3 ふたつの時計
あれから、アリーは何度もレイに、帽子について尋ねましたが、毎回はぐらかされてしまい、有力な情報は掴めませんでした。しかし、昨晩、思わぬところでアリーは帽子の持ち主を知ることとなりました。
「パパ、それは何?」
「アルバムだよ。なぜだか突然、昔の写真を見返したくなってね。そうだ、これをご覧。隣町のギルを知っているだろう? あそこに昔、おまえと同じ『アレクサンドラ』という名前の人が住んでいたんだ。おまえも会ったことがあるはずだぞ」
見せてもらった写真には、パパとママ、それから隣町に住んでいるというパパの友達とその奥さん、そして、フェルト地の赤いベレー帽を被った女の人が写っていました。その帽子はアリーの手元にあるものとそっくりでした。
なるほど、これなら、帽子に「アレクサンドラ」の名前が出るのも頷けます。
次の日、運のいいことにその日はちょうどお休みだったので、アリーはまた、お気に入りの服を着て、帽子をかぶり、隣町へ出かけました。
パパとママは忙しそうだったので、アリーはひとりでこっそり出かけました。ひとりでどこかへ出かけることには慣れっこでした。いつだって、パパとママはお客さんや従業員の相手をするのに夢中で、アリーが消えたって気づきもしないのです。
隣町には、ギルという少年が住んでいました。アリーとギルのパパは昔からの友達で、よくお互いの家を行き来していました。アリーも何度か隣町に連れて行ってもらったことがあります。ギルはぐるぐるした黒い髪の毛の男の子で、アリーより一つ年上の十一歳でした。ぶっきらぼうで口が悪くて、正直好きにはなれませんでしたが、今回ばかりは仕方がありません。アリーはこの帽子が何なのか知りたいのです。
一時間ほど歩き続けると、隣町へ来ることができました。記憶を頼りに足を進めると、賑やかな通りの一角に、見覚えのある、緑の屋根の家が見えました。ここへ来るのは随分と久しぶりでした。アリーは家の前で立ち止まり、深呼吸をしてから、ぎこちなく呼び鈴を鳴らしました。
「あら、いらっしゃい。ええと、どなたかしら」
顔を出したのは、ギルのお母さんでした。アリーは、何と言えばいいのかわかりませんでした。いくら長いこと訪れなかったとはいえ、いきなり「どなた」と言われるとは思いもしませんでした。
「お久しぶりです、おばさん。私は、その、アリーです。隣町の、アレクサンドラ……」
「あら、もしかして、『アレックス』? 随分と女の子らしくなったのね」
アリーはその名前を聞いて、腹をたてました。そちらの名前で呼ばれるのは嫌いなのです。
「いいえ、アリーです。その名前は、やめました」
「まあ、そうなの。お久しぶり、一人で来たの?」
おばさんは、特に理由を聞くこともせず、にこやかにアリーを招き入れてくれました。おばさんは、アリーを居間に通すと、搾りたてのオレンジジュースをグラスに注いでくれました。
「ちょうどよかった。今日はお休みだから、ギルもいるのよ」
「いえ、それは別に、いいです」
今日は別に、ギルに会いたかったわけではありません。第一、アリーはギルのことが苦手でした。年上だからといっていばりちらすし、いじわるばかりされるからです。
けれども、アリーが止める間もなく、おばさんはギルを呼んでしまいました。
連れてこられたギルは、ひどく迷惑そうな顔でした。
「なんだよ、人が忙しいときに……」
そして、アリーのほうを見て、目をまるくしました。
「誰だよ、おまえ」
「ギル、アレックスよ。忘れたの?」
その名前はやめて、とアリーはいいたくなりましたが、何度も同じことを言うのは気が引けるので、ぐっとこらえました。
「じゃあ、お母さんは中庭の掃除をしているから。何かあったら呼んでね」
おばさんは、ギルの前にもジュースの入ったグラスを置くと、すぐに行ってしまいました。
「パパ、それは何?」
「アルバムだよ。なぜだか突然、昔の写真を見返したくなってね。そうだ、これをご覧。隣町のギルを知っているだろう? あそこに昔、おまえと同じ『アレクサンドラ』という名前の人が住んでいたんだ。おまえも会ったことがあるはずだぞ」
見せてもらった写真には、パパとママ、それから隣町に住んでいるというパパの友達とその奥さん、そして、フェルト地の赤いベレー帽を被った女の人が写っていました。その帽子はアリーの手元にあるものとそっくりでした。
なるほど、これなら、帽子に「アレクサンドラ」の名前が出るのも頷けます。
次の日、運のいいことにその日はちょうどお休みだったので、アリーはまた、お気に入りの服を着て、帽子をかぶり、隣町へ出かけました。
パパとママは忙しそうだったので、アリーはひとりでこっそり出かけました。ひとりでどこかへ出かけることには慣れっこでした。いつだって、パパとママはお客さんや従業員の相手をするのに夢中で、アリーが消えたって気づきもしないのです。
隣町には、ギルという少年が住んでいました。アリーとギルのパパは昔からの友達で、よくお互いの家を行き来していました。アリーも何度か隣町に連れて行ってもらったことがあります。ギルはぐるぐるした黒い髪の毛の男の子で、アリーより一つ年上の十一歳でした。ぶっきらぼうで口が悪くて、正直好きにはなれませんでしたが、今回ばかりは仕方がありません。アリーはこの帽子が何なのか知りたいのです。
一時間ほど歩き続けると、隣町へ来ることができました。記憶を頼りに足を進めると、賑やかな通りの一角に、見覚えのある、緑の屋根の家が見えました。ここへ来るのは随分と久しぶりでした。アリーは家の前で立ち止まり、深呼吸をしてから、ぎこちなく呼び鈴を鳴らしました。
「あら、いらっしゃい。ええと、どなたかしら」
顔を出したのは、ギルのお母さんでした。アリーは、何と言えばいいのかわかりませんでした。いくら長いこと訪れなかったとはいえ、いきなり「どなた」と言われるとは思いもしませんでした。
「お久しぶりです、おばさん。私は、その、アリーです。隣町の、アレクサンドラ……」
「あら、もしかして、『アレックス』? 随分と女の子らしくなったのね」
アリーはその名前を聞いて、腹をたてました。そちらの名前で呼ばれるのは嫌いなのです。
「いいえ、アリーです。その名前は、やめました」
「まあ、そうなの。お久しぶり、一人で来たの?」
おばさんは、特に理由を聞くこともせず、にこやかにアリーを招き入れてくれました。おばさんは、アリーを居間に通すと、搾りたてのオレンジジュースをグラスに注いでくれました。
「ちょうどよかった。今日はお休みだから、ギルもいるのよ」
「いえ、それは別に、いいです」
今日は別に、ギルに会いたかったわけではありません。第一、アリーはギルのことが苦手でした。年上だからといっていばりちらすし、いじわるばかりされるからです。
けれども、アリーが止める間もなく、おばさんはギルを呼んでしまいました。
連れてこられたギルは、ひどく迷惑そうな顔でした。
「なんだよ、人が忙しいときに……」
そして、アリーのほうを見て、目をまるくしました。
「誰だよ、おまえ」
「ギル、アレックスよ。忘れたの?」
その名前はやめて、とアリーはいいたくなりましたが、何度も同じことを言うのは気が引けるので、ぐっとこらえました。
「じゃあ、お母さんは中庭の掃除をしているから。何かあったら呼んでね」
おばさんは、ギルの前にもジュースの入ったグラスを置くと、すぐに行ってしまいました。