2 懐かしい故郷

 第一王女とは、間違いなくレイのことです。レイは驚きと感動と恐怖がごちゃ混ぜになって、ただただ時計を見つめることしかできませんでした。
 そこへ、肩をさすりながらノアが近づいてきました。
「なんだよ、これが当たったのか? 綺麗だけど、何かわからないな」
 レイは、はっと我にかえって、答えました。
「これは、腕時計よ。お父様のものなの」
「腕時計? 何だよそれ」
「腕にはめておく時計よ。知らないの?」
「知らない。初めて聞いたよ。壁にかけるやつと、柱時計と、懐中時計しか知らないぜ」
 ノア曰く、どんな本にも出てきたことはないし、誰の家でもそんなものは見たことがない、ということでした。レイは驚きました。
「なあ、俺にも見せてよ」
「駄目。これは大切なものなの」
 そう言うと、ノアは不服そうな顔をしましたが、それ以上は何も言ってきませんでした。レイはほっとして、それから、自分が帰ろうとしていたことを思い出しました。
「ねえノア、私、今日はもう……」
「あれ? あの人、なんかおかしくね?」
 ノアが指した方向を見ると、スーツを来た品の良い男性が、片足を上げた格好で固まっていました。二人は、何とはなしに、男性のもとへ走りました。
「何してんの?」
 男性は、ノアの声にも反応しませんでした。口を引き締め、胸を張ったままです。目線も、ノアのほうではなく、ただまっすぐに前を見つめていました。体を叩いても駄目です。二人は怖くなって、男性から離れました。
「ねえ、一体、何が起こっているのかしら」
「俺が知りたいよ。ちょっと、誰かを呼んでこよう」
 そう言って大通りに出た二人は、そのまま、ぎょっとして立ちすくんでしまいました。
 大通りの車は皆、ぴたりと止まっていました。でも、何の音もしていないのです。待ちゆく人も、同じように止まっていました。髪の毛だけが風に煽られたまま宙に浮いていたり、振り返ったポーズのまま動かなかったり、ドアノブに手をかけたまま止まっている人もいました。手に持った煙草と口から煙を出したまんまの人もいます。その煙も、当然のように止まっていました。
 しんとしたまま、誰も、何も、動いていませんでした。この、しんとした不気味な光景を、レイは知っていました。それと同時に、イザドラがかつて放った言葉も思い出しました。

「時が止まったんだわ」
「おい、何を言い出すんだよ」
「時が止まったのよ。そうよ。そうに決まっているわ」
 レイにはそうとしか思えませんでした。今なら、この言葉の意味がよくわかりました。ねじの切れたゼンマイ人形やオルゴールのように、あらゆる物が動かなくなっているのです。
 一方のノアは、突然声が大きくなったレイに驚いているばかりでした。
「お前はなんなんだ。俺の家にあんな場所があることも知っていた。これもお前の仕業か? そうか、さてはお前、魔女だな」
「違うわ!」
 レイは叫びました。
「私は、外から来ただけなの。ただの、そう、『外国人』なのよ」
「どこから来たのさ」
「クロック。クロック王国よ。私は、そこから連れてこられたの。だから、本当の家に帰りたいの。あなたが行った場所は、私のふるさとなのよ」
「へえ!」
 ノアは、心底感心したようでした。それから、手を叩いて大声を出しました。
「だったら、チャンスだ! 今のうちに帰ろうぜ。母さんだって、こんな彫刻みたいに止まっていたんじゃ、俺のすることに口出しできねえ」
 なるほど、確かに、今ならノアの家へ入り込めるかもしれません。
 お父様が、私を助けてくれたのかもしれない。レイはそう思いました。
「行こうぜ」
 ノアが駆け出しました。レイも腕時計をはめてから、後を追いました。
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