまた、震えだしました。アリーが口を挟みました。
「どうして、バートがそんなことを知っているの?」
「知っている、というより調べあげたんだ。なかなかに大変だったよ。あんまりにも非現実的な話だということで、この件は国家機密にされていたからな。気づいたら十五年も経っちまっていた」
「あなた、新聞記者ジャーナリストなの?」
「いや、しがない旅人だよ。ただ、この国のことだけは放っておけなくてな」
 それから、相変わらず怯えているギルを見やりました。
「えー、君……君の名前はなんといったかな」
「ギルバート・ワイズ。ギルでいいよ。おっさんは?」
「バートだ」
「本名は?」
「フルネームを言えってことか? そいつはちょいと難しいな」
 すると、ギルは震えるのをやめてバートを睨みつけました。
「なんだよそれ。本名も言えないなんて、怪しいな。さては俺たちをあざむいているんだろう。怖がって損したよ」
「そういうわけじゃないんだ。ただ、俺の名前が知れ渡っちまうと、少々面倒なことになるんだよ」
「面倒って?」
「それを言っちまうと、本名を隠した意味がなくなる」
「ははあ、わかったぞ」
 ギルは急に強気になり、からかうような口調になりました。
「さてはお前、指名手配犯なんだろ。それで、この森に逃げてきたってわけだ」
 バートはこれを侮辱されたと感じたようで、怒りを交えてこう言いました。
「馬鹿を言うな。よし、それならお前たちには俺の本名を教えてやる。だが、今はだめだ。教えるのは、俺の目的を達成してからにしよう」
「目的だって?」
「そうだ、目的だ。簡単に言おう。俺は、この国の時間を動かしたいんだ」
 アリーとギルは顔を見合わせました。この人は何を言っているのでしょう。
 バートはそんなふたりの様子を見て、さっと踵を返しました。
「説明してやる。ついてこい」


 階段を降りて外に出ると、太陽が真上から三人を照らしていました。
「今が何時だかわかるか?」
 そう言われて、ふたりはそれぞれの時計を確認してみました。
「ちょうど十二時だわ」
「俺のもそうなってる」
「だろうな。だが、それは『この国の時刻』だ。その時計は今、クロックの魔力の影響をもろに受けているから、ずっと十二時を指しているのさ。まあ、口で言っても理解できないだろうな。まずは、この国から出よう」


 三人は連れ立って、また森を通り抜け、元の町外れの草原へ戻りました。帰りは早足だったので、二十分程度で帰ることができました。
 ところが、おかしなことに、こちらの草原は薄暗く、日も傾いていました。
「どういうこと? 時計塔にいたときは、あんなに日が高かったのに、こっちはまるで夕方みたい」
「夕方みたいなんじゃない。夕方なんだよ。君たちは森の向こうで夕方まで過ごしていたのさ」
「でも、ずっと十二時だったじゃない」
「あの国は、時が止まっているんだ。何時間経とうと、何年経とうと、時計の針も太陽も動かない。そういう場所だったんだ」
 バートは肩にかけていた袋に手を突っ込むと、七角形の目覚まし時計を取り出しました。
「ちなみに、現在の時刻は夕方の四時三十六分だ。そろそろ帰らないと親御さんに叱られるだろうなあ」
「えっ!」
 ふたりはまた、同時に叫びました。ふたりがアリーの家に集合したのは十一時です。お昼にはそれぞれの家へ帰る予定でした。
 ギルがへなへなと座りこみました。
「道理でお腹が空いていたわけだ。母さん、怒ってるだろうなあ」
「私も。パパたち、お昼ご飯の時に私がいないことに気がついているはずだわ……どうしよう」
「そういえば、お前の両親、日曜なのに仕事してるのか?」
「お店はお休みよ。でも、従業員たちの面倒を見るのも仕事のうちだといって、私には構ってくれないの。たまに、みんなで新作を試作している時もあるわ。でも、お昼ご飯の時間には必ず探しに来るもの。四時じゃ、もうダメだわ」
 バートはうなだれるふたりをジロジロと見ていましたが、急に笑顔になると、ふたりの肩に手を置きました。
「わかる、わかるぞその気持ち。親に叱られることほど面倒なことはないよなあ」
「お前に何がわかるんだよ」
 ギルがきっとバートを睨みつけましたが、バートは動じません。
「わかるとも。俺も昔は子供だったからな。ところでふたりとも、俺と取引をしないか」
「取引?」
 アリーが尋ねると、バートはさらにぐいっと顔をこちらに近づけてきました。
「特別に時間を巻き戻してやろう。一時頃でいいか? それとも十二時がいいか?」
「な、なんの話?」
「君たちを助けてやると言っているんだ。俺は時間を巻き戻せる。まあ、あんまりたくさんは戻せないが、ほんの三、四時間なら訳ないさ」
「そんなこと、できるの?」
「ああ。これから俺に協力してくれると約束するなら、特別に巻き戻してやる」
 アリーが答える前に、ギルがイライラした様子で言いました。
「へえ、だったらやってみてくれよ。もしも俺たちが誰にも叱られずに済んだら、お前の言うことは何だって聞いてやる」
「おっ、言ったな? よし、それじゃ取引成立だ」
 バートはにやりと笑って、また袋に手を突っ込みました。
「俺が十五年かけて開発してきたこの時計があれば……うん?」
 突然、バートの顔がこわばりました。
「どうかしたの?」
「いや、赤い目覚まし時計がこの中にあるはずなんだが……おかしいな、どこへ行ったんだ。あれがなきゃ、時間を巻き戻せない」
 それを聞いて、アリーははっとしました。もしかしたら、この間食堂で貰った、あの目覚まし時計のことかもしれません。
「それ、私が持っている時計かも。あなた、ひょっとして私と出会う前に、食堂に時計を忘れていたりしない?」
 アリーが食堂の場所と時計の特徴を伝えると、みるみるうちにバートの顔がぱあっと明るくなりました。
「でかした! 間違いなくその時計だ。ぜひ返してくれ」
「でも、家に置いてあるの。家にはパパとママがいるし、どうしたらいいかしら」
「ふむ。家ってのは、あの服屋か?」
「あら、パパとママのお店を知っているの?」
「ああ、俺に住所として教えてくれただろう。早速次の日に行ってみたんだが、アリーなんて子供はいないと店の主人に突っぱねられちまった。どうなってんだ?」
「私、平日はおばさんの家に預けられているから、家にはいないことが多いの。後は……そうね、多分……これは私の推測だけれど」
 アリーはバートのどろどろの服、ぼさぼさの頭、不健康そうな土気色の顔をじっと観察しました。パパがこの人を見たらどんな反応をするか、容易に想像がつきます。
「パパは、あなたが汚いから、追い返そうとしたんだと思うわ」
 ギルが苦笑いをしながら言いました。
「そりゃあ、こんな奴が入ってきたら、誰だって嫌だろうなあ」
「そんなに汚いか? 最近の人間は潔癖症なんだな」
 バートはちょっと意外そうに自分の服を引っ張りました。自分の身なりについては、相当鈍感なようです。
「まあいい、それで、時計はその服屋にあるのか?」
「ええ、そうよ。私の部屋」
「部屋は服屋のどの辺りにあるんだ?」
「二階よ。でも、気づかれずに取ってくるのは難しいわ。日曜日はお店を閉めていて静かだから、物音で気づかれてしまうかも」
「なんで気づかれないようにする必要があるんだ?」
「気づかれたら、遅く帰ってきたことがばれて、叱られるじゃない。お昼ご飯だって、すっぽかしちゃったし」
「なんだ、そんなことか」
 バートは子供のようにケラケラと笑いました。
「大丈夫、気づかれたって構わないさ。ま、この俺に任せとけ」
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