10 真実のお話
おばさんとレイとハルは、長い間話をしていました。途中でおじさん、つまりギルのお父さんが帰ってきたのもあって、さらに話は長くなりました。暇になったアリーとギルは外に出て、ぼんやりと空を眺めていました。
「森へ行ったか?」
両手をポケットに入れ、外壁に背を預けていたギルがぽつりと言いました。
「ええ」
「どうだった?」
「つまらない場所になっていたわ。ただの、立ち入り禁止の荒地よ」
「そうかあ」
ギルはそれだけ言い、ふたりの間には沈黙が流れました。
「俺たちがいた場所のことを話しても、信じてくれる人は少ないだろうな」
「あなたのパパとママは信じてくれたじゃない」
「まあ、母さんはフローのこと知ってたしな。お前の家は?」
「『ふたりの言うことなら嘘だとは思わない』って」
「ふうん」
ギルは身体を起こして壁に背をつけるのをやめました。
「まあ、変なことばっかりだったもんな」
「うん。でも、無駄じゃなかったわ」
「俺もそう思う。けど、数年ぶりにアレックスに会ったら、こんなことになるなんてな」
それから、急いでつけくわえました。
「もちろん、今はアリーだっていうのはわかってるぜ」
それから、ちょっと笑って言いました。
「正直、兄さんがおかしくなったときは、俺、あの懐中時計のこと恨めしく思ったんだ。でも、今はあの時計を気に入ってる。あれのおかげで兄さんの本音が聞けた。兄さんも、これまでは自分のことほとんど話してくれなかったけど、最近はたくさん話をしてくれるんだ。今じゃフローにも会えるし、世界にひとつしかない最高の時計だよ」
「そうね」
アリーもギルを見て微笑みました。アリーも、あの帽子のことをとても気に入っていました。でも、アリーの帽子はレイの手元で消えてしまいました。不思議で不気味でかわいらしい赤帽子は、もう返ってはこないのです。
やがて月日は流れ、念願のクリスマスが近づいてきました。お店の人はひとり、またひとりと自分の故郷へと帰ってしまいました。レイは毎年こちらに残っていましたが、今年の十二月のある日、レイは思いきった様子でアリーに言いました。
「どうするか迷っていたんだけれど、今年はやっぱり父と姉のもとへ行くことにするわ。せっかく家族が仲直りしたのだもの。向こうの家族も私には大切な家族なの」
アリーは残念に思いましたが、レイが家族と会えるのならと黙って承知しました。
そして今日、レイが旅立ってしまう日がきました。
出発の日の朝、アリーはレイに呼ばれて、彼女の部屋を訪ねました。レイはすでに上着を着ていて、足元には大きな鞄を置いていました。
「これ、クリスマスには少し早いけど渡しておこうと思って。私は今日からいなくなってしまうから」
手渡されたのは、綺麗に包装 された小さな箱でした。
アリーは慌てました。レイがクリスマスに家にいないと聞いていたので、レイに渡すプレゼントはレイが帰ってきてからにしようと部屋に置きっぱなしにしていたのです。取りに行こうとしましたが、レイは首を振りました。
「せっかくだから、帰ってきてからのお楽しみにするわ。先にこれを開けてみて」
そこでアリーは箱のリボンをほどき、蓋をとってみました。
箱の中を見た瞬間、アリーはびっくりして言葉を失いました。だってそこには、あるはずのないものが入っていたのです。
「どうして……!?」
入っていたのはなんと、赤いフェルト地のベレー帽でした。色も形も、あの帽子と完全に同じです。アリーは思わず裏側を確認しましたが、そこにはただ、白い裏地があるだけでした。
「これ、どうしたの? だって、前のはもう……」
そう、アリーがずっとかぶっていたレイの帽子は、レイの手の中で砂となって消えてしまったはずなのです。
「作ったの。あの帽子、アリーが気に入っていたみたいだったから」
レイは頰を赤くして言いました。
「はじめは買おうと思ってお店をあちこち回ったけれど、いい帽子は見つからなかったの。それで、あなたのお父様にお願いして、片っ端から赤い生地を見せてもらったの。それでもピンとくるものがなかったから、とうとう問屋さんにお願いして探してもらって、ようやくあの帽子とよく似た生地を見つけたの。記憶だけを頼りに作ったから完全に同じようにはできなかったけれど、どうかしら」
「すごい、すごいわ。レイ、ありがとう!」
アリーは喜びいさんで、レイの両手をとりました。実をいうと、アリーはあの帽子のことが惜しくて仕方がなかったのです。赤帽子がなくなってしまってからというもの、アリーはあのお気に入りの服を着ても楽しい気分になれず、クローゼットにしまいっぱなしになっていました。
「喜んでくれてよかった。いつか、あなたにはお礼がしたかったの」
レイはそっとベレー帽をアリーの頭に載せ、口元をほころばせました。
「似合ってる。やっぱり、あなたにはこの色が一番似合うわ。これが、本物の帽子だったらもっとよかったのだけれど」
「いいえ、前のよりずっといいわ」
この帽子は、レイがアリーのためだけに作ってくれたのです。長い間、口すら聞いてくれなかったレイが、アリーを友達と認め、こんな素敵なプレゼントまでくれたのです。
「私、この帽子をずっと大切にするわ。世界で一番素敵な、私だけの帽子だもの」
こうして、不思議な物語のきっかけとなった赤帽子は、かけがえのない思い出のつまった素晴らしい帽子となったのでした。
(おわり)
※次ページは後書きです。
「森へ行ったか?」
両手をポケットに入れ、外壁に背を預けていたギルがぽつりと言いました。
「ええ」
「どうだった?」
「つまらない場所になっていたわ。ただの、立ち入り禁止の荒地よ」
「そうかあ」
ギルはそれだけ言い、ふたりの間には沈黙が流れました。
「俺たちがいた場所のことを話しても、信じてくれる人は少ないだろうな」
「あなたのパパとママは信じてくれたじゃない」
「まあ、母さんはフローのこと知ってたしな。お前の家は?」
「『ふたりの言うことなら嘘だとは思わない』って」
「ふうん」
ギルは身体を起こして壁に背をつけるのをやめました。
「まあ、変なことばっかりだったもんな」
「うん。でも、無駄じゃなかったわ」
「俺もそう思う。けど、数年ぶりにアレックスに会ったら、こんなことになるなんてな」
それから、急いでつけくわえました。
「もちろん、今はアリーだっていうのはわかってるぜ」
それから、ちょっと笑って言いました。
「正直、兄さんがおかしくなったときは、俺、あの懐中時計のこと恨めしく思ったんだ。でも、今はあの時計を気に入ってる。あれのおかげで兄さんの本音が聞けた。兄さんも、これまでは自分のことほとんど話してくれなかったけど、最近はたくさん話をしてくれるんだ。今じゃフローにも会えるし、世界にひとつしかない最高の時計だよ」
「そうね」
アリーもギルを見て微笑みました。アリーも、あの帽子のことをとても気に入っていました。でも、アリーの帽子はレイの手元で消えてしまいました。不思議で不気味でかわいらしい赤帽子は、もう返ってはこないのです。
やがて月日は流れ、念願のクリスマスが近づいてきました。お店の人はひとり、またひとりと自分の故郷へと帰ってしまいました。レイは毎年こちらに残っていましたが、今年の十二月のある日、レイは思いきった様子でアリーに言いました。
「どうするか迷っていたんだけれど、今年はやっぱり父と姉のもとへ行くことにするわ。せっかく家族が仲直りしたのだもの。向こうの家族も私には大切な家族なの」
アリーは残念に思いましたが、レイが家族と会えるのならと黙って承知しました。
そして今日、レイが旅立ってしまう日がきました。
出発の日の朝、アリーはレイに呼ばれて、彼女の部屋を訪ねました。レイはすでに上着を着ていて、足元には大きな鞄を置いていました。
「これ、クリスマスには少し早いけど渡しておこうと思って。私は今日からいなくなってしまうから」
手渡されたのは、綺麗に
アリーは慌てました。レイがクリスマスに家にいないと聞いていたので、レイに渡すプレゼントはレイが帰ってきてからにしようと部屋に置きっぱなしにしていたのです。取りに行こうとしましたが、レイは首を振りました。
「せっかくだから、帰ってきてからのお楽しみにするわ。先にこれを開けてみて」
そこでアリーは箱のリボンをほどき、蓋をとってみました。
箱の中を見た瞬間、アリーはびっくりして言葉を失いました。だってそこには、あるはずのないものが入っていたのです。
「どうして……!?」
入っていたのはなんと、赤いフェルト地のベレー帽でした。色も形も、あの帽子と完全に同じです。アリーは思わず裏側を確認しましたが、そこにはただ、白い裏地があるだけでした。
「これ、どうしたの? だって、前のはもう……」
そう、アリーがずっとかぶっていたレイの帽子は、レイの手の中で砂となって消えてしまったはずなのです。
「作ったの。あの帽子、アリーが気に入っていたみたいだったから」
レイは頰を赤くして言いました。
「はじめは買おうと思ってお店をあちこち回ったけれど、いい帽子は見つからなかったの。それで、あなたのお父様にお願いして、片っ端から赤い生地を見せてもらったの。それでもピンとくるものがなかったから、とうとう問屋さんにお願いして探してもらって、ようやくあの帽子とよく似た生地を見つけたの。記憶だけを頼りに作ったから完全に同じようにはできなかったけれど、どうかしら」
「すごい、すごいわ。レイ、ありがとう!」
アリーは喜びいさんで、レイの両手をとりました。実をいうと、アリーはあの帽子のことが惜しくて仕方がなかったのです。赤帽子がなくなってしまってからというもの、アリーはあのお気に入りの服を着ても楽しい気分になれず、クローゼットにしまいっぱなしになっていました。
「喜んでくれてよかった。いつか、あなたにはお礼がしたかったの」
レイはそっとベレー帽をアリーの頭に載せ、口元をほころばせました。
「似合ってる。やっぱり、あなたにはこの色が一番似合うわ。これが、本物の帽子だったらもっとよかったのだけれど」
「いいえ、前のよりずっといいわ」
この帽子は、レイがアリーのためだけに作ってくれたのです。長い間、口すら聞いてくれなかったレイが、アリーを友達と認め、こんな素敵なプレゼントまでくれたのです。
「私、この帽子をずっと大切にするわ。世界で一番素敵な、私だけの帽子だもの」
こうして、不思議な物語のきっかけとなった赤帽子は、かけがえのない思い出のつまった素晴らしい帽子となったのでした。
(おわり)
※次ページは後書きです。