2 ギルと懐中時計

 食事がすむと、ギルはハルに詰め寄りました。
「で、いいものってなんなのさ。まさか、嘘をついていたの?」
「せっかく母さんをなだめておいたのに、ひどいなあ。まあいいや、これだよ」
 ハルが見せてくれたのは、少し錆びて、塗装がはげかけた、銀の懐中時計でした。ギルはそれをよく知っていました。
「なあんだ、それ、兄さんが父さんに貰ったものじゃないか。今更欲しくないよ」
「昔あんなに羨ましがっていたくせに。いらないなら捨てるか、売るしかないね」
「なんだって?」
 ギルはびっくりしました。こんなにいい時計を捨てるだなんて、どういうことでしょう。
「僕は、これを手放したいんだ。だから、ギルがいらないと言うのなら仕方がない」
「わかった、貰う、貰うよ」
 慌てて叫ぶと、ハルはほっとした表情をしました。
「よかった。それがいい。だって、この時計は元々おまえの父さんのものなのだから」
 ハルは笑って、部屋に引き上げていきました。
 こうして、ギルは懐中時計を受け取りました。

 その夜のことでした。
 肩を強く揺さぶられたような感覚がして、ギルは目を覚ましました。わけもわからず、ぼうっとしていると、頭の上のほうから甲高い声が降ってきました。
「起きて、起きて、王子様」
 むくりと上半身を起こしてあたりを見回してみましたが、人の気配は感じられません。気のせいだと思ったギルは、もう一度布団を被って眠ろうとしました。しかし、妙な声は消えるどころか、さらに大きくなったのです。
「起きて、起きて、起きて!」
「もう、誰だよ」
 こうも騒がしいと、寝ることもできません。頭にきたギルは布団と枕を跳ね飛ばして起き上がり、枕元のランプをつけました。
「私、私! 私はここ!」
 眩しい中を、寝ぼけ眼で探っていくと、机の上に行き当たりました。そこには、夕食後にハルから譲り受けた懐中時計が無造作に置かれていました。どうやら、声の主はこれのようでした。ギルは気味悪く思いながらも、そっと蓋を開けてみました。
「わあ!」
 蓋をずらした瞬間、強い光が目に突き刺さりました。まるで、写真撮影のフラッシュを間近で浴びせられたかのようです。ギルは思わず時計を放り出して両目を押さえました。
 ガン! と懐中時計が床に打ち付ける音が聞こえました。それと同時に、さっきの声も聞こえました。
「ちょっと、気をつけて!」
 気をつけるも何も、時計が光ったりするからいけないのです。ギルは文句を言おうとして目を開け、そして絶句しました。
 転がった時計の傍らには、黒い衣をまとった少女がいました。ギルより少し年上でしょうか。もっさりとした髪を無理やり二つにまとめあげたかのような髪型と、時計の針のような不思議な髪飾りも、そうとう奇抜でしたが、とにかくギルは、彼女の全身が透き通り、光り輝いていることに驚かざるを得ませんでした。彼女の透き通るような白い肌は本当に透き通っていて、後ろにある家具や壁が、はっきりと見えるのです。
「お久しぶり。私のことは覚えてないかな」
 恐怖で腰が抜けているギルをよそに、少女はぺらぺらと好き勝手に喋りはじめました。
「私はフロー、時の精霊。あなたが時計のねじを巻いたから、こうして出てこられたの」
 はじめ、ギルは目を白黒させながら話を聞いていましたが、だんだん頭も冴えてきて、こんな少女ひとりに怯えているのが馬鹿らしくなってきました。そこで言いました。
「何の話かわからないし、俺は王子様じゃない。人違いだろ。俺は幽霊と喋る気はない」
 すると少女はむっとしました。
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