10 真実のお話
ある日、アリーは久しぶりにギルの家を訪ねました。でも、本当にこの家に呼ばれているのはアリーではなく、レイでした。アリーはもう、自分の好奇心ばかりを優先すべきでないということをよくわかっていたので、大人しく留守番をしているつもりでした。しかし、レイがアリーの同行を強く求めたので、アリーは身支度をして、彼女についていくことにしました。
はじめのうち、ふたりは無言のまま歩いていました。ただ、少し緊張気味のアリーに対して、レイはとても落ちついて見えました。
あれだけの葉を生い茂らせていた木々も、今はすっかり葉を枯らし、剥き出しの枝にかろうじて数枚残っているだけになりました。日が暮れるのも早くなり、本格的に冬が近づいているのがわかります。気のせいか、駅に向かう人々も以前より早足になっていました。
レイはときどき、通りがかったお店のショーウィンドウをじっと見ていました。それはたいてい、洋服や布地を取り扱っている店でした。もしかしたら、なにか欲しいものがあるのかもしれません。
そこでアリーはあえて何も聞かず、レイが立ちどまるたび、一緒に足を止めてレイが満足するまで待ってあげました。でも、彼女は何も買おうとはしませんでした。
「やっぱり紅 が好きなのね」
彼女は突然、窓を見るのをやめて、こちらを向きました。
「え」
アリーはびっくりして、右隣にいるレイの方を振りかえりました。あんまり勢いよく振りかえったせいで、着ていたケープが大きく左右にひるがえり、ゆらゆらと揺れてからおとなしくなりました。肌寒くなってきたので、アリーはお気に入りの、上品なワインレッドのケープコートをまとっていました。
「いつも紅 い服を着てるでしょう」
「ええ……どうしてか、昔からこういう色が好きなの」
「やっぱりそうなのね。とても似合っているわ」
レイは目を細めて、どこかいとおしげにアリーのことを見つめました。アリーには、レイの考えていることがさっぱりわかりませんでした。
ギルの家は、前に来たときとちっとも変わっていませんでした。でも、今日ばかりは敷居の高い、見知らぬ家に見えました。
「私もついてきてよかったの?」
「もちろんよ」
呼び鈴を鳴らしたあと、レイは安堵したようにため息をつきました。
「またここに来られてよかった。以前ここに来たときは、ひどい別れ方をしてしまったから」
やがて、おばさんがふたりを出迎えてくれました。
「来てくれてありがとう。またあなたと、こうしてお話できるなんて嬉しいわ」
「こちらこそ、お招きありがとうございます。すみません、ここのところずっと忙しくて。本当はもっと早くに来るべきでした」
「まあ、そんな固いこと言わないで。来てくれただけで嬉しいんだから。あらアリー、どうしたの? そんなにかしこまっちゃって」
「い、いえ」
アリーはレイのあとに続いて、おずおずと中に入りました。てっきり、ギルたちも中にいるものだと思っていましたが、居間には人がおらず、がらんとしています。
なんだ、留守なんだ──と思った、そのときでした。
「やっと来た! 待ってたんだよ、大変なんだ」
ドタドタと階段を駆けおりる音がしたかと思うと、バン!と奥の扉が開き、ギルが勢いよくこちらに走ってきました。
「まあ、どうしたの。家の中を走らないで!」
「それどころじゃないんだよ。いいから、いいからちょっと来て!」
「ギル!」
「母さん、ちょっと待ってて。あとで降りてくるから!」
おばさんが止めるのも聞かず、ギルは右手でレイの、左手でアリーの腕を掴むと、階段の上へ引っ張っていきました。
上の部屋では、ハルが椅子に腰かけて、何かを見ていました。そしてアリーたちが来ると立ちあがり、見ていたその「何か」を閉じました。
「来てくれたんだ。アリー、姉さん」
あれから、ハルはレイを「姉さん」と呼び、ときどき会いにもきてくれていました。背の高いハルが、小さなレイを見下ろして姉さんと呼ぶのは、いつ見ても奇妙な光景でした。
「いったい、どうしたの?」
「急にごめんね。ほらギル、ふたりの腕を離してあげて」
「連れてこいって言ったのは兄さんじゃないか」
「だからって、こんな乱暴に連れてくることないだろう! ふたりとも、驚かせてごめん。実は、これを見てほしいんだ」
彼が取りだしたのは、なんと、あの銀の懐中時計でした。あのとき黒く焦げていたのが嘘のように、ピカピカと輝いています。
そしてその蓋を開けると──なんということでしょう、その文字盤は輝き、中から誰かがゆっくりと出てくるではありませんか!
「ああっ!」
それは小さな女の子でした。そして、アリーはその女の子に見覚えがありました。
「あなたは、時の精霊!」
「うん。久しぶりだね、アリー」
精霊は以前と違う、年相応の無邪気な笑顔をこちらに向けました。その声は麗らかで透きとおっていて、あの不気味なしゃがれ声とはまるで別物でした。
「どうしたの? まるで別人みたい」
「アリー、これが『フロー』だよ。前に話したろ? もう少し話しやすいやつだったって」
ギルが得意げに腕を組みました。そういえば、ギルはもともと、この「フロー」という少女に頼まれて森に行くことにしたのだと言っていました。おそらく、ここにいる子こそが、その「フロー」なのでしょう。
「じゃあ、時の精霊とは別人なの?」
「同じだよ。同じだけど、ちょっと違うの。私は私、精霊は精霊。でも私は時の精霊だし、時の精霊は私。そんな感じ」
「はあ」
彼女の説明は意味不明でしたが、アリーは特に何も言いませんでした。そもそも、時計からでてきている時点で、彼女はアリーたちとは違う存在なのです。理解しようというほうが無茶なのかもしれません。
「フロー、あなたはちっとも変わっていないのね」
レイが笑みを浮かべて、フローに話しかけました。その口ぶりからして、レイは彼女を知っているようでした。
「うん。そういえば、前に会ったときはちゃんとお話できなかったね」
フローは頭のてっぺんから足先までレイを観察して、大げさに首を捻りました。
「レイ、なんだか変わった? 前に見たときはもっと大きかったよ。今は身体と心の大きさが同じになっているみたいだね」
「身体と心……?」
「うん。前のレイは、心の時間は止まっているのに、身体の時間だけが進んでて不自然だった。今のほうがいいね!」
「心の時間……そういうことだったのね」
レイは自分の胸に手をあてました。アリーはすかさずフローに尋ねました。
「じゃあ、いつかはもとに戻る?」
「うん。レイが心から戻りたいと思えるようになればね。でも、それはまだまだみたい」
「やっぱり、そうなのね……」
レイは胸に手をあてたまま考えこんでいましたが、ふと顔をあげてフローのほうを見ました。
「ところで、どうしてフローがこんなところに? あの国はもう消えてしまったのに」
すると、ハルがポケットから一通の手紙をだして見せました。
「これ、ついさっき届いたんだ。バートから」
レイはその手紙を受けとると、封筒から中身をだして広げました。アリーも横から首を伸ばして覗きこみました。そこには、バートの性格からは考えられないくらい綺麗な字で、こう綴られていました。
──この手紙が届くより先に彼女が現れたら申し訳ない。実は、ついさっき俺の時計からフローが現れた。俺はてっきり、精霊は王国滅亡と同時に消えたと思いこんでいたのだが、どうやら王国の時間はまだ完全には止まっていないらしい。なぜなら、「俺が生きている」からだ。今頃とっくにくたばっているはずの俺が生きていられるのは、俺にかかった魔法がまだ解けきっていないかららしい。だが、四六時中こんな子供にまとわりつかれては、俺も迷惑だ。そういうわけで、フローには君のもとへ行ってもらうことにしたよ。銀の懐中時計さえあれば、フローはいつでも君に会える。ついでに俺の負担も減る。ちなみに、レイチェルの腕時計に移ることも可能らしいから、彼女にもそう伝えてくれ。
「私の時計も……?」
レイは腕をまくり、手首につけていた金色の腕輪──彼女曰く「腕時計」というそうです──の文字盤を上に向けました。すると、フローはすっと懐中時計の中に引っこみ、そして、彼女の腕時計からにゅっと顔を出しました。
「きゃあ!」
アリーとレイは驚いてのけぞりました。フローはにししっと歯を見せて笑いました。
「心配しなくていいよ。呼ばれない限り、勝手にはでてこないから。でも、あんまり放置されると私も退屈しちゃうんだよね。たまには遊んでよ」
「もちろんよ。また、あなたに会えるなんて思いもしなかった」
レイは嬉しそうに顔をほころばせました。一方のフローは、「そうだ!」と言ってすぽっと時計を抜けだし、くるりと一回転してから、床に着地しました。
「あのね、塔の中の物なんだけど、あれ、前の国王様が兵隊を連れていくついでに、場所を移動させちゃったんだよ。私、そのことも伝えておかなきゃと思って」
「兵隊?」
「うん。15年前にいっぱい、よその兵隊が入ってきたでしょ? 前の国王様と王妃様は、国を去るとき、ついでにあの兵隊も連れていって、全然違う時空に置いてきたの。『このまま家族と会えずじまいじゃ可哀想だから』って」
「あっ。じゃあ、兵士が三日間消息不明だったっていうのは、まさか……!」
アリーはキャリーが持ってきていた雑誌の記事を思いだしました。ということは、あの人形の兵士たちは皆、三日後に自分の家に帰っていたのです。
「よかった。じゃあ、全部解決していたのね」
「『人』はね。あとは物なんだ」
ハルが困ったように眉をよせました。
「フロー、もう一度だけ『全部』出してみてくれる?」
「いいよ」
フローは笑顔で指をぱちんと鳴らしました。すると、一瞬にしてアリーたちの周りにがらくたの山ができあがりました。ベッド、机、椅子などの家具のほか、洋服やアクセサリー、そのほか何に使うかわからないものがどっさりと積みあがっています。
やがて、部屋全体がミシミシと軋みはじめました。ギルが慌てて言いました。
「もういいよ! 早く戻して、床が抜けちゃうよ」
「はあい」
フローがそう答えた瞬間、がらくたはすぐに消えました。
「これはなんなの?」
レイが不思議そうに尋ねると、フローはすまして言いました。
「時計塔にあった国王様と王妃様の持ち物だよ。ふたりとも、一切合切私に押しつけて行っちゃったの。これ、どうする? あんまり長くは預かれないよ」
「そう、さっきもこう言われたんだよ」
ハルががっくりと肩を落として言いました。
「大切なものだから置いておきたいんだけど、残念ながら、僕にはどれが何なのかもわからなくって。姉さんなら、どう処理すべきかわかるかなと思ったんだけど……」
「時計塔の部屋が空っぽだったのは、そういうことだったのね」
レイは呆れたようにため息をつきました。
「あとでゆっくり見せてもらうわ。できれば家の外でね。まずはお待たせしているおば様のところへ戻りましょう」
はじめのうち、ふたりは無言のまま歩いていました。ただ、少し緊張気味のアリーに対して、レイはとても落ちついて見えました。
あれだけの葉を生い茂らせていた木々も、今はすっかり葉を枯らし、剥き出しの枝にかろうじて数枚残っているだけになりました。日が暮れるのも早くなり、本格的に冬が近づいているのがわかります。気のせいか、駅に向かう人々も以前より早足になっていました。
レイはときどき、通りがかったお店のショーウィンドウをじっと見ていました。それはたいてい、洋服や布地を取り扱っている店でした。もしかしたら、なにか欲しいものがあるのかもしれません。
そこでアリーはあえて何も聞かず、レイが立ちどまるたび、一緒に足を止めてレイが満足するまで待ってあげました。でも、彼女は何も買おうとはしませんでした。
「やっぱり
彼女は突然、窓を見るのをやめて、こちらを向きました。
「え」
アリーはびっくりして、右隣にいるレイの方を振りかえりました。あんまり勢いよく振りかえったせいで、着ていたケープが大きく左右にひるがえり、ゆらゆらと揺れてからおとなしくなりました。肌寒くなってきたので、アリーはお気に入りの、上品なワインレッドのケープコートをまとっていました。
「いつも
「ええ……どうしてか、昔からこういう色が好きなの」
「やっぱりそうなのね。とても似合っているわ」
レイは目を細めて、どこかいとおしげにアリーのことを見つめました。アリーには、レイの考えていることがさっぱりわかりませんでした。
ギルの家は、前に来たときとちっとも変わっていませんでした。でも、今日ばかりは敷居の高い、見知らぬ家に見えました。
「私もついてきてよかったの?」
「もちろんよ」
呼び鈴を鳴らしたあと、レイは安堵したようにため息をつきました。
「またここに来られてよかった。以前ここに来たときは、ひどい別れ方をしてしまったから」
やがて、おばさんがふたりを出迎えてくれました。
「来てくれてありがとう。またあなたと、こうしてお話できるなんて嬉しいわ」
「こちらこそ、お招きありがとうございます。すみません、ここのところずっと忙しくて。本当はもっと早くに来るべきでした」
「まあ、そんな固いこと言わないで。来てくれただけで嬉しいんだから。あらアリー、どうしたの? そんなにかしこまっちゃって」
「い、いえ」
アリーはレイのあとに続いて、おずおずと中に入りました。てっきり、ギルたちも中にいるものだと思っていましたが、居間には人がおらず、がらんとしています。
なんだ、留守なんだ──と思った、そのときでした。
「やっと来た! 待ってたんだよ、大変なんだ」
ドタドタと階段を駆けおりる音がしたかと思うと、バン!と奥の扉が開き、ギルが勢いよくこちらに走ってきました。
「まあ、どうしたの。家の中を走らないで!」
「それどころじゃないんだよ。いいから、いいからちょっと来て!」
「ギル!」
「母さん、ちょっと待ってて。あとで降りてくるから!」
おばさんが止めるのも聞かず、ギルは右手でレイの、左手でアリーの腕を掴むと、階段の上へ引っ張っていきました。
上の部屋では、ハルが椅子に腰かけて、何かを見ていました。そしてアリーたちが来ると立ちあがり、見ていたその「何か」を閉じました。
「来てくれたんだ。アリー、姉さん」
あれから、ハルはレイを「姉さん」と呼び、ときどき会いにもきてくれていました。背の高いハルが、小さなレイを見下ろして姉さんと呼ぶのは、いつ見ても奇妙な光景でした。
「いったい、どうしたの?」
「急にごめんね。ほらギル、ふたりの腕を離してあげて」
「連れてこいって言ったのは兄さんじゃないか」
「だからって、こんな乱暴に連れてくることないだろう! ふたりとも、驚かせてごめん。実は、これを見てほしいんだ」
彼が取りだしたのは、なんと、あの銀の懐中時計でした。あのとき黒く焦げていたのが嘘のように、ピカピカと輝いています。
そしてその蓋を開けると──なんということでしょう、その文字盤は輝き、中から誰かがゆっくりと出てくるではありませんか!
「ああっ!」
それは小さな女の子でした。そして、アリーはその女の子に見覚えがありました。
「あなたは、時の精霊!」
「うん。久しぶりだね、アリー」
精霊は以前と違う、年相応の無邪気な笑顔をこちらに向けました。その声は麗らかで透きとおっていて、あの不気味なしゃがれ声とはまるで別物でした。
「どうしたの? まるで別人みたい」
「アリー、これが『フロー』だよ。前に話したろ? もう少し話しやすいやつだったって」
ギルが得意げに腕を組みました。そういえば、ギルはもともと、この「フロー」という少女に頼まれて森に行くことにしたのだと言っていました。おそらく、ここにいる子こそが、その「フロー」なのでしょう。
「じゃあ、時の精霊とは別人なの?」
「同じだよ。同じだけど、ちょっと違うの。私は私、精霊は精霊。でも私は時の精霊だし、時の精霊は私。そんな感じ」
「はあ」
彼女の説明は意味不明でしたが、アリーは特に何も言いませんでした。そもそも、時計からでてきている時点で、彼女はアリーたちとは違う存在なのです。理解しようというほうが無茶なのかもしれません。
「フロー、あなたはちっとも変わっていないのね」
レイが笑みを浮かべて、フローに話しかけました。その口ぶりからして、レイは彼女を知っているようでした。
「うん。そういえば、前に会ったときはちゃんとお話できなかったね」
フローは頭のてっぺんから足先までレイを観察して、大げさに首を捻りました。
「レイ、なんだか変わった? 前に見たときはもっと大きかったよ。今は身体と心の大きさが同じになっているみたいだね」
「身体と心……?」
「うん。前のレイは、心の時間は止まっているのに、身体の時間だけが進んでて不自然だった。今のほうがいいね!」
「心の時間……そういうことだったのね」
レイは自分の胸に手をあてました。アリーはすかさずフローに尋ねました。
「じゃあ、いつかはもとに戻る?」
「うん。レイが心から戻りたいと思えるようになればね。でも、それはまだまだみたい」
「やっぱり、そうなのね……」
レイは胸に手をあてたまま考えこんでいましたが、ふと顔をあげてフローのほうを見ました。
「ところで、どうしてフローがこんなところに? あの国はもう消えてしまったのに」
すると、ハルがポケットから一通の手紙をだして見せました。
「これ、ついさっき届いたんだ。バートから」
レイはその手紙を受けとると、封筒から中身をだして広げました。アリーも横から首を伸ばして覗きこみました。そこには、バートの性格からは考えられないくらい綺麗な字で、こう綴られていました。
──この手紙が届くより先に彼女が現れたら申し訳ない。実は、ついさっき俺の時計からフローが現れた。俺はてっきり、精霊は王国滅亡と同時に消えたと思いこんでいたのだが、どうやら王国の時間はまだ完全には止まっていないらしい。なぜなら、「俺が生きている」からだ。今頃とっくにくたばっているはずの俺が生きていられるのは、俺にかかった魔法がまだ解けきっていないかららしい。だが、四六時中こんな子供にまとわりつかれては、俺も迷惑だ。そういうわけで、フローには君のもとへ行ってもらうことにしたよ。銀の懐中時計さえあれば、フローはいつでも君に会える。ついでに俺の負担も減る。ちなみに、レイチェルの腕時計に移ることも可能らしいから、彼女にもそう伝えてくれ。
「私の時計も……?」
レイは腕をまくり、手首につけていた金色の腕輪──彼女曰く「腕時計」というそうです──の文字盤を上に向けました。すると、フローはすっと懐中時計の中に引っこみ、そして、彼女の腕時計からにゅっと顔を出しました。
「きゃあ!」
アリーとレイは驚いてのけぞりました。フローはにししっと歯を見せて笑いました。
「心配しなくていいよ。呼ばれない限り、勝手にはでてこないから。でも、あんまり放置されると私も退屈しちゃうんだよね。たまには遊んでよ」
「もちろんよ。また、あなたに会えるなんて思いもしなかった」
レイは嬉しそうに顔をほころばせました。一方のフローは、「そうだ!」と言ってすぽっと時計を抜けだし、くるりと一回転してから、床に着地しました。
「あのね、塔の中の物なんだけど、あれ、前の国王様が兵隊を連れていくついでに、場所を移動させちゃったんだよ。私、そのことも伝えておかなきゃと思って」
「兵隊?」
「うん。15年前にいっぱい、よその兵隊が入ってきたでしょ? 前の国王様と王妃様は、国を去るとき、ついでにあの兵隊も連れていって、全然違う時空に置いてきたの。『このまま家族と会えずじまいじゃ可哀想だから』って」
「あっ。じゃあ、兵士が三日間消息不明だったっていうのは、まさか……!」
アリーはキャリーが持ってきていた雑誌の記事を思いだしました。ということは、あの人形の兵士たちは皆、三日後に自分の家に帰っていたのです。
「よかった。じゃあ、全部解決していたのね」
「『人』はね。あとは物なんだ」
ハルが困ったように眉をよせました。
「フロー、もう一度だけ『全部』出してみてくれる?」
「いいよ」
フローは笑顔で指をぱちんと鳴らしました。すると、一瞬にしてアリーたちの周りにがらくたの山ができあがりました。ベッド、机、椅子などの家具のほか、洋服やアクセサリー、そのほか何に使うかわからないものがどっさりと積みあがっています。
やがて、部屋全体がミシミシと軋みはじめました。ギルが慌てて言いました。
「もういいよ! 早く戻して、床が抜けちゃうよ」
「はあい」
フローがそう答えた瞬間、がらくたはすぐに消えました。
「これはなんなの?」
レイが不思議そうに尋ねると、フローはすまして言いました。
「時計塔にあった国王様と王妃様の持ち物だよ。ふたりとも、一切合切私に押しつけて行っちゃったの。これ、どうする? あんまり長くは預かれないよ」
「そう、さっきもこう言われたんだよ」
ハルががっくりと肩を落として言いました。
「大切なものだから置いておきたいんだけど、残念ながら、僕にはどれが何なのかもわからなくって。姉さんなら、どう処理すべきかわかるかなと思ったんだけど……」
「時計塔の部屋が空っぽだったのは、そういうことだったのね」
レイは呆れたようにため息をつきました。
「あとでゆっくり見せてもらうわ。できれば家の外でね。まずはお待たせしているおば様のところへ戻りましょう」