3 ふたつの時計

 ふたりきりになると、なおさら気まずくて、アリーは下を向きました。
 ギルは驚いた表情で、じろじろとアリーを観察していましたが、やがて独り言のようにぽつりと呟きました。
「おまえ、女だったんだ」
「はあ?!」
 アリーはばっと顔を上げました。いったい今まで、アリーをなんだと思っていたのでしょう。
「てっきり男だと思ってた。名前だってアレックスだし」
「私の本名はアレクサンドラよ。それに、その名前はもう使わないことにしたの。今はアリーと呼ばれているのよ。失礼にも程があるわ!」
 アリーは立ち上がってギルを睨み付けました。なんてことを言ってくれるのでしょう。
 そのあまりの剣幕に、ギルは度肝を抜かれたようでした。はじめの気だるそうな表情から一変、野生のライオンにでも出くわしたかのような顔で弁解をはじめました。
「そんなこと言ったって、これまでは髪も短かったし、男っぽい服装だったし、数える程しか会ったことがないし」
「それはそうだけれど、今の発言はあんまりだわ」
 アリーはむすっとして腕を組みました。
「だいたい、私はあなたに会いたくて来たわけじゃないの。帽子を持っているアレクサンドラさんを探しているのよ」
 ギルは不思議そうな顔をしました。
「それは、おまえの本名だろ。たった今、言っていたじゃないか」
「それとは別に、この名前を持つ人がいるはずなのよ。この帽子の持ち主がね」
 アリーは自分の帽子を取ると、裏地をギルに見せて、これまでのことを話しました。
「というわけで、この帽子について調べているの」
「なるほど」
 ギルは帽子の裏側の時計をじっくりと観察してから、アリーに返しました。
「これ、サンディおばさんの帽子にそっくりだな」
「誰のこと?」
「俺の叔母さん。昔一緒に住んでいたのさ。あの人の本名もアレクサンドラだった」
 そう言うとギルはいきなり席を立って、部屋から出て行ってしまいました。アリーは慌てて追いました。
 ギルは中庭にいました。そこにはおばさんもいました。アリーが追いつくと、ギルがこちらを振り返ってにいっと笑いました。
「当たりだったよ」
「本当?」
 アリーはぱっと笑顔になりました。すると、その横で帽子を持っていたおばさんが、アリーの顔をまじまじと見て、静かに言いました。
「これは、確かに、私の姉の帽子よ。少し前に、私がレイチェルに送ったの。でも、どうしてあなたが?」
 レイチェルとは、あのお針子のレイのことでしょう。アリーは答えました。
「レイが、私にくれたの。いらないからって。でも、レイはこの帽子について何も教えてくれなくて。ここに来たら、持ち主のアレクサンドラさんに会えると思ったの」
「そう」
 おばさんは、アリーの視線にあわせて、しゃがみこみました。そして、アリーの肩をだき、その目をまっすぐに見つめました。
「残念だけれど、アレクサンドラは……私の姉は、亡くなっているの」
「え……」
「ほんの数日前にね。だからこの帽子は、姉の形見なの。それでレイチェルに送ったのだけれど、いらないというのなら仕方ないわね」
 アリーは、おばさんの手に乗っている帽子を見ました。この帽子の持ち主が、もういないなんて、予想だにしませんでした。
「ごめんなさい、そんなこと、ちっとも知らなくて。帽子は返します」
「いいえ」
 おばさんはかがんで、帽子をアリーの頭にやさしくかぶせました。
「レイチェルがあなたに譲ったのなら、それでもいいわ。姉もきっと喜ぶでしょう」
「でも」
「いいのよ。その代わり、大切にしてね」
 おばさんはやわらかく微笑んで立ち上がりました。アリーは顔を赤くして頷きました。


 さて、これで用事はすべて済みました。アリーはすぐに帰ろうとしたのですが、それを引き止めたのは意外にもギルでした。
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