2 懐かしい故郷

 彼らの活動は、不可解極まりないものでした。
まず、ノアたちは、昆虫や爬虫類を集めてきて、ターゲットの人物の周辺にばらまきました。そして、相手――今回は白い髭のおじいさんでした――が怒ってこちらにやってくる前に急いで逃げました。レイも慌てて彼らを追いかけました。恐怖に怯えながら走ったので、レイの顔は赤くなったり青くなったりしました。
「どうしてこんなことをするの!?」
ノアは胸を張って言いました。
「あのじいさんは、この前、自分の家に財布を忘れたんだ。ところがあのぼけじじい、一向に認めようとしないで、俺たちが盗んだんだと言い張りやがった。おかげで俺たちはえらい目にあったよ。しかも、未だに謝ろうとしない。だからこれは、ささやかな仕返しというわけだ。俺たちは、意味のないことはしない。ためになることだけをやるのさ」
 ノアは得意顔でしたが、レイは、何かが間違っているような気がしました。そこで、他の子供たちが帰ってしまってから、ノアに告げました。
「私、あなたたちと、その……『ためになること』をする気はないの。あなたに会いに来ただけ」
「それは何だい、つまり、俺のファンだったというわけか? 悪いけど今は、色紙もペンも持ち合わせちゃいないよ」
 夕焼けに照らされた噴水の前で、ノアは困ったように頭をかきました。レイは、このままではどこまでも話がすれ違い続けるだろうと考えました。そして、単刀直入に言ってみることにしました。
「あなたの家の屋根裏に、行ってみたいの」
「何でだよ。お前の家には屋根がないとでもいうのか?」
 さっきまで上機嫌だったノアの表情が一変しました。レイは続けました。
「違うわ。あなたの家の屋根裏に、扉があるでしょう。きっと、あるはずなの。私には、どうしてもそれが必要なの」
「なんでお前が俺ん家の屋根裏のことを知ってるんだよ。屋根裏なんて、年に一度か二度、使用人が上がるだけだぞ。俺だって行ったことがない。扉なんか、あるもんか」
「あるわ。あるはずなの、私の記憶が正しければ」
 沈黙が流れました。すべて言ってしまってから、レイは、自分はなんておかしな話をしてしまったのだろうと後悔しました。
「……やってらんねえ」
 ノアはぼそりと呟いて、レイに背を向け、何も言わずに帰ってしまいました。

 それから暫くの間、レイはいつも通りに生活していました。ノアはもう自分とは会ってくれないだろうと思ったし、会うつもりもありませんでした。
 しかし、あるとき、下校しようとしていたレイのもとに、一人の少年がやってきました。それは、ノアと一緒に噴水広場にいた少年でした。
「ノアが、お前に会いたがってる。多分、もう広場にいるだろうから、行って来いよ」
 これにはレイもびっくりしました。
「あなたは行かないの?」
「俺たち、今日は休みなんだ。集まるのは招集命令がかかったときだけだ」
 そう言って、彼は去っていきました。レイは首を捻りながら、門を出て家とは逆方向に歩きだしました。

「どういうことだよ!」
 噴水のわきに腰かけていたノアは、レイを見ると跳ね上がってレイに駆けより、そして叫ぶようにこう言い放ちました。レイは何と返せばよいのかわかりませんでした。ノアは興奮気味に続けました。
「すげえよ、昨日の夜、父さんに内緒で屋根裏に上ってみたらさあ、本当に扉があったんだよ。開けたら変な小屋みたいな部屋があって、外に出たら昼間だったんだよ! まるで冒険小説の主人公になった気分だった。それで丘を降りていったら小さな家が沢山並んでいて……」
 ノアの話はすべて、レイにとっての故郷の光景と重なりました。やはり、彼の家で間違いなかったのです。レイは、つとめて冷静に尋ねました。
「それで、どこまで行って帰ってきたの?」
「ええと、白い建物の向こうに森があったんだよ。物凄く気味が悪かった。それで、帰ろうかどうか迷っていたら、変なじいさんに襟首捕まれたんだ」
 毛むくじゃらでしわくちゃのおじいさんは、どこから来たのかと、ノアに尋ねました。ノアが正直に答えると、おじいさんはノアを睨み付け、「すぐに帰れ」と怒鳴りつけたそうです。
 そのおじいさんに、レイは心当たりがありました。怒鳴っている姿を見たことはありませんが、あの国にいるおじいさんなんて、一人しかいません。
 すべて吐き出して満足したのか、ノアは噴水わきに腰を戻しました。そして、息を整えながら尋ねました。
「なんで、あんな凄いところを知っていたんだよ。レイチェル、お前は魔女なのか? それとも妖精?」
「ううん、どちらでもないの。でも、私、そこに行きたいの。どうにかできないかしら」
「難しいな。うち、母さんが厳しいんだよ。程度の低い友だちは家に連れてきちゃだめだって言うんだ。もちろん、俺は程度の低い友だちなんかつくったことはないさ。でも、なぜか誰も招待できたことがないんだ」
 ノアは、この上なく不機嫌そうな顔で言いました。レイも、困ってしまいました。しかし、普通に考えて、他人の家にあがりこんで屋根裏を見せてもらうなんて、おかしな話です。
 二人は、暫く黙って、考え込みました。しかし、数分考えたくらいでは、何も思いつきませんでした。
 仕方がありません。今日は一度家に帰ろう、レイはそう思い、ノアに伝えようとしました。そのとき、
 ――カシャン。
「いてっ!」
 軽い金属音と同時に、ノアが右肩を押さえてうずくまりました。
「どうしたの?」
「何かが肩に当たったみたいだ。めちゃくちゃ痛い!」
 見ると、地面に何か、キラリと光るものが落ちていました。レイはそれを拾い上げてみて、言葉を失いました。
「これ……」
 それは、金色の腕時計でした。文字盤には王冠が刻まれていました。
 それは、レイのお父さんが持っていた時計でした。どうして、こんなところにあるのでしょう。箱に入れて、何重にもくるんで、鍵付きの引き出しにしまっておいたはずなのに。
 レイは、時計に傷がないかを調べながら、何気なく腕輪の部分を見てみました。そして、この時計のある変化に気が付きました。文字盤の裏側に、小さく文字が浮かび上がっていたのです。

 第十七代クロック国王第一子、第一王女に、使用を許可する。
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